2012年4月 6日 (金)

哲人に足りないもの

橋下批判は続く。
いろいろなメディアを通して「賢者」と呼ばれる人々がそれをするのを私たちは毎日のように見聞きする。

今日も新聞に、≪賢者に学ぶ【「B層グルメに群がる人】≫というのが載っていた。
 
「これはグルメだけの話ではない。社会全体にB層的価値観が蔓延(まんえん)し、それを資本が増幅させている。その結果、一流と三流、玄人と素人、あらゆる境界が失われてしまった。こうした社会では素人が暴走する。《B層グルメ》に行列をつくるような人々が「行列ができるタレント弁護士」を政界に送り込んだのもその一例ではないか。」

ものすごく冷静で、ものすごく賢そう。よくある分析だけど。
「哲学者」の冷静な意見はいつもこうだ。物事の解決にもなんにもならないけど。

でも、そういう批判に続けて彼らがもし次のようなことを主張するなら私にも納得できる。

「官僚制度を根本から変えようなどとするな。そんなことをしたら日本はめちゃくちゃになる。天下りもある程度容認すべきだ。
高齢者や生活保護や医療保険に金を使いすぎなので、社会保障費をカットして、なるべく自助の精神で頑張ってもらう。
それでも足りない分は消費税大幅アップと経済成長による税収で賄う。
経済成長させるために新しい産業振興や技術開発のための助成金は惜しみなく出す。
公共事業もどんどんやって雇用増大させる。
教育も重要だ。個人主義を抑制し、一人ひとりが分をわきまえ、国家の一員であることを自覚させる教育が施されなければならない。
繰り返すが、官僚統治はこのままにしておかなくてはならない。国家官僚も地方公務員も優秀で国民のために日々身を粉にして働いているのだから、優遇されて当然なのだ。
官僚機構に威勢よく斬りこんで彼らのやる気を削いでしまうような暴れん坊は必要ない。
以上のことを国民が賛成しさえすれば済むことだ。」

このように主張するなら、筋は通る。

この主張をする人をカリスマ政治家として祭り上げなければならないが。

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2012年3月22日 (木)

時間がない

危機に直面した国の経済を立て直そうにも、政治家や官僚が旧弊をどうしても改められず、何も進まないまま徒に年月が10年20年と過ぎていく時、「思い切ってこの状態を打破しよう!」と頼もしいことを言い、実際にガンのような組織に勇ましくメスを入れる人物が現れると、その人物にいちゃもんをつける人々が必ずいる。
私がよく目にするのは、山口二郎、内田樹、浜矩子、佐伯啓思ら各氏であるが、この人たちの反橋下論は、ちっとも建設的じゃない。つまり、日本が今抱える重大問題を志ある政治家に解決してもらいたいという意思がゼロなのだ。「とにかく性急はいけない」と言うだけで、「それでは、この20年何も変えられず、悪くなる一方の事態をどう考えるのか」ということについて、何も言わない。

例えば、産経新聞【土曜日に書く】「維新の会」は何を目指すのか(論説委員 福島敏雄)も同様だ。 

≪トリックスター(いたずら者)は外部から不意にやってきて、さまざまなトリック(奇策)をめぐらし、権威に挑戦する。≫

≪強圧的な部分もかなりあったが、抵抗する職員らに対しては、しきりに「民意」を強調した。
だが「民意」は、いかようにも解釈することができる。最低限、求められるのは、反対派の「民意」をくみいれつつ、諸施策を打ちだしていくことである。
その意味で、民主主義は、とんでもなく「手間」がかかるシステムである。英国の宰相チャーチルが「最悪の政治形態」と指摘したとき、念頭にあったのは、ワイマール憲法下で、正規の民主主義の手続きを踏んで登場したヒトラーであったはずである。≫

経済が右肩上がりの時には、政治家も官僚も、「思い切った政策」「厳しい措置」など打ち出す必要もなく、どんどん入ってくる税収を、政治家、官僚、経済界のさまざまな結びつきに従って、ただ配分していれば良かった。政治家はその配分を調整する能力がありさえすればそれで済んだ。
潤沢な税金が国庫に入り続け、政治は同じ事をやっていればうまくいくという時代がとっくに終わり、「これを続けていたら国は破綻する」と気づいてもう20年も経った。

政治が動かないのは、「変わることを怖がる人々」がいるからだろうと思う。
先に挙げた評論家思想家の先生方は、「過激はいけない」「性急はいけない」「少数の意見も取り入れて」と、一見至極まともなことを言いながら、実は「変えたがらない人々」の後ろ盾になってしまっている。

「短兵急に変わりすぎるのは民主主義に反する」とか「大衆は独裁に騙されやすい」などといって、せっかく現れた勇気ある政治家にケチをつけるのである。

橋下さんもスーパーマンでも神でもないのだから、間違うこともあろう。
しかし、大局的に見て彼のやろうとしていることそのものを否定するのでなく、疑問があるなら、一つ一つの具体的なやり方について、「ここはこうしたほうがいいのではないか」と提案するのが筋というものではないだろうか。
評論家には具体的なことはわからない、と言うなら、逆に、政治の具体的なことがわからないのになぜ批判できるのか、と聞きたい。

