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2005年9月28日 (水)

祟り

しばらくブログの更新できません。2週間ほどお休みします。その前に一つ。

昨夜、テレビで「ズバリ言うわよ!」というものすごく長い番組やっていて、ところどころ見ました。占い師の細木数子が高校生や教師の集団相手にズバズバ斬り込むという趣向です。

私はこの人には、「もっともらしい言葉で純朴な人々をたぶらかす胡散臭さ全開の女教祖」、というイメージしかなかったので、何故こんなにテレビに出るのか何故こんなに人気があるのかわかりませんでした。

しかし、その理由がわかりました。なかなか良いこと言うんです。当たり前のことだけど言い方が上手なんです。みんなこんな風に言ってほしかったんですね。(よろしければこちらも合わせてお読みください→「老木の存在」)

まあ、でも、やっぱり私は好きになれないなあ。怖すぎる。

バッシングされて当然な人のように思いますが、この人の悪口って聞かないですね。言っちゃいけないのかな。言うと祟りでもあるのかな。


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2005年9月26日 (月)

続・続・ととさんへ

 >日本はアメリカに守ってもらっているだけではなく,アメリカもこの日米同盟は大事にしたいはずだ <

その通りです。
思いやり予算とか、米軍の事故や事件に対して日本の警察に捜査権がなかったりとか、この不平等条約をなんとかしなければいけないのに、なぜ、日本政府はその是正を提案しないのでしょう。
今の政権がアメリカに毅然とした態度とれなくて、民主党がそれができると言うのなら、民主党にやってもらいましょうよ。

 >アメリカの外交は,常に自国のためであり<

アメリカに限らず、どこの国も外交は国益優先です。外交とは仲良くすることではなく、戦争を回避しながらいかに自国に有利に事を運ぶかというか、まあ言わば手練手管、権謀術数のことだそうです。
国連安保理やUNHCRなどは各国の利害がうずまく醜い駆け引きの場だなんて話も聞きますよね。

 >草の根運動<

私は草の根運動を否定しているのではありません。
素晴らしい活動はいっぱいあって大勢の人が人知れず努力をしているのではないですか。
私は平和デモ行進や憲法9条死守の運動についての考えを述べています。

 >そのイメージに対して嫌悪感を持って<

「嫌悪感」なんかじゃなくて、「なんだかなあ」みたいな感情かな。
だって嫌悪感を持つべき対象というのは他にいくらでもいるじゃないですか。
北の独裁者だとか、極悪教祖だとか、子どもをたぶらかす変質者とか、同級生をいじめ殺すクソガキとか・・。

私ね、社民党の福島さんや阿部知子さんや共産党の志位さんなんか、むしろ好きですよ。だって、すごく温かそう。
あんなに頭が良くて良い人なのになあ、惜しいなあ、という気持ち。

 >個人的には,右や左,ハト派やタカ派といったようなカテゴリー分けはあまり好きではありません.<

私も好きではありません。というか、そんな分け方されたって困ります。
シンボリックな面白い表現としてあってもいいとは思いますけど。

反戦デモをしちゃいけないと言ってるのではなくて、それだけで自己完結してしまってはだめだ、ということです。肝心なのは、平和行進をする前に考えることがあるでしょう、ということです。
ちょうど、先日の新聞にこんな文章みつけました。

【「朝鮮戦争にもベトナム戦争にも抗議した」と誇らしげに語る日本人に、アジアからの留学生が言った。「戦争で日本人が得た利益は、あなたの血となっているのですよ」】

これは日本が軍需産業で儲けていたベトナム戦争当時のことと思いますので、ちょっと事情は違いますが構図は同じですよね。

この留学生の言葉にどう答えるかが問題なのであって、反戦デモに参加してただ「戦争反対」と言っているだけじゃ戦争は終わりません。

たしかに、「反戦」を叫ぶことが効果的であった戦争もあると思います。
ベトナム戦争は、アメリカがゲリラにてこずった上、世界的な反戦運動の高まりによって終わったのだと思います。
でも、イラク内の宗派間の争いはアメリカが撤退することで治まることはないでしょうね。どんなことになるのか私にはわかりませんが。

未来を担う若い人たちには、反戦デモ行進をしながらでもいいから、世界の構図というものがどうなっているのか、自分たちはどういう生活を望んでいるのか、現実とは何なのかということを考えてもらいたい、と思っています。

