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2005年11月28日 (月)

愛は力____絶望から這い上がる

愛は力」の記事に、「深夜のNews」の真魚さんからコメントをいただいたのでその返事です。

>必ずしも家庭が万能ではないのではないでしょうか<

私がここで書いたことは、「家族の躾けや教育がだめで、愛が不足しているから少年非行が起こるのだ」ということではありません。「愛さえあれば非行に走らない」、ということではありません。

つまり、どんな人にも幼児期というものがあり、その時期に愛情を受けることは人の心を強くするための重大な条件の一つではないか、ということです。

家族の愛を経験したその子どもがその後どんな人生を送ることになろうが、(たとえ、犯罪や戦争に巻き込まれて悲惨な経験をしようが、あるいは、自分自身が犯罪を犯してしまうことになろうが)、絶望から這い上がる力を育むのは、自己の土台を作ってくれた「愛」ではないのか、ということです。そして、その「愛」が育まれる場は、多くの場合、家庭であろうと思うわけです。

万全の愛を授けられる家庭などおそらくないでしょう。

ちょっと思い出したのですが、北野タケシの例をあげますと:

「オフクロは怖かったよぉ。容赦なかったね。めちゃくちゃ叱られひっぱたかれるでしょ。で、晩メシの時にね、なんか知らないけど俺のとこにだけ玉子焼きが置いてあったりするんだよね。」

飲んだくれで生活力のない親父と理不尽に叱り続ける母親。
タケシ君ちは理想的な家庭からは程遠いと言えます。
教育的に論理的に考えれば、叱ったあとに慰めのつもりだか何だか、他の子ども達に配慮も何もないこの母親の思いつきのような行動は、「愚かしい」と否定されるかもしれません。
でも、これこそが理屈抜きの愛情ではないのか、と感じます。

考えるに、どんな形であれ、「お前のことを気にかけている」という大人がいること、が必要なのかな、と思います。ありきたりの言い方ですが。

それはもう、ほとんど動物的な愛と言っても良いでしょう。

人類は全員がまっすぐに育つ必要はなく、何かが起こった時に、再び立ち上がる力を持っているかどうか、子ども時代にその根っこが形成されているかどうか、それが問題なのだと私は思うのですが、間違っているでしょうか。

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2005年11月26日 (土)

はなやぎの27才

今から30年ほど前、同世代の友人知人の女性たちが次々と結婚を決めていく中、私はなかなか相手が見つからず、それでもとりあえず結婚相手にめぐり合うことを目標に毎日を過ごしていました。

25歳までは、お見合いなどしながら、適度に青春を謳歌していましたが、26歳になろうとする時、ちょっと不安な気持ちが湧いてきたのを覚えています。

25歳と26歳じゃ随分ちがう、あの頃はそんな滑稽な感覚も結構普通に受け入れられていました。
その時代でも、外で働き、着々とキャリアを積み上げている女性たちにとっては25だろうが26だろうがたいした違いはなかったでしょうが、「嫁にもらわれる」ことを選択した私のような者にとっては「若さ」は「売り」のひとつであり、「このまま売れないと商品価値が落ちてしまうよぉ」みたいなあせりを感じていたのだと思います。
なにしろ、大学生でも、ピチピチの新入生が入ってくると、上級生が「私たちおばさんは」などと自分たちを自虐的に呼ぶ時代でしたから。

毎日が不安でいっぱいであせりまくっていた、というわけでもありませんが、「このまま結婚相手にめぐり会わなかったらどうしようかなあ」という、軽くヤバイ、状態であったと思います。

そして26才、27才とあっという間に歳は重ねられていきました。

そんな時でした。カネボウ化粧品の広告だったと思いますが、「はなやぎの27才」というキャッチフレーズを女性誌で目にしたのです。

その輝くようなフレーズとともに、落ち着いた笑みを浮かべる大人の女性の美しい横顔が紙面を飾っていました。

「そうだ。そうなんだよね。もうガキじゃないんだ。大人の女性としてこれからが華やぐ時なんだ。あ〜、27才ってなんて素敵な年令!」と、目からウロコが落ちたようでした。

