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2005年3月30日 (水)

恋におちて

夕方、よくTBSラジオ聞きながら御飯の支度してるんですが、「荒川強啓デイキャッチ」という番組に週一回社会学者の宮台真司さんがコメンテーターとして出演します。このかたはたいへんに頭が良く、自信に満ちあふれ、どこから突っ込まれてもびくともしない理論家です。 しかし、時々、「そんな言い草ないでしょ」と反論したくなるコメントを威勢良く発します。

ずいぶん前ですが、こんなことを言っていました。

 【娘の婚前交渉にうろたえるような人は親になる資格はありません】

また、早稲田のスーパーフリーの事件が起きた時、
  
 【経験不足の「おぼこい子」が免疫がなく、そういう被害に遭いやすいので、「貞操教育」などもってのほかです】

ええ、たしかにそう仰いました。
限られた時間内でインパクト性のある言葉を発しなければと頑張っておられるのかもしれませんが。

私はこの人の本を読んだことがないので、よく知りませんが、援交やブルセラを奨励するようなことを仰っているようですね。

つまりいわゆる「性の乱れ」というのはたいしたことではない、というお考えのようなのです。

学者というものはそもそも多かれ少なかれ偏向的ではあると思いますが、人の価値観は多様です。

貞操を守ることはとても大切なことだという美学を持ち、できたらそれを自分の子供にも伝えたいと願う人だっているはずです。人それぞれ美しいと思うものが違うし、その美しさを最大のよりどころとして生きている人々だっている、ということぐらい、賢い宮台さんならわかるはずなのにな、とコメントを聞きながら思ったものです。
この人はもしかしたらこの年になるまで、育ちの良いしっかりとしたお嬢さんというものに接したことがないのかもしれない、とも思いました。

ところで、あれからどのくらいの月日が過ぎたでしょうか、つい先ごろ、宮台さんは、クリスチャンファミリーに育った可愛らしいお嬢さまと恋におち、結婚なさいました。おめでとうございます。

「事実婚」派の宮台さんが、お相手の父上から「うちはクリスチャンですから離婚はできませんよ」と念をおされ、「もちろん添い遂げます」と確約し、入籍も果たしたそうです。

さらに、女性の貞操など何ほどのものか、と笑い飛ばしていた彼が「彼女の、異性に対するスキをみせない堅いところ」に好感を持った、というようなことを言っています。

私は「話がちがうじゃないか」などと言うためにわざわざこんなことを書いているのではありませんで、要するに、恋のチカラというものは、人の思想をかくもあっさりと転換させるものすごいエネルギーを持っているのだなあと、ほほえましく思った次第です。

宮台さんのところにお嬢さまがお生まれになったら、その思想転換はさらに強固なものとして定着することでしょう。

どうか、温かいご家庭をお築きになり、学者としての円熟味を加えられ、ますますのご発展を遂げられますよう。

「ニッポンを生きる!」の、「負け犬かオニババか」の記事の最後につけられたkakuさんのコメントを読んで、ふとある学者の近況を思い出したのでございます。

        

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2005年3月29日 (火)

われわれに本当の自由なんてない

和論さんの記事を読んで、以前書いた「テロ」についての記事につけたコメントを思い出しました。
こちら
 ↓
 
 【そうか、中東の富裕層というのは、自分達は海外に留学などしながら、それを本国の民主主義の確立に役立てないのか、と思ったのですがどうなんですか。
ここまで書いて、「中東の富裕層 海外留学」で、検索してみたら、「テロリストの多くは海外留学組の富裕層で・・・」なんていう記述が出てきて、もう何がなんだかわけがわかりません。
はァー、世界というものは、われわれ一般人のあずかり知らぬところで闇の力が複雑に絡み合い、それによって動かされていて、どうにもならないものなのか、なんて思ってしまいます。
そして、われわれ自身がそういう力で作り上げられたものを土台として、その上に乗っかってまあまあ豊かな生活を築いているのかなあ・・・・・、これはもう、何もかも捨てて、四国巡礼の旅に出るしかないんではないかなんて心境に陥ります。】

