2017年7月20日 (木)

マダム蓮舫

民進党の蓮舫代表が戸籍の一部を開示し、台湾籍を抹消したことを表明しました。

「日本の戸籍法に関して無知であったこと」と「不確かな記憶で説明してしまったこと」を謝罪したのですが、なんか、「うっかりしていただけです」みたいな説明ですね。

「謝罪します」と言った時の表情が偉そうで、ちっとも反省しているようには見えませんでした。

それに、
≪今回、選択宣言の日付を公開し、台湾籍が残っていないことをお伝えしたが、こうした開示は私で最後にしてもらいたいと思う。全て国民は法の下に平等だ。
人種や性別、社会的身分などで差別をされてはいけない。
親や本人、子供の国籍、髪や肌の色や名前や筋など、日本人と違うところを見つけて『違わないということを戸籍で示せ』と強要することがない社会をしっかりとつくっていきたいと思っている。
多様性の象徴でもある私が、自らの経験をもって差別を助長することのない社会、多様性を認め合う共生社会を、民進党代表としてつくっていきたいということを最後に強く申し上げたいと思う≫

という発言は、的外れもいいとこです。

これは「差別」の問題なんかではありません。

なぜ政治に関わる者の二重国籍が問題になるかというと、両国間で利益が相反する場合に国益が損なわれる可能性があるからです。

これは二重国籍疑惑が言われ始めてずっと指摘され続けてきたことなのに、まだ勘違いに気づかないのでしょうか。何を見聞きし、考えてきたのでしょうか。

自らの間違いを棚に上げて、「こういう差別的な『強要』は私で最後にしてほしい」といった言い方には呆れてしまいます。

「多様性の象徴でもある私」を受け入れない日本、という印象操作はやめていただきたいですね。

日本が蓮舫さんの言うような差別社会であるなら、蓮舫さんは国会議員に選出されなかったでしょう。

蓮舫さんが有権者からあれこれ批判され続けるのは、蓮舫さんに外国人の血が混じっているからではないです。

国籍取得の経緯についての説明が二転三転したことや、他人への攻撃が激しいわりに自分には甘いということ等がありますが、何より国会議員でありながら国への忠誠心に疑問符がつくその言動が問題なのだと思います。

彼女は「日本のため」など考えて政治家になったのではないように見えるのです。

安倍政権を倒すためなら国益などどうでもいいと思っているような攻撃の仕方は、よく「舌鋒鋭く」などと表現されますが、「戦う自分の雄姿が大好き」という印象しかありません。

彼女は「自己実現」という極めて個人的な動機で政治家になったんじゃないでしょうか。

だいたい「蓮舫」という苗字のないタレントみたいな名乗り方に国政に対する不真面目さがよく表れていると思うのです。

タレントとして国会を舞台にパフォーマンスを繰り広げている、ように私には思えます。

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自己実現で総理をやってた人 → 「総理の自己実現」 


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2017年7月12日 (水)

振り上げたこぶしをおろす時

おとといの加計問題についての国会閉会中審査、参議院の蓮舫さんのところだけ見ました。

この人好きじゃないですが、追及の手法や言葉の発し方は見事ですね。

質問の大半は本質とは離れたものでしたが(前川氏が地位に恋々としていたかどうか等)、呼吸するがごとく、滑らかに、かつ鋭く、質問を矢継ぎ早に繰り出す。
菅官房長官と前川氏に交互に同じ質問をして食い違いをあぶり出す。

憎らしいほどにお上手でした。ご本人もさぞかし気持ちが良かったんじゃないでしょうか。

最後は、「こんなことでは私は本当に心配です」と、心配もしてないくせに、官房長官にお説教してました。

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しかし何よりひどいのはマスコミの極端な偏向報道です。

参考人の加戸守行前愛媛県知事の証言は非常に重要であったにも関わらず、ほとんどの大新聞やテレビはこれを報道しませんでした。

https://anonymous-post.news/archives/672 

 https://www.j-cast.com/2017/07/11302992.html?p=all  
 

ワイドショー見ていませんが、これまで前川氏を正義の味方として持ち上げてきた手前、見て見ぬふりしていることと思います。

大学誘致のまさに現場にいた前知事がはっきりと証言していることを報じないマスコミ。

国家中継を見ない多くの国民がそれを知らず、「これからも追及の手を緩めない」などと意気込む野党やマスコミの言うことを鵜呑みにし、安倍政権は悪事を隠している、などと疑い続けるのでしょう。