その広告コピーはそれ以来あちこちで見かけました。今考えればおそらく団塊世代という巨大市場をねらったものだったのでしょうが、その世代の女性たちを大いに元気づけたことだったろうと思います。

今という時代だからか、それとも生物学的にたしかに若くなったのか、27才を「年取った」という感覚でとらえることはもうありません。

おそらく10年、いやそれ以上、女性年令は若返っています。→「恋をしなければ生きていけない

あの頃の「27才」という感覚は、今なら「37・8才」ではないだろうか、と思います。

近頃の女性はほんとうに、より若くより美しくより賢くなりました。

変わっていく女性たちの後姿を見ながら、「女性よ、キミたちはいったいどこまで行ってしまうのか。」と、男たちは、一向に変われぬ自分を情けなく思い、一応は努力するがなかなか追いつけません。

「男は女を養うもの」という古びた価値観は捨て去らなくてはならない、と気勢を上げる女性たち。
一方で、過去の価値観を見直すべき、という復古調の動きも盛ん。

ああ、男はどうしたらいいのかわからない・・・・。


毎週日曜日の連続ドラマ「恋の時間」をご存知でしょうか。→「黒木瞳 最高!

主演の黒木瞳は、40代、未婚、仕事人間、気が強く、家事はダメ。
こんな女は男から敬遠されて当然、・・・・と誰もが思うでしょう。

でも、たまらなく魅力的なのは、歳を重ねたがゆえのその混沌とした人間性です。
男っぽいし女っぽい、やり手で人が好い、仕事はできるがそそっかしい、おとなだけど純情。そして最も大きな混乱は、結婚したくないけど結婚したい、これです、たぶん。

女性のこの年代というのはそれまで持ってきた価値観一本槍でなく、世間を知って色々なことがわかってくるのだけど、しかもまだ達観するには若過ぎる、そんな年令ではないのかな、とあのドラマを見ていて思いました。

「黒木瞳だから魅力的なんだよ」とも言えます。
そうですね。あの可愛らしさは見習ったほうがいいですね、見苦しくない程度に。

うじうじした専業主婦の妹より、人生を面白くしてくれそうな姉に魅力を感じる男性がこの日本に増えるとなんかいいね。


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2005年11月24日 (木)

愛は力

今の若者はどこかおかしい、と私たちは言う。

いじめや登校拒否、万引きや覚せい剤などの犯罪はまあ、昔からあったにしても、理由もなく人を殺す、ましてやそれが自分の親となると、まあいったいどうしちゃったんだろう、と驚きあきれる。

そういった現象を抜きにしても、若者のけだるさというものは現在の日本全体に漂っているような気がする。

最も危惧しなければならないことは、よく言われるように、「頑張って勉強して、それでどうなるの」という、答えようのない疑問を彼らが持っていることである。

いや、答えはあるのだ。「そりゃオメェ、良い暮らしができるようになるからに決まってるぢゃァねえか」。

しかし、生まれながらにそれなりの良い暮らしが用意されている彼らには、「さらに良い暮らしが」とつけ加えるぐらいしかないのが情けない。

それぞれの家庭で、それぞれの子どもの育て方があり、潤沢な小遣いを与える家庭もあれば、そこそこ厳しく自律を教える家庭もあろう。

しかし、この国全体が豊かである時、社会の動きに反して清貧を貫いたり、誘惑を拒絶して勤勉であることを子どもに教えるのは容易なことではない。そのポリシーを貫いたがために子どもが心を閉ざしてしまった家族の例を私は現に2.3、知っている。

だいたいが親からして生活に緊張感がなく、我慢というものをしなくなっているのに、子どもにだけそれらを強いることには無理がある。

たしかに、質実剛健、質素倹約、日々鍛錬を心がける家庭もあるだろうし、「頑張る若者」「ガッツのある若者」も存在する。しかし、そうでない家庭や若者のほうが圧倒的に多いのではないか。