要するに、いかにも日本人らしい「出る杭は打たれる」のたぐいではないのか。

20年間できなかったのは、誰も「本気」を出さなかったからだろうし、守旧派との「妥協」を大切にしてきたからだろう。
それを、今に至っても「妥協」を大切にするべきと言い続けているのを見ると、それではいったいあなたがたは日本の財政がどうなればいいと思っているのか、と聞きたくなるのが正常な反応というものではないだろうか。

今はすでに、時間がたっぷりあった時代ではない。

「民主主義とは恐ろしく時間のかかるものなのだ」などとのんびり言っていられた時代ではない、と私は思うのだがどうだろうか。

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2012年3月10日 (土)

進歩と成熟

先日、TBSラジオ「キラキラ」で司会の小島慶子がこんなことを言うのを小耳にはさんだ。
(常盤貴子が可愛い奥さんを演じる胃腸薬のテレビCMで)
「旦那のネクタイを甲斐甲斐しく結んであげてるのを見るとイラッとする」
「従順で我慢強い妻が一所懸命旦那に尽くして、旦那は妻にお母さんの役をやらせてるみたいな」

社会で活躍する現代女性としての彼女らしい「男が女に甘えるんじゃないよ」的な、いかにも進歩的な物言いだ。
しかし女性の生き方の多様性を認める私としては、そのお決まりのフレーズがすでに古臭く感じられ、同時にそういうことを何の疑いもなく言い続ける女性になんだか「青っぽさ」を感じたのだった。

女のほうが我慢したり、身の回りの世話をしてあげたりして、男を気分良くしてあげ、その分守ってもらったり、しっかり稼いできてもらうのも、女の生き方の一つだと私は思っている。
それは封建的な考え方として戦後どんどん封じ込められてきたのではあるが、歴史の繰り返しの中で、巡り巡って最先端の考え方の一つと言えなくもないのである。
いや、最先端というより、いつの時代も人が経験とともにたどりつく「成熟の証」であるかもしれないではないか。昔から人は年を取ると「保守的」になるのだから。

異論もあるだろうが、家庭を「丸くおさめる」ために譲ったり甲斐甲斐しく世話をしたりするのは決して卑屈になることではない。南京事件の濡れ衣問題とは根本的にちがうのである(笑)

ずいぶん前にこんな文章を書いたことがある。→「お酌する?」 

ブログを始めて間もない頃で、尻切れトンボのなんとも面白くない記事だが、「その程度のことで男が喜ぶのならお安い御用ではありませんか。」と書いた気持ちは今も変わらない。

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(偶然、あのラジオを聴いた同じ日にととさんの「女は我慢しろ、男は命をかけろ」を読んでいて共感したのだ)

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2012年3月 3日 (土)

御堂筋を歩こう

今朝の読売テレビ「ウェークアップ」で大阪応援ソング「御堂筋を歩こう」(ssllee)という歌を聴いた。

スローテンポの哀愁ただようメロディだが、やたら元気な曲より応援の気迫が感じられるのが不思議だ。

堂島川の橋もと 通る船 (橋下徹)

新しい蝶が飛ぶ (新しい市長)

貴方が待つ1時に (松井知事)

心斎橋まで ゆっくり歩いて行こう


http://www.youtube.com/watch?v=8ZWCvfo00iA


番組では、橋下市長、民主党の大塚耕平、自民党の世耕弘成、共産党の穀田恵二ら、国会議員が生出演して改革について話し合った。
しがらみに苦しみながらも改革の方向を理解している大塚さんや世耕さんたちと、変化を拒む「超保守的な」共産党の対比が見えてくる。社民党もそうなのだが、かつて「革新」と定義付けられたグループが既得権を手放すまいとする抵抗勢力に見えてくるのはなぜかしら。
弱者を救うために政治は何をすべきか大局的な判断をしようとしない「革新派」は今や時代遅れの保守派だ。

思想的に対極に位置づけられてきた「保守派」と「革新派」がくっついてお仲間になってしまったような感がある。

こんな時代に出現した橋下さんが、そういったおかしな構図を我々に見せつけてくれたのだと思う。

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2012年2月27日 (月)

思考開始

名古屋市の河村たかし市長が「南京事件はなかった」と発言し、日本創新党党首で元杉並区長の山田宏氏もそれを後押しする動きを見せている。

他国による戦時中の出来事の捏造には長年にわたって日本は悩まされてきたわけだが、日本政府はそのことについてはっきりと抗議しないままここまできた。
言い分をはっきり言おうものなら、あちらのご機嫌をそこね(いや、機嫌をそこねるどころか手がつけられないほど激怒なさるのである)、通商上、甚大な不利益を蒙るからということらしい。国益が失われる、ということだ。
真実をはっきりさせることより、金儲けのほうがずっと国益にかなう、というわけである。