ついでに、憲法9条のことについて書きます。
私は、「戦争はしない、という理念は守りつつ、世界秩序維持のために協力はする。」という前原民主党党首(他、改憲論者のみなさん)の考え方は極めてまともであると思います。

9条改正して、今までのようにもめることなく海外派遣も行われ、そして、自衛隊員が不幸にも亡くなったりした時、おそらく「それみたことか」という声が沸きあがるでしょう。
しかし、それは、憲法9条を書き換えたからではなく、日本が世界の一員である以上、否応なく巻き込まれる、ということだと思います。

それがどうしてもいやだというなら、日本は鎖国して、自給自足の生活をしたら良いと思うんです。
みんなで畑を耕し、魚を取り、牧畜をして、平和に暮らすのが良いと思います。

実を言うと私は、それもいいじゃない、と思っているのです。

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2005年9月22日 (木)

続・ととさんへ

再びととさんへの返信です。

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2005年9月20日 (火)

どうしても政界再編したい私

今日は二連発で書いちゃいます。
先週金曜日にメモしておいたこと、どうしても書いておきたいので。

「政権与党だって、野党に気を配って国民が選択しやすい二大政党制を作る義務があるはず」と私が言うと、
主人は「政治は権力闘争なんだ。そんな他の党のことなんか知ったこっちゃないよ」と言います。

ちがう、ちがう、そういうことじゃなーい!

政権交代可能な状況を作ることによって、政治のダイナミズムを得ることができるのなら、政治家はそういうことも視野に入れないといけないんじゃないの。
与党だって、こんなに議席増やしちゃったんじゃ、戦い甲斐もないでしょう。

そして、これは民主党がだらしがない、というより、あるべき姿に与野党が分かれていないから、ということなんだと思いませんか?

小泉さんが民主党を小バカにするようなことを言うたびに私は、「あんたのせいで、こんな野党しかできなかったんじゃないの、あほ」と心の中で毒づいていました。

政界を一度バラバラにして、お箸でつまんで選り分けてやりたい気分です。これはこっち、これはあっち、って。

そんなこと思ってたら、自民党参議院議員の山本一太さんが、ワイドショーで、「与野党の数が拮抗していなければ政界は健全じゃない」みたいなことを言い、同じ参議院議員の舛添要一さんも別の番組で、「自民党は公明党のおかげでこんなに当選を増やしたんです。いまや公明党なくして自民党は政権の座につくことができないんです。民主党も単独政権を目指すなんて言ってないで、社民党との連携も考えたらどうか」などとアドバイスしていました。
やはり、参議院議員は衆議院議員とは意識がちがうんでしょうか。

ところで、先日ラジオで、首都大学の宮台先生が言ってたんですけど、自民党の政治家のタイプとして「汚れた鳩」と「きれいな鷹」というのがあるそうです。

【汚れた鳩】
・野中、鈴木宗男など
・利益配分型、弱者保護
・平和主義

【きれいな鷹】
・岸、福田、小泉など
・金持ちの御曹司が多いので金に汚くなくて済む
・平和に対する思い入れがそれほどではない

きれいな鳩ときれいな鷹に分かれるのが一番いいんでしょうか。
国民のほうで、理念の違う政党を二つ用意して議員を配分することができたらねえ。
でも、真魚さんのブログで、「アメリカの共和党にも左派的な人がいるから、二大政党制ってこんなもんなんでしょう」、というコメントなどを読むと、あまり政界再編にこだわることもないのかなあ、などと思えてきます。

ドイツでは1960年、憲法改正にあたって、与野党大連立をし、改正後、政界再編がなされたそうですね。
やはり、政界再編は憲法改正が俎上に載るまで待たないといけないんでしょうかね。

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ととさんへ

ととさんから頂いたご意見に返信します。

 >日本の今は,アメリカとの関係だけで築かれたものではないと思っています.もちろんアメリカは重要な友好国ですが,例えば今なら,中国なしでは私たちの衣類や食や家電製品は手に入らないのですから,中国も重要です.そうなると嫌中も言えなくなってしまいませんか?<

