われわれに本当の自由なんてない
和論さんの記事を読んで、以前書いた「テロ」についての記事につけたコメントを思い出しました。
こちら。
↓
【そうか、中東の富裕層というのは、自分達は海外に留学などしながら、それを本国の民主主義の確立に役立てないのか、と思ったのですがどうなんですか。
ここまで書いて、「中東の富裕層 海外留学」で、検索してみたら、「テロリストの多くは海外留学組の富裕層で・・・」なんていう記述が出てきて、もう何がなんだかわけがわかりません。
はァー、世界というものは、われわれ一般人のあずかり知らぬところで闇の力が複雑に絡み合い、それによって動かされていて、どうにもならないものなのか、なんて思ってしまいます。
そして、われわれ自身がそういう力で作り上げられたものを土台として、その上に乗っかってまあまあ豊かな生活を築いているのかなあ・・・・・、これはもう、何もかも捨てて、四国巡礼の旅に出るしかないんではないかなんて心境に陥ります。】
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和論さんが「この国には本当の自由なんてない」とお書きになっていらっしゃること、よくわかります。でも、これは「この国」ではなく、「この世界」と置き換えたほうがいいのでしょうね。
そして、昨日ブログ検索をしていてみつけた「遊びのブログ」さんの記事にこんな記述がありました。
【あえて(私の好きな)極端な例を出して考えてみよう。かつて奴隷状態の待遇を受けていた人が、どうにか奴隷状態を抜け出した。あるいは抜け出そうと頑張っている。だが実は、長年奴隷をやっていたので、奴隷をやるとそれなりに辛いこともあるが、全体としてはなじんでしまい、何より楽である。むしろ奴隷を脱した状態は、彼には不自然で馴染みの無い状態であり、常に理性で「隷属すまい」と懸命の努力をしなければ奴隷状態に戻ってしまいそうな不安を抱えている。故に彼は会社勤めもできず(上司の命令を聞くことが苦痛だから)、隣人に道で挨拶することも出来ず(頭を下げなくてはいけないから)、山中に隠遁でもしないと生きていけない。彼は合理的だろうか。彼は奴隷状態を脱したが、本当に自由なのだろうか?】
人間社会というものは、「私たちがこうしてしまった」というより、「こうなってしまった」という「必然」だと私は思うのですが、この世を動かしているものがあまりにも巨大であることを考えれば、一般庶民はその組み込まれた世界の中で「小さな幸せ」を追求するしかないんですねえ。
地球にくっついた塵でしかない人間でも、宇宙の構造や行く末を研究し知ることはできる、でも、どうにもならないのと同じようなことでしょうか。
なんかもう哲学の世界になっちゃいますね。
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コメント
TBありがとうございます。
ご指摘通り、この世界において本当の自由はあるようでないと思う。
ただ自由がなくとも、小さくとも幸せには生きられるでしょうね。
僕個人の意見ですが、膨大に発信されている様々な情報を元に、自分がどう生きていくかが大事になる時代なのかなと考えています。
投稿: わひろ | 2005年3月29日 (火) 14時44分
わひろさん、コメントありがとうございます。
>膨大に発信されている様々な情報を元に、自分がどう生きていくかが大事になる時代なのかなと考えています。<
ほんとうに膨大で、得られる情報はそのほんの一部なんですよね。
選択、切り捨てを要領よくやらないと。
投稿: robita | 2005年3月29日 (火) 17時36分