で、日本人は、金儲けのほうを選んできたのだ。

それはそれでいいと思う。腹が減っては戦は出来ぬのだから。

ただ、思うのは、日本国民はいったい「どちらを選ぼう」とか考えたことがあるのだろうか、ということだ。

ほとんどの日本人は、南京大虐殺だの、従軍慰安婦だのの問題を、真面目に考えてみたことがないのではないか。

どうしてそういうことになったのか、戦後の日本人は子供の頃から、「日本人は極悪で、戦時中は非道のかぎりをつくしてきた」と刷り込まれてきたのである。

日教組とマスコミが悪いと言えば簡単だが、ではなぜ、日本人の誰もがそれらを拒否することができなかったのか。
これはもう集団マインドコントロールである。

マインドコントロールに陥らなかった少数の人々が必死に真実を訴えてはきたが、ことごとく「戦争好きの右翼」などというレッテルを貼られ、異端視されてきた。

日教組やマスコミの偏向には、時代とともに批判が高まってきてはいるが、まだまだ無関心や思い込みから脱していない日本人は多い。

私は自分で調べたわけではないから、「南京大虐殺はなかったのだ」と断言する資格はないが、それでも、いろいろな検証事例を見聞きするにつけ、「どうも中国の言ってることはおかしい。きちんと検証し、両国で公開討論を行うべきではないか」、ぐらいのことは思うのである。
日本側が提案するその討論を中国が頑なに拒否している、となると、ますます、中国の言う南京事件は怪しい、と思うのである。

事を荒立てると中国との商売がうまくいかないから、でっち上げでもそのままにしておこう、という意思がはっきりしているのなら、それも仕方のないことかと思うが、金のために誇りを捨てるような国民はそのうち世界から軽んじられることになるのではないか、とも思う。

日本の行政制度を作り直す、という機運が高まっているこの激動の時に、日本人の誇りを取り戻すのは絶好のチャンスとも言える。
河村さんや山田さんの狙いもそこにあるかもしれない。

構造改革も、他国に毅然とものを言うことも、近視眼的に見れば経済に良い影響を与えないかもしれない。
しかし、ちょっと長い目でみれば、結局は国益につながることではないだろうか。

プライドを取り戻すも取り戻さないも、日本人自身が選ぶのだ。少なくともこういうことについて「考えてみる」くらいのことはしたほうがいいと思うけどね。

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2012年2月23日 (木)

日本沈没するか、しないか

精神科医の香山リカ氏が橋下徹大阪市長を批判しています。  

≪「大阪を変える」「日本のシステムを改革する」と訴える橋下市長が、変えた後にどういう社会を創りたいのかがどうしても見えないことです。≫

≪私は、「改革はすべてダメ」と言いたいわけではなく、「改革の先の社会の基本的な軸を示してほしい」と言っているのです。それは、公務員が何人減るとか、塾に行くクーポンが何枚配られるとか、そういうことではありません。「とにかく競争力ありき、実力者だけが生き残れる社会」なのか、「みんなで痛みを分け合ってでも誰もが安心して暮らせる社会」なのか、そういったことです。≫

香山さんは「とにかく競争ありき」か「誰もが安心して暮らせる社会」かなどと、何故そんな両極端なことを言って、「さあ、どっちだ、どっちだ」と言わんばかりに答えを求めるのでしょうか。そういう態度が私にはどうしても理解ができません。

橋下さんは「自助の精神」を常に言い続けています。

「基本は自立」「本当に困っている人を助け、自立に向けて支える」「当然、競争もある」、そういう当たり前の社会でいいんじゃないでしょうか。「改革の先にどういう社会を創りたいのかどうしても見えてこない」などと悩むほど難しいことでしょうか。

今の政治の構造ではそういう当たり前のことを実行することができない、だからその根本のしくみを変えるんだ、という橋下さんの勇気に多くの人が期待をしているのだと思います。別に橋下さんがなんとなく何かやってくれそうだとか、威勢の良い言葉に熱狂しているとか、そんなことではありません。

香山さんにかぎらず、橋下さんを批判する人は皆、まったく同じ思考回路でものを言います。自分の思い込みに気づかないのです。

もちろん、橋下改革は頓挫するかもしれない。中途半端なものになってしまうかもしれない。しかし、それは橋下改革が間違っているからではなく、「変えたくない」という意識が改革の意思を上まわってしまった時に起こる事態なのではないでしょうか。

既得権益者たちは恐ろしくしぶといし、痛みを伴ってくると、賛成していた人たちも「こんなに痛いんだったらもうやめてくれ」と言い出すかもしれません。

大阪市特別顧問の中田宏氏は言います。
「改革とは、今の時代の人たちにはたとえ憎まれても、次の世代の人たちのために行うものだ」

だから、覚悟が必要、そう思います。

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2012年2月18日 (土)

もう少し論理的に考えようよ

震災のがれきが被災地だけで処理できない、ということで、東京都や神奈川県、静岡県島田市等の首長が受け入れの姿勢を示しているが、一部住民の強硬な反対もあり、スムーズに進んでいない。

一昨日、瓦礫の試験的焼却を行った島田市に細野環境大臣が直々に出向いて反対住民たちとやり合う場面をテレビで見た。

細野さんが、「被災地の住民は苦しんでいる。がれきの放射線量は心配のないレベルだ。」と説得するも、住民たちは断固阻止する構えだ。

「放射性物質に汚染されてはいない」といくら説明しても、「国は信用できない」の一点張りで話が進まない。

細野大臣が「ちょっと説明させてください」と言ったのを、住民の中年女性が「嫌です」とさえぎったのを見て、こういう人たちを相手にするのは大変だなあと思った。

私も若い頃、放射能に恐怖感を抱いていたから、反対する住民の気持ちがわからないではない。

しかし、原発事故以来、2・30年前のあの頃とは比べ物にならないくらいの情報、知識を得、放射能というものについて自分の頭で考えるようになった。

たしかに放射線は危険なものだが、大量でなければ何が何でも浴びてはならないというものではない。

宇宙飛行士の古川聡さんが地球に帰還した際の記者会見で、「宇宙飛行士が1日で浴びる放射線の量は通常の人の4~6か月分、しかし発ガンリスクは最大3%上がる程度」と発言していた。

