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2006年4月28日 (金)

続:必需品としての愛国心 

前エントリーで、tomoさんにいただいたコメントから、さらに「愛国心」について書いてみます。

【 ただ、心配なのはrobita様のお考えになる「愛国心」と私の考える「愛国心」、政府の考える「愛国心」・・・など共通認識は存在するのか?という点です。つまり、「背骨」というのがよく分からないんです。】

私はこういう疑問に出合うと、「どうして人を殺してはいけないのですか」という質問を耳にした時と同じ戸惑いを覚えてしまいます。

誤解しないでくださいね。決してバカにしてるのではありませんから。わかっていただくために適切かどうか迷いながらも、敢えてこういう例を出させていただきました。

若い世代が「愛国心」がよくわからない、というのはやはり、日本で左翼勢力がとても強かった時代の名残だと思います。だから、「よくわからない」という戸惑いは若者自身のせいではなく、その時代に教育を担当した者のみならず、そういう風潮を支持した世代の責任だと思います。いつの世も「風潮」というものはありますから、それはそれでいいのですが、その呪縛はあまりにも強く長く続いてしまったと思います。

私自身、戦後生まれで、愛国心がどうのこうのと言われて育った世代ではないので、長い間、そんなもの自覚すらしないで生きてきました。

でも、少なくとも、子どもの頃は学校で君が代を何の疑いもなく歌っていたし、日の丸だって、学校はもちろんのこと、普通の家庭でも祝日には門前に翻っていました。私の家も掲げていたように記憶しています。

ところが、いつの頃からか、なんだかそういうことが悪いことのように言われ始めたのです。

あれはいったいなんだったのでしょう。日教組のせい、とか言われますね。国民がなんで皆それに乗っちゃったのかよくわかりません。

「国が発展すれば国民は豊かになり幸せになる」「その発展には自国を大事に思う心が欠かせない」、こういった当たり前のことを、「愛国心」を教育基本法に盛り込むことで国民に自覚してもらおう、というのが教育基本法改正派の考えてることだと思うのですが、私はその「愛国心」という言葉がないと、子供たちに「国家」や「国土」についてのきちんとした教育はできないのかな、という素朴な疑問があります。

諸外国ではどうなんでしょうね。法律に「愛国心」とか「国を愛する心」とかしっかり書いてあるんでしょうか。

私自身はそんなこと法律に書いてあろうがあるまいが、日本という国家と国土を意識させる教育は必要だと思いますけどね。あまりにも無関心だから。

「国の背骨」とか「国の土台」は、言うまでもなく、国にとって必要なものだと思いますが、私は次のように考えます。

例えば、家庭において、両親が仲が悪い時、子供はとても不安になりますよね。
自分の拠って立つ土台が壊れてしまうと、自分はいったいどうなってしまうのだろう、という生存の危機を感じると思います。

それは何も、「家族仲良くしている光景は美しく、それを破壊してはならない」とか、「喧嘩ばかりしていると神様の罰が下る」とか、そんな哲学的宗教的道徳的な発想によるものでもなんでもなく、人としてごく初歩的で素朴な自己防衛本能が働いているだけだと思います。

だからこそ親は子供にとって幸せの土台となる家庭を作ろうと、子供を愛し一生懸命働くわけです。

基本的に「家庭が壊れてもいい」などと思ってる人がいないように、国が壊れてもいいと思っている人もいないでしょう。

国を大事に思い、その発展を願って努力しなければ個人だって幸せになれません。

愛国心について、tomoさんの仰るような、「心配なのはrobita様のお考えになる「愛国心」と私の考える「愛国心」、政府の考える「愛国心」・・・など共通認識は存在するのか?」といった高尚な分析をする必要があるのかどうか、私にはよくわからないのです。

「鍋釜並みの必需品」ではいけないのでしょうか。

        

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2006年4月25日 (火)

