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2004年11月 4日 (木)

哲学の時間

他の人のブログにコメントを書いていたら余力がなくなったので、昔書いたエッセイを書き写します。
短大の時のものすごーく怖い先生について書きました。

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多くの人が「無意味だ」と切り捨てることの中に面白い意味が隠されているものだ。
昔からそうだったかも知れないが、今どきの学生は、講義が面白くないと授業に出ないそうだ。
面白ければ行き、面白くなければ行かない、ふーん、そんなものでいいのか、と思う。

私が短大生の時、必修科目で「哲学」があった。これが極め付きの退屈な講義で、ストイックな修行僧のごとき風貌のその講師は、毎回毎回仏教学者鈴木大拙の話を難解な言い回しで繰り返すばかり。話術にも全く工夫がなく、こちらは学ぶ気はあったが、なんのことやらさっぱりわからなかった。

しかも、いねむりや私語などしようものなら、即座に、それはそれは恐ろしい怒鳴り声が飛んできて学生は全員振るえ上がった。
姿勢をくずしても叱られ、出欠もきちんととるので、欠席もできず、私たちは講義の間じゅう微動だにせず、ただただ耐え続けていたのであった。

講義を受けながら、なんでこんな無意味な時間を過ごさなければならないのかと、その不条理さに悩みもしたが、あとになって考えると、人生でめったに出会わない厳しい人から与えられたものは、たぶん、「禅」であり、「喝」であったのではないかと思えるようになった。

体を硬直させ、睡魔と闘いながら、人生の無意味について思いをめぐらせたあの一時間二十分ほどの哲学の授業は、私にとってまさに「哲学の時間」だったのである。 

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コメント

こんにちは

「怖い先生」いますね。

今考えると なんで怖かったのか不思議なくらいです。

書き出すと長くなりそうです。機会があると思いますのでその時にします。

robitaさんの「美しい生き方」も大賛成でした。あの記事を読んで感想を書きたかったんですが、だらだらやけに長くなりそうで、やめていました。

私なりの 演技者をトラックバック&コメントしました。よろしく。

投稿: kutinasi1 | 2004年11月 7日 (日) 11時58分

こんばんは、コメント頂いたばろっくです。

いつか読んだことのある文章だと思ったら、
フラスコ氏がトラックバックしていたんですね。

私が習った哲学の先生は怖くはありませんでしたが、
やはり個性的な方でした。

投稿: ばろっく | 2005年2月21日 (月) 21時59分

ばろっくさん、コメントありがとうございます。

 >いつか読んだことのある文章だと思ったら、<

そうでしたか。どういう方向から読んでいただいてるのかわかりませんね。

>私が習った哲学の先生は怖くはありませんでしたが、
 やはり個性的な方でした。<

哲学やる人というのは個性的な人が多いんじゃないかと思います。
私が習ったのは、ただの怖いお坊さんでした。

投稿: robita | 2005年2月22日 (火) 15時04分

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» 禅修行 [大学教員の日常・非日常]
厳しい先生がいなくなった理由のひとつ。 ばろっくさん、コメントありがとうございます。  >いつか読んだことのある文章だと思ったら、< そうでしたか。どういう方向から読んでいただいてるのかわかりませんね。 >私が習った哲学の先生は怖くはありませんでしたが、  やはり個性的な方でした。< 哲学やる人というのは個性的な人が多いんじゃないかと思います。 私が習ったのは、ただの怖いお坊さんでした。 [続きを読む]

受信: 2004年11月11日 (木) 12時30分

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