もどかしいですね。

一昨日の産経新聞一面コラム「日の蔭りの中で」で、京都大学名誉教授佐伯啓思氏が「フェイクと民主政治」と題して書いていますが、私も同じように思います。 


≪___加計学園の問題は現時点での情報だけからすれば、連日、メディアが大騒ぎするほどの大問題だとは私には思われない。内閣のなかで何があったのか、文科省のなかでどういう経緯があったのか、私には分からないが、おおよその推察はできる。
 安倍晋三首相は「特区の獣医学部新設、急いで進めてくれ」程度のことはいったかもしれないし、内閣官房は首相の「意をくんだ」か「威を借りた」つもりで、文科省に伝えたかもしれないし、文科省では内部で話を通すために「上からの要請だ」ということぐらいはあったかもしれない。むろん違うかもしれない。真相は分からないし、分かりようもないであろう。
だから、「事実を明らかにせよ」と叫んでもあまり意味はない。この場合、「事実」とは何なのか、それさえはっきりしない。周囲の反対を押し切って誰かが強引に権限を乱用して無理を押し通したなどということではないのである。どこまでいっても客観的な事実など出てこないであろう。ところが、メディアは「事実を明らかにせよ」といい、事実が出てこなければ「政府は事実を隠蔽(いんぺい)している」という。政府はフェイクをしている、という。___≫


ワイドショーではこれからも「首相はもっときちんと説明するべき」などと言い続けていくのでしょうか。

いったい何をどう説明すれば納得するのだろう、と思うのですけどね。

首相が「権力を私物化して友達を特別優遇しました。ごめんなさい」と頭を下げて退陣すれば満足するんでしょうね、きっと。

まあ、野党やマスコミにつけ入る隙を与えてこんなに大きな問題にされてしまったのは政権側のしくじりだから仕方がありません。

正直に言えば済んだ話なのに、疑われるのを恐れるあまり、首相は何も指示していないとか怪文書だとか言ってしまった。

最初の対応を間違えてダメージを大きくしてしまいましたね。 → 「飽き飽き」 

おおいに苦しみ、反省し、今後に生かしてほしいと思います。


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2017年7月 8日 (土)

“October Sky”

国のかじ取りを行うはずの国会が、野党やマスコミが「独裁は許さない!」などと言いながら引っ掻き回すおかげで、なかなか適切に物事が決められない状態ですが、社員みんなで力を合わせ目標に向かって着々と準備を積み上げている民間企業が頼もしいです。

政界の混乱などどこ吹く風、ホリエモンこと堀江貴文氏が出資するベンチャー企業「インターステラテクノロジズ」が今月末に小型ロケットを打ち上げる予定です。成功すれば国内初の民間宇宙ロケットとなります。

お金持ちの支援があれば、若干30歳の社長率いる若者集団もこんなにワクワクするチャレンジが可能なのです。

以前、ヒト型ロボットを開発したベンチャー企業「シャフト」のことを書きました。→「Google vs.太っ腹資産家」

日本では出資者が見つからず、泣く泣くGoogleに身売りしましたが、現在はソフトバンクに買収され日本に帰ってきたようです。お金持ちは有り難い。
(因みにこの記事で、今話題の松居一代さんにちょっと触れています。彼女は今とても辛い状態のようですが、かなりの資産家だそうですから、もう面倒くさいことを全部吹っ切って日本の意欲ある若者を育てる方向にエネルギーを注いでみてはどうだろう、とひそかに思います。余計なお世話ですけど)


さて、このロケットは大気圏と宇宙空間の境界になる高度100キロまで上昇するので、その「100」が漢字で「百(もも)」となることから、「MOMO(モモ)」と名付けられたそうです。

わ、なんて可愛いお名前。モモちゃん、頑張って。成功を祈ります。

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ホリエモン関連記事: 「ホリエモン再び」
 
                「一等賞を取りたいんだな」

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2017年7月 6日 (木)

知事の肝っ玉

都議会議員選挙で圧勝した都民ファーストを率いる小池百合子都知事には同時に批判の声も多いです。

その批判は主に市場移転問題への対応にあるでしょう。

私も、あまり意味のない「安全・安心」の言葉の繰り返しや、「豊洲も築地も」といった目くらましのような結論には正直うんざりしていましたし、これにかかる費用やオリンピックに間に合わなかったらどうするのだろうという心配もあります。

それでも、と感心するのは、女一匹、何たる度胸か。

思い出すのは、1995年から一期だけ都知事だった青島幸男氏です。

世界都市博覧会(都市博)が税金の無駄遣いだとして、当時すでに準備が始まっていたのを、就任後青島氏は中止を決めました。

議会で決まったものを都知事の意向だけで覆せるのか、議会に諮った上で中止になったのか知りませんが、都知事の権力の大きさがわかる出来事でした。

しかし、青島都知事は「絶大な権力を行使した」ようには見えず、迷いに迷って「公約だったのだから仕方がないかな」と、いかにも自信なさげなオロオロ感を醸し出していたように思います。
「こんなに工事が進んでいるとは思わなかった。どうしよう、どうしよう」といった懊悩がこっちにも伝わってくるようで気の毒にさえ思ったものです。