必需品としての愛国心

「愛国心」を教育基本法に盛り込むことについての議論が盛んだ。

よく言われるのが、「愛国心は押し付けられるものではなく、自発的に芽生えるものである」というもの。

これを論ずるに、「自分が生まれ育った美しいふるさと」としての「国」と、「統治機構」としての「国」を区別しなければ、議論がかみ合うことはないのではないかと思う。

「美しいふるさと」を愛する心は、なるほど、自然に湧きあがってくる感情以外の何ものでもない。

しかし、「統治機構としての国を大切に思う心」は、極端な言い方をすれば、押し付けて当然のものとも言えるのではないか。

作家の曽野綾子さんが、「愛国心というのは、高級な信条ではないのである。その人が生きて行くために必要な鍋釜並みの必需品なのである。」と言っているが、私はこういうさばさばした考え方が大好きだ。

「統治機構」を愛することはできない、というととさんの意見はもっともだと思う。

しかし、考えてもみてほしい。
例に出した中国という国は共産党独裁政権の国だ。そんな国でも中国人は愛国心を持っている。これを危険とか危険でない、とか騒ぐのは他国人であって、当の中国人は生き延びるため、豊かになるため、「愛国心」を持つことを悪いことだとは露ほども思わないのである。

私は「国を愛する」というのは次のようなことだと思う。

「今の日本の政府のやり方は間違っている、という自由な意見を表明する」ことはつまり「統治機構としての国を自分の足場として大切に思い、その是正に努める」ということであり、日本のような民主主義の国では愛国心を怖がる必要もない。

愛国心が「全国民一丸」を連想させ、戦争につっぱしるんじゃないか、という心配もナンセンスであると思う。そんなことまで心配していると、その他のこともことごとく心配になって、日本人は身動きがとれなくなってしまう。

物心両面で近代化を成し遂げた今の日本と、戦争を起こしたあの頃とは、時代背景がまったく違う。

ちょっと長くなるが、漫画家の小林よしのりの「英霊慰霊顕彰勉強会」での講演の一部を紹介する。
小林よしのりという人をよく知らず、過激な右翼という認識しか持っていなかったのだが、雑誌でみかけたこの言葉に感心した。

「首相になる人は、参拝するんだったら言葉を尽くして内外に説明しないといけない」、として、例えば次のように言ったらどうか、と提案している。

【 「その時代というのはあくまでも帝国主義の時代だった。どこの国も銃に手をかけているような時代で、ゲームのような戦争によって、勝てば植民地を割譲するようなことが当たり前だった。そういう時代の中で、日本人はまだ近代国家になっていなかった中国や韓国というところに出て行った。それは中・韓の後世の若者が屈辱と感じるという部分もあるでしょう。当時はそれが当然だったとはいえ、彼らのことを慮ると、非常に申し訳ないという気持ちもあります。

しかし、われわれがもしあの頃に近代国家として出て行かなければ、ロシアは南下を狙っていたし、欧米諸国はアジアを草刈り場にしていたでしょう。香港もイギリスの植民地でした。ひたひたと迫る欧米列強のアジア侵略に対して、われわれは怯え、苦しみ、葛藤しつつも外へ出て行かざるを得なかったのです。その代わり、300年もオランダの植民地だったインドネシアを解放し、大東亜会議には、すでに日本が独立を承認していたビルマ、フィリピンなどのアジアの国々が参加していた。もし、あのとき日本が南方に進出しなかったとしたら、今日のアジアはアパルトヘイトのような状態に置かれていたかもしれません。

今の価値観から見れば日本は非難される部分も持っているかもしれませんが、当時の状況をアジア諸国の方々もぜひ考慮してほしい、と思います。われわれはあの帝国主義の時代に、何百万人もの国民を犠牲にして近代国家を作り上げました。その方たちに、わたしは政治指導者として感謝の念を捧げざるを得ません。だからこそ靖国参拝をしたのであります・・・・・」

と、まあ、これぐらい丁寧な談話をしなきゃいかんと思うわけです(拍手)。・・・・・あ、政府はもっと、しっかりした文面を作ってくださいね。
それを堂々と演説することが、果たして次の総理大臣にできるのかどうか。そのことを事前に外務省の人間が、中国や韓国あるいはアジアの諸国に根回しして説明していけるのか。 ____後略___ 】