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2005年3月28日 (月)

日の丸のデザイン、君が代の歌詞とメロディ、私は好きなんですけど

以前、本の広告で見たのですが、小谷野敦著「すばらしき愚民社会」というのがあり、「“意見を言うバカ”が蔓延する現代」とかなんとかいうサブタイトルがついていて印象に残っています。

インターネットを使って誰でもジャーナリストや評論家になれる時代が来た、ということでしょうか。ライブドアの堀江さんがまさにそういうことを言っています。

しかし、どんなガセネタも扇動的な意見もそこに巧みな表現力とおかしみを加えてアレンジすれば瞬く間に世論形成とまではいかなくても、多くの人を何かに駆り立てることも可能です。インターネットは便利ではあるけれど危険。単純にそう思います。

でも、やはり一方で、普通の市民も「これだけはぜひ言っておかなくては」などという思いを抱くこともあるわけで、私など、政権転覆をたくらんでいるわけでもないし、ネットで意見を述べたところで特に利益があるわけでもない、それなのに結構な時間を費やして書くのです。たいした意見でもないのに、「ちょっと聞いてよー」となるわけです。

というわけで、今日は日の丸君が代について一席。これについて、ちょっとブログ検索してみましたが、案外容認派が多いです(って私が字づらで気に入ってクリックしたのがたまたまそういうのが多かっただけかもしれません。

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実際のところ、私はこの日の丸君が代が一部の人たちによって忌み嫌われる理由がよくわからないのです。
たぶん、「侵略戦争の象徴だから“悪”なのだ。そんな悪いものを掲げてはいけないのだ。絶対に許さないのだ。」ということだと思いますが、そういう理由ですよね?

でも例えば、いったい犯罪者は一度罪を犯したら、社会に復帰するために顔を整形したり名前を変えたりすることを強要されるでしょうか。中身が変われば許されるのではありませんか。
国旗国歌自体が悪いことをしたわけではないのに、日の丸君が代は「そういう悪いことのシンボルだ」と非難されます。

国の体制も日本人のメンタリティも戦前の軍国日本とは全く違う、ということは誰もがわかっているはずなのに、日本の「右傾化」が強まったとして、国の内外でこれをすごく心配する人たちが見受けられます。なぜそんなに心配するのでしょう。

日本人でありながら、どういうわけか日本の軍国化をやたら心配する人たちに対して、私はぜひとも言いたい;
あなたは日本人でしょう。何をそんなに心配しているのですか。そんなに自分に自信がないのですか。私たちは食い止める力や知性をすでに手にしているではありませんか。もっと誇りを持ってください。もっと自分たちを信用してください。国を愛するってそういうことなんじゃないですか。

日の丸君が代を許さない、という考え方には、「一度悪いことをしたら二度と復帰することは許さない、抹殺されるべきだ」というすさまじい「怨念」に通じるものを感じます。
平和を願う人であるならば、そういう「恨」の気持ちを払拭し、すでに学習し戦争を反省している日本人をもっと冷静にみつめてみたらどうかしらと思います。

「平和」「協調」を叫んでいるはずの「平和主義者」が、やたら過激で好戦的であることを、私はいつも「なんかヘン」と思っています。
彼らにしてみれば、「平和を勝ち取るための戦いだ」ということなのかもしれませんが、それなら、「平和と民主主義を勝ち取るための戦いだ」という、彼らの言うところの「にっくき米帝」と精神構造においてなんら変わりはないではありませんか。

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2005年3月24日 (木)

竹島問題

深夜のニュースの真魚さんが、「竹島は爆破したらどうか」と書いておられます。 うちの長男も、「竹島は地震かなんかで沈めばいいんだ」と言っていたので笑ってしまいました。

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2005年3月22日 (火)