まず、この点ですが、「アメリカと日本の関係」と「中国と日本の関係」は歴史的にも現状を考えてもぜんぜん違いますね。
例えば、こういう考えがあります。
【もし、あの時蒋介石が毛沢東に勝ち、蒋介石が中国本土を掌握していれば、日本の復興は30年以上も遅れていた。なぜなら、戦後の東アジアは、戦勝国のアメリカと資本主義中国によって仕切られ、アメリカの支援も投資も、日本ではなく専ら中国に向かった、とされるからである。皮肉にも、中国が大陸と台湾とに分断され、この間隙をつく形で、戦後日本は米国の支援を一身に受けて「復興・成長」の道を歩むことができたのである。】(寺島実郎)

日本人の勤勉さもさることながら、アメリカの支援なくしてはこれほどのめざましい成長は遂げなかっただろうということです。さらに、日米安保により、日本は自国の安全保障をアメリカに委ねて経済活動に専念することができました。今の豊かな日本の「土台」がアメリカとの関係の中で築かれた、という点で中国との経済関係とはレベルが違う、と言えるのではないかと思います。(単なる主婦の浅薄な思いかもしれませんので、訂正があったらお願いします)

しかしながら、日本がこんなに豊かになったのはアメリカ様のおかげなのだから、アメリカ様に決して逆らってはならない、と言うつもりはありません。
でも、何がどうなってこういう状態なのだ、ということを、やはり、主婦とて知っておかなくてはいけないとは思います。そして、アメリカの言いなりにならないために日本は具体的にどういう行動をしたらいいのかを考える、わからないなら、誰かに教えてもらう、そういうことをしなければ、どうして「日本の自立」や「平和」を叫ぶことができましょうか。

私がブログを始めたのは、書くことや人の意見を聞くことによって自分の考えを整理することができ、何もしないより少し賢くなれる、と気づいたからです。
色々な人と意見の交換をする、・・・とても重要なことです。
こんなこと、現実の世界ではとてもできません。

 >私は彼ら以下です.平和な世界になって欲しいと思いながら,毎日普通に働いて,慌しく家事をして,こうやってネットで遊んでいるだけですから.何も行動していませんから.<

貧しい人々のためにボランティアをすることは素晴らしいことだと思います。自分の貴重な時間を削って人のために労苦を惜しまないわけですから。
しかし、それをしないからと言って、彼らより「低い」と思われますか。
人は皆、それぞれできることをしようと努力していると思います。逆に彼らは私たちのやっていることをできないでいるかもしれません。
ととさんは忙しくてもPTA活動に参加したりなさってませんか。
私も微力ながらPTAや地域の子供会、ボーイスカウトなどで子ども達のお手伝いをやってきたわけですけれども、そういうことはそれぞれの事情でできる人もいればできない人もいます。これぐらいならできる、と思う人がやればいいだけのことです。

世界をまたにかけたボランティアや平和を訴える運動に身を投ずることが崇高で、自分の子どもが関わっている地域の活動は「格下」だとする考え方は、外で働いて税金を払うほうが専業主婦より社会貢献が大きい、とする考え方と同根ではないでしょうか。

たしかに、アグネスや曽野さんたちのなさっていることは常人にはできない素晴らしいことだし、多くの人を救っています。それらの活動がなければ立ち行かないこともあるでしょうし、それらを通して見えてくることもあると思います。
だからといって、それをしてないから、自分はだめだなんて思う必要はまったくないと思います。私も自分で自分のことをそう思っています。
ブログ界にも、乳飲み子を抱えながら「この国を良くしたい。」と忙しい中一所懸命考えを述べている人もいます。考えだけで行動が伴わないからだめだなんて私は全く思いませんね。
考えて訴える、それを大勢の人が読む、それだけで、一歩踏み出してると思います。

 >戦争反対を言うなら,貧困を恐れるなということでしょうか?<

貧乏が我慢できないくせに平和運動するな、と言っているのではなく、これは平和運動している人たちへのアドバイスのつもりなのですが・・。
平和デモ行進のスローガンに、ただ、「戦争反対」と掲げるのでなく、「ブッシュ大統領殿、国益を慮るのはわかりますが、私たちは石油をそんなに欲していません。食べ物も今の半分に減らします。誓います。だから、国益優先でなく、平和優先で政治を行ってください」という訴え方をするべきじゃないかなあ、なんて思います。まず、まっさきにこの意思を明確に打ち出すのが平和運動としては効果的ではないかと思うのですがどうでしょうか。
どちらにしても、「平和運動」というのは必然だし、大事なことだと思います。誰もそれをやらなくなったら誰も平和について考えなくなるでしょうから。