もうこれは仕方がないとしか言いようがない。

現行憲法を死守して国際協力もできず、「ひきこもりの国」として自らを貶め、やがては資源や市場からも見放されて貧しい国になるのか、それとも、戦争に巻き込まれてもう一度焼け跡から出発するのか、それとも、貧しさに戻る、という発想から離れて、平和で豊かな日本のままで、何か根本的に日本人の精神を叩き直す方法を模索するのか、それとも、こんなことは杞憂であって、子どもの犯罪も無気力も全体からすれば、ほんの一部なのだから、なにも精神を叩き直すなどとムキにならなくてもいいのである、という意見もあるだろうか。

私自身は今、まあまあ幸せに暮らしているので、早急にどうこうして欲しいという急いた気持ちはないし、どうすればいいのかもわからない。しかし、いつなんどきどうなるかわからないのである。子どもが事故で死ぬかもしれない、通り魔に殺されるかもしれない、全財産をなくすような災難に遭うかもしれない、あるいは戦禍に巻き込まれるかもしれない。

争いや悲しい出来事は人間社会に起こるものとしてとらえるしかない。

世界中に不満がなくなり、戦争がなくなり、みんなが幸せに暮らせる世界が実現したとして、その次に来るものはいったい何だと思われるだろうか。
恒久平和は理想だがあり得ない。

私が最も大切だと思うのは、人のコミュニティの最小単位である家族の信頼関係だ。
これさえしっかりしていれば、戦争が起ころうが、日本が沈没するほどの天変地異が起ころうが、夢や希望や、復活への情熱を失わずに済む、と思う。

家族の愛に育まれた記憶があるからこそ、人は、もう一度やってみよう、と再び立ち上がるのではないか。

愛が土台になければ人は脆い。生まれついて孤独な身の上の子どもも、属するコミュニティで愛を受けることができればそれはとても幸せなことである。

愛によって確立される人の根っこと太い幹は、憲法9条死守のシュプレヒコールでは到底育ち得ない。

戦後の復興期を経て、日本が豊かになる過程で、目標を失った家族はバラバラになり、「あるべき家族像」が崩壊の一途をたどっていると言われる。

「昔の家族に戻れ、といった見当違いのバックラッシュも、過去の記憶を持つ世代が退場すれば、じきに終わる。・・・中略・・・地域社会が崩壊した今、再帰的に自分のホームベースを構築し、そこから世界を把握しなければ、多くの人は自分を保てない。今の日本は、個々人がその居場所を自分で模索しなければならない過渡的な状況だと思う。」と社会学者の宮台真司氏は言う。

なるほど、昔の家族の形態を取り戻そうなどと足掻くのは、愚かな幻想と言われても仕方がないのかもしれない。おそらく人間は進化し、家族に代わる何か別の「巣」を構築するようになるのかもしれない。

しかし、それでも、私は「人の心を強靭にするもの」として、今のところ「家族の愛」以外に何も思いつかないのである。

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2005年11月21日 (月)

「希望」ってどうやって作るの?

悲しい言い方ですが、平和や豊かさというのは、「荒廃」を生み育てる土壌なんですね。人心の荒廃は、緊張感のない平和や豊かさの中から徐々に大きくなっていきます。

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2005年11月18日 (金)

「その次」を考える

私たちはよく、アメリカや日本政府の悪口を言います。でも、「その次」がありません。
「悪口」や「不平」だけだったら誰でも言えます。

「日本はアメリカの言いなりになるな」→言いなりになりたくないのならどうするのか。

「アメリカはイラクから引き揚げろ」→そのあとイラクはどうなるのか。

「今の改革は弱者いじめだ」→じゃあ、国の財政再建はどうするのか。

大衆というものは「こうしてほしい」「ああしてほしい」と政府に要求するだけでいいのかもしれませんが、紛争の絶えない発展途上国など見ていますと、大衆があまりにも考えないと物事は前に進まないものだなあ、と思います。
_____

アメリカは悪い国だ、と反米の人々は言いつのります。

イラクでの死者の数に戦慄し、世界中が、何たることか、と大国の暴挙を批判します。

そして、覇権国アメリカの「石油利権」「武器産業の保護」「ユダヤ人支配」などに絡む陰謀をもって、汚れた国、と断罪します。

それは確かにあるでしょう。しかし、悪いところばかり取り出して批判するのはフェアではないと私は思います。アメリカは悪魔の国ではないのです。

イラクの紛争を「戦争」と人は普通に呼びます。

でも、攻撃当初から、私はその表現にどうも違和感を感じていました。

9.11以前、戦争というものは、ひたすら「領土争い」「利権争い」が原因で起こってきましたが、あの時以降、「戦争の原因、形態が変わった。対テロという形に変わった。」ということがよく言われます。

