右や左の限界
ある評論家(左派の論客、佐高信氏)が、ライブドアの堀江さんの強引な買収のやり方について、「だれも彼に“ぶつかり稽古”を教えてこなかったからだ」と発言していました。しかし、若い世代が先輩や年配者にぶつかり稽古を頼むような社会を崩してきたのがこの評論家のような左の人々じゃなかったんじゃないでしょうか。
この評論家がどのくらい左に傾いている人なのかよく知りませんが、極端な個人の自由、個人の権利を叫ぶ思想が「ぶつかり稽古を拒否する若者」を量産したとも言えるんじゃないかと私は思うのですが違うでしょうか。
思うに、この騒動に対して、右の人も左の人もグローバル派も攘夷派もはっきりとした意見を言えなくなっているような気がします。
「旧態依然とした年寄り企業に若い世代が挑むことには拍手喝采なのだが、そうやって日本社会の経済構造を崩すということは、アメリカ型の弱肉強食の資本主義社会になるということか・・・・、ん? だめだだめだ、それはだめだ。」、と、反米の人たちはあわてて打ち消すでしょうし、反対に、「日本が国際社会で生き残るためには日本でしか通用しないこんなやりかたを続けていてはだめだ。」と、若者の挑戦を応援したいのはやまやまな人たちも、「ヤツには哲学がない」とか「礼儀を知らん。無礼だ」と、心から歓迎することができないでいます。
困りましたねえ。
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コメント
robitaさん、お久しぶり、コメント頂きありがとう御座いました。TB、来てないみたいですよー?
>「ヤツには哲学がない」とか「礼儀を知らん。無礼だ」と、心から歓迎することができないでいます<
私のblogにも書いたのですが、私から見れば堀江氏は多少気負っている所はあるものの、どこが無礼なのか全然分からないのです。むしろ、ビジネスと言う、年齢も地位も関係の無い対等な競争の場において、挨拶がどうのとか新参者だとか言う方が非常識だし無礼だと思います。
それとね、私は今の守旧派ってずるいと思うんです。彼らが若かりし頃の守旧派はGHQだのに一掃されていて、彼らは青天井のスタートだった訳ですよね。
戦争と言う「信じられるものは自身だけ」と言う壮絶な経験をなさったのだとしても、余りにも後の人たちに席を譲らなさ過ぎで見苦しい様に常々思っていました。次の世代が自発的にご意見を聞きに行く存在が「名誉」なんだと思いますが、そういう事には全く興味が無い様子。前埼玉県知事の言葉「死んでも知事をやるぞ!」…まさにそんな感じ。
そういう世代にずっと押さえつけられていた団塊世代の方々はむしろ「名誉」を求めて潔く表舞台から降りそうな印象があります。私の母やrobitaさんの世代が“高齢者”となる頃には、“高齢者”に対するイメージがきっと大きく変わっているような気がします。
投稿: kaku | 2005年3月 7日 (月) 16時24分
kakuさん、コメントありがとうございます。
>私から見れば堀江氏は多少気負っている所はあるものの、どこが無礼なのか全然分からないのです。むしろ、ビジネスと言う、年齢も地位も関係の無い対等な競争の場において、挨拶がどうのとか新参者だとか言う方が非常識だし無礼だと思います。<
ニュースやワイドショーの映像がいやと言うほど目に入るので感じるのですが、「あまり好きになれない」という人たちの気持ちはわかります。
好きとか嫌いの理由で排除していいのか、という言い分はあろうかと思いますが、好感を持たれるようふるまう、というのもビジネス上の技術の一つなんではないかと思います。
たとえば、服装とか相手を小バカにしたようなしゃべり方を世間が批判しているのを本人が知っているはずなのに、あえてそれを続けるその「意固地さ」とか「ムキになる性格」に、やはりビジネスのパートナーとして不安を抱くのは当然だろうと思います。
で、「服装や言葉遣い」が世間のスタンダードに合わせなければいけないほどそんなに大切なことか、と言われれば、やはりほとんどの人は大切なことだ、と答えるんじゃないでしょうか。
時と場合に応じた服装をしたり言葉遣いをする、というのは、今まで一度も崩されたことのない人間社会の規範であることを考えれば、やはり大きな仕事をしてたくさんの人間を配下に置こうという人はそこのところ考えたほうがいいのかな、と思います。
「変人」が面白い、と認められるのは、個人で仕事をしている人にかぎるんじゃないかなあ、と思うんですけど。
