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2005年11月14日 (月)

アジアのリーダー

1992年、マレーシアのマハティール首相が、「もし日本なかりせば」と題した講演で、優れた技術力と勤勉さで目覚しい発展を遂げた日本は貧しいアジアの国々に希望と勇気を与えてくれた、と語りました。
しかし、10年後、「もはや日本はお手本ではない」と日本に対する失望感をあらわにし、首相の座を降りました。

いつまでたってもアジアのリーダーたる責務を自覚せず、財政の建て直しもできない情けない日本に絶望し、今や、お手本とするべきは韓国や中国である、とも述べたそうです。

昨今の日本の「ナショナリズムの台頭」を懸念する人たちが国内外を問わず存在しますが、あの「もし日本なかりせば」というメッセージが発せられたころから、日本は激しく自省の念に駆られ始めたのではないでしょうか。

「日本はもっと強い国にならなければいけない」と、痛感するようになったのではないか。

それは、国際社会の中で「勝ち組」にならなければいけない、というあせりではなく、「リーダーシップを発揮して、アジアの貧しい国々を牽引しサポートする役割を担っていかなければならない」つまり、「アジアのリーダーとしての自覚」を、あのマハティール首相の言葉によって刺激されたのではないか、ようやく気づいたのではないかということです。

その時から、マハティール首相が退任するまでの間、日本は財政も外交も教育に至るまでガタガタになり、リーダーたるべき姿を示すことができないまま10年以上が過ぎてしまいました。

おそらく、あの10年余の歳月は、「俺はいったい何をやってたんだ。」とリーダーとしての責務に無自覚であったことを激しく後悔して頭をかきむしっていた時期ではないのかと思います。

「ナショナリズムの台頭」として自国民さえ恐れるこの国のリーダーたちの精神的高揚は、こういう経緯で自然に起こってきたことであり、軍国主義を復活させてアジアをくいものにしようなどという妄想とはかけ離れたものであるのは明白です。

アジア諸国は、共産主義政権の覇権国家中国なんかにアジアのリーダーになってほしいと思っているでしょうか。

革命から60年もたつのに、相変わらず貧しい農民をそのままにし、恫喝によって他国の資源を強奪するような国に、この日本がなぜいつまでもオドオドしていなければならないのか、そのことに国民自身が気がつかなければ、欧米と肩を並べられるほどのアジアの発展は望めないのではないでしょうか。

以上、主婦の視点で素朴な意見を述べてみましたが、見当はずれかもしれません。でも共鳴してくださったらお願いします→人気blogランキングへ

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