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2004年8月30日 (月)

傷つきやすい心

私たちの世代は、子どものころ、大人たちからよくからかわれたものでした。いやだなと思うこともあったけれど、特に深く考えもせず、大人とはそうしたもんだ、と無意識のうちに受け入れ、とりたてて不機嫌になったり反発したりすることはありませんでした。ちょっと気のきいた子などは大人顔負けのジョークで切り替えしたりもしていました。くすぐったいような居心地の悪いような思いをしながらも、子どもたちはそういう状況を乗り切る力をつけていきました。大人とのそういう関係は、子どもたちの心に何かしらの強靭さを育んでいたように思います。

しかし、今どきの子どもはからかわれるとムスッとして口をきかなくなります。本気で悩む子もいます。それで、大人たちはだんだんそういうことをしなくなりました。
子どもたちは傷つきやすい壊れ物になってしまいました。
心を傷つけられ、トラウマになってしまった、などと言います。なにかというと、トラウマのせいにする人が増えてきたようにも思います。

お笑い芸人たちが、いじめや虐待にも見えるような過激なコントなどを繰り広げているのを毎日のように笑って楽しんでいながら、人間、こと現実の自分にふりかかると、いともたやすくこわれてしまうのです。

大事なことは、「親しみをこめたからかい」と「言葉の暴力」の区別ができるかどうかじゃないでしょうか。
人間関係が希薄だと、そういう区別はできにくいのかもしれません。

昔は、家族の関係、親戚との関係、隣近所との関係、すべてもっと濃密で、相手の発言の真意を読み取ることが容易だったと思われます。

口の悪い親戚のおじさんにからかわれたり、おばさんの世間話に付き合ったり、大人数の兄弟姉妹の中での憎まれ口のたたき合いは日常茶飯事でした。子どもたちはそうやって腹を立てたり言い返したりしながらたくましい心を作り上げていったのだと思います。

人間関係の濃密さは、大人にとってははなはだだ鬱陶しく面倒くさいことではあるけれど、子どもの成長にはとても良いことではないでしょうか。

つまり、そういう面倒くさいことを我慢する「大人の覚悟」が子どもを育成するんですね。

大家族や地域コミュニティ、また、法事や祝い事、祭りのたぐいは子どもたちが大人たちと接することのできるとても好ましい場ではありますが、それらが簡素化され、省略されつつある今、親戚や隣近所にわずらわされない快適さを選ぶか、もう一度、昔のような面倒くさい人間関係を取り戻すか、さあ、どうします、大人のみなさん、子どもたちのために。

しかし、あー、めんどくさい。

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2004年8月27日 (金)

席を譲る

よく聞く話ですが、「電車でお年寄りが立っていたが席を譲る勇気がなかった」とか「体の不自由な人が困っている様子だったが助けていいものかどうか迷った」などと言います。

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2004年8月25日 (水)

少子化を移民で補うか

今日の朝日新聞に「移民受け入れ」についての是論と非論が掲載されていました。

「是」は現代文化研究所研究員の鈴木江里子氏。

「非」は経済アナリストの森永卓郎氏。

どちらの意見も納得できるもので、どちらがいい、などと簡単に決められるものではありません。

結局はこういう是非論はそれぞれの人間の価値観によるものなんですね。

「多様性を生かして、国力を維持発展させる方向で考えるべきだ」とする鈴木さん。

そして、
「そんなに経済が発展しなくてもいいじゃないか。人口だってなぜ一億二千万を維持する必要があるのだ。貧しくたって生活を楽しむ方法を考えればいいのだ」と、とっても幸せな森永さん。

でも、価値観なんですね、結局。

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2004年8月24日 (火)

太ったアメリカ人

アメリカの中流かそれ以上の家庭を訪問したことのある人なら、「こんなに気候がさわやかで、快適な気温なのに、なぜエアコンをつける必要があるの?」と思う人が多いはずです。アメリカ人のエネルギーの無駄遣いにはハラハラさせられます。

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2004年8月23日 (月)

男子高校生の眉毛事情

高校野球が終わりました。
特にスポーツに熱狂する体質ではありませんが、決勝戦は楽しませていただきました。

球児たちの活躍や感動の場面に関するコメントはさておいて、私が「へェー」と思ったのは、彼らの眉毛です。

球児も眉ととのえるんだぁー、と思ったのは、2・3年前から、ちらほらそういう子が出てきた時からでしたが、昨日の駒大苫小牧の勝利で選手たちの顔が映されたのを見ると、一人の例外もなく眉を細く整えていました。丸坊主に細眉ってちょっと不気味なんだけど、「丸坊主だからこそ、唯一おしゃれを発揮できる部分なんだ」なんて声もあるようです。

ま、趣味といえば趣味、おしゃれといえばおしゃれなんで、べつだん、とやかく言うこともないんですが、うちの二十歳の娘なんぞは「べつにいいんだけどさ、鏡に向かって眉毛抜く作業してる姿を想像するとさ・・・、あっはっはっは・・」なんて笑いころげております。