上記のようなことはあらためて書くこともないほどよく言われることだが、愛国心は日本においては決して危険なものではない、とわかってもらうために、こういうところから説明しなければならないのが、非常にやっかいである、とまず言わせていただく。

戦争というのは残酷なものである。
でも、その残酷なことをしたのは日本だけではない。
むしろ、日本よりずっと残酷だったのは他の戦勝国ではないか。
そして、現在もなお残酷なことをやり続けている国はいくらでもある。

私は「他の人もやったのだから、自分だって許されるはずだ」などと言っているのではない。

みんな悪かったのだ。 「日本だけが悪い」という呪縛からいい加減目覚めようではないか、と言いたいだけだ。

私は日本人が他の国の人に比べて穏やかさ優しさ賢さ潔さの度合いが高いと思っているので、愛国心教育をしても、一丸となって他国を攻撃したりすることはないと信じている。

何より、自由と民主主義を手にしているのだ。

「左翼」と言われる「平和主義者」の最大の矛盾は、日本の軍国化をやたら心配するくせに、周辺軍事大国の日本侵攻を想定だにしないことだと思う。

自分の国は信用できないが、他国はみんな良い人だ、という何ともおかしな前提で物事を考えていらっしゃる。

こういう考えの人々に、愛国の何たるかをわかってもらうのは本当に大変だ。

日本はあの頃、近代化をなんとか成し遂げようとしていた。国が豊かになるために。国民が幸福になるために。

そして、戦争を煽ったのもまさに当のその国民だ。
A級戦犯だけに責任を押し付けて、糾弾するのは卑怯だと思う。

たしかに、戦犯が責任を取ることで、日本は国際社会に復帰できた。

しかし、そのこととは別に、あの頃の指導者の一人一人の心情に思いを致すことを怠ってはならない。

私はこのごろようやく、A級戦犯に対する自分なりの筋道だった見解にたどりついたように思う。

大衆は政治家を批判する。たしかに優れた政治家が今の日本では生まれにくい。

愛国心を危険視しているうちは、優れた政治家は出てこないと思う。

背骨のない国に優れた政治家なんか生まれるものか。

しかし、それでもなお私は、ことさら「国を愛せ」と子供たちに押し付ける教育には違和感を覚える。

教育基本法に「愛国心」を盛り込むかどうか、などという議論に時間を費やすより、学校教育の中で、「国家」「領土」に関心を持たせる、この最低限のことをやればいいだけなのではないか。

「日本ってほんとに長いんだ」にも書いたのだが、日本人は自国の領土にあまりにも無関心だ。

「竹島?いいんじゃないですか、そんな小さい島、なくたって」、そういう若者の言葉はしばしば街頭インタビューなどで耳にする。

何故どの国も必死になって土地や島や海域の領有権を主張するのか、そういう疑問さえ持たない日本人もいるのだ。

子供たちに「国家」の概念を教えることは大切だ。いずれ遥か遠い未来、国家がなくなり、地球が一つになる時が来るまで、我々は「国家」の中で生きることを余儀なくされている。

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 追記):ととさんからご指摘を受けましたので、お詫びして少し訂正いたしました。(4/26)

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2006年4月24日 (月)

「男振り」

池波正太郎の「男振り」という時代小説が好きだ。
ずいぶん前に読んだので、細かいところまでは覚えていないが、男の成長に女が重要な役割を担う、という視点に共感した。女の接し方いかんで男は自信を取り戻すこともある。これを「母性」と称してもいいだろう。男と女は違う。厳然とした違いがある、と思う。
男の外見にとらわれない女のカッコ良さも印象に残っている。

話は変わるが、先日テレビで何げなく「トリビアの泉」を見ていたら、視聴者からの質問にこんなのがあった。

「デートで食事中、彼女の料理に髪の毛が入っていた時、『器が大きい男だ』と彼女から思われる対応とはどのようなものでしょうか」
男子高校生からのかわいらしく切実な質問だ。