それはどういうことかというと、国と国との争いではなく、どこにいるのかわからない国際的な犯罪集団を相手にしているので、仕方なくテロ支援国家となっている国を攻撃して燻り出すしかない、ということだと思います。

私はあのイラク攻撃に、「凶悪犯罪の温床であり大量の銃器を隠し持っているヤクザのアジトに警察が強引にガサ入れに踏み込んだ」、という印象を持ちました。その情報は「でっち上げ」であったのかも知れませんが、とにかくそういう理由で押し込みました。

でも、危険な兵器類は見つからず、善良な市民や米兵が多数死亡し、その残酷さのあまり世界中が「戦争反対」と叫びます。

たぶん、アメリカはイラクを攻撃しなければ良かったのだと思います。
独裁政権をそのままにしておくほうが良かったのだと思います。たとえその独裁政権が多くの人々を不幸に陥れている事実があったとしても、そんなことには目をつぶればよかったのです。
そうすれば、世界中がこんなに反米で盛り上がることもなかったでしょう。

アメリカが利権確保をねらって中東に手を出すのは事実なのでしょう。
しかし、一方で、「中東を平定して、民主主義を広めたい」という使命感もたしかにあるのではないでしょうか。

私は世界中がアメリカの味方をすれば、とりあえずは混乱は治まるのではないかと思っています。→(「アメリカってそんなに悪い?」)

テロリストが「犯罪者」であるのは明白です。

よく、「戦争はいけない。なんとか話し合いで」というふうに言われますが、警察と話し合おうという凶悪犯がいるのでしょうか。

日本国内でだって、極悪非道な凶悪犯罪がよく起こりますね。

そういう凶悪犯罪者を、「社会がこういう人たちを生んだのだから、私たちの社会こそ反省しなければならない。」として、同情ばかりするでしょうか。

犯罪者を根絶やしにすることなんかできません。
どんな社会だろうと犯罪というものは起きます。

テロリストは貧しくなんかないと私は思うんです。主張と行動がまるで矛盾しています。→(「テロ・ビジネス」)

恨みや妬みだけで殺されちゃたまりません。

アメリカは批判されるけど、アメリカ人一人一人は、ごく普通の善良な人々であろうし、ましてや悪魔などではないのです。

では、ブッシュ政権がいけないのか。

私はやっぱり、国民が「考えない」からだろうと思います。

もし、自分たち自身「アメリカには世界の警察たる使命感などない。警察を名乗るなどおこがましいにもほどがある」と思うなら、反戦運動をするより先に、なぜ、「石油はいらない」「豊かでなくてもいい」と言えないのか。

なぜ、「京都議定書にサインをしろ」という要求がアメリカ人自身から出て大きな声とならないのか。

結局みんな豊かで快適な生活を捨てるのはいやなんじゃないですか。→(「太ったアメリカ人」)

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2005年11月16日 (水)

意見の交換は楽しい

あるときさんと、「日本の選択」のコメント欄で議論(とまでいかないか)をしました。考え方が違う人と話すのははりあいがあってなかなか楽しいものです。

同じ考えの人ばかりが集まって、中韓をけなし合ったりとか、政府やアメリカの悪口を並べ合ったりしてるだけではなんか面白くないなあ、と私は思います。
しかし、違う意見の人同士がいくら話し合っても接点がないのであれば、喧嘩になってしまったり、あるいは、適当なところで切り上げて異論は去り、結局、同好の士だけが残留する状態になってしまうのもしかたがないかな、とは思います。

私は話し合いというのはとても大切なことだと思いますし、話し合いでたいていのことは落着すると思いますが、それでも、どこまで行っても平行線でしかない問題は、結局、個人個人の根っこにある人生観によるものだと思っています。

