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2005年3月 4日 (金)

人体は不思議

先日、有楽町に「人体の不思議展」を見に行ってきました。
人体標本をたくさん見ました。臓器もたくさん見ました。
平日なのに盛況で来場者もたくさんいました。

子ども連れも結構いて、「ほら、○○ちゃんの体の中もこうなってるのよ。すごいねえ」などといたいけな我が子に話しかけたり、また、売店では売り物のビデオの映像が、「人体の不思議を知って、命の大切さを考え・・・・」などというナレーションを流していました。

でも、あれらのたくさんの「ご遺体」を鑑賞して、命の大切さは迫ってこなかったなあ。
「へえー、上腕二頭筋ねえ。へえー、大腿骨ねえ。」などとペタペタ触ってるうちに、人体なんてこんなもんかァー、なんて軽々しい気持ちになってくるのです。

若いころ、少年凶悪犯罪に怒りを覚えていた私は(昔からイカってたんです)、彼らの更生には、「地球」を見せたら良いんじゃないか、と思っていました。
ほら、宇宙から地球を見て人生観の大転換をさせられた宇宙飛行士が何人もいたっていうじゃないですか。

それより、小学校の社会科の授業、身の回りの地域から始めるんじゃなくて、とりあえず太陽系から始めたらどうか、なんてことも思いました。
つまり、子どもなりに哲学させるってことですかね。
「自分はなぜ存在するのか」なんてことを考えるようになれば、同級生をいじめ殺すなんてことしないんじゃないか、という発想ですね。

まー、しかし、この頃はそれが「命の大切さ」を考えることにつながるとは実はあんまり思ってないんですが。

「人体の神秘」を見学して「命の大切さ」に思いを致せなかったふとどきな私です。

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コメント

こんばんは・・・もう朝ですか
今朝は用事があるのに・・・

実はRSSリーダーでrobitaさんのブログをチェックさせて頂いてるんですが、何故か新着記事として来なかったんです

4日の記事ですね・・・今は14日、おかしいな・・・

なんかですね、何とかというコメンテーターさんがこんな事を言っていたんですよ

「子供が非行に走るのは、要らぬ情報を過度に流入し続けてきた結果だ」

と・・・つまり子供のクセに大人の領域に親が入れすぎて要らんことを覚える、ってことですよね

ガキはガキらしくしてろ!

ぼくらが子供のころは大人がこう牽制してきたものです
乱暴で不条理な面もありますが、分を弁えるということは実は大切なことなんでしょうね・・・

子供のころには子供のころに学ぶものがあって
大人になってから学ぶものまで学ぶ必要は無いのです
まずはしっかりと「基本」を理解しなければ・・・

こんなん書きました→http://ikki.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/post_14.html

投稿: ikki | 2005年3月14日 (月) 03時37分

ikkiさん、コメントありがとうございます。

 >ガキはガキらしくしてろ!<

わたし昨日、佐藤貴彦著「大人の言うことを聞きなさい」という本を読み終えたんですよ。
ものすごく面白く読みやすいです。読むのが遅い私でも、4・5日で一気に読んじゃいましたから。

キーワードはいくつかあるんですが、中核となるのは「子供は人間ではない」ということです。
これだけ聞くとわけがわかりませんが、いろいろな文献や事例を挙げての論説はいちいち納得します。・・・というより、ほとんどの人がなんとなく思っていながらうまく言葉に表せなかったことが論理的に文章に表されているというほうがあたっているかもしれません。

>子供のころには子供のころに学ぶものがあって
大人になってから学ぶものまで学ぶ必要は無いのです<

ほんとにそうですね。
今は時代が変わったから「子供観」も変わらざるを得ない、とよく言われますが、そこのところこそが間違っているのかもしれません。

投稿: robita | 2005年3月14日 (月) 11時56分

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