« 愛するものを奪われた | トップページ | 日本地図 »

2006年3月18日 (土)

消えてしまった妖精

「謎めいた美女」だとか、「不思議美少女」などというのが、フィクションの世界にかぎらず、現実世界でも時おり見受けられます。

私はそういう存在を「かなりの手練パフォーマー」というか「人生これ演技と覚悟する女たち」と認識してきましたが、昔はそういう謎めいた美女に夢中になる純情な男たちが多かったようです。

たとえば、渡辺淳一の「阿寒に果つ」のモデルになった天才美少女画家の事情などはその典型ではないでしょうか。

先週の朝日新聞の土曜版に「阿寒に果つ」の記事が載っていました。

朝日の記事より:
【白一色の世界に出現した1点の鮮やかな赤。1950年ごろの札幌に、まさしくそんな女子高生がいた。
 少女の名は加清純子。
 15歳で北海道展に入選。中央の女流画家展にも出品し、「天才少女画家」の名をほしいままにした。地元紙は「画壇のホープ」と書きたてた。才気ほとばしる早熟の「赤」。
 髪は茶色に染め、高校にもあまり行かず、深夜まで喫茶店や居酒屋に入り浸った。気鋭の画家やダンディーな新聞記者ら、複数の男性と浮名を流した。大人びた不良の「赤」。
 肌は北国の少女の中でも抜きんでて白く、結核を患っているとのうわさだった。当時の同級生は「妖精みたいでした」と語る。厳冬の校庭で雪像を制作した際、完成間近いロダンの「接吻」像に血を吐いた。つややかな雪像を汚す、鮮血の「赤」。
 猫のように捕らえどころがなくて、小悪魔的。付き合った男たちは焦燥を募らせた。52年1月の深夜、男たちの家の前に、一輪のカーネーションを残して失跡した。雪道にひっそりと置かれた、謎めいた花の「赤」。
 雪解けの4月、純子は阿寒湖を見下ろす釧北峠で凍死体となって発見された。息をのむほどきれいな死に顔。睡眠薬の空き箱が近くに落ちており、警察は自殺と断定した。白銀の原野に横たわったコートの痛ましい「赤」。
 遺書はなく、純子がなぜ命を絶ったのかは、わからない。彼女の衝撃的な死は、付き合った男たちにやりきれない思いを刻み込んだ。
 そんな男の一人に、札幌南高校の同級生がいた。真面目な優等生だった彼は純子に誘惑されてとりこになる。学校の図書館で夜ごとあいびきを重ね、酒とたばこと接吻の味を覚えた。
 劇的な初恋は、彼の人生を変えた。若き日にまかれた種は20年後、物語に結実する。____以下省略】

うーん、なんと小説的。
とても現実のこととは思えません。

渡辺淳一は「常識を覆す芸術なるものと、女性の不可解さを教えられた」と述懐します。

こんな少女の存在が「神秘的」ととらえられたのは、メディアの未熟さゆえ、すべてのことがあからさまにならなかった時代だからだったのでしょう。

「謎めいた」とか「神秘的」とかいったって、そんなものは、人間である以上、つまり現実を抱えている以上、仕組まれたまやかしにすぎません。

昔の男は、「妖精のような」少女のとりこになったかもしれませんが、物事を多面的にとらえる能力に長けた現代の若者たちなら、さしずめ、「神秘的いうたかて便秘ぐらいするやろ。やっぱりきばるんやろな。」「せや、腹減ったらたこ焼きぐらい食うで。青海苔がへばりついた歯ァ見せて笑ろてみ、謎めいたて言われたってなァ」、とか何とか言ってお笑いのネタにしてしまうことでしょう。

その昔、森や水辺に生息し人間と共存していた妖精やもののけが、現実の波に押し流されて消えていったように、謎めいた美女は現代では謎めいたままでは生きていけなくなっています。今ではわずかなその生き残りが変質し「不思議ちゃんキャラ」としてバラエティ番組などで、いじられながらも健気に頑張る姿が垣間見られる程度になっています。