ところで、今朝の新聞の週刊誌の広告(週刊朝日)に、こんな見出しが。
「団塊世代のホリエモン論」____支持するけど好きではない。 「改革者」だが、「服装」「口のきき方」は注意したい。____弘兼憲史「僕らの世代が育てた責任感じる」
____鳩山由紀夫「小気味よさに内心拍手」
面白そうなので読んでみようかしら。
>私の母やrobitaさんの世代が“高齢者”となる頃には、“高齢者”に対するイメージがきっと大きく変わっているような気がします。<
高齢者っていつの時代も若い人の壁になっちゃうんですよね。特に「団塊オヤジ」ってなんかマイナスイメージがあるようで。
ついでですが、本文に書いた「左派の評論家」は佐高信氏のことなので、つけ加えておきます。
投稿: robita | 2005年3月 8日 (火) 09時48分
>時と場合に応じた服装をしたり言葉遣いをする、というのは、今まで一度も崩されたことのない人間社会の規範であることを考えれば、やはり大きな仕事をしてたくさんの人間を配下に置こうという人はそこのところ考えたほうがいいのかな、と思います。<
同意です、そこが在野精神の堀江氏とMBA保持者でずっと世の中の主流派を歩んで来た三木谷氏との差なんだろうと思います。だから、堀江氏はきっといつか倒されるんだろうな、と思います。なんか、ドン=キホーテ的な人なんですね。
でも、それにめげず、もう一度積み上げて社会に這い上がって来た時には過去を問わぬ社会であって欲しいです。それが「再挑戦の出来る社会」なんだと思います。
私なんぞも保守派なので体制の中で血を流さずに改革して行こうよ、というタイプなんですが、やはりそんなんばかりじゃ進まないのは事実。堀江氏の様に革命児がいればこそ、社会の色々なことが見えてくるんだと思います。
>特に「団塊オヤジ」ってなんかマイナスイメージがあるようで。<
はっきり言って、これ、ビジネスの世界にいるときに限ればYESかも…でも、団塊の方々が持つさわやかな、人のいい感じの特性は、高齢者になったとききっと社会から尊敬され歓迎される存在になるように思っています…とわが両親にも言っています。
投稿: kaku | 2005年3月 8日 (火) 12時25分
kakuさん、コメントありがとうございます。
>堀江氏の様に革命児がいればこそ、社会の色々なことが見えてくるんだと思います。<
同感です。
彼のような人が出てきて、支持する人支持しない人が意見を言い合うことに意味がありますよね。
>でも、それにめげず、もう一度積み上げて社会に這い上がって来た時には過去を問わぬ社会であって欲しいです。それが「再挑戦の出来る社会」なんだと思います。<
株の保有率がどうのこうのという話は私にはほとんどわかりませんが、堀江さんピンチみたいですね。でも最終的にどうなろうと、まだ若いんですから頑張ってほしいですね。この経験を活かすことが出来た時、彼の真価がわかるんだと思います。
私は、彼が最初にマスコミに登場した時、頭は良いが「無機質」な人、という印象を受けました。
そして何かの番組で、「全てインターネットでできる。人同士のつながりもインターネットで充分」というような話をしていたのを聞きました。
IT社会というのは便利な反面、負の部分も非常に多いわけで、「人間の精神がこれから大きく変わるし変わってもいいんだ」という考え方なら、インターネット万能社会になっても一向に構わないと思いますが、やはり人間の根っ子は変えちゃいけないんだと思うなら、アナログ生活は死守すべきだと思っています。
今朝の新聞に、ライブドアの元幹部の話として、「ヒト、カネ、モノ、情報のうち、堀江氏に後の三つは潤沢だがヒトに弱い」というコメントが載っていました。
今回の買収騒動で、堀江さん支持者の「年寄りが既得権益を守ろうとしている」「若者にチャンスを与えようとしない」、そういう意見が目につくのですが、私はそんなことより、「無機質な人間」に危機感を抱いています。
そういう人がいくら「フジテレビさんと仲良くやっていきたい。協力して事業展開したい。そうすればもっと良くなる」と言おうが、危機感は募るばかりです(現に最初は「支配したい」と言っていたわけですから)。
堀江さんを支持しない人の大半はそういう理由ではないかと思います。
でも、これから先いくらでも「カネや情報より大事なものがある」ということを学ぶ機会はあると思います。頑張ってほしい。
投稿: robita | 2005年3月 9日 (水) 10時59分