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2004年11月29日 (月)

料亭文化

「ビッグコミックオリジナル」という漫画雑誌に弘兼憲史の「黄昏流星群」というのが連載中なのですが、先日読んだエピソードの中で料亭文化の衰退について語られています。

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2004年11月26日 (金)

ブログの印象

ブログを始めたころは、みなさんどんな事を書いておられるのかとか、私好みのブログはあるのかなどと思いながら色々見てまわったものですが、このごろ、知り合った人のところ以外あまりあちこちうろつきまわるということをしなくなりました。

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2004年11月25日 (木)

日本人のクリスマス

クリスマスの季節ですねえ。繁華街の飾りつけは言うまでもなく、家の内外を電飾で美しく輝かせる一般家庭も珍しくなくなりました。ちかごろでは、「キリスト教徒でもないのになーにがクリスマスだァ」などという横槍もほとんど見かけなくなりました。

クリスマスは楽しい。心がウキウキする。子どもたちも、良い子であったご褒美のプレゼントを楽しみにしている、それでいいじゃないか、という雰囲気が大勢を占めています。

西洋の文化ってどうしてあんなに洒落てて、かっこ良くて、ワクワクするんでしょうねえ。

日本文化、仏教文化だって素晴らしい、もっと大切にしないといけない、ということはたいへんよくわかるのですが、クリスマスの魅力にはあらがいがたい。

仏教の声明(しょうみょう)やお経より、聖歌、讃美歌、頌栄のほうがずっとステキ。
木魚よりパイプオルガンの音色のほうがロマンチック。
飾り付けられたクリスマスリースやクリスマスツリーの可愛いこと!
街に流れるクリスマスソング。年末のせわしさの中に躍動感を覚えます。

最近ではあの中国でさえ、このシーズンは繁華街でクリスマスツリーやイルミネーションが華やかになるそうです。
知人に聞いた話ですが、知り合いの某仏教系新興宗教信者の家にクリスマスツリーが飾ってあった、といいます。

つまり、もうクリスマスの由来などどうでも良い・・、と言うより、由来など知らないほうが良いのです。
仏教系の人も共産系の人も無宗教の人も、万人がクリスマスを楽しむためには、キリスト教という一宗教の祝祭だなどということは忘れたほうがいいのです。

そう、これは、クリスマスツリー、クリスマスソングなどを小道具に使った「国を挙げての大忘年会」なのです。

そう考えれば、クリスチャンでもないのに、などという文句の出ようはずもなく、どうしても日本人がクリスマスを祝うことに違和感をぬぐえず、長年苦悩してきた私も一応の着地点を見ることとなりました。

え、みなさんはとっくにその線で納得してきたんですか? あ、そうだったの

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2004年11月22日 (月)

神の領域

これも、数年前に書いたものに加筆しました。

人工授精、体外受精、代理母、クローン等、人間が生命を操作することについて、「侵すべからざる領域を侵す」ことに対する倫理的歯止めが必要だ、と言われます。
たしかに自然の摂理というものに反して何か人工的なことをするのは勇気もいるし、慎重にならなければなりません。

でも、果たして人間ってそもそもそんなに倫理的に生まれてくるものでしょうか。

あ、いえ、決して「子どもを作るにはおよそ神聖とは言えない作業をせねばならないではないか」などという浅薄なことを言っているのではございませぬ。

婚姻関係を結んでいない若い者同士、快楽の果てにできちゃったからしようがなくて結婚でもして生むか、とか、誰の子とも知れない赤ん坊をトイレで産み落として生ゴミで捨てちゃうとか、中学生同士が何の気なしにじゃれ合ったって、妊娠してしまうんです。ただ、精子と卵子が出合えば、簡単に一個の人間ってできてしまうんです。
生命の誕生のなんと重みのないことか。
昨今の若いモンの無造作な生命の作り方を見ていると、なんら神聖な手続きなど経ているわけでもないのに、人為的な受精のほうが悪いかのような言い方はおかしい、と思わずにはいられません。

望んでも望んでも自然受精ができない人々が、人為的であれ、努力して子どもを作った場合が、「できちゃった」「失敗しちゃった」という出来かたより悪いと誰が言えるんでしょう。
人が子を成すことにおいては、どう生まれたかより、どう育てるかのほうに大きな意味があるのではないですか。

あるタレントが癌かなんかで妊娠が不可能になり、どうしても子どもがほしい、ということで、アメリカまで行って代理母を依頼して子どもを得た、という話題がありました。
ある女性作家が、このタレント夫婦の選択に否定的で、「人生には、手に入れられなくても我慢しなければならないことがある」と批判していました。
それはその通りだと思います。何でも手に入ると思ったら大間違い。人間は我慢が必要。

でもね、「倫理」とか「聖域」なんて言葉を盾に批判するのは理屈に合わないのではないか、と、私は常々思っておりますが、反論ありやなしや。

幼児虐待や、中学生高校生が赤ん坊を生み捨てたというニュースを聞くたび、ふーん、自然の摂理ねえ、ふーん、神の領域ねえ、なんてややシニカルな気分になります。
倫理倫理とうるさく言うなら、性に対してもっと厳粛になること、そして国を挙げてのそういう教育が必要、ではないのでしょうか。
それをしたくないなら、人為受精人為出産くらい大目に見てあげなさい。