「純子の絵は、当初は写実的な作風だったが、ある時期からシュールレアリスムに変容した」そうです。

彼女の姉が語ります、「騒がれたわりには自信がなくて、シュールに走ったのではないかと思います。自殺の理由は、絵で行き詰っていた上、付き合っていた男性と何かあったからではないでしょうか」、 ・・・・・・とても現実的な姿があらわになります。

姉によると、純子は女学校時代にも好きな先生の気を引くために自殺未遂をしたことがありました。また、雪像に喀血したのは絵の具を使った細工で、実際は病気ではなかったということです。

高校で同級生だった女性は、「純子さんは、どんな時でも自分の存在の効果を考えながら生きている感じがしました」と話します。

関係した男たちの家の前に赤い花を置いて、彼女はひっそりと旅立つ、雪の阿寒へ・・・・。

自らの「死」までも美しく演出しようとする、究極の自己愛。

「女性の不可解さ」に神秘を感じた渡辺センセイも、今では、「結局、純子が愛していたのは彼女自身だったのだと思う」と結論づけます。

謎めいた美少女は現実の波に押し流され、消滅してしまいました。

しかし、世の男性諸君に告ぐーっ。
女性に対する夢や憧れをあきらめてはなりません。それは決して幻想なんかではないのです。

謎めいた美少女は世間ずれした若者たちに茶化されいじくられ、もうこの世には生息できなくなったかもしれませんが、君たちが物心ついたころから胸に抱き続けている「憧れの女性」はいなくなることはありません。

吉永小百合が、宮沢りえが、滝川クリステルが存在するかぎり、希望は輝き続けるのです。

   よろしくお願いします人気blogランキング

|

« 愛するものを奪われた | トップページ | 日本地図 »

コメント

謎めいた女というのは、どこの世界にも、もちろん今の
ご時世でも存在するものですよ。
それはあなたが、そんな世界を知らないだけ。
理屈でわりきれない世界を否定しようとしても存在はしますよ^^
そしてその抗いがたい魅力によって今のこのご時世でも、
人は愛するものを愛するがゆえに憎み、壊し、殺してしまう
こともある・・。
そんな心理をあなたはどんなふうに考えますか?

私は女ですが、女である私も笑ってしまう心理ですが、
男がそんな女性像を永遠に持ち続けるものであることが
すべての原点でもあると思いますが。

投稿: | 2009年1月 4日 (日) 11時26分

★名なしさん、

昔の記事にコメントありがとうございます。
「加清純子」で検索してこられる方すごく多いんですよ。

>男がそんな女性像を永遠に持ち続けるものであることが
すべての原点でもあると思いますが。<

仰せのようなことを記事の最後の数行で表現したつもりなんですけど・・・・

どちらにしろ、「謎めいた女」に私は笑ってしまいますけどね。ゴメンナサイ。

投稿: robita | 2009年1月 6日 (火) 09時41分

うまくまとめられていて全文読み切ってしまいました。
自殺記録サイト→画家で高校生??→(検索)で来ました^^
大昔にこのような女子高生がいたとは信じ難いです。
現代の自殺はグロさが際立って肉体的な死ってイメージですが、大昔には死が美化される傾向があるように思えますが、戦時中の特攻隊なんかの死生観からきているのですかね?
私は、国のためにも、愛のためにも、ましてや借金のためにも死ぬことは嫌です。
っていうか、民主党も支持してないし、愛する人も借金もないんですけどねw
渡辺淳一はずっとエロ小説家だと思い込んでいましたが、
「阿寒に果つ」はぜひ読んでみようと思います。

投稿: 46毒 | 2011年7月 7日 (木) 05時33分

★46毒さん、

初めまして。コメントありがとうございます。

>大昔には死が美化される傾向があるように思えますが<

今の時代から眺めると、そういう風にも見えますよね。
そういう傾向については、時代の風潮や文学史などに詳しい人には説明できるんでしょうね。時代によって流行した「ナントカ主義」みたいな。

それと、日本の戦後的価値観として「『死』は絶対に悪であって、あってはならないもの」みたいなことが今に至るまでずっとあったと思うのですが、もっと「死」が身近にあった時代には、「死んではならない」ということよりどのように死ぬかが重要で、さらには「美しく死にたい」というような願望を持つ人が多かったのかもしれません。

