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2005年2月21日 (月)

犯罪少年の心の中

少年犯罪というものがひとくくりにされて、親の育て方に原因がある、なんてよく言われますが、私は犯罪少年といっても明確に2種類に分かれると思います。

ひとつは、同級生を集団で暴行してちっとも心が痛まないどころか笑って楽しんだり、オヤジ狩りで相手を半身不随にしてもまるで反省しない、などという暴力自体を楽しむ子たち、また、換金目的の万引き常習少年など、いわゆるワルという子たちですね。
こういうのは、明らかに親の育て方に問題があるでしょうし、親自身が問題児であることが多いでしょう。厳罰に処すべきだと思います。

しかし、今回の寝屋川の事件、また神戸の事件や佐賀バスジャック事件などの単独で起こす一種異様な犯罪は、果たして「親の育て方」と断罪することができるのかどうか、私は疑問です。

「育て方」っていうけれど、はたして、親のほとんどがそんなに理想的な育て方をしているんでしょうか。
寝屋川や神戸や佐賀の少年たちの親はそんなにひどい育て方をしていたんでしょうか。むしろ一生懸命だったんじゃないでしょうか。一生懸命で勘違いの育て方をしてる親なんてちっとも珍しくありません。それなら、その子たちはみんなおかしくなるかといえば、ほとんどの子は犯罪など犯しません。
甘やかしたからだ、とか、期待をかけすぎたからだ、とか、そんな理由を探し出したところでいったい何になるんでしょう。そんな親ならいくらでもいます。

たとえば、生まれつきおとなしく、コミュニケーション能力が劣り、気にしてる身体的特徴などをからかわれてますますとじこもる、なんて子もいくらでもいると思います。親もなんとかしてあげたいと努力している中、何かのきっかけで暴発してしまったとしたら、その親が怠慢だったとか、育て方が間違っていただとか、非難できるのだろうか、と思います。

被害者の立場に立てばこんな見解は許されるものではないでしょうが、こんな過敏すぎる子供を持たされてしまった親もある意味気の毒だな、と思わずにはいられません。つまり、被害者も加害者もものすごく可哀想なのです。

私は少年犯罪に詳しいわけではありませんが、いわゆる「ワル」というのは昔からいたでしょうし、思いっきり悪いことをしてたでしょう。でも、単独で行うあれらの異様な殺人は時代にはびこる「現代病」のような気がしてならないのです。

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コメント

お久しぶりです。

確かに親のせいだけにするのはかわいそうだと思います。
でも、私は親のせいにしたい・・・。
子育てがわからなかったら悲鳴を上げていいと思います。
誰に相談するかって考えると身近なおじいちゃん、おばあちゃんになってくるでしょう。そうすれば核家族や嫁姑問題も
いくらか本質的な部分が解決に向かうんじゃないでしょうか?
近所の人(地域や自治体)と学校の連携も議論されるべきです。環境は急激に変化してきました。しわ寄せが出てこないほうが不思議です。学歴偏重社会もどうでしょう?考えればきりがない・・・。
たぶん凶悪犯罪は大昔からあったと推測します。マスコミというインフラが整備されていなかった時代は耳に入らなかっただけで。だって、戦前、明治維新の頃、江戸時代それ以前
どれをとっても今より治安がしっかりしていたなんて考えられません。ついでに現代日本以外に生まれなくてよかったとも。こういうのが平和ボケ、戦争をしらない子供たちと言うのですかね。
声無き悲鳴を嗅ぎ取る能力を持った人達がこんな社会をなるべく早く軌道修正してくれることを願います。人間はそれだけの英知があると信じています。

投稿: 友郎 | 2005年2月23日 (水) 02時06分

友郎さん、コメントありがとうございます。

 >誰に相談するかって考えると身近なおじいちゃん、おばあちゃんになってくるでしょう。<

そうですね。家族単位でひきこもって、おじいちゃんおばあちゃんや地域社会を頼りにするということが少なくなった現代ならではの問題かもしれません。

しかし、誰もが明るいわけではない、誰もが友人知人が多いわけではない、いろいろな性格の人がいるわけです。そういう人たちを見逃さない地域や学校の温かい対応がぜひとも必要ということでしょうか。とてもむずかしいことですが。

投稿: robita | 2005年2月23日 (水) 10時53分

TB、コメントありがとうございます。
後ほど更新するつもりですので、
よろしければ覗いてみてください。

私の表現が足りなかったのかもしれませんが、
理想の「育て方」を問題にするつもりはありません。

ほとんどの親は、子育てに一所懸命だと思っています。
しかし、その一所懸命な方向性が違ったから・・・、
そんな気がしてなりません。

投稿: sab | 2005年2月23日 (水) 14時33分

はじめまして、和論というブログをやってるものです。
『某大学歯の学部に通う学生の日記』で、やや同意見な感想があったので、経由してやってきました。
こちらで書かれていた内容に、僕もほぼ同意見です。とりわけ「時代にはびこる『現代病』のような気がしてならない」は、まさに同じ気持ちです。原因は、時代風潮にこそあり、それらを作っているのは、現代に生きる人たち全員にあると思います。
ここでの貴重な意見は、自分自身の参考になりました。今後も頑張って更新を続けてくださいね。

投稿: 和論 | 2005年2月23日 (水) 18時48分

そういえば「施設長の公開日記 特別養護老人ホーム愛港園管理者の極私的発言集」という長崎佐世保小6殺害事件の加害者についての、私も以前コメントをさせていただいたことがあるとても興味深いHPがあったので紹介させていただきます。

投稿: 友郎 | 2005年2月24日 (木) 00時33分

sabさん、こんにちわ。
sabさんのブログに書かせていただきました。

投稿: robita | 2005年2月25日 (金) 12時09分

和論さん、コメントありがとうございます。

難しい問題なので、考えをまとめることもできません。
sabさんのところに簡単に書きました。

和論さんのブログいくつか読ませていただきました。
マスコミに踊らされてはいけない、自分で考えろ、のお考え、同感です。しかし、マスコミからの情報をもとにして考えざるをえないのもまた現実なんですよね。
ま、鵜呑みにしないようにはしていますが。

 >今後も頑張って更新を続けてくださいね<

はい、がんばります。
でも、コメントを沢山いただいて、お返事を書いたり他ブログを読んだり、今日なんかもう書く時間なくなって悲鳴を上げています。でも貴重な示唆をいただいて返信すること自体が考えを表明する文章ですから、まぎれもなく嬉しい悲鳴です。

投稿: robita | 2005年2月25日 (金) 12時12分

友郎さん、こんにちわ。
この長崎の女児の「知性」について、私は以前コメント欄で書いたと思います。子ども全般の「健全さ」と器用な子どもの「知性教養」、切り離して考えるべきだと思いますが、またの機会に書いてみたいと思います。

投稿: robita | 2005年2月25日 (金) 12時16分

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