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2006年2月10日 (金)

「卒業」

尾崎豊という歌手が死んだ時に、私は初めてその名前を知った。
大人社会に抵抗する若者の代弁者ということで、絶大な支持を得ていたらしい。

しばらくして、その代表作「卒業」という歌を聞いた。

なんと巧みな歌かと感心した。

若者のモヤモヤイライラをこれほど的確に歌で表現した人はいないのではないか。

私自身はこのようなやりきれないモヤモヤイライラというのを思い出せるほどにはっきりと経験してはいないが、たぶんいつの時代も若者の鬱屈した思いとはこのようなものであるだろう、ということは想像がつく。

たとえばここ。

行儀よく真面目なんて クソッくらえと思った
 夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
 逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった

シンプルな表現で、少年犯罪を詩情豊かに包みこむ手法は見事だ。

どれほど多くの非行少年がこれによって、自己の子供じみた悪さを正当化したことだろう。

バイクを盗まれた経験のある若者は、尾崎豊を好きになれないそうだが、尾崎はバイクを盗んだことも歌で表現していたのだろうか。他の歌を知らないのでわからない。

ただ、私はこの「卒業」という歌を聴いていて、彼は本当に、「若者のモヤモヤイライラ」に共感する歌としてこれを作ったのだろうか、と疑問を持つ。

彼はもしかしたら、「自由になりたい」と主張する世間知らずの若者の幼さをちょっとつっついてみたかったんじゃなかろうか。

彼は高校生の頃から音楽の世界でプロ活動をしていたそうだ。学校や家庭だけでなく、世間との折衝の中で、さまざまな経験を重ねていたことだろう。人間社会に生きる限り、中学生や高校生の夢見る「自由」などというものはどこまで行こうがいつまで生きようがそんなものありはしない、ということもわかっていただろう。

だから、彼はこの歌の最後に

これからは何が俺を縛りつけるだろう
 あと何度自分自身卒業すれば
 ほんとうの自分にたどりつけるだろう

こんな言葉を持ってきている。
彼はあの若さで、人間の持つ「自由」の意味がわかっていたのだ。

たぶんこの歌は「お前ら、なるべく早く気づけよ」というメッセージじゃなかったのか、と思う。

私は尾崎豊についてほとんど知らない。「尾崎豊」論みたいなものがあるのかどうか知らない。私が思うような見方もすでにされているのかもしれない。

でも、いまだに尾崎を教祖と崇める若者がいるなら、都合の良いところだけに共感するのでなく、別の読み取り方にも気がついてほしいと思う。

なぜ、今、こんな古い歌を取り上げたかというと、先日、車を運転しながら、昔のニューミュージック全集を入れたカセットテープを久しぶりにかけていて、この歌が流れてきたからだ。

昔の歌にも良いものが多い。

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