だから、「こっちが正しい」と主張することはとても傲慢なことだと思います。 →参照

「こうしたほうが日本のためになるのではないか」「日本のためにはこうするべきなのだ」などと、みなさん真面目に考えます。私もある程度はそうです。国のため世界のためを思って色々考えます。それが結局自分や家族の幸せにつながると考えるからです。

でも、色々な人がいろいろなところで「こうするべきだ!」「こうするべきでない!」などと、強い意志で断言しているのを見ていると、ほんとに偉いなあ、と思います。

根拠があって、熟考した上でたどりついた方策を信念をもって提示することはとても勇気のいることです。

誰もが「どっちがいいのかわかんな〜い」とか「どっちでもいい〜」なんて意志薄弱なことを言っていたら世の中なんて成り立っていきません。

だから、意見はぶつかって当然だと思います。
時には、「何でわかんないんだ!」と怒鳴りたくなるのもわかります。

だけど、最後は民主的に多数決で決めるしかありません。

決まったら、「馬鹿が多いから」などとブツクサ言わず、その決めたことの範囲内でなんとかやっていくしかありません。
人間は後悔もするし反省もします。
______

真魚さんのブログで「ALWAYS(三丁目の夕日)」が話題になっていて、コメント欄が盛況です。

私が「真魚さんの素敵な文章はコメント欄にはもったいない」と書きましたら、真魚さんは、「ブログといえども、自分の意見を一方的に発信するだけではつまらない。コメント欄は重要です」と仰いました。

なるほどそうですよねえ。
コメント欄はつけたしではなく、ここでさまざまな意見が交わされるからこそ、ブログの意味があるんですよね。

だから、ライブドアに言いたい。
字数制限を設けないでほしい。
色んな意見が交わされるのが、ブログの醍醐味じゃないんですか。

わかってないなあ・・・。

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2005年11月14日 (月)

アジアのリーダー

1992年、マレーシアのマハティール首相が、「もし日本なかりせば」と題した講演で、優れた技術力と勤勉さで目覚しい発展を遂げた日本は貧しいアジアの国々に希望と勇気を与えてくれた、と語りました。
しかし、10年後、「もはや日本はお手本ではない」と日本に対する失望感をあらわにし、首相の座を降りました。

いつまでたってもアジアのリーダーたる責務を自覚せず、財政の建て直しもできない情けない日本に絶望し、今や、お手本とするべきは韓国や中国である、とも述べたそうです。

昨今の日本の「ナショナリズムの台頭」を懸念する人たちが国内外を問わず存在しますが、あの「もし日本なかりせば」というメッセージが発せられたころから、日本は激しく自省の念に駆られ始めたのではないでしょうか。

「日本はもっと強い国にならなければいけない」と、痛感するようになったのではないか。

それは、国際社会の中で「勝ち組」にならなければいけない、というあせりではなく、「リーダーシップを発揮して、アジアの貧しい国々を牽引しサポートする役割を担っていかなければならない」つまり、「アジアのリーダーとしての自覚」を、あのマハティール首相の言葉によって刺激されたのではないか、ようやく気づいたのではないかということです。

その時から、マハティール首相が退任するまでの間、日本は財政も外交も教育に至るまでガタガタになり、リーダーたるべき姿を示すことができないまま10年以上が過ぎてしまいました。

おそらく、あの10年余の歳月は、「俺はいったい何をやってたんだ。」とリーダーとしての責務に無自覚であったことを激しく後悔して頭をかきむしっていた時期ではないのかと思います。

「ナショナリズムの台頭」として自国民さえ恐れるこの国のリーダーたちの精神的高揚は、こういう経緯で自然に起こってきたことであり、軍国主義を復活させてアジアをくいものにしようなどという妄想とはかけ離れたものであるのは明白です。

アジア諸国は、共産主義政権の覇権国家中国なんかにアジアのリーダーになってほしいと思っているでしょうか。

革命から60年もたつのに、相変わらず貧しい農民をそのままにし、恫喝によって他国の資源を強奪するような国に、この日本がなぜいつまでもオドオドしていなければならないのか、そのことに国民自身が気がつかなければ、欧米と肩を並べられるほどのアジアの発展は望めないのではないでしょうか。

以上、主婦の視点で素朴な意見を述べてみましたが、見当はずれかもしれません。でも共鳴してくださったらお願いします→人気blogランキングへ

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2005年11月 9日 (水)

黒木瞳 最高!

