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2004年9月15日 (水)

子どもの数

kakuさんのご意見を読んで思うことを書きます。

>女性が「出産・育児以上に、もしくは、“それと同じ位”愛する何かを持つ事」が信じられない人、残念ながら性別を問わず結構存在するのが現実です。<

この言い分は非常によくわかります。
だから、反論じゃありません。反論じゃないけど、ちょっと聞いてください。

ちょっと寒いんだけど、私は人間の存在理由って「愛の追求」だと思っています。

で、愛はどのように人間の心に宿るかというと、愛されることによってだと思います。

愛の原点は神でもなく恋愛でもなく、子どもへの愛情じゃないでしょうか。

親またはその他まわりの大人たちに愛されることで、子どもは愛を知るんだと思います。

私たち普通の人間はマザー・テレサではないので、世界中の人をわけへだてなく愛することはできません。

隣の子より親戚の子より自分の子をより愛するようにできています。

子どもを持つ能力があるのに出産・育児以上に「愛する何か」を持つ人が増えていく、ということは「愛の継承」を知らぬまま生涯を終える人が増えていくことなのかなあ、と思います。

神なんか信用できない、男女間の愛だって不確か、そんな状況の中、子ども以上に「愛する何か」をみつけることができたのなら、それはその人の人生にとってすごく幸せなことだと思います。

しかし、「愛の萌芽」を約束してくれる赤ちゃんの数が先細りになっていくということは、「人は愛のみにて生きるにあらず」なんてことになりかねない「人類のメンタリティの進化」なのかなあ、なんて思ってしまいます。。

なんとなく破滅型SFが描く未来社会を想起してしまいます。

私は子どもの数が多いだけでその社会は健全なんじゃないかなあ、となんとなく思います。なんの根拠もなくあくまでも「おばちゃん的なんとなく」ですけど。
だって、本能として動物は子どもを守ろうとしますよね。子どもの数が多ければ、その守ろうとする力は必然的に大きくなります。子どもを守る働きが大きくなるということは政治も教育も良いものにしようという働きも大きくなるということで、・・・・・めちゃめちゃ単純ですが。

ものごとの解決を「数」にたのんではいけないのである、というご意見は正しく、だから、解決策でなく、単に「私の思うこと」なんです。

子どもが少なくたって、その状況下で、いろいろ知恵を絞るのが人間の偉いところですよね。

でも、考えるに、
結局、現代人は自己矛盾おこしちゃってるんですね、あらゆる面で。
だから、私なんか、めんどくさいから原理主義でいこうかねーなんてところに落ち着いちゃってるのかもしれません。

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