日本人の3人に1人がガンで死ぬ時代に、そのリスクがたかだか3%上がる程度であるならば、未知への挑戦を選ぶ、ということも言っていたという。なんと頼もしいことか。

問題は放射能の子供への影響だが、瓦礫の放射線量は安全なレベルだというのだ。「信じられない」というなら、細野さんが言うように住民自身で計ってみればいいのではないか。

でも、テレビに映っていた反対派住民たちは聞く耳を持たず、細野さんに何も言わせないために大声で詰め寄るだけのように見えた。

たぶん、原発反対運動と連動しているのだろう。

私の住んでいる神奈川県でも、一部住民の瓦礫受け入れ反対運動が起きている。
受け入れ方針を示した黒岩知事と住民との対話集会が、知事に対する“つるし上げ集会”になったそうだ。

「なんで東電の尻拭いを神奈川県民が負うんだよ」
そんな怒号も飛び交ったという。

しかし、被災地の人々が今本当に困っている瓦礫処理の問題は、原発反対の意思表示や東電に対する批判とは切り離して考えるべきなのだ。

速やかな復興のためにも、これは全国民で考えなければいけない問題だ。
各都道府県で分担するべきだろう。
「絆」はどうした。

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2012年2月 6日 (月)

「自分に有利」じゃなくて「国に有利」なのは

消費税は上げなくてはならないのか。いま上げてはならないのか。
野田総理は「絶対に上げなくては日本がもたない」と言うし、国民のほぼ半数が「お金がないのだから仕方がない」と納得しているようだ。
しかし反論も数々ある。

例えば最近見たり聞いたりしただけでも;

・三橋貴明
 デフレに陥った国の政府が、増税で財政を健全化することはできない。

・竹中平蔵
 民主党になって歳出額が大幅に増えている。「ばらまき」の分、そうなっているので、それをやめるべき。

・舛添要一
 高齢者福祉にお金を使いすぎ。一人ひとりもっとしっかりしてほしい。少し医療費負担を上げてもらえば、消費税上げなくても済む。

・野口悠紀雄
 消費増税では財政再建できない。5%引き上げの改善効果はわずか2年で失われる。消費税率の引き上げが重要なのは事実だが、税率を数%引き上げただけでは、解決にはほど遠い。

・みんなの党
 国の負債は1,135兆円。しかし同時に資産は778兆円。さらに個人金融資産は1453兆円、国全体では5572兆円。そして経常収支は17兆円の黒字。
 円高なのも国債が順調に売れているのも、市場関係者が日本の資産は安全だと思っているから。 
  増税を急ぐ必要はない。
 

増税に邁進する政府側とこれらの反論側との議論はどこかでやっているのだろうか。

景気の悪い時に増税すると、より一層景気が悪くなるのか、それとも、同時に経済成長政策を急ピッチで進めれば増税したほうがいいのか。

いったい増税はしなければならないのか、してはいけないのか、それがわからないと、選挙があっても誰に投票したらいいのかわからない。

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2012年1月30日 (月)

我慢しない女

週刊新潮に連載されている「TVふうーん録」(吉田潮)が好きでよく読む。

新年号の【「カーネーション」の清々しい「我慢しない女」たち】が面白かった。
NHKの朝の連続ドラマについてである。

抜粋・要約すると;

「コケにされても失敗しても『今に見とれ~!』と立ち上がる主人公を演じる尾野真千子の雄姿」

「出てくる女たちのほとんどが『我慢しない女』で、頑固でたくましく、我をぶつけ合っている」

「『ゲゲゲの女房』や『おひさま』のように、人の言いなりで耐え忍ぶ女の苦労自慢に辟易していた私が、岸和田弁で我を通す女たちの姿に毎朝拍手喝采している」

私はドラマを見ていないが、評判は上々のようだ

ただただ我慢強い女が耐え忍ぶ、というより、言いたいこと、したいことを思い切りぶつける、という描写のほうが、ドラマとしてはたしかに面白い。

しかし現実を考えてみれば、我を通す人間同士ぶつかり合えば、結局は、どちらかの敗退、あるいはわかりあうことなく断絶するしかないだろう。

「旺盛な生活力」と「先見の明」のある女性のがんばりは筆者の書くとおり、清々しいものである。おおいにエールを送りたい。

そういうものを持ち合わせていない女性はやはり我慢するしかないわけで、「ゲゲゲの女房」や「おひさま」も見ていないけれど、耐えることで人生を切り拓いた女性の物語と考えていいのではないかと思う。

先日、フジ「新報道2001」に「きんさんぎんさん」のぎんさんの娘4人が出ていた。
平均年齢92歳で、政治に関心があるという彼女たちが、スタジオの安住財務大臣と言葉を交わしていた。
話の中身は大筋で特にどうということはないのだが、消費税が上がるとさらに生活が苦しくなるという母子家庭の嘆きをVTRで見た感想を求められ、娘さんのひとりがこんなことを言った。
「自分のわがままで離婚したんだから、消費税が上がって苦しくなってもしょうがない。我慢が足りなかったのではないか」