番組スタッフは100組調査を開始する。

レストランと組んで、隠しカメラを設置。

人口繊維でできた毛髪をトッピングして、料理を彼女の前に置く。

彼女が髪の毛に気づいて、「ねえ、これ、毛が入ってるんだけど」と訴えるところから始まり、男性の言動をチェックする。

・「俺のと替えてやるよ」、
・「別にいいじゃん、死ぬわけないし」、
・ウェイターを呼んで「髪の毛が入ってるんですけど」、等々、いろいろな対処の仕方があった。

で、撮ったビデオを、街頭で若い女性に見せて、「器が大きいかどうか」意見を言ってもらう。

評判が最も悪かったのは、ウェイターを呼び、毛髪を指摘し、そのあと、居丈高に「料理取り替えただけじゃすまないだろ」とそれ以上のことを要求せんばかりの男。

「最悪! 即、別れのメール出します」と、ビデオを見た女性たちはバッサリ。

好感度が高かったのは、周りの客に聞こえないよう、小声でウェイターに「替えてください」と言うパターン。

私が一番気に入ったのは、

ウェイターを呼び、にこやかに「当たりくじが入ってるんですけど」。
ウェイターが恐縮して「お取替えいたします」と料理を下げようとすると、
さらにニコニコと、「ちょっと豪華にしてね」

粋だ。

粋やユーモアを全ての男に期待はできないので、これは番外編としても、「まわりの客に聞こえないように料理を取り替えてもらう」、これは常識的に考えてもできて当然なのだが、ビデオの検証によって、できない男もたくさんいるということがわかった。

街の女性たちの反応から判断すると、女は極めて常識的なのに、男は勘違い人間が多い、ということになる。

ネット上でも、威嚇する男はいる。
誰もそんなこと言ってないのに「お前はそう思ってるのか、いやそう思ってるに違いない」といった、畳み掛けるような物言いでつっかかる人を見かけることがあるが、そういう話し方はちっともカッコ良くないということに気がついたほうがいいと思う。
ネット上で気が大きくなるのもわかるが、そういう人はモテないと思う。あ、モテなくてけっこう、ですか。

女性も「即、別れのメール」だけじゃなく、
「こういうところがおかしい」と教えてあげたほうがいいよね。
 

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2006年4月22日 (土)

マッチメイカー

前エントリーでkakuさんからいただいたコメント

【「割れ鍋・綴じ蓋研究会」サイトでも立ち上げますかー。】
【そのうち「同感!」とかなるmatchmakeが起きたところで、控えのオババたちがすかさず「いつにしましょうか?」とかって割ってはいる】

これ、なかなか良いような気もするんですけど、考えてみると、ネット上での仲介は難しいかな、と思います。

やっぱり、現実世界で身近にいる適齢期男女を見て、この人に良い連れ合いを見つけてあげたい、と思うことが望ましい形なんじゃないでしょうか。

だから、ネット上でやるべきことは、おばちゃんたちに(おじちゃんでもいいですけど)、まわりの独身男女にもっと関心を持ちましょう、と呼びかけることだと思うんです。

おばちゃんたちはきっと遠慮してるんです。「近頃の若い人は自分で見つけるから、おせっかいはしたくないわ」と思ってるんじゃないでしょうか。

もちろん、昔も今も結婚相手を自分で探すのは基本だと思いますし、始めから努力もせずにマッチメイカーに依存するのはダメだけど、なかなか出会いがない、とか、仕事はできるが異性に対してどうも不器用だ、という人だってたくさんいると思います。

だから、そういう人たちを応援するべく、おばちゃんたちの気持ちを動かすサイトを立ち上げればいいんじゃないかと思うんですけど。

そこに30代40代の独身者が本音を語れる雰囲気ができればより好ましい。

それには、もっともっと、この一連のやりとりを多くの人に読んでいただくことが大事。

kakuさんの;
【少なくとも、今までrobitaさんがお書きになってきたことと、ワタシが書いてきた事を一つのサイトにまとめるだけでも面白いかも。あと任意で付け足してもらって、後に男女双方から各々のオピニオンを書き込んでもらっていく。】

こういう路線でいいと思うんです。皆さんの書いてくださったコメント、全部すごくいいですよね。

というわけで、人気ブログランキング、押してくださるともっと上位に行きます。

だいたいねえ、なんで政治ブログばっかりあんなに上位にあるわけ?