ところが小池さんときたら、こんなにお金を使ったプロジェクトを長期間停止させて莫大なお金が流出しても、あっぱれなほど堂々とした態度を続けています。

「自分のお金じゃないから」と言う人もいますが、そんなことはないでしょう。大変なことだという認識は当然あると思いますよ。

でも、都知事としてそれよりもっと重要なのが、都議会の実態を暴き、利権まみれの議員を一掃するという仕事だったんじゃないでしょうか。

そのことのために、市場移転問題を利用したのかもしれません。

そうだとしたら、なんという大胆で強靭な政治家でしょうか。

今回の都議選で自民党は大敗し、安倍首相は痛恨の体で記者団の取材に応じていましたが、考えてみれば、小池さんと安倍さんは何ら対立する理由はないのです。

両者とも政治改革を目指しているならば、同志になるべき間柄とも言えるのではないでしょうか。

おまけに、国防や歴史認識に関してこの二人は一致しています。

どこに対立する理由があるのだろうと思うのですが、政治はそういう一筋縄ではいかないものなのでしょうか。

だいたい、都議会の勢力図が国政に影響することの意味が私にはよくわからないのです。

国は外交・防衛と教育の基本だけを担当していればこんなややこしいことにはならないと思うのですが、首都のことはそういうわけにいかないのでしょうか。

政治を庶民にわかりやすくしてほしいと思います。

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2017年7月 1日 (土)

岸やめろ、安倍やめろ

政治の世界は怖いものですね。

野党やマスコミは国のために政権と協力しようなどという考えは微塵もなく、常に政権の失墜を狙ってほころびや穴を見つけることに全力を注ぎ、ひとたびそれが見つかるや、狂喜してそのほころびに手を突っ込んでぐいぐいと押し広げる。

現政権が何か悪いことを企んでいるはずもなく、政治の方向性には問題はないでしょうに、大事な協議はそっちのけでひたすら与党攻撃に躍起になっている野党やマスコミ。

与野党の攻防はどこの国にもありますし、スキャンダルが原因で政権交代が起こることも珍しくはないと思います。

しかし、「政権交代」って・・・・、今の日本で実際にそれが起こったら野党も国民もものすごく困りますのにねえ。(喜ぶのは反日勢力と混乱をメシのたねにするマスコミだけ)

改憲、安全保障対策、テロ対策・・・、これらは何も恐ろしいことではなく、国の安全と独立国としての矜持を保つため必要なことです。

それらの法整備に関しては疑問点は少なからずあるでしょうが、それをこそ与野党で活発に論議するのが本来の議会というものでしょう。

たしかに、このたびの学校認可の問題については、初動対応を間違えてしまったために野党の猛攻を許すことになってしまい、大臣や議員の失言や不祥事も相俟って収拾がつかなくなってしまいました。痛恨のミスでした。

連日の報道で、国民の政権に対する拭い難い不信感が広がってしまったのは事実です。
こうなってしまっては効果的な起死回生策などあるのだろうか、と思ってしまいます。

一連の成り行きに、一つ間違えると怒涛のような勢いで事態が悪化するのを、また、既得権益を死守しようとする勢力(反日左翼を含む)の逆襲の凄まじさを目の当たりにしてきました。

それでも、政権が民進党などに移るとは思えませんが、自民党内での政権交代が遠からず起きるでしょう。

安倍さんが降りて誰かに変わり、そして何年後になるかわかりませんが、遅ればせながら改正憲法が成立し、現在より監視体制が強化された上でのテロ等準備罪の法律も整えられているのではないでしょうか。

その時、今を振り返って、「あの時、なんであんなに反対したんだろうねえ」と国民は思ってるんじゃないかしら。60年安保の時と同じように。

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2017年6月29日 (木)

ま、キレるほうがマシか、陰湿なのより

漫画家小林よしのり氏の記事: 「松本人志の笑いの限界」 

≪あろうことか松本は、被害者である秘書のほうを根拠なく批判して、豊田のパワハラを擁護しているのだ≫
と小林氏は言います。

私は「ワイドナショー」が好きで、あの回も見ていたのですが、全然そんなふうには思いませんでした。

たしかに、世間に知らしめるために秘書がああいう手段をとるならば、自分が虐められているということを印象付けなければなりません。
それで、か細い声で「あっ・・・、運転中に叩くのは・・・・」などという実況中継のような言い方をしてしまったのでしょう。それはそれで仕方のないことです。

しかし、そこがお笑い芸人のツボにはまってしまった。

松本氏は、芸人の性(さが)としてつい反応してしまっただけでしょう。何も暴力議員を擁護したわけではないと思いますよ。

だいたい、面白いものを取り上げたら、それがなぜ権力を擁護することにつながるんです?

