神戸の廃墟
ちょっと前、「廃墟ブーム」というのがありました。
ブームでなくても、人というのは「人の住まなくなった朽ち果てた建物」になぜか惹きつけられます。
「栄華の果て」とか「夢の跡」が好きなんですね。
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ちょっと前、「廃墟ブーム」というのがありました。
ブームでなくても、人というのは「人の住まなくなった朽ち果てた建物」になぜか惹きつけられます。
「栄華の果て」とか「夢の跡」が好きなんですね。
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にっけいしんぶん新聞さんのブログで、「家電製品の発達が親子の断絶の一因となり、父親から威厳を奪ったのではないか」、という主旨の記事がありました。
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総選挙に向けて、連日ワイドショーなどでも政治の話題で持ちきりです。
テレビは面白おかしく情報を伝え予測をし、今までにないほど選挙が盛り上がりを見せています。
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私は、今度の選挙、とにかく「小泉自民党」に賭けてみよう、とついこの間まで思っていたのですが、ほんとにそれでいいのか、とまた揺れ出しています。
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「とにかく議席さえ取れれば」という自民党執行部のやりかたが批判されていますね。
あまり政治のことわかってなさそうなしろうとを動員する作戦はいかがなものか、と普通の人は思います。
それは誰もが考える至極まっとうな意見だと思います。
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小泉首相が記者会見で、「郵政民営化に反対の候補者は公認しない」と断言した翌日、夕方のラジオで、ある女性弁護士が怒りをあらわに次のように言っていました。
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実は、ととさんや友郎さんのコメントに返信することはたくさんあったのですが、こういう思いを持つ人との話し合いは、平行線になるだろうなあ、ちょっとしんどいなあ、と思ってあれ以上のことは書きませんでした。忙しいこともあったんですけどね。
泣く子と平和主義者には勝てません。
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「6ヵ国協議での日本はカッコ悪い・・かな」の記事に友郎さんからコメントをいただきましたのでお返事を書きます。
私が「この世は弱肉強食」と書いたことに対して、友郎さんはこのように返されました。
>弱肉強食をとーぜんのように言い切るならばその異常な国家体制うんぬんは理由にならないのではないでしょうか?<
個人でも、国家でも、ある程度の「弱肉強食」と、ある程度の「助け合い」で、成り立っているのではないですか。「生存」とはそういうことだと思います。
「弱肉強食」というと、ライオンが容赦なく小動物をかみ殺すイメージがあるので残酷だというなら、「生存競争」と言い換えます。
弱肉強食というのは象徴的な言い方であって、「生存競争」だって、個人や国家にとって苛酷なものです。
佐藤貴彦著「大人の言うことを聞きなさい」という本の中にこういうことが書いてあります。
【「先進国が豊かさのなかに“惑溺”している反面、第三世界では、生存権が“収奪”されるという事態があります。第三世界では人びとは、自分たちの固有の文化の中で生活を維持するために必要な、最小限の物質的・精神的基盤さえも失われており、それらの国ぐにの予算の半ばは、先進国からの債務の償還と軍事費に用いられ、弱きもの、子ども、女性、老人に不幸なしわよせが背負わされているのです。先進国による「暴力としての開発」ともいわれるのも、そのためです。・・・以下略。 大田堯『国連子どもの権利条約を読む』」
まったく、おっしゃること、ごもっともである。貧しい国の子どもたちは「最善の利益」を受けるどころか、慢性的な飢餓に苦しみ、「生きる権利」すらあやしいのである。ところが一方、先進国では穀物が余りに余って、それを牛や豚にやって、その肉をムシャムシャ食っている。しかもそのうえ、日本に供給された食料のうちの20%以上は残飯として捨てている。さらにそのうえ、ブクブク太りすぎてダイエットまでやっているのである!
いやいや、私はこういうことにいちいち憤慨しているのではない。ヨーロッパや日本などの先進国が贅沢しているということ、そのこと自体を非難するつもりなんてさらさらない。なぜなら、これは理念やイデオロギーの問題ではなくて、経済の問題であるからである。世界経済の上では、食糧というものは、自動車やパソコンと同じく、ひとつの商品であるにすぎない。それがいかに生命の維持のために必要不可欠なものであろうとも、購買力のないところには供給されないし、逆にカネのあるところにはいくらでも過剰に供給される。したがって、いかに穀物が豊富であろうとも、それは貧しい国の子どもたちの口には入らず、先進国の牛や豚のエサになる、ということが起こりうるのである。
したがって、この問題を根本的に解決するためには、少なくとも食糧の供給に関しては、経済構造を根本的に改めるしかない。すなわち、食糧にかぎっては商品流通とすることを止め、完全な配給制として国連の監視下に置き、世界中に平等に分配する。こうでもしないかぎり、第三世界の子どもの飢餓は絶対になくならない。
しかしながら、国連でそうした提案がなされることはない。なぜか。その理由は明白である。「第三世界の飢えた子どもたちのために、自分たちの食生活の贅沢をあきらめるつもりはない」というのが、先進国の人々のホンネだからである。__中略__ 自分は毎日肉をムシャムシャ食いながら、第三世界の悲惨な状態を嘆いているつもりになっているのだ 】
この文をどう受け止められるでしょうか。
人の世とは苛酷なものですね。
でも、ライオンと違って人間には慈悲の心があります。それで、助け合いの精神を掲げ、肉をムシャムシャ食べながらも、少しでもおすそ分けをしようとするし、苦しんでいる人たちをなんとか救えないものかと知恵をしぼります。
で、私など、博愛精神が不足しているのか、隣のお子さんより自分の子どものほうが大事だし、遠いイラクの子どもより、北朝鮮に拉致された同胞の子どものほうがずっと可哀想なのです。早く助けてあげて、と祈らずにはいられません。
私は冷酷でしょうか。
もうひとつの友郎さんの疑問です;
>自国は核保有もしているし実験したがっているのに他の国が持つのはけしからんていったいどういう理屈なんですか?<
単刀直入に言えば、「持っていい国」と「持ってはいけない国」がある、ということではないでしょうか。
仮に、アメリカが、核を放棄したとすると、世界はどうなるでしょう。おそらく大混乱に陥るでしょうね。滅亡するかもしれません。
考えてもみてください。世にも恐ろしいあの超大国アメリカが、核を両手に引っさげて仁王立ちしてるんですよ。終末戦争へのこれ以上の抑止力がありましょうか。
世界はいつだって覇権争いです。ついこの間までソ連という国がアメリカと王者の地位を争っていました。そして今は中国が世界の覇者になろうとはりきっています。
私たち日本人にとって、世界の覇者はソ連がよかったでしょうか、それとも、中国がいいでしょうか。
アメリカはなんと頼もしい用心棒だろうかと思わずにはいられません。
それとも、日本も核武装して、ほんとうの「自立」を試みてみますか。
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