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2006年2月13日 (月)

あの山の向こうに

昨日、ラジオでこんな話を聞いた。(TBS「伊集院光:日曜日の秘密基地」)
冬山で遭難する人は、山小屋まであと一歩というところで力尽きて死んでしまうケースが多い。
山小屋が目に入って「助かった」と思った瞬間、脳は「目的を達した」と認識し、生きるためにせいいっぱい頑張ってきた遭難者はその時点で目標を失い、そのために脳の機能が低下して、体も動かなくなる。

この話から、ゲストのルー大柴がこんな例を持ってくる。
【清原は巨人に行ってから、活躍が今ひとつで、これといった成果をあげられなかったよね。清原という人は小さい頃から巨人に入団するのが夢で、そのために頑張ってきた。だから、長年の夢がかなったとたんに目標を失い、活力も低下した。そこへ行くとイチローは目標を達成するとすぐに次の目標を設定してそれに向かって走り出す。】

なるほどねえ。なんか聞いたことのあるような当たり前のような話だが、それでも改めて、なるほどなあ、と感心する。

・・・・しかし、しんどそう。永遠に走り続けなきゃならないの。

ちょっと似たようなことかな、と思うのだが、サンディさんのブログにこんな記事がある。

「手の届かないはるかなもの」を破壊したのは「メディア」だと言う。

たしかにそうだ。

でもサンディさんは言う、「変質しただけで破壊されたのではない」

そう、変質するのはしかたがない。すべてのものが変質し続けているのだろうから。

でも、「はるかなもの」に対する人間の憧れの気持ちは変質することはないと思う。

「はるかなもの」はいつでも遠くにあり、どんどん遠ざかって行くのが良いのかもしれない。

全てが手の届くもの、明らかなものになってしまったら、私たちはそれこそ目標を失い、滅びてしまうだろう。

常に新たな目標を設定してたゆまぬ努力を続ける、なんてすごいことは私なんかにはできないけれど、憧れや好奇心ぐらいなら努力しなくても持ち続けられる、と今の時点では思っている。

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コメント

TB、コメントありがとうございました。
私たち人間に好奇心と想像力がある限り、「はるかなもの」、希望も消えないのでしょうね。また、そう願いたいです。

投稿: サンディ | 2006年2月13日 (月) 21時11分

>サンディさん、
せっかくの題材だから、もっとゆっくりじっくり書きたかったんですけど、あわただしくてメモ書きのような記事になってしまいました。
そのうちゆっくり書き直そうかな。

投稿: robita | 2006年2月15日 (水) 10時16分

>清原は巨人に行ってから、活躍が今ひとつで、これといった成果をあげられなかったよね。清原という人は小さい頃から巨人に入団するのが夢で、そのために頑張ってきた。だから、長年の夢がかなったとたんに目標を失い、活力も低下した。

これは嘘。彼は西武での最後の数年は不振でした。巨人云々ではなく、西武ですでに今一つだったのですが、堤前オーナーの威光でそれが表に出なかっただけです。

ココログには慣れたでしょうか?ドイツ語らしきものが書かれたデザインから、また変更していますが。私の英語版ブログはグーグルですが、そちらは単純すぎるのが欠点です。どこのブログも、それぞれ長所と短所があるようです。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年2月16日 (木) 01時13分

>舎さん、
>これは嘘<
そ、そうなんですか。
野球について何も知らないので鵜呑みにしてしまいました。
まあ、ネタとしてはちょっと面白いですけど。

>ココログには慣れたでしょうか?<
ぜんぜん慣れませんねえ。というか、そもそも、パソコンの使い方自体全然わかってませんから。

>単純すぎるのが欠点<
えっ、それにすればよかった。

投稿: robita | 2006年2月16日 (木) 10時23分

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