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2005年1月20日 (木)

「愛の流刑地」

お堅い経済紙「日本経済新聞」に渡辺淳一氏の官能小説「愛の流刑地」(略して「愛ルケ」って言うんですと)というのが連載中だそうです。

先日、本屋さんで雑誌「AERA」を立ち読みしていて、この小説を面白おかしく論評するブログの存在を知り、アクセスしてみました。

笑える文章で、コメントもたくさん集まっています。雑誌で紹介された影響もあってか、日増しにその数も増えているようですし、小説に対する突っ込みコメントも激しくなっているような気がします。いや、一つ一つはたいしたことないのかもしれませんが、数多く集まっているために過激な印象を受けるのかもしれません。

「き、君たちっ、ワタナベくんをいじめるなっ」なんて、つい言いたくなってしまいます。

私も自分のブログで渡辺センセイに意地悪を書いているので(「女というもの」、「不倫」)、偉そうなことは言えないのですが、この「よってたかって」という現象に渡辺センセイは耐えられるのだろうか、なんて思います。
それとも結構楽しんじゃって、次なる攻撃を意識しながら執筆なさっているのかもなあ、それは新しいかたちの小説技法になるのかなあ、とも思ったりします。
もし、ブログを読んでおられたらの話ですが。

誤解のないように言っておきますが、このブログ主さんの「愛ルケ」記事は単なるイジメでなく、なかなかセンスある突っ込みだと私は高く評価しています。「愛ルケ」だけでなく、真面目な記事も沢山書いていらっしゃいます。

ブログ主さんにはスタンスを変えず書き続けていただきたいと切に願います。(結局私もイジワル好きなんじゃね)

無断で人のブログを論評する文をこうやって載せるのは心苦しく、トラックバック送ろうかと思いましたが、せっかくの盛り上がりに水をさすのもまた心苦しく、苦悩は尽きず。あー、どうしよう。

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コメント

ご訪問ならびにTBありがとうございます。
件のブログの記者でございます。

もともとは「おもしろいから突っ込んどこう」くらいに始めて、最初はみんな笑っていたのですが、みなさんだんだん怒りに変わってきて、大巨匠相手にやり場のない怒りをぶつけるようになってきて、そしてそんな方々がどんどん集まってきて、たしかにいつの間にか「ご老体いじめ」みたいになってますねえ。(笑)
そんな気はないんですけどねえ。

基本スタンスは「大巨匠の作品をテクストにみんなで楽しむ」で、でも「ときには憤ってみる」、そんな感じでいきたいと思ってます。

よろしくお願いします。

投稿: にっけい | 2005年1月21日 (金) 12時00分

にっけいさん、恐れ入ります。
トラックバックしてから、グズグズと文章の手直しなどしてる間にもうコメントいただいてしまいました。ありがとうございました。

 >基本スタンスは「大巨匠の作品をテクストにみんなで楽しむ」で、でも「ときには憤ってみる」、そんな感じでいきたいと思ってます。<

そうですね。よわいものイジメはいやだけど、エライ人にはたまにイジワルを言ってみたくなる、ま、大衆の特権でしょうか。

投稿: robita | 2005年1月21日 (金) 12時19分

こんにちは、はじめまして。
「愛ルケ」ブログ読者の一人です。たまにコメントも
投稿しています。

エライ人にイジワルを言うというより、駄作はこれくらい
言われても当然だろう、と私は思っています。
なぜならうちは日経読者でお金を払ってる立場なので。

にっけいさんやほかのみなさまはそうではないと思いますが、
私自身はさっさとこんな連載終わってくれー!とマジメに
願っています。

できれば我々のコメントに渡辺先生も一度反論
していただきたいものです☆☆

投稿: S | 2005年1月21日 (金) 16時37分

Sさん、コメントありがとうございます。

私は連載を読んでいないし、にっけいさんのブログもついこの間知ったばかりなのでよくわかりませんが、たしかに、巨匠の作品としてはお粗末かもしれませんね。お年を召されたのでしょうか。

投稿: robita | 2005年1月22日 (土) 09時32分

私はまだブログは拝見していませんが
小説は毎日読んでいます。
日経読者なので・・

毎日読んで、「ああ、目がくさった〜」と
思いながら、ついつい読んでしまうのは
ほとんど自虐趣味かと思うほどです。(笑)

何がくさるって、まずなんといっても文章の下手さ。
あの新聞小説の短い分のなかで「〜のか」という
語尾を多用されているのだけでも、「数えちゃうぞ!」
とつっこみたくなるほど。(笑)

しかし、同期会なので男性諸氏と集まるときは
かっこうの「つっこみネタ」で
だれもが駄作と思いつつ
公明正大に?朝から三流ポルノ小説に目を通すことに
ちょっとしたおもしろさを感じているようです。

ある仲間の息子さんは小学校6年生で
「新聞を読む」という課題をこなすうちに
たまたまあの小説に気付き、「際どい質問」されて
お父さんの方が目を白黒という笑い話でも盛り上がりました。

先輩の記事が日経の文化欄に掲載され、新聞前面を
PDF化してメールでみんなにお知らせした仲間も
「決して『愛の流刑地』をお知らせするために
お送りしているのではありません」と笑いをとる
追伸を書いていたほど、一般的には「ばかにされている」
と言い切っていいのでは??