それも大事だけど、身近にいる我らの次世代を地道に応援することだってすごく大事でしょ。

毎日記事をアップしないと沈むみたいなので、これからはコメント欄に書くべきことを記事として載せることにします。

おばちゃんは図々しいのだ。

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2006年4月21日 (金)

フレッシュマンの季節

就職した娘が研修を終え、配属先に出勤し始めた。

ちょっと太めを気にしながらスーツに身を包み、朝早く家を出て行く。
小学生だったのはついこの間だったのに、もうOLの雰囲気を醸し出し始めていることが不思議だ。

慣れない満員電車に揺られ、慣れない仕事を必死に覚え、厳しいこと辛いことを経験しながら大人になっていくんだろうなあ、頑張れよ、と後姿を見送りながら思う。

配属先は、ここ数年新人が入ってこなかったとかで、「かわいい、かわいいって言われる」んだそうだ。

「20代後半から上の女の人が多いんだけど親切な人ばっかりだよ」

そうか、よかったね、娘。

そのうちきっと、彼女から「負け犬の本音」「負け犬の実態」の情報がもたらされることだろう。

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2006年4月20日 (木)

ほんとに中身さえ良ければ?

kakuさんへのメッセージです。

私が同情するのは、この場合、何度も言うように「昔ならまわりのお膳立てで伴侶がみつかった男性たち」です。
これに対して「自分で結婚相手もみつけられんのか、だらしがない!」などと批判する向きもあろうかと思いますが、仕事と違って、こと女性に関するかぎり、「男は自分の力で女をゲットするもんじゃ」と決めつけるのはやはりちょっと厳しすぎるんじゃないかと思います。
こういう人たちに「変われ」「変わらないから悪いんだ」という言葉は私には発することができません。そういうことができない人だっているんです。

私は「シャイな男性」に同情しているのであって、「オレ様」な男性を可哀想と言っているのではありません。
「オレ様」な男性がそのままの自分を受け入れてくれる女性を求めているのであれば、それはそれでいいと思いますよ。その人の生き方ですから。その結果相手がみつからなくても仕方がない。これはもょもとさんの意見に同意します。

女性に対してシャイがゆえに相手がみつからず、結婚市場で脱落していくのも、競争社会では仕方のないことと思います。思いますが、そこはやはりある程度のセイフティネットは設けるぐらいの社会の優しさがほしいと思うのですよ。

kakuさんが、「男だけ可哀想」というのはおかしい、と言うのは、過去に私が発言してきたさまざまな「男性に対する同情論」を踏まえてのことだと思います。
kakuさんは男を甘やかすのは愛ではない、と言います。それは正しい理屈ですね。

しかし、「貧しさに負けるのは」 で書いたように、やっぱり女って男に比べて強くたくましいんですよ。適応能力もあるし柔軟でストレス解消法も難なく手に入れるし。そういう男女の差を前提にしないと、ただ、人間としての「同位」「同権」だけでこの問題は語ることはできないと思います。

私はどちらかというと、男女問題は、理屈より科学的事象としてとらえてしまうほうなので(そしてそれはたぶん正しい)、おそらく、kakuさんとの「男女観」がかみ合うのは難しいように思います。多分に感覚的なものでもありますから。

でも、だからといって女性が困っている事態を放置して良いとは全然思いません。人間社会は変化し続けるものです。ただ、kakuさんのようにあまり威勢良く男性をせっつくのでなく、少しずつ変わってもらうしかないと思います。

ものごとは何でもかんでも理屈じゃない。女性の優しさが物を言う場合だってあるんです。それはkakuさん自身が普段から、何の疑いもなくやってることに違いないのです。

珍獣さんへのレスの中で私は、「これを理屈をもって変化させると、たぶん、それは女性自身に都合の悪いこととなってはねかえってくるような気がします。」と書きましたが、「都合の悪いこと」より「好ましくないこと」のほうが適切だと思いますので言い換えます。