>私は、国のためにも、愛のためにも、ましてや借金のためにも死ぬことは嫌です。<

そうですね。死ぬ時は痛いでしょうし苦しいでしょうしね。

ただ、誰かを救うために自分の命を捧げるのは尊いことだと思います。究極の愛というのでしょうかね。

加清純子のように自己愛から来る「美しい自殺の演出」は美しいどころか、むしろ醜いと私は感じます。
特攻隊の死とはまったく異質のものですね。戦中と戦後では若者の意識はまるで違うでしょう。

>民主党も支持してないし、愛する人も借金もないんですけどねw<

この国は民主党のものではないので、愛すべき国とは、かけがえのないこの国の風景であり、愛おしい人々が住む国土であり、脈々たる歴史そのもののことを指すと思います。


投稿: robita | 2011年7月 7日 (木) 11時08分

robitaさん、
なんだか、通りすがりで、適当に残したコメントに丁寧にレスしていただき、恐縮です。
日本人の死生観については、武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり・・(葉隠)とか、歴史上のエライ方々が立派な著書を残されているので、私なんかが語る隙はないでしょう。
学生時代に久米正雄(芥川龍之介と同時期の通俗小説家)の「受験生の手記」って短編(主人公が失恋と受験失敗の後に自暴自棄になり赤線に行き結局自殺するという暗いお話)を読み、昔(大正)はこんな純粋な学生ばかりだったのかと少しノスタルジーな気分になったのを思い出しました。
学生といえば、robitaさんは団塊の世代なんですよね。
(すいません。勝手にプロフ覗きました)
私はバブル期真っ最中に大学生だったのですが、根暗な学生で周りになじめず、ひそかに1960年代の学生運動に強い憧れをもっていました。
正確にいうと、当時の雰囲気にってことですかね?
奥浩平の「青春の墓標」とか高野悦子の「二十歳の原点」、柴田翔の「されどわれらが日々」三田誠広の「僕って何」、
立松和平とか高橋三千綱、村上龍に村上春樹・・・とにかくその時代の自伝的な小説を探して読んでいました。
学生運動って機動隊との衝突とかセクト間との内ゲバとか、
命がけなわけですよね。
運動に挫折して自殺とか、違うセクト間での恋愛に悩み心中とか、自殺以外でも連合赤軍事件みたいに思想上の理由でお互いを殺し合うとか、ちょっと考えさせられる時代だと思うんですよ。
借金や失恋、病気、イジメ、・・・現代見受けられる自殺は直接的物理的な原因が全部といっていいと思いますが、こういってはアレですけど、死の意味についていろいろと考えさせられるわけなんですね。60年代って。その後のフォーク世代~バブル期~現在よりも。
あ 一応ことわっておきますけど私自身は特定の政治や宗教の組織とは無縁です。多数決や組織の論理が嫌いで今は気ままに自営業やってます。

なんだか語ってしまいましたが、やはり死というのはどんな形であれ、私は衝撃を受けてしまいます。
一度死んでしまえば生き還らないし、誤魔化しが効かないからです。
タレントでも、知人でも、身内でも、知らない人の事件でも、程度の差こそあれ、やはり一瞬思考が停止してしまいます。
死について考えることがよく生きるためのヒントだ・・・
みたいな言葉をどこかで聞いた覚えがありますが、それは人間の本能みたいな気がします。

話を戻して
加清純子の死について、いろいろと意見が分かれるところですが、自己中の自己愛に過ぎないとしても、やはり死の事実があったからこそいろいろと語られるわけです。
私自身は、加清純子本人には何も感情移入出来なくて理解不明なんですけれども、渡辺淳一を含めた周りの男たちの気持ちは痛いほどわかります。自分の心の中を通り抜けていった女性の死はその後の人生に相当影響を与えたはずだと思いますので。

長文失礼しました!