スタジオのキャスターは「なんだか人生相談みたいになってきましたけど・・・」と苦笑していた。

VTRの母子の詳しい事情はわからない。
離婚以外に選択肢がないほどひどい夫だったのかもしれないから、単純に「わがまま」と決めつけることはできない。

しかし、よくある「性格の不一致」みたいなことであるならば、「我慢」についてひとつじっくり考えてみることが必要だろう。
我慢のならない夫を我慢して結婚を継続させて生活苦を回避することと、消費税増税におびえるほどの経済的困難と、どちらが自分や子供たちにとって有利だろうと考えてみることだ。

女性の経済的自立が難しかった時代には、女性は離婚もできず、我慢を続け、結局は添い遂げることになった夫婦が大多数だったと思う。
今の時代でも、母子家庭になって苦労するくらいなら、我慢して結婚を継続させる努力をするほうが経済的には有利だ。

経済的自立して子供を育てる力量のある人は自由に離婚すればいいが、自分で充分に稼ぐことが出来なければ、何を選択するか計算することも、生き延びる知恵と言える。サバイバルの問題ではないだろうか。

「国がなんとかしてくれる」と頼る前にまずは子供を食べさせるために自分はどうすべきか考えよと、一見短絡的に思えるぎんさんの娘さんの言葉は示唆しているようだ。

「きずな」大はやりの昨今だが、絆とは決して甘く優しいものではない。

男であれ女であれ、そして老人だろうが若者だろうが、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍んで、切れないようにするものではないか。生き抜くために。

我慢する女もしない女も、どちらもたくましい。女は強いのだ。

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2012年1月26日 (木)

腹が減っては戦はできぬ

「若者が勝った」に、ekさんからコメントをいただき、返事を書くうちに長くなってしまったのでこっちに載せます。

≪コメント抜粋≫ 

>今の民主よりもっと危険です。彼の頭にあるのは国のことでも国民のことでもなく自分のことだけです<

何か証拠でもありますか。

>公明党とも組むし小沢氏とだって組む<

組むかどうかわかりませんがいろいろな人に接触してあれこれ裏工作するのも政治家の技量なんじゃないですか。

>「天下」をとり独裁者になることを目指していると思います<

仮にそうだとして、橋下さんはそれでどうするつもりだと思いますか。独裁者になって自分の思い通りに国を動かして快感に浸ろうと悪だくみをしている、と思いますか? 日本でそんなことが本当にできるというなら一度やってみてほしいものです。

冗談はさておいて、ではどういう指導者なら大阪の(日本の)財政再建や景気回復ができるでしょうか? 誰がどういう方法でやれば既得権益を手放さない人たちに少し譲ってもらうということができると思いますか?
誰も動かない、誰も決断しない、このような政治が何年も続いているのを見て「じれったい。どうしてさっさとできないんだ」と思った国民の代表が橋下さんじゃないんですか?
「話し合いで穏便に」というのは理想的ですが、では誰がそれをやって改革を速やかに進めてくれるんですか?

たしかに橋下さんのような乱暴なやり方では反感を買うし、不安にもなると思います。
もっと良いやり方ですぐに改革できる、という人がいるならその人がやればいいと思います。
その具体的なやり方も示してほしい。

ちょっと前の「週刊新潮」に、京都大学教授の佐伯啓思さんの橋下批判が載っていました。この人は「保守の温かみ」みたいなものを重視する人で、小泉さんにも激しい批判を繰り返していました。

記事は、「橋下氏も小泉氏も、大衆を自らに引き付けたデマゴーグ」、 「ヒトラーは当初ユダヤ人殲滅も欧州制覇も掲げておらず、『ドイツの栄光を取り戻す』、この一点を訴えて民主的な選挙で選ばれた。国民は熱狂とともに彼に全権を与えた」、 「選挙で選ばれたわけではない『非民主的』な官僚組織が行政を担ってきたことの意味に思いを馳せるべき(つまり官僚政治はポピュリズム防止の意味がある)」

まあ、そんなようなことが書かれています。閉塞感が覆う社会ではこのようなことが起きやすい、と。
これは小泉改革の頃からさんざん言われてきたことで何ら目新しい意見ではありませんが、佐伯教授は最後にこう書いています。

【では、どうすれば良いのか。
「否の連鎖」により独裁的政治家を生み出す危険性を孕んだ地平から脱するには、民主主義というものは一歩間違えば非常に危険であると我々が認識する、民意なるものが政治であるとの浅薄な民主主義理解は間違っている、と自覚することに尽きます。つまり、プラトンの原点に立ち返り、「民主主義の全能感」から抜け出すことしかないのです。】

どうですか。
「では、どうすればいいのか」と言うから何か妙案でも提示するのかと思えばこの抽象論ですよ。「どうすればいいのか」の答えでもなんでもありません。失礼ながら、これが評論家のお気楽さと無責任さだと思います。

私は佐伯さんや藤原正彦さんの保守の考え方が大好きです。
でもそのことと、喫緊の課題である行政の無駄や財政赤字やデフレをどうするかというのは別のことです。これはとにかく今すぐ何とかしなくてはなりません。