お笑いのネタにすることと、政権への賛否は全く別のことで、片方への論評がもう一方への擁護や批判に即つながるというものではないんですよ。 シーソーや天びん秤じゃないんだから。

こういった思い込みをして怒り狂う、というのはまさにキレる老人であり、老害そのものです。まだそんなに老け込む年齢でもないのにねえ、小林よしのり。


≪番組における権力者・松本が作る「非常識の同調圧力」に、なびくことなく、堂々と正論を述べた指原を見直した。≫

そういうことじゃないのよ。小林氏はお笑い番組をあまり見たことがないんでしょうね。


≪人格が狂ってる者に、権力を持たせてはならん!≫

そう、人のことを一方的に「狂ってる」などと決めつける小林さんも気をつけたほうがいいです。


≪権力に対して強烈な皮肉や悪態をついて、人々をゲラゲラ笑わせる芸人は日本にはいないのだろうか?≫

いや、そういう芸人ばっかりだからつまらないんですよ。

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関連記事: 「アナクロニズム」 


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2017年6月26日 (月)

やらなければやられるという時

国会議員豊田真由子氏のパワハラに関してのフリーライター赤木智弘氏の論考です。→ 「豊田真由子さん。お願いなので、もう表に出てこないで」    

氏の主張はその通りだと思いますが、私は次の記述に興味を持ちました。

≪豊田議員の問題が明るみに出る数日前、Twitterで1枚の風刺絵を見た。
それは、上司のいじめに対する風刺画で「タイでは上司にいじめを受けた部下は上司を刺し殺すが、日本では部下が自殺をしてしまう」と言うものだった。≫


国際的に見て、タイが特殊なのか日本が特殊なのか、それとも他の国ではもっと良い解決法があるのか知りませんが、日本という国の姿勢自体がそういう特質を持っているのだろうなあと思いました。

他国から理不尽ないじめを受けたり、領土を奪われかねない侵犯行為をされ続けても、我慢に我慢を重ねる。

憲法9条はまさに、「反撃するより日本が自殺するほうが望ましい」という意図で作られたものだったのだなあ、と思えてきます。

日本人のメンタリティは昔からそうだったのか、それとも戦後こうなってしまったのか、それは私にはわかりませんが、執拗にいじめる相手に反撃するより自殺するほうを選ぶというのはどうにも納得がいきません。


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漫画雑誌「ビッグコミック」に連載されている
「空母いぶき」(かわぐちかいじ)に、自衛隊によって中国の潜水艦が撃破される場面が出てきます。

相手が先に攻撃を仕掛け、こちらは自衛のため仕方なく反撃をしたわけですが、それでも、中国の潜水艦を沈め兵員150名を死亡させた「戦果」を公表するかどうかで政府は悩みます。

戦闘行為をした上、多数の死傷者を出したことに国民は耐えられるだろうか、反戦感情に火がつき政権も持ちこたえられないのではないか、といった議論になります。

「いずれ知られることとなる」と、総理大臣は国民に向けての会見を決断します。

普通に考えれば、侵略されれば防衛するのは当たり前で、戦闘が起きれば死傷者だって出ます。

150名もの人命が失われるというのは確かに重大ですが、身を護るために行った当然のことを、国民に知らせるかどうか悩まなければならない日本という国を、的確に表現しているなと思いました。


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今回のパワハラ事件で、秘書は録音という形で反撃をしたわけです。

そして、いじめた当人は潰された。戦略勝ちでしたね。

この秘書の方にも問題があったのかどうかはわかりませんが、あの議員の常軌を逸した攻撃性には、何らかの手は打たなければならなかったでしょう。

いじめを止めさせるための戦略は、受けている本人も持つべきと思いますが、周りの協力も必要です。

「いじめは許さない」という強い正義感をみんなで共有することが出発点だと思います。

優しい心というのは、本当は正義感からくるものなんだ。

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2017年6月24日 (土)

老人だから見苦しいわけじゃない

人事コンサルタント城繁幸氏が「サンデーモーニング」での関口宏氏の発言について論評していて面白いです。→ 「若者ってなんで変化を求めないの?と思った時に読む話」

「今の若者は元気がないから変化を起こそうとしない」
とか、「もう成長の時代じゃないのだからこれからは慎ましく生きるべき」といったことは、サンデーモーニングでは昔から繰り返されています。

私も取り上げたことあります:

≪若者ヘタレ論≫
   .サンモニのレギュラーコメンテーター法政大学学長の田中優子氏は「あなたたちは元気がない。昔の学生は考える前に行動を起こしたものです」と学生たちをけしかけるような講義をしていたみたいです。→「愛国心、これでどうでしょう」
 
≪平等に貧しくなろう≫
   これも田中優子氏のサンモニでの発言です。→ 「平等に貧しい」  
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城さんは、大雑把に高齢者と若者の世代間ギャップを論じています。
たしかにそういう傾向はありますが、一概に年取った人と若い人のメンタリティの違いとも言えないと思います。

ネットでは反政権一辺倒のサンデーモーニングのような論調に拒否感を示す高齢者も見られますし、反政権ですっかり固まってしまった若年者もいます。

要するに、情報量(多様な意見にアクセスできる能力)と頭の柔軟性の違いでしょうね。
 
笑ったのは、城氏の記事のコメント欄の:
「関口宏氏をテレビが使い続ける理由が判りません。
誰があの人を支持しているのでしょうか。
老人も老人の顔を見るのは嫌なものです。」

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2017年6月14日 (水)

戦うべき相手は誰なのか

もう10年近く前になるんですねえ。
志ある元官僚たちが「脱藩官僚の会」を結成して霞が関改革の旗を揚げたのは。→ https://kotobank.jp/word/%E8%84%B1%E8%97%A9%E5%AE%98%E5%83%9A-188199

官僚の手の内を知り尽くした元官僚たちが、官僚支配から脱却して政治を国民の代表たる政治家に取り戻そう、と意気込んでいたのではなかったのかなあ。

民進党の中にもそのメンバーがいるでしょうに、その人たちは加計問題で省益優先に走る官僚の肩を持つようなことをやっています。

あの志はどこへいったのでしょうか。

メンバーだった岸博幸氏が怒っています。 → http://www.sankei.com/politics/news/170612/plt1706120032-n1.html

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さて、嘗ての自分たちの居場所を取り戻そうと、躍起になって反撃の勢いを増してくる左翼勢力なんですが、彼らは「反日」とも言える特異な人々です。

そういう人たちが日本の国会議員になっていたり、「市民」と称して日本を貶める活動を熱心にやってるわけで、こういう人たちが日本国民として存在するのはもう仕方がないことです。確固たる信念があって活動しているのだからどうしようもない。

≪新安保法は戦争法だ、日本が戦前のように暴走して戦争に突っ込む。
 共謀罪は戦前の治安維持法と同じ。言論の自由がなくなり、国民はいつも監視される≫

こうした煽り方で国民の気持ちを誘導する彼らは、かつて実際にテロ事件を起こし、日本を不安に陥れた暴力集団の系譜に連なる人々ではないのでしょうか。

こういう人たちがまた凶悪なテロ事件に関与することになるのではないかという懸念と、今の日本が再び戦争に突っ込むのではないかという懸念、どっちが現実味があるだろうかと私はよく思います。

私は、かつて革命を画策し、罪なき人々を死傷させた集団のほうがずっと怖い。

だって彼らの思想を引き継ぐ者たちの活動が今現在も日本各地で活発なことを考えれば、そのほうが自然なんじゃないでしょうか。

ただ、現実的には今の時代、彼らが武器を使って日本社会に何か悪さをするとは考えにくい。

しかし彼らの言動には、中国と手を組んでいるとしか思えない、朝鮮半島の応援をしているとしか思えないところがあります。

それがとても怖いと思います。

彼らがなぜ特定秘密保護法に反対するのか。
彼らがなぜ安保法に反対するのか。
彼らがなぜテロ等準備罪に反対するのか。

右派や現政権支持者の中にもこれらの法律に反対する人はいます。

しかし彼らの反対の理由は、反日左翼勢力の反対論とは論点が違っています。

左翼は、戦前の治安維持法と同じだとか、戦争に突き進むだとか、言論の自由がなくなるとか、一般の人が共謀の罪で逮捕されるだとか、突拍子もないことばかり並べ立てますが、まともな人々のまともな反対論を聴いてみると、それらとは全然違うのがわかります。

たしかに安保法は穴だらけであるらしいし、共謀罪も矛盾を抱えています。

しかし、だからこそ本気の議論が必要なのに、とにかく加計問題などで政権を打倒することしか頭にない野党が多い。

ほとんどの野党は、安倍政権を倒すことしか考えていない。
マスコミは政界がゴタゴタを起こすと儲かるのでどんどん煽る。

そして日本に敵対する周辺国と、種を撒いた左翼活動家はほくそ笑む。

そういう構図になっていて、多くの国民はそれを知らずに流される。

野党もマスコミも国民も、特殊な「反日左翼」の仲間になってしまってはだめなんですよ。
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現政権は危険だ、という印象操作に易々と乗ってはだめ。違う意見も聞いてみて、実は何が危険なのかということを考えなきゃいけません。