「大人の言うことを聞きなさい!」

佐藤貴彦「大人の言うことを聞きなさい!」という本を読みました。

私は去年8月の記事「子供を生むということ」で、「たまには自分が国家のパーツの一つであることに気付いたら?」とかなんとか書いたことがあります。
こんな書き方すると「偏狭なナショナリスト」とか責められるんだろうな、と思いながら書いた覚えがあります。

「大人の言うことを聞きなさい」には、子供論、教育論、少年犯罪論、国家論、戦争論、子供に関するさまざまなことについて書かれていますが、「学校イコール国家である」という章では、私がなんとなくもやもやと思っていたことが見事な説得力で表現されています。

どなたかこの本をお読みになったかたがいらしたら、感想など伺いたいなと思います。

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2005年3月18日 (金)

うるさいわね 私は哲学してるの

 哲学者池田晶子氏のエッセイを週刊新潮で読みました。

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2005年3月17日 (木)

主婦はありがたい

ニッポンを生きる」で、kakuさんが「オニババ化する女たち」という本を取り上げています。

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2005年3月 9日 (水)

アンドロイドは不気味

Pebble in the Blog のmultivacさんの、ヒト型ロボットの「不気味の壁」という記事を読みました。

そういえば私も、去年9月18日の、「不気味ですか?『人間そっくり』」という新聞記事に興味を持ったので切り抜いて保存しておきました。

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2005年3月 7日 (月)

右や左の限界

ある評論家(左派の論客、佐高信氏)が、ライブドアの堀江さんの強引な買収のやり方について、「だれも彼に“ぶつかり稽古”を教えてこなかったからだ」と発言していました。しかし、若い世代が先輩や年配者にぶつかり稽古を頼むような社会を崩してきたのがこの評論家のような左の人々じゃなかったんじゃないでしょうか。

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2005年3月 4日 (金)

人体は不思議

先日、有楽町に「人体の不思議展」を見に行ってきました。
人体標本をたくさん見ました。臓器もたくさん見ました。
平日なのに盛況で来場者もたくさんいました。

子ども連れも結構いて、「ほら、○○ちゃんの体の中もこうなってるのよ。すごいねえ」などといたいけな我が子に話しかけたり、また、売店では売り物のビデオの映像が、「人体の不思議を知って、命の大切さを考え・・・・」などというナレーションを流していました。

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2005年3月 2日 (水)

仰げば尊し

卒業式の季節です。昔書いた文、載せます。

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おごそかな気持ちになることが、人間には時に必要だと思う。
厳粛、謙虚、敬虔・・・、そんな気持ちになれることが他の動物とちがうところだ。

卒業式で「仰げば尊し」を歌わない学校が増えているそうだ。
先生は尊くはないし、一段高いところにいてはいけないし、生徒と同格でなければいけないんだそうだ。
なんと味気ないことかと思う。

尊敬できない教師がいるのは事実だろう。しかし、「仰げば尊し」を歌う時、少年時代青春時代を最も多く過ごした場所として、学ぶことも結構あったなあ、と感慨にふけることはできないものだろうか。
学校生活のしめくくりとして、その気持ちを「わが師の恩」に託し、おごそかな気持ちにひたるのはなかなか良いことではないか。

恩を感じる先生に出会わなかったのなら、辛かったなあ、と思いながら歌うのも良いし、心の中の理想の教師を思い浮かべながら歌うのも良い。
「不条理」を学ぶのもまた学校である。

でも実際の話、誰でも多かれ少なかれ先生の世話になっているのだ。生徒が求め、すがっているのに教師が一人も答えないなんてそんな学校あるはずがない、と私は思う。

生徒自身が少しでも過失や責任を感じているのなら、反省もこめて「先生ごめんね」と思いながら歌えば良い。

卒業式は「恩」というものを、情感としてとらえる絶好の機会である。
ひとりひとり、それぞれの思いを込めて歌えばいいのだ。
そうして、儀式は厳粛なものとなり、感動を生む。

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