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2005年7月28日 (木)

野蛮な老人

朝日新聞土曜版に毎週、作家の島田雅彦氏がエッセイを載せています。

先週のはこんな内容:
 「作家でもラーメン屋でも、技を磨き続け、人気を持続させるには大変な努力を要する」というようなことなのですが、

【売れなくてもプライドを保つには技術を磨き上げるしかない。
自分の生活と意見を書いて目立っているあいだは作家も一人前ではない。
おのが凄絶な人生を振り返るのはせいぜい2作、その後もキャリアを続けるには、他人の話をどれだけ精緻に書き上げられるかにかかっている。
三人称をいかに使いこなすか、どんな語り手を発明するか、それが問題だ。
一文にどれだけ多くの情報量を盛り込めるか。これも如実に技が出る。
文章の細部を磨き上げるのに、手間を惜しまない。
この誠実さこそが職人の証しになる。】

ここまで読んで、「これはもしかしたら、ネットで叩かれている渡辺淳一氏の連載小説に対する批判ではあるまいか。」と単純に思ったのですが、そのあとに続く締めの文章はこうです:

【そして、作家としての安定期、円熟期になってから、それまでの蓄積をすべて壊すようなことを書けるかどうかも問われる。
物書きにとってもっとも重要な資質、それは年を取っても野蛮でいられることである。
究極の自由を追求すれば、人は野蛮になる。
自由の追求に本領を発揮する作家が野蛮になるのは当然なのだ。】

うーん、私は文学をたしなまないので島田さんの文学的表現をもしかしたら誤解してるのかも知れませんが、これは、渡辺先生へのエールともとれます。(あくまであの連載小説のことを言ってると仮定してですよ)
それとも、「その野蛮さをどれだけ職人技をきかして磨き上げ、巧みに表現できるかが問題なのだ」という、やっぱり批判なんでしょうか。

ところで、渡辺先生描くところの「分別盛りの恋狂い」について、ある大家の同様の出来事をふと思い出しました。
「出家とその弟子」の倉田百三です。
百三は46歳の時、妻子がありながら、ファンだという17歳の少女と恋に落ちたそうです。はたからみるとばかばかしいような愛の言葉にちりばめられた往復書簡が残っていて、その恋の激しさが読み取れます。

人間には、老いた時「壊れる」人がいるんですね。いや、これを「壊れる」と言ってはいけないのでしょうか。
本能のまま、欲望のまま、周りが見えなくなる行動をとる、そういう野蛮さ、究極の自由を追求できる人が書いたものこそ読者を楽しませてくれるんでしょうか。

「老人になると何をしでかすかわからん」、このこと自体は人生を面白くするだろうとは思いますが、駄文でお金を取ろうという行為はやっぱりよくないんじゃないかなあと私は思います。

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