テレビや左翼新聞の言うことだけに影響されていると思われる年配者のブログ記事などをたまに目にすると、せっかくインターネットを利用できる環境にいらっしゃるのに残念なことだなあと思います。

国民がしっかりしなきゃ政治を良くすることはできないんですよ、民主主義なんだから。

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2017年6月13日 (火)

飽き飽き

なんかワイドショー、まだ加計学園問題やってますね。

たいした問題ではないと思っていたけれど一向に収束しないどころか、ますます野党やマスコミによる盛り上げ方が激しくなってきた感があります。

政府は仕方なく、追加調査をするなどと言わざるを得なくなりました。

ネットでは、右派のみならず安倍政権に批判的な人までが、加計学園の認可経緯はそんなにおかしなものではない、と指摘しているのに、テレビや左翼マスコミは一切そういう意見を紹介しませんね。

ネットで見られるのは例えばこういった意見です。
・田中秀臣  http://ironna.jp/article/6694?p=1
・朝比奈一郎 http://blogos.com/article/226755/

本筋とは関係ないけど、興味深いのでこれも: 
        → 木走正水 http://blogos.com/article/226897/  

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問題をこんなに長引かせてしまったのは、官邸が最初の対応を間違ったからだと見る人が多いようです。

先日のBSフジ「プライムニュース」でも、こういうメールが視聴者から寄せられました。

「官邸はなぜこんなにムキになって(文科省の内部文書を)否定するのでしょう。文書の存在を認めた上で、”総理は指示したことはなく、内閣府の勝手な忖度である”、とダメージコントロールしていればこんなに大きな問題にはなっていなかったのではないでしょうか。」

すると、民進党の江田憲司氏が、「その通りですよ。内閣府に聞いてみますと言えば済むものを、官房長官がいきなり前川批判。初動対応を間違ったんじゃないですか」と。

さすが、官僚の保身体質を熟知しており、官邸経験もある江田氏、わかってらっしゃるじゃないですか。民進党なんかにいるべきじゃないなあ。

加計学園問題も森友問題も、とにかく現政権を潰そうという目的から熱心に取り上げられます。

国民が戦後思想から目覚めつつあり、安倍政権の支持率も好調な中、戦後の言論空間を独占してきた左翼勢力は追い詰められ、フラストレーションをためながらできることと言えば「政権の暴走だ。独裁だ。言論弾圧だ」などとおかしな言いがかりをつけることしかできなかったのが、格好の攻撃材料がみつかりましたね。

この騒ぎは簡単に言えば、立場が悪くなっていた左翼勢力の逆襲でしょう。



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2017年6月12日 (月)

団塊世代の最後の大仕事

前記事より続く>

さて、思いつくままのんびりと生死の哲学を語るのもなかなか楽しいことですが、一方で、現実社会は切羽詰まっています。

この凄まじい少子高齢化という状況は「平時」ではない。
「緊急事態」にどう対処すべきか、ということを考えなければならない時代に私たちは生きています。

近頃、死を語ることの禁忌性が徐々に薄れてきて、「長生きはそんなに良いことか」などと問題提起されることも多くなり、人々が人生の終い方に果敢に向き合うようになってきました。

そうは言っても、老人だって特にやることなくてもなるべく健康で長生きしたいでしょうから、世はまさに健康ブームです。
アスレチック教室に通ったり、健康食品をあれもこれも購入して健康に気を遣います。
お金が廻り経済が活性化するのは、それはそれで結構なことです。やれる人はおおいにやるべし。
健康は何よりです。

問題は回復の見込みもなく寝たきりの状態なんかになった時です。

脚本家の橋田寿賀子さんは、安楽死を法制化してほしい、と発言しました。
いいなあ、あれぐらいの年になるとそういうこと平気で言えるんだもんなあ。
私なんか年寄りとは言ってもまだ69歳。若手のほうだから、そんなこと言ったら「老人は死ねと言うのかっ」って80歳の人から叱られてしまいます。あー、早く80歳になりたい。80歳になって平気ですごいこと言いたい。・・・それまで生きなきゃならんのか。なんてこったぃ。

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「安楽死」という方法には過激な印象を持ってしまいますが、橋田さんは自分が認知症になってしまった時のことを想定して、そういう法律があれば認知能力があるうちに選択することができると言います。

たしかに認知症になって自分が自分でなくなって長生きするなどというのは想像するだけで恐怖です。こんな場合には「安楽死」も選択肢に入れておきたいと思うのはそんなにおかしなことではありません。