TBS日曜劇場で、連続ドラマ「恋の時間」を放映中です。

小さな旅行会社を経営するバリバリのキャリアウーマンである姉(黒木瞳)と真面目に専業主婦やってるおっとりした妹(大塚寧々)のそれぞれの恋模様なんですが、この黒木瞳がすごく良い。

演技も上手なんですが、役の社長がものすごくカッコいいのです。

女性社員のミスで顧客に多大な迷惑をかけてしまった時、昔の恋人との何年かぶりのデートの約束があったにもかかわらず、そちらをキャンセルして事態収拾に奔走し、しかも、ミスった女子社員への対応が素敵。最小限の叱責のあとの温かいフォローと問題解決後に社員みんなで居酒屋での祝杯。

なんたる太っ腹、なんたる親分肌。

「上司にしたい女優」ランキングで一位になるのもわかりますよ、黒木瞳さん。

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ついでにもう一つ、テレビ朝日「熟年離婚」について。

長女役の女優のインタビュー記事が新聞に載っていました。

「脚本読んだ時はお母さんに共感したけど、収録に入ったら断然お父さんのほうが可哀想と思いました。愛情を伝えるのが下手なだけなのに」と。

そりゃあね、渡哲也みたいに男らしくて誠実で頼りがいがあってダンディな夫だったら誰だってそう思いますよ。

なんというか、こう、石橋蓮司とか中尾彬みたいな憎々しいのを持ってきたらよかったのにねえ。

ま、真中瞳(英会話教師)と恋愛させなきゃいけないので、そういうわけにもいかなかったんでしょうけど。

___________

フライングさんのブログで、「ドラマの中でありえない描写があるとしらける」というような話題でいろいろ意見が出されています。

私は松島菜々子の実写版「火垂るの墓」に心を動かされなかったのですが、別に最初から「批評家の目」で見ているわけでなく、「良いドラマだなあ」とか「感動した」とかの自然な感情が湧いて来なかった、というだけのことなのです。

そのことを第三者に伝えるとなると、単に「感動しなかった」と言うだけでなく、「どういうところが」「どのように」という説明が必要になるわけで、そういう説明をしていくと、ドラマに感動した人たちにしてみれば、「重箱の隅をつついている」と言う風に受け取られるのだと思います。

ドラマというのは、もともと、エンタテインメントとメッセージ性の強いもの(または事実に基づいたもの)に大きく分かれると思うのですが、「ドラゴン桜」「電車男」「女王の教室」などは娯楽性の高いものなので、ありえなくても一向にかまわない、と私は思います。充分楽しめましたから。

「暴れん坊将軍」「水戸黄門」「大奥」など、私は見ていませんが、きっと突拍子もなくて痛快で、理屈ぬきで楽しめるものなのだと思います。

「おもしろかった!」「感動した!」と自然な感情が湧きあがってくるものがそれぞれの人にとって良い作品なのだと思います。

そして、共感できる人に出会えれば、それはとても嬉しい。

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2005年11月 8日 (火)

護憲でも改憲でもどちらでも

私はこれまで、記事の中で何度か、「日本が貧乏になっても良いじゃないか」と書いてきたが、それはつまり「改憲でも護憲でもどちらでも良いじゃないか」と言うことだ。

「日本の国際社会の中での地位を貶めず、国の豊かさを維持する」、という観点から考えていくと、どうしても「改憲」にならざるを得ないと思うので、文面上は改憲派であるが、実は、民主主義によってどちらかが選ばれたなら、文句は言わず受け入れようと思っている。

石油や天然ガスの争奪戦にも参加せず、竹島や北方領土なんか韓国やロシアに譲り、奥ゆかしく平和な日本でありたい、というなら、それは本当に崇高な生き方であり素晴らしいことだと思う。

