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2006年3月 7日 (火)

子ども時代

【「子供を本好きにするにはどうしたらいいか」などと悩む親がいるが、答えは簡単。親が本好きになればいいのである。】
とよく人は言う。親が楽しそうに本を読んでいる姿を見れば、子供は必ず興味を示すはずだ、というのである。

しかし、現代において、ことはそう簡単ではない。

私たち夫婦はよく活字を読む。
私はあまり小説のたぐいは読まないが、その他の本、新聞、雑誌は暇さえあれば読むし、主人も居間でよく本を読んでいる。

我が家には3人子どもがいる。
長男は親の影響かどうかわからないが、幼い頃から知らぬ間に本棚にある本を引っ張り出しては読んでいたようだ。今も本を読むのがおそろしく早い。

娘もまあまあ読む。

問題は末っ子である。
この子が幼稚園の頃にテレビゲーム機を買ったせいか、家の中でやることと言えば、ゲーム、それしかない。

時間制限したり、時にはゲーム機を隠したりもしたが、ゲームから離れるということはなかった。

ボーイスカウトに入れて野外活動にも毎週出かけたが、そういうことより、ゲームのほうがずっと楽しいようだった。

スカウト活動の中、トレッキングをしながら、友だちとなにやら楽しそうに喋っている息子を見て、やはり野外活動も楽しそうだなあ、親は大変だけどボーイスカウトに入れて良かったなあ、などと思いきや、近寄って会話をよく聞いてみると、盛り上がっていた話の内容はゲームの攻略法についてであった。

他の子たちも野外活動をそれほど楽しんでいるようには見えず、いかにもめんどくさそうで、「早く家に帰ってゲームの続きをやりたい」といった風情であった。

私は子供たちのそういう様子を見て、心底ゲームが憎いと思った。ゲームに殺意さえ抱いた。

ゲームというのは、子供たちにとって、たぶんどんな遊びよりも楽しいのであろう。でなければ、あんなにのめりこむはずがない。

もちろん、それほどゲームに執着しない子もいるだろう。

しかし、多くの子供たちがゲームの魅力にとりつかれ、長時間拘束されている。

ゲームを悪者にすることについて、ゲームを弁護したがる大人もいる。
しかし、そういう人はあまり実態を知らないのではないか。

確かに、うちの子は普通だ。犯罪も犯さないし、社会的な常識もあるし、家族や友人とも仲良くやっている。
ゲームが好きだからといって、脳みそが溶けているとも思えない。

しかし、野外活動より、本より、映画より、ゲームが好き、というのは問題ではないのか。

若い時代に本を読まなくていいのか。もっと色々なコミュニティに接して生身の人間と付き合わなくていいのか。

そういう経験を通して、人は心を動かされ、目を開かされ、情熱を喚起され、目標を抱くようになるのではないのか。

今の高校生は無気力で、刹那的で、目標を持っていない、と言われる。

こういうこととゲームとの関係をもっと調査したほうがいいと私は思う。

豊か過ぎて上昇志向がないから、目標も持てないのだ、と私は書いたことがある。

それもたしかにあると思う。

でも、実際の社会経験ができにくい平和で豊かな時代であるからこそ、若者にとって、小説や新聞や映画や演劇を通して大人の世界を垣間見るという作業が必要なのではないか。

私たちは、今の若者の無気力を「社会の閉塞感」だの「将来への不安」だのと難しい議論に持って行きがちだが、案外、この「バーチャルゲーム」が一番の原因かも、なんて思ったりもするのである。

ゲームそのものを悪いとは言わない。なかなかよくできた娯楽だとは思う。

言いたいのは、子供時代、青春時代に、経験したほうが良い、または、ぜひとも経験しなければならないさまざまなことをやらずに、バーチャルな世界で遊んでしまうことの恐ろしさをもっと認識したほうがいいのではないかということだ。

二度と帰らない貴重な貴重な若い時期を浪費してしまってもいいのか、ということだ。

息子はおそらく、大学に入れば忙しくなり新たな友人もでき、ゲームをしなくなるかもしれない。

しかし、失った時間は二度と帰ってはこない。
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コメント

私は中学二年の頃ゲームにはまりました。ちょうど、スーパーなどにゲーム機が置かれるようになった時です。まだ、ファミコンなどはなくて、お金を持ってお店まで行かないといけませんでした。それでもすごく嵌ってしまいました。PCを手にしてから、簡単なゲームが頭から離れなくなったりします。だから、怖くてゲーム機は買えません。それしかできなくなるのがわかるから。だから、子どもにゲームをさせることが怖くて仕方ないです。中学生になってから、また大人になっても、すべてを置いてものめり込むゲームを幼児が手にしたらと思うとすごく怖い。友人と話すより、トランプをするより、外を駆け回るより、ずーと面白いことになってしまう。できるだけ、ゲームとは遠ざけたい。できれば、友人の家に行かないとできないとか・・・。遊園地にいるのに、小さい画面に釘付けの子どもたちを見ると、寂しいものを感じます。robitaさんの記事を読んで、やはりゲームよりたくさんの経験だと納得しました。

投稿: ぐーたん | 2006年3月 7日 (火) 13時15分

>ぐーたんさん、

ゲームは麻薬と同じものなのでしょうかねえ。
でも、ぐーたんさんはその怖さを自覚していらっしゃるし、お子さんにもゲーム機を与えていないのですね。

やはり買ったが最後、なのかもしれません。

思うに女の子はその怖さを知って自分で歯止めをかけようとするけれど、男の子はあまり気にせず、欲望のおもむくままにのめりこむ傾向があるんじゃないでしょうか。

ゲーム機を買わなくても、パソコンさえ持っていれば、ネットゲームができるんですってね。今の時代、パソコンは必要だし、困りましたねえ。


投稿: robita | 2006年3月 7日 (火) 15時46分

ゲーム、私も悩みの種です。
できることなら我が家の子供達にはテレビも見せたくないし、ゲームもさせたくないのです。
でもでもでも。
夫がゲームを手放せないのです。
二人でたくさん話し合って話し合って話し合ってけんかになって壁に穴があきました。
私は永久追放したいし、夫は何が何でも死守したい。
ゲームで夫婦喧嘩だなんてなんという情けなさ。