投稿: 46毒 | 2011年7月 8日 (金) 04時48分

★46毒さん、
団塊世代より若い世代が、「生まれるのが遅かったから、あの激動の時代を体感することができなかった」と口惜しがるのを時々見聞きします。
私は団塊世代ですが、学生運動とはまったく関係のない世界にいましたし、むしろ「革命ごっこ」と冷ややかな目で見ていたほうなので、その頃のことをよく知りません。
でも、というか、だからこそ、日本が豊かに平穏になるにつれ、あの若者らしい暴力的な通過儀礼が社会を揺り動かした時代を懐かしく、羨ましく思い出すのかもしれません。こんな記事を書いたことがあります。→「時には昔の話を」  http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_2dca.html

>死の意味についていろいろと考えさせられるわけなんですね。60年代って。その後のフォーク世代~バブル期~現在よりも。<

そうですね。それを経験し、悩み考えるのが青春期というものだったと思います。
大人から見ると、また、本人たちが大人になってから振返ると、「なぜそんなことで」と思うようなことで「死」を意識してしまう。そういう心理は私にはよくわかりません。
46毒さんが「現代見受けられる自殺は直接的物理的な原因が全部といっていい」と仰るように、今の時代の自殺は現実的なものが多いですね。(ネットで募集して複数人で自殺するのは豊かな時代ならではの別の要因でしょうか)

>私自身は、加清純子本人には何も感情移入出来なくて理解不明なんですけれども、渡辺淳一を含めた周りの男たちの気持ちは痛いほどわかります。自分の心の中を通り抜けていった女性の死はその後の人生に相当影響を与えたはずだと思いますので。<

はい、男になったことはないですが、わかるような気がします。女の目から見れば「男の気をひくためのパフォーマンス」だとしても、「性的魅力を持つ神秘的な美少女」というだけで理屈抜きで男の心を捕えるんでしょう。それが青春であり、まして、自殺で突然姿を消したことで心にかなり大きなものが残ったと思います。
「こういうのに騙される男はバカだなあ」じゃなくて、こういうことに表れる男の夢を理解するだけの度量を私も持たなきゃいかんなあ、と46毒さんのコメントで勉強させていただきました。

投稿: robita | 2011年7月 9日 (土) 16時05分

robitaさん、私の暑苦しいコメントにレスありがとうございました。
まぁ私が勝手に妄想してる60年代と、現実の60年代とは相当隔たりがあるかもしれません。
過去は美しく思えるものですから・・・
今また映画化されたりして話題になっている「ノルウェイの森」の原作のくだりだったと思いますが、デモだか闘争のときにセクトの女の子がみんなのお弁当を作ってこなかったことで中傷された・・とか(笑)、がっかりするエピソードが現実にはあったようですし。
加清純子の事件も渡辺淳一が勝手に美化して伝えているのかもしれませんしね。なにしろその道のプロなわけですし。
こうやって故人のことをあれこれと勝手に詮索して思いめぐらせていられるわけだから、生きているうちが花 ってことなのでしょうか(笑)
ご紹介いただいたrobitaさんの別の記事については、また改めてコメントさせていただきたいと思います。

投稿: 46毒 | 2011年7月10日 (日) 01時56分

★46毒さん、

>私の暑苦しいコメントにレスありがとうございました。<

いいえ、こちらこそ。
世代を越えた対話は大切だと思います。

>まぁ私が勝手に妄想してる60年代と、現実の60年代とは相当隔たりがあるかもしれません。<

何にでも言えることですが、過ぎてしまうと「思い出」となるものですから。
辛かった戦争も、軍歌を聴いて「涙が出るほど懐かしい」とか、戦後の生きるか死ぬかの食糧調達の苦労も「闇市の喧騒は楽しかった」とか、お年寄りが懐古したりしますね。
でも人間ってそういうものだと思います。それでいいのだと思います。

>今また映画化されたりして話題になっている「ノルウェイの森」の原作のくだりだったと思いますが、デモだか闘争のときにセクトの女の子がみんなのお弁当を作ってこなかったことで中傷された・・とか(笑)、がっかりするエピソードが現実にはあったようですし。<

夢のようなあの小説の中にそんな世俗的な場面ありましたっけ。
私があれを読んだのは3年くらい前だったと思います。 この記事でちょっと触れています → 
http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-aad4.html
>こうやって故人のことをあれこれと勝手に詮索して思いめぐらせていられるわけだから、生きているうちが花 ってことなのでしょうか(笑)<