しかし、安楽死はともかく、尊厳死さえ躊躇してしまうのが高度に医学の発達した現代社会というものでしょうね。

回復する見込みがなくなった高齢の患者に限り、家族の同意を得て延命措置を施さない、というのは医療現場ではすでに行われているようです。

回復の見込みがなくても機械に繋がれて心臓だけは動いているという状態の時、可哀想だからと言ってそれを人為的に中止すれば、犯罪となってしまいますが。

誰だって自分は機械に繋がれた植物状態にはなりたくないと思っているでしょうに、第三者的な立場になると「人の命を奪う」ことの恐ろしさに身がすくんでしまいます。

死を忌避するあまり、苦しみを長引かせたり尊厳を損なわせながら回復の見込みのない老人の心臓を無理やり動かすことは、善意のようでいて実は誰のためにもなっていないのではないでしょうか。

みんなの少しの勇気で老人も平穏な終末を迎えられるようになるし、次の世代の人たちの生活や未来も救われるでしょう。

社会学者の上野千鶴子先生は「文芸春秋」特集≪安楽死の是非≫でこう述べています。
≪生まれる時も生まれ方も選べないのに、死に時と死に方を選ぶのは人間の傲慢。「生きるに値しない生命」を選別する根拠にもなる。尊厳死と安楽死の間はグレーゾーンで境界がつけられない。本人も周囲も最期の最期まで迷い、悩みぬけばよい。≫

こういう気持ちもすごくよくわかるのですが、人間社会の価値観は時代によって多少は変わるものだと思います。死生観だって、時代により人により、いろいろあるのではないかと思います。

だからこそ、自分で選べる、という制度を整えておくことが必要。

これからは、リビング・ウィル(延命治療を拒否するなどの生前からの意思)を表明しておくということが大事になってくると思います。

リビング・ウィルを残さないまま意識不明になってしまった場合も葛藤はあるでしょうが、決断を迫られることになるでしょう。

昔なら自然に亡くなったであろう状態の老人をどうしてあげるのが最善なのか、みんなで考えていかなければならない問題だと思います。

難しいと言えば難しいけれど、医師を含む周囲の人々がみんなで合理的な判断をして、善意の決断だという自信を持つ必要があるんじゃないでしょうかねえ。

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お医者様の見解です:
             中村ゆきつぐ 「尊厳死 議題へ」 


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過去記事: 「リビング・ウィル」         
        「死亡率100%」        
        「日 本人の死に時」        
        「老人vs非老人」         
        「やっかい者になりたくない

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2017年6月 9日 (金)

cosmos

前記事より続く>


もし「生きても死んでも大差ない」が本当のことだとしたら、自ら命を絶つ人はどんどん出てくるでしょう。
もう死んでしまいたいと思うほどに悩んでいる人など珍しくないのですから。

この辛さは死んでしまえば終わりになるどころか、新しく生まれ変わることができるなら、そのほうがずっとマシではないかと思ってしまいますよね。

ここで人に不可欠なのが宗教心ということになると思います。

他者を害することはもちろん、自死もロクな生まれ変わりをしない、あるいは地獄へ堕ちる。世界中の宗教がそう教えます。

それはなぜかというと、現世の秩序維持という目的もありますが、同時に実は宇宙全体の安定が図られているのではないでしょうか。

何を言い出すのだと思われるかもしれませんが、この宇宙はきっと、「善」とか「美」、あるいはもっと他の、私たちには想像もできないような価値の実現のために生まれたに違いないと私には思えます。

その至高の価値について説明できる言葉など持ちませんが、それを構成する要素として、宇宙広しといえども、人間の幸福感や感動に勝るものはないのではないかと私は思います。

意識が集まってこの世ができているとするならば負となる邪悪なものはできうる限り排除されなければならない。

幸福感を味わうとか感動するといった人間の正の意識。そういう意識を増やすために、人は自分の行動を律しなければならないんじゃないでしょうか。

現世を良く生きることは良い生まれ変わりにつながる。そう思って行動し人生を全うしなければ、意識を持つ人間として存在する甲斐がない。

何も厳正に自分を縛らなくてもいい、適当な人生でもいいから、人を殺めたり自らの命を無理やり終わらせるようなことだけは禁忌としなければならない、そんな風に思います。

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2017年6月 8日 (木)