私は日本中が貧乏だった頃に子ども時代を過ごした。貧乏だったが日本中に希望と気概があふれていた。

私は日本なんか貧乏になればいいと思っている。あの頃のように生き生きとした子どもらしい子どもたちに出合えるなら。


一時も携帯を手ばなすことができない、車がなければ生活が成り立たない、エアコンがなければ夏を過ごせない、もっとおいしいものが食べたい、もっと良い服が着たい、もっと良い家に住みたい、もっと便利に暮らしたい、危険で汚い仕事は外国人に押し付けたい、そんな日本人が、本当に豊かさをあきらめることができるのか、私は知りたいと思う。

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2005年11月 7日 (月)

「火垂るの墓」

tomoさんのブログで実写版「火垂るの墓」が話題になっています。

tomoさんは感動し、私はしませんでした。 tomoさん気を悪くしたらごめんなさい。
でも、ドラマの出来具合に対する個人個人の評価の違いだと思うんですよね。
あの叔母の視点から「火垂るの墓」を描く、というのはすごく良い試みだと私は思い、期待しながら見ていました。
でも、優しかった叔母(松島菜々子)が生活苦のために、清太たちに対して冷酷になっていく過程、そこまでは良いとしても、「これが戦争というものよ」という台詞に、私は「あー、そこまで言っちゃだめだ」と思いました。
tomoさんは「反戦ドラマは押し付けがましいもの」という認識ですが、私はドラマはドラマとして良い作品に感動したいほうです。
あの台詞(叔母が意地悪になっていった理由説明)は、なくたって充分「反戦のメッセージ」は伝わります。
それどころか、あの台詞がせっかくのドラマ構成を台無しにしてると思うんです。
私は、説明がなさすぎてわけのわからないドラマというのも好きじゃありませんが、いらぬ説明をしてくどくどしいのも苦手です。

アニメ版「火垂るの墓」はそこのところ、文句のつけようがありません。
節子たちが飢えに苦しむそのすぐそばのお屋敷に、終戦で疎開先から帰ってきたお嬢さんたちが、「やっぱり我が家はええわァ」と楽しそうな声を上げ、バックに「埴生の宿」が流れる。
清太が節子の遺体を焼くために特別配給の炭をもらう時の隣組かなんかのおじさんの台詞、「子どもさんやったらお寺の隅あたり借りて焼かせてもらい。裸にしてな、大豆の殻で火ィつけたらよう燃えるわ」。そして空を見上げて「ええ天気やなあ」とあっけらかんと言う。
こういった描写がどれほど見る人の心に深くしみ込むか。
少なくとも私は、「説明文」では「芸術として」心を動かされません。
反戦の「演説」であるならば、くどい説明が効果があるのかもしれませんが。

>イマジン、

良い曲ですね。私も大好きです。昔、反戦フォークが盛んに歌われていた頃、“Last night I saw the strangest dream I've never dreamt before. ”とかなんとかで始まる歌を聴いてはぽろぽろ泣いていました。「きのう僕はとても不思議な夢を見た。何人かの人たちが集まって話し合ってるんだ。もう二度と戦争はしないと誓おう、って。」そんな内容だったと思います。ブラザース・フォアだったか、キングストン・トリオだったか忘れましたけれど。 戦争なんてだめなんだ。なんでみんな仲良く出来ないんだ。みんなのバカヤロー。そんなことを思いながら、涙を流しました。1970年代初頭、泥沼化したベトナム戦争を終わらせることができないアメリカに世界中が怒りの声を上げていた時代でした。

       
       読んでくださってありがとうございます →人気blogランキングへ

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ブログ引越しで、下の文章が消えません。

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2005年11月 4日 (金)

信頼できる政府

私は小さい頃から鈍かった。トロかった。

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2005年11月 2日 (水)

もしかしたら崇高な新聞

日本の最近の右傾化(実は右傾でも何でもなく、まっすぐになりつつあるだけだと私は思っていますが)の流れで、反日新聞と揶揄される朝日新聞への風当たりが強くなっています。

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2005年11月 1日 (火)

日本の選択

護憲派の人たちというのは、そもそも国家の何たるかをわかっていないのではないか、と思います。

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