因みに、アグネス批判はですね、私の「好み」の問題です。
心根の優しい人にはこういうことはないかもしれないけれど、「何となく鼻につく」ということってありませんか。
いやあ、私がやっぱり意地悪なんでしょうかあ、あははは。

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2005年9月16日 (金)

やっぱり小泉さんは間違ってる

どうすれば納得のいく二大政党制になるのか、ということを考えれば考えるほど、小泉さんが自民党にとどまったのは間違いだったと思わざるを得ません。つまり、4年前に総裁選に勝ってしまったことがすべての間違いの始まりだったと思います。

私は、守旧派の抵抗によってなかなか改革が進まなかった時、「小泉さん、首相のまま改革派を連れて自民党出れば良いのに」と思っていました。しかし、そこまで変人ではありませんでした。

小泉さんが、改革と称して自民党内で革新勢力を作り、攻防戦を見せ付けることによって、本来改革派であるべき民主党の存在意義がなくなってしまったことは誰もが指摘するところです。

しかし、こういう状態を作ってしまったのは、民主党の責任でしょうか。
私は違うと思います。

一国の総理ならば、どうすれば政治にまともな攻防が生まれるか、どうすれば健全な二大政党に落ち着くか、そういうことを考える責任があると思うのです。

いま、自民党は、改革勢力として生まれ変わったかのような言い方をされますが、あいかわらず、古い体質の議員も沢山生き残っているのではないですか。

亀井さんや綿貫さんだけは追い出したものの、改革にとってやっかいな人たちはまだ残っています。

こんなことをしてたんじゃ二大政党なんていつまでたってもできっこありません。

小泉さんが自民党を飛び出して、民主党の心ある人たちと手を組みさえすれば、もっと手っ取り早くすっきりした二大政党制に移行したでしょうに。
民主党もあんなねじれた妙なかたちにはならなかったでしょうに。

ところが、「自分大好き」の小泉さんは、「改革改革」と叫んで自民党内の古い人たちと戦っている姿を演出するばかりです。「自分」のことより「政党のかたち」というものを考えてくださいよ。

一国の政治を預かる者が、どうして「勢力配置図」の健全化を真剣に考えないのか。

小泉さんが首相で自民党が圧倒的な支持を得た今、もうそういうことを言っても仕方がありませんが、やはり、4年前、小泉改革一派は自民党を出るべきでした。

民主党の党首選びを見ていて、つくづく気の毒になります。
誰が党首になっても、「改革小泉」の勢いには敵いそうもありません。

私たち国民も、野党を育てるにはどうしたらいいか考えないとね。

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2005年9月15日 (木)

続・「おばあさん仮説」

よく、「上手に年令を重ねている人」なんていうことで芸能人なんかが引き合いに出されます。
でもそういうのってただ若作りしてたり若ぶってたりするだけなんじゃないでしょうか。要するに「若く見える人」っていうだけなんですよ。先日雑誌の広告の見出しで目にしたのは中村雅俊氏なんですが。
「若く見える」っていうのが「上手に年令を重ねている」ってことなんですか?

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2005年9月13日 (火)

「本気度」を示すこと

昨日の記事で、「若者がワールドカップのノリで選挙に繰り出したのではないか」と書いたけれど、色々なメディア上でなされる分析を少しずつ見聞きしていると、そうでもないのかな、と思えてきました。
tomoさんが「選挙、すごい結果ですね」の中で、【本気度をアピール出来た政党が政権を執る事が出来る可能性を示唆しているのだと思う。】 と仰っています。

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2005年9月12日 (月)

投票率67.5%

私は「民主党を育てなければ」という思いから、昨日の選挙では、民主党に入れました。
しかし、政権交代などできるはずがないと予想はしていても、あの惨敗。

投票率は伸びて67.5%。
「選挙に行こう!」と皆があちこちで叫び続けた結果がこれです。
今まで政治に無関心だった若者どもが、ワールドカップのようなノリで投票所に向かったんでしょうか。
「これは文化大革命だ」と誰かが言ってましたが、そんなイヤなことが起こったんでしょうか。