意識の拡散

前記事 より続く>

死んでも「自分」という意識は存在し続けるはずだ、と私は思っているのですが、それはいわゆる「生まれ変わり」なのでしょうか。

幼い子が、知るはずのない時代や地域の「事実」を語るという「前世の記憶」について世界各地で報告がありますが、これはトリックの類ではないかと私には思えます。

この無限ともいえる宇宙に、地球という特定の小さな場所に生前の記憶などという意識がとどまるものだろうか。

意識が
「この世界の最も小さい物質よりさらに小さな存在で、重力や時間や空間にとらわれない性質」 を持っているなら、瞬時に全宇宙に拡散しそうなものです。
お隣の宇宙の、あるいはもっともっと離れた宇宙の中で新たな「存在」として目を覚ます、と考えるほうが自然です。

まあ、ごくまれに地球に居座る意識のかたまりなんてものもあるのかもしれません。だとしたら「生まれ変わり」は本当のこととも考えられるのですが。

こういう話、ピンと来ない人はいるかもしれないけれど、宇宙の広がりと、「自分」という存在に不思議を感じる人ならなんとなくわかるのではないでしょうか。

要するに、≪「自分」は消滅しない、それはこの世が存在するため≫ ということなのですが、肝心なのはここからです。

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2017年5月31日 (水)

「意識」はどこへ行くのか

「かつて自分が存在しない時があったことなど、誰も気にしない。とすれば、自分がいなくなる時が来ることも、何でもないはずだ」

イギリスの随筆家ウィリアム・ハズリットという人の言葉だそうですが、なるほどねえ、と頷いてしまいます。

自分はどこから来たのか。そして死ぬと「自分」はどうなるのか・・・・、誰でも考えたことがある疑問でしょうね。

若い人は特にそう思うだろうし、老人が達観しているかといえばみんながみんなそうではありません。

死ぬと天国に行くのか地獄に行くのだろうか、と思ったり、いや、もう脳はないのだから、楽しいとか苦しいなどととは感じないはずだ、とか。それにしても「自分がなくなる」とはどういうことなのか。暗闇の中に一人ポツンと存在するということなのか。しかし、「自分」はもう存在しないのだから暗闇だとか一人ぼっちだとかさえ認識できないはずではないか・・・

私は、「自分という存在がなければこの世はない」と理解しているので、死ねば自分が存在しなくなるとは思ってはいないのです。

この世界は人の意識の集合体でできているという説があるそうですが、それはなんとなくわかります。

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「自分」という存在は、この世の存在にとって「必然」。

この世を認識する主体として必ず「自分」が存在しなければ、この世が存在するはずがない。

つまり「自分」が存在するからこの世がある。

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私はこのことについていくつも文章を書いており、例えば次のようなものがあります。
 


10年前に亡くなった哲学者池田晶子は 
「生きても死んでも大差ない」と言っていました。

往年の女優賀原夏子は亡くなる前 
「いよいよ死ぬかと思うとドキドキしちゃう。初めてのことって面白い」と言っていたそうです。

こういう感覚が私はとてもよくわかる。

諦めとか達観などということではなく、再び新たな「自分」の始まりがやってくるだけ、という感覚を持っています。

人それぞれの意識はいったん生まれればなくなることはないだろうと私には思えます。

大丈夫、あなたの意識は何かの形で必ず存在し続ける。

そうはいっても、そんなふうに思えない人に「そう思いなさい」といくら言ったところで、そう思えない人がほとんどでしょうから、この話は終わりにして、次行きます。

それに「人の意識がこの世を作っている」などといっても、まだまだわからないのは、人と動物の意識の境い目や、人の知性や感情に近づいてくるAIについて、どう考えたらいいのだろう、ということなど。そういう疑問はこれからどんどん膨らんでいくのではないでしょうか。

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2017年5月28日 (日)

民主主義国なんだから「強い政権」を怖がらなくてもいいと思うんですけど

結局、政治を官僚にお任せして安心していたいというのが日本人の本音なんじゃないかと、加計学園騒動を見ていて思います。

「官僚支配が良くない。国民の代表である政治家の手に政治を取り戻せ」などと言いながら、実際に政治の中枢が強い力を発揮して岩盤規制に風穴をあけようとすると、「権力の乱用だ」と批判の矛先を政権に向けるのですから。

強い政治などいらない、権益を守ろうとする省庁と結託する政治勢力(と支持勢力)が強いままでもいい、物事が遅々として進まなくてもいい、このまま動かさないでほしい、そう願っている人も少なくないということなんでしょうね。

なんだか小泉改革の時も同じこと書いたような気がするなあ。

マスコミは両方(「既得権を崩せ」と「権力の乱用」)に交互に火をつけ、煽り、商売に利用するし、善男善女(特に情弱の高齢者)はその都度どっちにも乗せられ、本質的なことは考えようとしない。

どこの国も似たようなものだと思いますが、それを繰り返しながら時代を作ってきたんでしょうね。

まあ仕方がない。誰だって既得権は手放したくないし、これが自由主義社会というものでしょうから、そんなに悪いことでもないか。

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