もちろん橋下さんが全能だなんて思っていません。でも今の政治家に欠けている勇気と決断力がある。いま必要なのはそこじゃないですか。

リーダーを批判する言葉として「この国をどこに導こうとしているのか。何をやりたいのかが見えてこない」というのがよく聞かれます。

佐伯教授も「大阪都構想は手段であって目的ではありません。大阪都を実現した先に、大阪や日本をどうしたいのか、橋下さんからは聞こえてこない。そこに、私は怖さを覚えます。」と書いています。
でも、どんな国にしたいとかなりたいとか論じる幸せを得るには経済を立て直すことが大前提となるのではないでしょうか。
金もないのに理想は語れません。

佐伯先生は「怖さを覚える」と言いますが、何もイデオロギー政党や宗教政党じゃないんですから、そんなに怖がる必要があるでしょうか。
心配しなくても橋下さんは総理大臣にはなりませんよ。自分は起爆剤だと自覚している、と私は思いますね。

私は個人的には、改革などしなくたって生きていけます。むしろ改革などすれば色々手放さなければならないと思います。
それでも私は、このまま経済が立ち直らなければ未来に生きる若い世代が可哀想だと思うのです。

橋下さんの改革を怖がる人はそこのところをいったいどう考えているのか知りたいものです。

参考記事→ 「革命を起こすのは」

                  「根回し・暗躍・水面下」   

                   

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2012年1月21日 (土)

根回し・暗躍・水面下

橋下徹大阪市長の勢いがすごい。
仕事も早いし決断も早いし絶大な支持も受けている。

で、地方改革のためには国の制度も変える必要があるので、今度の国政選挙には、考えに同調しない議員に「維新の会」から刺客を立てる手筈になっているらしい。
自民や民主の現職議員たち(閣僚経験者などの大物たちも含む)は戦々恐々としている、と週刊誌に書いてあった。

「維新の会」は政治塾も立ち上げ、候補を育てる計画だという。

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しかし、勢いに乗って改革をどんどん進めるというのはいいのだが、そういう選挙戦略というのはいかがなものかと思う。

候補者を粗製乱造し、経験豊かな現役政治家を蹴散らすというのは果たして得策なのだろうか。

むしろ、現役議員の中から、一本釣りのようにして同志を集めていくというようなことはできないのだろうか。

与党にも野党にも熱意のある政治家はいる。
彼らが公開の場で本音が言えなかったり、信念に従って思い切った行動を起こせなかったりするのは、「核」となる人物がいないからじゃないだろうか。
橋下さんのような大胆な人がもし国政の場にいて、改革の旗印を上げれば集まってくる議員は少なくないんじゃないだろうか。

集まってどうするんだと思われるかもしれないけれど、私はとにかく今の政党の枠組みのままじゃだめだと思うのだ。政界再編がぜひ必要と思う。

野田首相は腹をくくったようで、消費税解散も視野に入れていると言われるが、総選挙になって、経験のある議員が落選し、代わりに未経験の人間がいきなり国会に入ってきたってやはりおかしなことになるのではないか。急いで探してきた候補者や、政治塾で短い期間学んだ者が大きな力になるとは思えない。
民主党が大勝した選挙の時に当選した議員の中にはわけのわからないウゾームゾーがたくさんいた。あれと同じことになりはしないか。

橋下さんやブレーンたちが手分けして、これと思う議員に密かに接触し、本音を引き出したり説得したりして自分たちの陣営に引きこむ企みをするほうが本当の改革につながると私は思うのだが・・・。

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2012年1月15日 (日)

革命を起こすのは

経済学者の浜矩子氏が、テレビでこんなことを言っているのが、耳に入った。
(資本主義の行き詰まりを見せつけられたかのような経済混迷の世の中、「何か方策はあるのでしょうか」というインタビュアーの問いに答えたもの)

「そうですねえ・・・『協調』でしょうか。それとやはり『絆』ですねえ」

これ、経済を安定させるためにそういうことが必要だということなのだろうか。

つまり、価値観の転換や欲望の制御をしなければ問題は解決しないということなのだろうか。

そういうものを「制度」として整備するのであれば、「規制」や「教育」、それもかなり厳しいコントロールが必要になる。

それならそれで良いと私は思う。

浜さんの意図するのはおそらく社会主義革命を起こせということなのだろう。
だって、人の価値観を変えたり欲望を抑えるたりすることは自由主義の世の中では不可能なのだから、「財政が正常化するほどに協調し絆を強める」ためには、革命を起こして無理やり社会主義社会を作るしかないんじゃないだろうか。

この社会の行き詰まりを打開するためにはそれしかないというのであれば、そうしたらいいと思う。

でも、この浜矩子さんとか、同じようなことを言っている人たち、例えば内田樹さんとか山口二郎さんとか香山リカさんたち(「橋下主義《ハシズム》を許すな!」という橋下批判本を共著)は、自分で革命を起こす気など毛頭なく、こういうことを言い続けていれば誰かが決起するだろうと思っているのだろう。