子供達が寝るまではテレビのスイッチを入れないといういことで折り合いをつけたのですが、いつまでごまかせるか時間の問題だし、頭が痛いです。


経済的にも時間的にも余裕のないサラリーマンの唯一の楽しみを奪う権利もなければ、何か他の趣味をと資金提供してあげることもできない私。う~つらい。

投稿: haru | 2006年3月 7日 (火) 17時25分

うちの子たちは,小さい頃からゲームしてますけど,おねえは小学4~5年生くらいで自然に卒業しましたね.akkoは,おねえに比べたらゲーム好きだけど,なきゃないで気にならないみたい.うちの子たちにとってゲームはコミュニケーションツールであり,ゲームそのものには執着してないみたいです.

一般的に男の子って,はまりますよね.ゲームに限らず,収集癖があるのは男の子だし・・・.
うちは女の子だからかな?ゲームについて心配したことはありません.みなさんがこんなに心配されているのを知って,ちょっと驚いちゃった.認識が甘いですかね?でも自分の周りの子で,ゲームにのめり込んで実生活が食われちゃってる人をあまり知らないからなぁ~.

でも,こんな私でもひとつ気になるのは,睡眠不足にならないかということ.子どものときは,睡眠は大事ですもんね.

robitaさんちの次男くんも,きっと上手くバランスを取っていくようになるのでしょう.それより,大学合格おめでとうございます!

投稿: とと | 2006年3月 7日 (火) 20時54分

こんばんは。
ええと、僕もゲーム世代なんですが……。
僕にとってはゲームよりも優れた小説のほうがより強くバーチャルな世界に入れたりします(robitaさんのおっしゃるバーチャルと少し意味合いが違うかもしれないですけど……)。より想像力が働くということなんですけど。同じ食事でも箸つかってごはん食べる方が脳が働くみたいな感じでもしかしたら文字を多く読み取らせたほうが、成長にいいのかもしれないですね。

最近はだいぶゲームにも飽きてきましたが、ゲームに対して費やした時間を後悔はしてないです。ただ、一点、数年前からクラシックCDをちょくちょく買うようになったんですが、ゲームをやっていた幼い頃の自分にせめて音楽だけは芸術を味あわせてあげたかった。なんて、思ったりします。

投稿: コウイチ | 2006年3月 7日 (火) 23時15分

こんにちは。ゲームが憎いと言う気持ち、とても人ごとではないな、と読ませていただきました。ゲームの中で得られる知識というものも確かにあるので全部を否定するわけではありません。しかし、体力と同じで知力も感性も実経験を繰り返しながら訓練しなければ身に付かないと、私は思っています。いくら「いのちを大切に」とスローガンを掲げたところで、訓練されていなければ思いやりの心など生まれはしないのです。現実とバーチャルなものとの区別もつかず、自分の頭の中身だけが正しいと思いこんでしまうことの危険さは
言うまでもないでしょう。実体験の乏しさは、もっともっと
おそれても良い問題だと思います。ゲームをやめさせることが出来ないなら、せめて親が手を尽くして様々な場所に連れて行っては色々な人を見せたり、体験させてみたりするしか
ないのでは?もちろんただのご機嫌取りにならない程度に。

投稿: ねこっち | 2006年3月 8日 (水) 12時03分

ぐーたんさん、haruさん、ととさん、コウイチさん、ねこっちさん、
貴重なご意見ありがとうございます。
読ませていただいて、書きたいことがいっぱい浮かんできましたので、明日にでも記事で書きます。

ととさん、ありがとうございます。
息子は受かったところに行く決心をしました。

投稿: robita | 2006年3月 9日 (木) 14時32分

こんばんは。
私は末っ子の息子さんの弁護をしたいです。

女の子はゲームにのめり込む怖さを知っているからのめり込まないのではなく、一般的に「興味をそそられない」からではないでしょうか?
そして正に、TVゲームというものは「男の子が恐ろしいほど興味を持ち、のめり込む」ように作られているものなのですね。

さて、この「のめり込む」という性質は「オタク」というものに共通していると思いませんか?
私はこの「のめり込みオタク」の男の子(時々女の子にもいますけど)に、限りなくエールを送りたいと思っている一人です。
ただし、グロテスクなゲーム、野蛮なゲームは認めません。

私の家では、ゲームは私が買っていました。子供には勝手に買わせなかったです。そして、直接は言いませんでしたが、買い与えたのだからしっかりやれ、という気持ちをもって子供を見ていました。
私も一緒にやることもありましたが、いやはや、ついて行けませんでしたよ・・。

ゲームが悪い・・という意見がありますが、私は納得もするし、そうかなあ?とも思います。
だって、たかがゲーム機なのだから、投げて踏み潰してしまえば壊れた機械になっちゃうんですもん。

投稿: いのっぴ | 2006年3月10日 (金) 02時19分

>いのっぴさん、

私もオタク容認派です、というか推進派です。
ここに時々来てくださる真魚さんとそんな話をしたことがあります。→ http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2004/11/post_1ded.html

今日のエントリーを読んでいただければ私の言わんとするところはおわかりいただけるんじゃないかな、と思います。

投稿: robita | 2006年3月10日 (金) 10時22分

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