ちかごろの男子高校生の眉毛事情はどうなっているのでしょうか。細く整えるというのがトレンドなんでしょうかね。

ま、それもこれも、女子がそれを望むからそういう流れになるんでしょうから、男子もご苦労さんなことです。

「クサイのはイヤ」と言われて、におい消し化粧品をふりかけ、「むさくるしいのはイヤ」と言われて、産毛をそったり毛穴パックに精を出し、「お洒落なレストランやクラブに連れて行けないような男はダメ」、「おもしろい会話で楽しませてくれないような男はダメ」と言われ・・・・・
かくして、オトコたちはこぞって都会的なセンスを身につけることに邁進し、武骨、純朴、無口な男たちはますます、相手を見つけにくい泥沼状態に陥って行きます。・・・・・、皮相的な見方かもしれないけどね。

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2004年8月20日 (金)

多次元宇宙

たぶん私だけじゃないと思いますが、「あー、危なかった」なんて、ヒヤッとした時など、「もしかしたら、そっちの危ないほうの事態になっている世界も存在するのかも知れない」なんてことを夢想することありませんか。
私は子どものころからそいうことをよく考えました。

小学生の時、映画「タイム・マシン」(最近リメークされたヤツじゃありませんよ。すんごいクラシックなB級映画、だけどめちゃめちゃ面白い)を見て以来、「時間」や「空間」というものを、ああでもないこうでもないとしつこく考えるようになったせいかもしれません。

18歳のころ、SFを読み始めて、パラレル・ワールドの概念を知り、更に、それは、れっきとした学問の分野の理論として存在することを知りました。

最新の天文学では、多次元宇宙という考え方が主流になりつつあるそうです。
つまり、宇宙は「ユニバース」でなく、「マルチバース」で、その進化の過程で、決断、選択のたびに、無数に枝分かれしていくというのです。おお、これはまさに、私が昔思い至ったことではないか。

こういうことを考えていると、日々の暮らしの悲喜こもごもやイラクで起こっていることなど、すべてが、何か夢の中のことのように思えてくるのです。

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2004年8月19日 (木)

間違った思い込み

「子どもの異常な犯罪がこのところ目立つので、昔に比べて少年犯罪が増えたように錯覚し勝ちだが、実は少年による凶悪犯罪は現在に比べて昭和30年代のほうが遥かに多い」、というのはよく指摘されることです。
少年による殺人の発生件数は昭和40年を境にほとんど変化がないそうです。

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2004年8月18日 (水)

負け犬の本音

酒井順子著「負け犬の遠吠え」・・ずいぶん話題になりましたね。

いまさらですが、感想を書きます。

これは、そんじょそこらの学者や評論家のご高説なんかぶっ飛ぶほどの国家論だな、と私は思いました。(そんじょそこらの国家論を読んだことがないので適当に表現したまでですが)

要するに(要約しちゃっていいんでしょうか)、「日本にはいいオトコが少ない!なんとかしてくれー」という叫びなのです。いや、著者はそういうことを書くつもりはなかったかもしれない。しかし私はそう受け取りました。
言っとくけど、「いいオトコ」というのは、何もスーパーマンのようなオトコのことを言うのではありません。ごく普通に年相応に成長してる常識的なオトナのオトコであります。
そういうオトコが日本には少ないと言うんですね。

で、著者はそこで終わりなんだけど、私はその先をいきたい。

「日本はいいオトコを育てるための体制を整えなければならない」

どうです、これは立派な国家論ですじゃ。


どーんと余っている「30代独身キャリア女性」の大部分は、結婚したくないわけではないのです。仕事に生きがいを感じブランド品で身を固めゴージャスレストランに通って充実した毎日を送っているようにみえても、実は結婚願望はすごく強い。
正確に言うと、結婚もしたいし、子どもを2・3人持ちたいし、できたら仕事も続けたい、のだと思います。

そんなに多くのことを抱え込むのは大変かもしれない。でもその大変なことは、「いいオトコ」と結婚できさえすればなんとか乗り切れるような気がする・・・・・、あの本は女性のこんな本音を語っているんじゃないでしょうか。
まともな女性は、けっこう情熱も純朴さも備えているものだと思うのです。

それよりなにより、酒井さん文章がうまい。毒の出し加減が絶妙。

30代未婚女性だけでなく、子育てまっさいちゅうの親たちや、若い男性諸君、年配のかたがた(つまりこの国の全オトナ)に是非読んでいただきたい。今からでも是非。
あの本はブームなどではなく、国の根幹に関わる問題を提起しているのです。

「ちょっとちょっとォ〜」って酒井さんは仰るかも知れないけど。

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2004年8月17日 (火)