橋下徹大阪市長が、こういう人たち、つまり批判するだけで何もしない人たちに対して腹を立てる気持ちが私にはよくわかる。

「協調・絆・分け合う」というきれいな言葉を発する人々が高い評価を受ける一方で、腐敗・疲弊した組織や構造を改革すべく思い切った革命的行動を起こす人が「独裁者」だと批判を浴びる。

「性急すぎる」とか「荒っぽい」とかの批判の言葉が聞かれるが、革命は荒っぽいものである。

橋下さんが「統治機構をそのままにしては改革はできない」と、3年間大阪を預かって実感したのであるならば、それを信頼して任せるべきだと思う。

政治の構造を変えるのは容易なことではない。権力闘争は避けられず、荒っぽくならざるを得ない。

それでもその困難をやってみよう、と手を突っ込んだ勇気ある人がいるのだ。殺されかねない危険を犯してもやってみようという人がいるのだ。

学者は、安全な場所から気楽にものを言うが、口だけでなく実際に行動を起こす人を、私は評価したい。

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しかしながら、橋下さんにも言いたいことがある。
自分を批判する人を口汚く罵るのはやめなさい。
「紫頭おばはん」なんて言ってはいけない。
年長の学者を目の前にしてバカにするような喋り方をしてはいけない。
頭の固い人にイライラするのはわかるが、ああいう言動は自分自身を貶める。
ツイッターで悪口書く暇があったら、政治をしっかりやってほしい。

あなたに期待し、応援する人はたくさんいるのだから、罵詈雑言を並べるのはネット住人に任せておけばいい。

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2011年12月26日 (月)

おースザンヌ

24日の夕方、おばさん仲間4人でみなとみらいのクリスマスキャンドルを見に行った。ま、クリスマス的光の祭典ならどこでも良かったのだけど。
ものすごい人出だった。
日本丸の停泊しているあたりから赤レンガ倉庫まで行列状態で、そのほとんどがカップルであった。

若い男性の68%が彼女がいなくて、女性も50数%が彼氏がいないんだって。そうすると残りの3割4割の人がここに集まってるってこと? でもデートスポットはここだけじゃないでしょ。相手がみつからないと言いながら恋人同士けっこう多いじゃないの。全部が恋仲というんじゃなくて友だち同士とか、にわかカップルってこと?

まあそんな話をしたわけだ。

お見合いの習慣がなくなって男も女も伴侶探しに苦労しているということはさんざん書いてきたけれど、問題は「相手を探す」という作業が、もう昔の価値観に基づくものではなくなったということだ。

年頃になればそれなりの縁談が舞い込んで適当な相手と結婚するのが当たり前だった時代では既にない。

世の中の色々なことが変わるのと同じで、結婚形態も大きく変わるのは仕方がない。誰にも止められない。

結婚とか家族の形成に関してはどんなに時代が変わっても、変わってはいけないのではないかと思い続けてきた私も、これは自然の成り行きなのだと悟った。

震災があって、家族の絆だとか結婚の重要性を人々が再認識するようになった、なんて言われているけれど、相手選びの手続きに関してはもう昔のようにはいかない。

カップルはどんどん成立しにくくなっている。

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以前、TBSラジオ「デイキャッチ」で、こんなやりとりがあった。
タレントのスザンヌの結婚報道に関して、司会の荒川強啓とコメンテーターのジャーナリスト井上トシユキのこんな会話だ。
井上氏は独身で結婚願望があるらしい。

井上「僕は合コンじゃなくて、『知人の紹介』がいいですね」

荒川「じゃ、舞さん(サブキャスターの女性)、誰か紹介してあげたら」

舞 「あら、独身の女性たくさんいますよ」

井上「でも僕、(女性と)何を話していいかわからないんです」

荒川氏は、そんなことない、話上手ですよ、と持ち上げるが、井上氏はしきりに「僕、ほんとにつまらないですよ」と言い続ける。
お酒飲むとどうなるの、と聞くと、喋ることは喋るけど、その内容は女性受けしないということらしい。

女性が喜ぶ話ってどういうのか知らないけれど、こういう男性って多いんだろうなあ、と思う。

やっぱりあれか、男性として魅かれる男であれば、難しい話だってなんだって女は喜んで耳を傾けるということなのか。

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芸能レポーターの報告によるとスザンヌの相手は野球選手で女癖があまりよくないらしい。それで周りはあの男はやめろ、と忠告していたということだが、「好き」という気持ちはどうしようもないらしく、結婚してしまったということだ。

中島みゆきの「空と君のあいだに」の歌詞が頭に浮かぶ。

  君の心がわかる とたやすく誓える男に
  なぜ女はついてゆくのだろう そして泣くのだろう

あとで泣くのがわかっていても好きな男についていくのが女の幸せなんだろう。
誠実だが面白くない男と結婚して子供を産んで家族を育てることより。

そんな時代なんだ。

収入が少ないから結婚できないというのは、景気が良くなればなんとかなるけれど、女性が社会進出し、お見合いがなくなった時代には、そもそも相手がみつからないのである。

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     ありがとうございます 人気blogランキング

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  (というか、前と同じようなこと書いてます → http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_3691.html )

  

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2011年12月 5日 (月)