私は「若い女はワガママだ」と言ってるのでなく、言わせてもらえば、「男女関係のからくりというものに気づいていないんじゃないですか」

kakuさんが、あのように威勢良くパキパキシャキシャキした文章を書いて旋風を巻き起こすのを、しとやかで物静かな実物を知っている私としては、ハラハラしながら見ています。

インパクトのある文章は人をハッとさせるけれど、一方で、女性ならではの優しさはきっと男性を動かしますよね、私はそう思います。

最後に、kakuさんのまわりには、すごいイイ女性がいっぱいいて、しかも彼女らは、背が低くて、デブで、ハゲで、オヤジ顔で、女性受けのする気の利いた会話ができなくて、それでも中身さえ良い男であれば喜んでお付き合いしてみる、という女性たちばかりなんですね?

それはものすごい希望です。やはり「お見合い」が必要だ。

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2006年4月18日 (火)

望む相手がみつからない

kakuさんの、「おばばのたはごと」 に、結婚適齢期男女の組み合わせのミスマッチが起きている、とある。

ミスマッチ(つまり、望む相手がかみ合わない)のせいで、大量の結婚しない男女が増えているのは私も同感なのだが、その中身については私の感覚とちょっと違う。

kakuさんは、女性の側は「イイ女」が多い、と言うが、これは私も同意。

しかし、【男性側は、総じて「お兄さんキャラの年上君」(30代後半が殆ど)が私が抱える“在庫”なんであるが、もう言わずもがなで、とにかくまず「威張る」。そして「指示する」。ここからすべてが始まっているような人格なんである。】 と、売れ残りの男性たちをこう評するが、私の知る限り、結婚相手がなかなか見つからない男性に、「威張る」とか「指示する」などの印象はない。むしろ、穏やかで優しく、良い夫良いお父さんになりそうだなあという人たちが多い。こういう優しさがかえって女性にとっては物足りないのではないか、なんて思ってしまう。

それに、「お嫁さん探し」のテレビ番組など見ていても、30代を中心に登場するのは優しそうな男性ばかりだ。彼らは女性に対して「シャイ」がゆえに一歩踏み込むことができないということだ。

こういう男性こそ余っているのではないかと私は思うのだが、実態は違うのだろうか。

しつこいようだが、「男の魅力」で書いたように、けっこう条件の良い男性でも、ラサール氏のような外見ではちょっとねえ、というような事態になってないだろうか。

もちろん、その女ごころはわかる。恋もしないでどうして結婚などできようか、という気持ちはよくわかる。

しかし、素敵な男性と恋におちて結婚しても、何年かたてば「何でこんな男と結婚したんだろ」と幻滅するのは非常にありがちなことで、結局「誰と結婚しても同じ」などと達観するのが結婚の常道なのである。結婚とは、人間関係の構築作業なのだ。

私は結婚前、近所の70代の奥さまからこんな話を聞いた。
「長女は、主人が『俺が見込んだ男だ』と連れてきた男性と見合いさせられました。泣いて嫌がりましたけどね。でもおかげさまで、今ではきょうだいの中で一番幸せです」と。
因みに次女の方は、恋愛結婚したが、結局破綻に終わった。

いや、しかし、こんな話はナンセンスにちがいない。

選択は自分自身でするものであり、その結果責任も自分で負うものだ。
「こういう人と結婚したい」と願うのも自由意志だし、恋におちるのを止めることだってできない。

「人には添うてみよ」などとというのも程度問題なのだ。
相手が見つからなければ、結婚しない人生を選択したって一向に構わないではないか。

やはり、私も「子供は増えない」 で書いたように、kakuさんの言う「やはり少子化は既定路線である。ムダに税金使って悪あがくより、そういう社会を想定した構築を行う方が自然である。」というのと同様の結論に達してしまうのである。

(でもね、やっぱり、まあまあの幸せな家庭を築いて老境に入りつつある人間として言わせてもらえば、結婚、悪くないよ。子供を持つのはもっと悪くないよ)

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2006年4月17日 (月)

慈悲深い独裁者がいい・・・かな?

