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2004年9月22日 (水)

擬似体験

経験していないのに、なぜか懐かしく思える情景を歌った歌があります。

爆風スランプの名曲「大きな玉ねぎの下で」。
先日、運転しながら、ケースの底のほうにもぐりこんでいた昔のカセットテープに入っていたこの曲を久しぶりに聴いてホロリときました。

ペンフレンドの少女への淡く切ない恋心を歌ったものですが、ありきたりでない設定がなおさら感動を呼びます。
今で言うと「メル友」ということになるのでしょうか。しかし、胸打たれるほどの純朴さにおいては「文通」「ペンフレンド」に並びません。

ペンフレンドを持ったこともないけれど、なぜかこの曲を聴くと懐かしい思いでいっぱいになります。

加藤登紀子の「時には昔の話を」。
これは、学生運動の日々を振り返る歌で、全共闘運動とは何の関係もなかった私が言うのはとても変ですが、やはり胸にぐっとこみあげるものがあるほど懐かしい。

 見えない明日をむやみに探して
 誰もが希望を託した・・・・・
 揺れていた時代の熱い風に吹かれて・・・・

こんなの聴くと、「熱かったんだろうなー、燃えてたんだろうなー、青春だなー」と、なんとなく自分が体験したことのように胸が熱くなります。
 
尾崎豊の「卒業」。
共感するというのではないけれど、平和で豊かになって以来ずうっと続いている若者の「あがき」に心動かされます。

懐かしいと感じるのは、立場や考え方こそ違え、「若さのエネルギー」をため、時には爆発させたこういうもの全部ひっくるめて、その時代その時代の「あの頃」というものを若者だった全員が共有しているということにあるのでしょう。

50代も半ばを過ぎたこの私も、ついこの間までまぎれもなく若者であったし、今もなお、若者の残像をひきずっています。

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