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2005年1月18日 (火)

大学生になるということ

入学試験の季節です。

うちの末息子はまだ高校二年ですが、4月には三年生になり、受験活動が本格化します。本格化と言っても本人は勉強が死ぬほど嫌いで、それでもとても大学は行きたくて、しかたなく受験塾に週2回通っています。 そんなに勉強が嫌いならなぜ高いカネ払ってまで大学に行く必要があるのか。高卒で働いたっていいじゃないか、と思う人が多いと思います。そんなヤツ入ってくんな、と腹立たしく思われる教員のかたもおられると思います。私もそう思いますので、息子にそう言いますが、とにかく大学生というものをやってみたいらしいのです。議論のできない子なので、こちらも論理的に説得することができません。ま、これは高校生にありがちなタイプですが。 しかし、私は息子の気持ちもわからないではないのです。 自分が高校生のころを思い出してみると、やはり、勉強が嫌いで、努力するのも苦しくて、じゃあ何がしたいのかと言われれば(キャリアとしての)目標などなくて、他のみんなが受験するから何となく自分もせめて短大ぐらいは出ておかないと、ぐらいの気持ちで受験に臨みました。 だから、息子が自分の意思を明確に説明できなくても、私はそれを責めることができません。 ところで、私は受けた三つの大学をすべて落ち、すべり止めの短大に引っかかり、そこで2年間教育を受けました。 目標もなく入ったけれど、そして、二流短大ではあったけれど、それでも、2年間の収穫は小さいものではありませんでした。 授業だってちゃんと聞いていれば、少なからぬ知識や考える力は身につきます。規律の厳しい部活動での新入生と先輩方との軋轢も大変良い経験となりました。 「なんとなく」入った学校でも、人は何かしらの経験をして成長するのだと思います。高卒で就職して大きく成長する子もいれば、進学によってそうなる子もいるでしょう。 「なんだかうまく説明できないけれど、大学行きたいんだ」というこの幼稚きわまる言葉しか出てこない息子が首尾よくどこかの大学に滑り込むことができたとしたら、4年間でどんな成長を遂げるのか見届けたいと思います。 あ、しかし、受験科目に「小論文」がないところが望ましいですね。

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