若者が勝った

大阪府知事市長ダブル選挙で維新の会が支持され、圧勝した。

普段投票に熱心でない若年層や無党派層の心をつかみ、投票率も大幅にアップした。

若い世代はあまり選挙に行かないので、政治はどうしても選挙に熱心な老年世代に有利に働く。老人パワーにはかなわない。

しかし橋下候補は若年層に訴えかけた。
「若いあなたたちが今、政治を動かさないと、あなたたちの未来が危うくなる。いま変えなければ、ツケは自分たちに返って来るんです」と。

そして橋下さんは支持を得、当選した。若者が年寄りに勝った。

支持したのは若者だけではないが、若い世代が自らの意志で未来を選び取ったのであれば、この選挙結果は大きな意味がある。

今回の大阪の選挙戦の盛り上がりを以って、「異様」だとか「ポピュリズム」だとか「劇場型」だとか「景気の悪い時は大衆は独裁者を好む。危険だ」だとか、紋切り型の批評をする人々がいる。
そういう感想を短絡的に発する人々が存在するのも、まあ、意味のないことではないが、やはり、そういう人々が理解するべきは、「構造を変えなければ結局は何も変わらないままだ」ということなのだと思う。

そして、「構造を変えるためには、個々の政策を調整するだけの政治では絶対に無理だ」ということを、我々は長年の経験で知った。

「無駄を省く」「景気を上げる」、このことが大阪の人々の願いであるならば、独裁的と叩かれながら根本のところを作り直そうとしている橋下氏の「本気」を応援したのはまことに正しい。

選挙には「戦略」が必要だから、たしかに橋下陣営は勝つための戦略を練ったことだろう。それが功を奏した部分もあるかもしれない。
しかし、果たしてこの選挙結果は「戦略に乗せられた有権者が動かされた」などということなのだろうか。

有権者は、橋下氏の「本気」に賭けてみたのだ。

体制を根本から立て直さないと大阪は変わらない、ということを理解した人々が、自らの意思で「維新」を選んだのだ。単なる熱狂ではない。

もちろん、橋下氏とて聖人君子ではないから、名誉欲も自己顕示欲も人並みに持っていることだろう。しかし、大阪をここまで衰退させたその元凶を「ここまでしなくちゃ変わらないんだ」と訴えるその真剣な姿に大阪の人々は共感したのだ。

「組合のエゴと、保身のためにそれに媚びた政治家たちの所行が大阪を滅亡に導き国家の活力をさえ奪ってきたのだった。それに異議を唱え、既成の行政のシステムに反発して立ち上がったのが橋下徹だった。」 (石原慎太郎「正論・異端な存在の意味」より) 

橋下を危険人物として批判する人というのは、「今のままでいい」「変わってほしくない」という、つまりは既得権益にどっぷり浸かっているか、あるいは、ものがわかっていないか、どちらかにちがいない。橋下氏の言動に不安を覚える、というのはそういうことだろう。

「大阪都構想などと荒唐無稽なことを口走るだけで、その計画の具体的な道筋について何も語らない」との批判もよく聞かれるが、一般大衆に複雑で難解な行政組織の立て直し計画を長々と説明することに何の意味があるだろうか。

「膨大な無駄を生んでいる現在の行政のシステムを根本から立て直す」、これを理解しさえすれば済むことだ。
やるべきことは決まっているのだ。それをやるかやらないかの問題だ。やる人であるかどうかの見極めの問題だ。

大阪の動きは同様の問題を抱える他の自治体にも影響を与え、やがて国政をも動かすだろうと言われる。

「地方から国を変える」、長年言われ続けてきたこのスローガンを本物にするために「頼もしい独裁者」が出現したと、私は思っている。

ただ、並大抵のことでは改革は難しい、本当にできるのだろうか、という心配は誰しも持っていると思う。

小泉さんにもできなかったことができるかどうか、そして、大阪市民・府民のみならず国民は辛抱強く見守ることができるかどうか、当選後の会見で「これからです」と語る橋下氏の厳しい表情は、行く道の困難さを暗示している。

しかし誰かがやらなくてはいけないことなのだから。

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2011年11月22日 (火)

男の流儀

若い男性へのアンケート「なりたい顔」

一位:福山雅治
二位:向井理
三位:木村拓哉

だそうである。
なりたい、ということは、この顔であれば「もてる」という期待があり、つまり、女性の好みがそのようである、ということだろう。

「昔はねー、三船敏郎さんだとか、山崎努さんだとか、高倉健さんだとか、いかつい男性が好まれたもんですけどねー」とこのトピックを報道するラジオのキャスターが言っていた。

そうかな。 昔とか今とかの話じゃなくて、「キレイな顔の男」っていつの時代ももてるんじゃないだろうか、と私は思う。

個人的には私はこういう顔が好きである。

井ノ原快彦  

太賀  

福山より向井より木村よりこっちのほうがずっと魅力を感じる。

因みに、太賀くんは、今年初めNHKドラマ「迷子」で高校生役をやった時に初めて見たのだが、主演の南沢奈央と共にその自然な演技に好感を持った。
やはりNHKの「下流の宴」で美波の弟役をやった時もなかなか上手だった。

男が眉毛を整える風潮にゾッとする私としては、18歳の若者である彼が、その流行に背を向けていることに骨っぽさも感じる。

このような流儀であれば、流れに逆らうほうが頼もしいし、流れを変える可能性も大いにある。どうか眉毛、そのままで。

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«「逝きし世の面影」