こうやって生きていても、何が現か幻か、みたいなところありますから

投稿: robita | 2011年7月10日 (日) 10時55分

お久しぶりです。

 この記事は見逃していましたが、朝日新聞には21世紀でもこのような記事が載っているのですか??我が家では朝日を取ったことはありませんが、取っていない新聞でも記事の一部が読めるのがネットの有難さです。
 
 記事というより感傷小説の一部のようですね。「猫のように捕らえどころがなくて、小悪魔的」「息をのむほどきれいな死に顔」などの比喩を使っていますが、表現もありきたりだし、古臭い昔の三文小説としか思えない。管理人様が「自らの「死」までも美しく演出しようとする、究極の自己愛」と喝破されたのはさすがです。「究極の自己愛」に幻惑された男たちも、いい思い出となったことでしょう。

 加清純子という人物は初耳ですが、「天才少女画家」とマスコミが持ち上げたことで、彼女自身の人生も大きく変わったような。「大人びた不良の「赤」」よりも、気鋭の画家やダンディーな新聞記者らの不良大人が少女が群がり、彼女自身も彼らに惑わされたような。加清の虚像を膨らましたのも彼らです。

 私自身は60年代生まれですが、この頃の学生運動に強い憧れをもっている人がいるのは驚きました。私が共産主義に強い嫌悪感を抱いているのは、共産主義運動にのめり込み大阪でホームレスの果て福祉病院で死んだ伯父がいるためです。反核平和運動の果て、一生独身で福祉病院での死。まさに「敗北死」そのものでしょう。

 心なしか、経済的に恵まれつつ人付き合いの苦手な人ほど、かつての学生運動に妙な思い込みと憧憬を抱いているような。これはカルトに入信する若者も同じであり、このタイプは組織に入っても上の者から利用されると思います。組織のトップにとってイデオロギーは権力闘争の手段であり、本気では信じていないのだから。
 ソ連邦末期、「朝まで生テレビ」に出ていたロシア人留学生が、「日本の共産主義者は美味いビールを飲んで、共産主義の夢を語っている」と冷ややかに言い放ったことを今でも憶えています。

投稿: mugi | 2011年7月25日 (月) 21時45分

★mugiさん、

うちは2.3年前まで朝日新聞を取っていました 政治欄はあまり読まなかったけど、文化、家庭欄には面白い記事があって読むのが楽しみでしたよ。

加清純子についての朝日の記事は、彼女を賞賛したものでなく、「実はこうだった」という感じでした。
それは紹介されている彼女の姉や同級生の言葉に表れていますね。

>私自身は60年代生まれですが、この頃の学生運動に強い憧れをもっている人がいるのは驚きました。私が共産主義に強い嫌悪感を抱いているのは、共産主義運動にのめり込み大阪でホームレスの果て福祉病院で死んだ伯父がいるためです。反核平和運動の果て、一生独身で福祉病院での死。まさに「敗北死」そのものでしょう。<

この記事は以前読ませていただきました。
mugiさんはご自身の経験により、共産主義に嫌悪感を持たれていますが、当時の社会の時流というものはたしかに左翼的ではありましたが、大学生の起こした騒動は、共産主義云々より、若者特有のエネルギー噴出ではなかったかと思います。
それに、いつの世も「革命」の響きは若者にとって甘美なものですから、その雰囲気を味わっていないというのは、残念でしかたがないのではないでしょうか。

革命だとか、共産主義だとか、体制打倒だとか、まともに考えればそんなことは不可能だとわかるはずなのです。
とにかく爆発したかったし、「同志」との連帯感に酔いしれた。そういうことではないでしょうか。

でも、それも一つの青春のかたちですよね。若者は迷惑をかけるものなんだと思います。
今のような成熟した社会では、若いうちからなにもかも理解してしまい、道を外すということをしない。
それはそれで安全運転として褒められることかもしれませんが、人間には「青い時」「わからずやの時」があったほうがいいのかもしれないと大人になってからは思うようになりました。単純に「反抗期」のことでしょうかね。