「志」を育てる

私は普段あまりスポーツに興味はないけれど、やはり、オリンピックで日本勢がどれだけ金メダルをとったかということには関心を持ちます。

日本時間では真夜中の競技が多いので、リアルタイムでは見ませんが、翌朝のニュースハイライトでも、勝利の瞬間は興奮するものです。

でも、
夜中じゅう起きて競技を見ていた小学生が「眠気がどっかいっちゃいました!」なんて目を輝かせています。

これなんですよね〜。翌日のダイジェスト版じゃダメ。実際の時間を共有しないと感動は半減するんですね。

長野冬季オリンピックで、当時受験生だった長男がテレビの前に釘付けになっていました。ジャンプ競技で船木選手が飛距離を大きく伸ばし日本チームの勝利を決めた時、普段あまり感情をあらわにしない長男の感動の様子は今も忘れることができません。

「感動」を体感することは、「受験生なんだからオリンピックより勉強」だとか、「小学生は早く寝なさい」、だとかの説諭のたぐいとは比べものにならないくらいの教育的効果があります。

話は変わりますが、

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2004年8月16日 (月)

人間だもの


本屋さんで、コミック本にフィルムカバーをつける作業中の機械を見ました。
本を入れるだけで、透明フィルムが装着されたものがポンと飛び出します。
食品などのラッピングの機械はその前からあったのかもしれませんが、コミック本用のは立ち読み防止のために開発された機械なんですよね。

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2004年8月 8日 (日)

反戦を叫ぶということ

毎年、終戦記念日のこの季節が来るたびに、テレビなども特集を組んだり、反戦ドラマが放映されたりして、「核兵器廃絶」「戦争反対」のムードが高まります。
そして、憲法9条の改正を提案する人たちやミサイル防衛システムの必要性を説く人たちは、まるで冷酷非道な鬼だと言わんばかりの批判を受けます。

辛いですね。

自称平和主義者たちは楽です。「平和」「護憲」と叫んでいさえすればすむのですから。

憎まれ役になって実際に世界の現実の荒波に立ち向かうのは容易なことではありません。


お盆休みに入ったので、しばらくお休みします。

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2004年8月 4日 (水)

子どもを生むということ

子どもを生めないオヤジたちが若い女性たちに「生め、生め」とせかして彼女たちを怒らせ、若い女性たちは「子育てにお金がかかる」「社会状況を考えると子育てに不安感がつのる」などと、生まない理由を述べます。

しかし、少子化論争で表に出るのは、この2大勢力だけですね。

「ねえ、みんな、せめて二人は生もうよ」と言う若い女性はいないのか。

「生みなさい。助けてあげるから」と言う子育てを終えた主婦はいないのか。

「俺の子どもをたくさん生んでくれ」と言う勇気ある若い男はいないのか。

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2004年8月 2日 (月)

お酌する?

「居酒屋文化の変化により、女がお酌をしなくなった」と、ある女性文芸評論家が新聞のコラムに書いておられました。はっきり言うと斉藤美奈子という人なんですが。
つまり、個飲化が進み、「おビール2本ね」から「生中三つね」などと注文するようになったためだと。

この女性文芸評論家は、女性が男性のために酌をすることがお気に召さないようです。

お酌をするしない。
そんなものは男や女の自立論でもなんでもありはしません。男をねぎらうためのちょっとしたサービスにすぎません。その程度のことで男が喜ぶのならお安い御用ではありませんか。
なにをつっぱらかっているのです。

フェミニストの言い分はわかりますとも。
そんなことを許していると、男がつけ上がってだんだんエスカレートしていくとでも仰るのでしょう。

つけあがって、エスカレートして手がつけられないほど傍若無人になっているのはいったいどちらでしょう。

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サボる子どもたち

「学校がいやで仕方がなかった」、「授業が全然おもしろくなかった」、「教室に座って退屈な勉強をするより、自然と戯れるほうがずっと面白かった」「授業をサボってよく映画を見に行った」・・・・などと言って、子どものころの勉強嫌いを吹聴し、「勉強などしなくても、ほれ、この通り、僕はこんなに立派に生きている」と胸を張る有名人が結構います。

「有名になる」イコール「成功する」ということに一応なっているから、多分、勉強しなくたって、人生を実り多いものにすることは可能なんでしょう。

でも、そういう人たちにあまり大きな顔をされるのも困ります。子どもが勉強しなくなっちゃうじゃないの。

勉強しない子どもが増えると日本人の知力や技術力を保持発展させる基盤が弱体化し、人材不足となり、国力は著しく低下するでしょう。国力が低下すると貧乏になり、やがて国は滅亡します。

自然と戯れたり、映画を見ることはとても大事なことなので、大いにやってほしいのですが、学校はちゃんと通って、退屈だなんてスネてないで、きちんと前を向いて先生の言うことを聞くようにしましょう。

大事なことは、子どもが学校を「退屈なところ」などと思わないような場所にすることですよね。

学校、また、教育行政の何をどうしたらいいのでしょう。

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