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この記事へのコメント
はじめまして。
あまり神聖でないからこそ種が存続できるのかもしれないですよね。だって分別がつくのを待ってから子供を作ってたら遅すぎるかもしれないでしょ。
”縁側”つながりもあって、こちらのブログ前から見てます。女の人の考え方はだいぶ違うんだなぁとよく思います。これからもいい記事期待しています。
Posted by ちょび爺 at 2004年11月25日 11:23
ちょび爺さん、コメントありがとうございます。
(二重投稿になっているので一つ消しておきます)

 >あまり神聖でないからこそ種が存続できるのかもしれないですよね。だって分別がつくのを待ってから子供を作ってたら遅すぎるかもしれないでしょ。<

中学生がセックスすることないじゃないか、と私は思いますけど。
猿じゃないんですから。

 >女の人の考え方はだいぶ違うんだなぁとよく思います<

私の考え方は女性の中でも少数派かもしれません。

ちょび爺さんのブログこれから読ませていただきますね。

Posted by robita at 2004年11月25日 12:30
私もこの問題は悩みますね。
子供は授かるという受動的なものから産むという能動的なものに変わってしまいました。だから、産むことに関して、産んでから先の事も考えなくてはならない。
だから、分別が付けば付くほど産むという行為に慎重にならざるを得なくなってしまうように思います。
でも、それくらい慎重に考えてから産むのも悪くないと思います。遅くなるという批判は真摯に受け止めますが、産むのに間に合わなければ、養子をもらってもいいのではないかと思います。
Posted by おまーにゃ at 2004年12月05日 12:13
おまーにゃさん、初めまして。
コメントありがとうございます。

子どもを持つにあたっての分別も、早まらず、考えすぎず、ま、ほどほどに、というところでしょうね。
Posted by robita at 2004年12月06日 15

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2004年11月19日 (金)

人間の質

タレントの島田紳助が吉本興業の同僚の女性の言葉遣いや態度が悪いとして、暴力を振るったというニュースがちょっと前にありました。謝罪会見を見ましたが、みっともなかった。

サンデープロジェクトという硬派の政治番組での司会ぶりや適切なコメントに頭の回転の良さ、また、そういった発言の中に人柄の優しさを感じてこの人物を高く評価していたのですが、買いかぶりだったのでしょう。
彼のやったことやあのぶざまな会見の姿を見てがっかりしたと同時に、「やはり、もともとああいう人間だったのだ。三つ子の魂百までなんだ」と思われてもしかたがないじゃないか、と思ってしまいます。

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2004年11月17日 (水)

茶番

北朝鮮と日本との話し合い、日朝実務者協議っていうんですか、あれはいったい何をやっているんですか。

誠実な回答とか資料の提出とか日本側は懸命に訴えたそうですが、そんなものいくら懸命に訴えようと、いくら経済制裁をちらつかせて迫ろうと、向こうが真実を言うわけないじゃないですか。

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2004年11月16日 (火)

サーヤ

おめでとう ほんとうによかったね
って、恐れ多くもなれなれしい言葉がつい出てしまうほど嬉しいニュースでした。

私は「いわゆる適齢期」を過ぎたお嬢さんが良いお相手にめぐり合えるとものすごく嬉しいのです。

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2004年11月11日 (木)

家族の居間


2.3年前に書いた小文です。

2・3年後の今もあまり変わらないな、と思います。

_____________________________


我が家の居間は雑然としている。
3人の子どもたちが、それぞれ自分の部屋に置くべき私物を持ち込むせいである、と私は思っている。
お気に入りの漫画、着替え、身づくろいのための雑貨。中学生の末っ子などは通学カバンや学用品まで置きっぱなしにすることさえある。

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2004年11月 8日 (月)

栗原はるみさん

昨夜、東京12チャンネルの「ソロモンの王宮」で、カリスマ主婦栗原はるみのライフスタイル紹介見ました。

どういう人だかあまり知りませんでしたが、昨日じっくり見てまさに「主婦の鑑」だなと思いました。
はるみさんが本を出せばたちまち100万部は軽く越え、はるみさんが現れるとなると、会場の周りは行列が7周り半。中年の主婦も未婚の女性もこぞって彼女の生活のアイデアをお手本にしようと群がります。

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2004年11月 4日 (木)

哲学の時間

他の人のブログにコメントを書いていたら余力がなくなったので、昔書いたエッセイを書き写します。
短大の時のものすごーく怖い先生について書きました。

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2004年11月 1日 (月)

祖父母の孫育て

年齢を重ねると誰でも思うようになることかもしれませんが、子育てには祖父母の知恵が時には必要だなあとよく思います。

この年になって(つまり、子どもが大きくなってしまって)つくづく思うのですが、人生の要(かなめ)のようなものがわかるのは普通中年以降です。
人間の一生とはいったい何なのか。人生で見落としてならないものとは何なのか。目標とはどんな生活の中から湧き上がるものなのか・・・。そんなことがわかってくるのは40、50になってからだと思いませんか。
そして、そういうことがある程度わかってからなら、子育てというものはずいぶんと安定し、楽しくもなるのではないでしょうか。

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