ワイドショーなど見ていますと、なにかしら重苦しい雰囲気が漂っています。大勝した自民党でさえあまり嬉しそうでないように見えます。
自民党が予想をはるかに超えた圧勝をしたにもかかわらず、そして、新聞の一面には「自民圧勝!」と大書されているにもかかわらず、テレビに出る自民党員の顔は勝利の歓びに満ち溢れているようには見えません。

これはおそらく、「恐ろしさ」であろうと思います。
国民がこれほどまでに「改革」を望んでいる、そして、「たとえ『非情』『独裁』であろうとも、そんなことはかまわない、すぐにでも過激に改革をどんどん進めてくれ」、という国民の意思が反映されたものであって、もし、それができなければ、今度は自分たちが追いやられる、ということか、という恐怖を感じているからではないでしょうか。

とにもかくにも、日本国民は小泉さんを信任したんです。
いいじゃないですか。やってもらいましょう。思い切った改革をしてもらいましょう。

国民は自民党を選んだわけですから、その政治を監視し続け、結果を受け止める責任があります。

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2005年9月 7日 (水)

強くなければ優しくなれない

さなえさんは、「官から民へ」という流れによって競争原理が働き過ぎると、弱者が切り捨てられる、そういう社会は幸せとは言えない、と仰います。

たしかにそうです。弱肉強食はよくありません。
なるべくみんなが幸せになれるような制度を考えるべきだと思います。

しかし、完璧な制度などというものはなく、世界中どこの国も「あっちをたてればこっちがたたず」と、いろいろな面で悩み続けていると思います。悩んでいない国などないでしょう。

私は思うのですが、「日本型社会主義制度」がまあ今のところベストだというなら、そしてそれをぜひとも続けていきたいと思うなら、世界の動きに背を向けることになりますよね。
つまり、「日本は日本のやりかたでやりますから、みなさんご勝手にどうぞ。私たちはグローバルスタンダードは採用しません。」と宣言することじゃないんですか。
「グローバルスタンダード」というのは、「世界中が同じルールで競争するための既定、手順」だそうです。

私にはよくわかりませんが、この一国平和主義で日本は生き残れるんでしょうか?

それとも、世界に向けて、「日本型社会主義が一番良いと思うので、みなさん、このやり方で統一しましょう」と呼びかけますか?

それが一番良いことならそうするべきだと思います。

そして、それを主張して実行に移すにはどうしたらいいか。欧米に向かって、「お前らはまちがっとる」と堂々と言うためにはどうしたらいいか。

当然、日本は今のままでいいはずはなく、発言力を増すべく、強く豊かな国にならねばなりません。

ちょうど先日、新聞でこんな意見を読みました。

経済同友会代表幹事 北城恪太郎氏:
 【日本では弱者保護の名目で、既得権勢力が保護されすぎている。自ら挑戦し、努力する人が報われる社会にしなければならない。
グローバルな競争の中で、日本の経済社会を効率的にしないと、欧米やアジア諸国との競争に負け、国内の弱者を救済することもできなくなる。
日本の財政赤字は先進国で最悪で、借金まみれで豊かな生活を続けるのは限界がある。現在の構造改革路線をさらに進めて「小さな政府」を目指すしかない。

助け合い精神に満ちた優しい社会で仲良くやるのは素敵なことですが、そうやっているうちに経済は停滞し、国力が衰える、ということではないのですか。

選挙で政治家を選ぶ時;
・国全体にとっていいことかどうか。
・自分の利益にかなうかどうか。

有権者の投票行動はこの二つの動機により分かれると思いますが、国民も腹を据えてきたのかな、と与党支持の伸びを見て私は思います。

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2005年9月 5日 (月)

悪魔の資本主義

きのう、本屋さんで婦人雑誌立ち読みしていたら、面白いエッセイがあったので嬉しくなって買っちゃいましたよ。

フランス文学者の鹿島茂氏の「テロとモノの相関関係」: 以下に要約します。

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2005年9月 2日 (金)

「よく遊びよく学べ」という基本

私はよく思うのですが、今の子どもたちは私たちの頃よりはるかに勉強していると思います。塾に通ったりして遊ぶ時間もないほどです。
昔は塾などなかったし、子どもたちは学校が終わると暗くなるまで毎日外で遊んでいました。宿題以外、勉強などしませんでした。少なくとも私のまわりはそうでした。
つまり、「勉強」は、学校教育だけだったんです。

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