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2005年8月31日 (水)

神戸の廃墟

ちょっと前、「廃墟ブーム」というのがありました。
ブームでなくても、人というのは「人の住まなくなった朽ち果てた建物」になぜか惹きつけられます。
「栄華の果て」とか「夢の跡」が好きなんですね。

私が子ども時代を多く過ごした神戸に摩耶山という低山があります。頂上近くに摩耶ホテルというのがあって、毎年夏休みを六甲山の麓の親戚の家で過ごした私たち子どもはそのホテルを下から見上げては、あそこに何があるのか、ホテルだとはいうが、もう営業はしていない、無人の状態らしい、と大人たちが言うのを聞き、いつか行ってみたい、と思っていました。

ある時、それは決行されました。
兄姉妹や従兄弟たち、総勢8人か9人、何の装備もなく、近所の駄菓子屋で調達したジュースやお菓子だけ携え、ひたすら山の方角に向かって歩きました。舗装道路もありましたが、わざと道をはずれ、崖などをよじ登りながら進みました。「昭和30年代、ボクらはみんな探検家だった」の世界ですね。

道なき道を進んではいても「探検家の勘」でしょうか、迷うこともなく目的地のホテルはみつかりました。
それは見事な廃墟でした。
ワクワクしながらもおそるおそるほこりだらけの厨房や見晴らしの良い大浴場など、誰もいない館内を歩き回りました。
「この戸棚の中見てみ、まだ茶碗や皿があるでェ」
「うわ、この風呂、どくろの形しとぉ」

広いダイニングルームからバルコニーに出ようとした時、そこに若いカップルが手すりにもたれて景色を眺めながら語り合っているのを見てびっくりしました。
ホテルを出たあと、すぐ横にケーブルカーの駅があるのに気がつきました。
自分たちとしては、人里離れた未知の世界に探検にやって来たつもりだったけれど、そこはケーブルカーでお手軽にやって来られる場所だったんですね。

あのホテルは今、どうなっているのでしょう。
廃墟ブームに乗って、写真集などには取り上げられていましたが。

思えば、私が子どもの頃は、まだ近所に、空襲でやられたのか焼け残った家の土台だけが寂しく放置された場所が見受けられたものです。
防空壕も、「火垂るの墓」に出てくるような「横穴」も、まだ残っていました。

今から思えば、危険がいっぱいのそんな環境で私たちは遊びまわっていたのです。

近頃は、子どもにも野外活動の経験をさせなければ、と、大人たちは、さまざまな野外イベントの企画を作って子ども達に冒険の経験をさせようと懸命に頑張っています。

でも、それはすでに「冒険」ではありません。
「都会の子どもたちに何とか自然に親しんでほしい」という気持ちは痛いほどわかりますが、大人の目を盗み、拙いながらも自分たちの力で探検隊を組んでこそ、冒険には意味があるんですね。
「安全の確保」とはいえ、大人の監視下にあるのでは、冒険ではありません。

しかし、それはしかたがない。子どもの大怪我や死を回避するためには、管理や監視は当然です。

子どもへの愛情」にも書きましたが、昔の親は大雑把やったね。

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