でも、もう若者は昔のような「わからずや」にはならないでしょうね。

>心なしか、経済的に恵まれつつ人付き合いの苦手な人ほど、かつての学生運動に妙な思い込みと憧憬を抱いているような<

つまり、「退屈」なのかもしれません。


投稿: robita | 2011年7月27日 (水) 10時12分

ご指摘の通り、「加清 純子」から入りました。
実は、20代の頃に本気で読んでしまいました。
今振り返ると、実に恥ずかしい、青春の一ページ。
顔から火が出ます。こんな過去はだれにも言えません。
家内なんかに言おうものなら・・・・・
他の作品はもう1冊しか読んでないですが、そのうちに
このおっさんは、医者でなかったらただのエロ作家じゃないか。
と思うようになりました。
最近ブログを拝見させていただいて、胸のつかえがすとんと落ちました。感謝いたします。
間もなく年金がもらえるかな、と言う年ですが、生きているうちに
拝見させていただいたことに感謝します。
私の考えは、ほぼ間違っていなかったと。
最後にもう一つ。
吉永さんまでは、そうだと思いますがその後の2名は理解できません。(年代のせいでしょうね)。

投稿: 1949 | 2013年1月28日 (月) 07時32分

★1949さん

はじめまして。コメントありがとうございます。

>このおっさんは、医者でなかったらただのエロ作家じゃないか。<

渡辺淳一はずいぶん前に日経新聞に「愛の流刑地」という小説を連載していて、その小説が過激な性描写だけで成り立っているということを面白おかしく論評しているブログが話題になったことがあります。→  「愛の流刑地」  
つい先日も地方紙に連載中の小説があまりに過激だということで突然中止になったらしく、そのことを渡辺さんは週刊新潮のエッセイに書いていました。
この人は人並み外れて性に執着があるらしく、そして人間は皆同じはずだという思い込みがあるようです。
私は文学のことはわからないのでこの人の作品が文学的にどうかということは知りませんが、たしかにご指摘の通りただのエロ作家じゃないかと私にも思えます。
ただ、若い時は真面目な小説も書いていたようなので、もしかしたら老化現象の一種なのかもしれませんね。

>吉永さんまでは、そうだと思いますがその後の2名は理解できません<

宮沢りえも滝川クリステルも、あくまでイメージで挙げてみたのですが、だめでしょうか?
まあそうですね、吉永小百合は正真正銘「清純派」でしたけど、今、芸能人の中でそう評価できる女性はいないかもしれませんね。

投稿: robita | 2013年1月28日 (月) 22時25分

コメント、ありがとうございます。
古い記事に少し同感して投稿させていただきましたが、
その日のうちにコメントいただけるとは、少しびっくりです。
偶然に、と言うかタイムリーに、購読している地方紙のコラムに
かの作家が「地方紙16社から連載中止」というのがありました。
「事前に」教えていただいて、感謝しています。
(本題からは少しずれてきましたが)。

これをきっかけにほかの記事も拝見しました。
少しファンになりました。
少し硬派で、2ミリほど右側に立っている方なのかな、と感じましたが、見当違いだったらごめんなさい。
これからも楽しみにしています。

投稿: 1949 | 2013年1月31日 (木) 07時34分

★1949さん

>その日のうちにコメントいただけるとは、少しびっくりです。<

いただいたコメントにはなるべく早く返信を心がけております。
朝いただいたのに夜になってしまい、申し訳ないと思っています。

>地方紙16社から連載中止<

これがよくわからないのですが、複数の地方紙に同じ小説を連載していたのでしょうか?

>2ミリほど右側に立っている方なのかな<

自分としては右でも左でもなく中央だと思っているのですが、そうですね、言われてみれば2ミリほど右かも
ちかごろは、保守と左翼がまったく同じ主張をしたりしますし、私も一つの頭で色々なこと考えますから、一概に右だの左だのと色分けができない多様な価値観が混在する時代だなあと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: robita | 2013年1月31日 (木) 10時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 消えてしまった妖精:

« 愛するものを奪われた | トップページ | 日本地図 »