では、その興味あるブログを今から拝見してみようかな。

投稿: naomi | 2005年1月24日 (月) 15時52分

naomiさん、コメントありがとうございます。
お友達の間でも、「愛の流刑地」で盛り上がってるみたいですね。笑わせていただきました。

この小説についてはほとんどの人が「駄作」と断じていますね。
たしかに、文章や構成は大家のものとしてはヒドイのかもしれません。でも、実は私は「まだわかんないぞ」と思っているのです。
だって「失楽園」があるからです。
私はこれを読んでいませんが、あらすじによると、最後二人は心中しますよね。その理由が、「運命の人とお互い思い込んだ男女がどんなに激しく愛し合っても、それは幻想に過ぎず、必ずいつかは飽きがくる。だから、愛が最高に高まったところで死ぬのが男女の愛をまっとうする最高の手段だ。」と判断して死を選ぶ。ということらしいですね。(いえ、あらすじにそう書いてあったのではなく、私がそう読み取ってこういう文章にしたんですが)

これは、男女の愛の本質をついていますよね。それで私は渡辺センセイがそういうテーマで不倫小説を書かれたことに感心したのです。

今回の「愛ルケ」も、最後に「ほほう」というようなオチがあるのではないかとちょっと期待します。
それがないとしたら、もう完全にダメ。

投稿: robita | 2005年1月25日 (火) 10時13分

robitaさん、どうも。今年初めてですね。ご挨拶が遅れました。本年もよろしくお願い致します。

田中裕子主演の陶芸家神山清子さんの半生を映画化した『火火』を見てきました。陶芸のことはよく知らないのですが、信楽自然釉のあのツヤは、なにか表面に塗っているのではなく、自然の土が焼き方でああしたものになることを初めて知りました。

先日、いくつかのblogをつらつらと見ていたら、不倫をしている若い女性の方のblogがありまして、そこからさらに、そうした人々のblogをたどって読んでみたのですが、大体、みなさん「好きになっちゃったんだから、しかたがない」と言っています。

その中の一つに、こうしたものがありました。ようするに、男は会社で長い間働くだけの人生で、女性も仕事と子育てばかりで、60歳を過ぎて「今までの自分はなんであったのか」と考える人が多い。しかし、60歳でそうしたことを考えても遅い。育ての幸せを否定するつもりはないが、いい大学、就職、結婚では、人は幸せにならない。だから、不倫をすることは、この閉鎖的な状況を破壊する意味がある。不倫は人間らしい生き方なのだ、というのがありました。いわば、「自分探し」の延長線上としての不倫というように感じらえました。

しかしながら、実際には相手の家族には迷惑になるわけですから、「人間らしい生き方」もなにもないように思います。むしろ、不倫をすることで、破綻に追い込まれますから精神的病理になります(全然ならない人もいるようですが)。なぜ、ここままで自己チューになれるのかというと、その根拠は「好きになっちゃったんだから、しかたがない」「なんで、好きになったんだろう。でも好きなの。」という感情しかありません。「好きになっちゃったんだから、しかたがない」で、ただ流されるままというのは、少なくとも精神の美を感じません。このへん、自己破産することがわかっていても次々と金融ローンを借りてしまうという心理状態と似ています。不倫する気力・体力があるのならば、もっと他にやることがあるのではないかと思います。まー、他人様の人生ですから、僕がとやかく言えることでもありませんが。

社会全体が、物質的にやることがなくなれば、精神的なものに関心が向かうのは当然なことです。特に、女性について言えば、その傾向は強いと言われています。ただですね、『火火』での神山清子さんの極貧な、しかし精神的には激しく強い生活を見て思ったのですが、モノ的に満たされている、満足している、だから、精神的な価値を求める、というのでは、こりゃダメだなと思いました。モノはあるから、次は精神という考え方では、病的な精神的価値へ執着か死への衝動しかもたらさないですね。

投稿: 真魚 | 2005年1月29日 (土) 23時04分

真魚さん、こんにちわ。
こちらこそご挨拶が遅れましてすみません。
今年もよろしくおねがいします。

 >このへん、自己破産することがわかっていても次々と金融ローンを借りてしまうという心理状態と似ています。<

そうですね。体に悪いとわかっていても、あまりに気持ちが良いのでついドラッグに手を出してしまう、なども同じですね。

 >モノはあるから、次は精神という考え方では、病的な精神的価値へ執着か死への衝動しかもたらさないですね<

「モノがあるから次は精神を健全に」、ではなくて、「モノで満たされているから次は精神の満足に」となると、「恋愛」に走っちゃうのかな。「精神の満足は恋愛でしかもたらされない」と思い込んでいる人が不倫するのでしょうか。
人はなぜ人を好きになるのか。これはですね、「フェニールエチルアミン」という脳内の麻薬物質の作用だそうですよ。その効果は、もって3・4年ですと。まあ、3・4年もたてば飽きるということです。

ですから、そういう3・4年しか持続しない化学反応のために、家庭を壊しなんぞしたらもったいないじゃないですか。

不純異性交遊は許しませんっ。

でも独身のみなさんは大いに恋愛してくださいね。

昔こういう歌がありましたよ。

  いの〜ち みぃじかあ〜し
  恋せよォ おとめ〜

こういうのも聴いたことあるな。

  若者よォ〜 恋をしろォ〜
  恋すりゃ希望もわいてくるぅ〜


もうすぐ春ですよ〜。ぽかぽかしてきたら明るい顔で街を闊歩してくださ〜い。

投稿: robita | 2005年2月 1日 (火) 13時58分

コメントは1、2月に書かれていますが、渡辺変態淳一のポルノ小説は腐敗臭を放ちながら未だに続いています。

投稿: bighat | 2005年7月28日 (木) 21時20分

>bighatさん、こんな過去の記事にコメントありがとうございます。

 >未だに続いています。<

続いてますね。
にっけい新聞ブログで私も読んでいます。

投稿: robita | 2005年7月29日 (金) 10時02分

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