業田良家の「世直し源さん」という漫画を読んだ。

業田良家は名作「自虐の詩」の作者なので、ご存知のかたも多いだろう。

「世直し源さん」は、素性不明のステテコ姿のおっさんが突如として政界に現れ、国会の承認を得て総理大臣に就任するところから始まる。

ステテコ総理はとんでもない独裁者なのだが、愛国心に満ちあふれ、国民みんなに幸せになってほしいと願うヒューマニストでもある。漫画なので思いっきり荒唐無稽ではあるが、国家や大衆への皮肉っぽい視点が面白い。

ステテコ総理を選んだのも大衆だが、独裁者に反発するのも大衆だ。

15年も前の作品なのだが、小泉首相の出現と大衆の反応を予見していたかのような筋書きに驚く。    
小泉さんが国民を愛しているかはさておいて、要するに、「独裁者でなければ国家運営は効率良く進まない」「大衆は自分のことしか考えないから彼らの言うことなど聞いていては国はおかしくなる」という民主主義のやっかいなところを、業田氏はとてもわかりやすく描く。

前回の衆院選挙、大勢の有権者が投票に行ったために小泉自民党は大量に得票し、おかげでちょっと「?」な議員も誕生した、投票率が上がればいいってものじゃない、愚かな民衆が選ぶ政治は愚かなものになる、などと言われる。(しかし、いつも組織票でがっちり固める党にとっては打撃であり、それはそれで意味のあったことだろう)

宮沢元総理がこんなことを言うのを聞いたことがある。
【中国が外交に関してしたたかで、着々と事をうまく運んでいる、というが、独裁政権ならば迅速に物事が進み、日本のような民主主義の国では、色々な意見が出て議論を重ねるという手順を踏むので、ぼちぼちと進む、というふうにならざるを得ない。わかりきったことです。】

わかりきったことですと。

そうだね。政府が弱腰だとかやることが遅いとか、あまり責めるのも、それは結局、民主主義を自ら否定していることにほかならないのだね。

日曜日のTBS「サンデーモーニング」で、こんなことを言っていた。
【世界各地で大規模なデモが起こり、民衆は蜂起している。
 フランスのデモは法律制定をストップさせるほどの大きな力を見せつけた。
 ひるがえって日本の民衆の何とおとなしいことよ。】

日本人はおおむね従順だ。
しかし、それはやはり何だかんだ言っても政府を信頼しているからではないか。

福沢諭吉は「民は権力に対する抵抗精神を持たねばならない」と言ったそうだが、あの時代と違い、民主主義、個人主義を民衆が手にした今の世の中では、「お上に対する抵抗」を徒党を組んでことさら声高に叫ぶ必要も感じない、ということではないか。

私など、私たちが選んで出来た政府なんだから、そんなおかしなことをするはずがない、と思ってしまう。

国庫の利権絡みの無駄遣いは別にして、国民がなんだかんだ文句をぶつける様々な政策は、国の偉い人たちが「日本のため」を思ってやっているに違いないのだから、と思ってしまう。

これを「羊体質」とでも言うのだろうか。

フランスのデモが勝ち取った「法律廃案」は、国のためにあれで良かったのだろうか。

たぶん、フランス人は、自分たちが起こした行動がもたらす結果には、きちんと責任を取る国民にちがいない。

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2006年4月13日 (木)

横田早紀江さん

横田めぐみさんの家族の写真展に行ってきた。

いろいろなメディア上で既に目にした写真がほとんどだったが、時系列で並べられているのを順番に見ていくと、改めて、家族の辛さや悲しみに胸が痛み、あの国に対する怒りが湧き上がる。

「ごく普通に暮らしている家族のごく普通の女の子が遭遇したこの大変な事件をどうかみなさん忘れずにいてください」、というご家族の思いをしっかり受け止めた。

めぐみさんの夫が、高校生の時に拉致された韓国人男性だということも判明し、そのご家族が韓国のマスコミに大々的に登場されているようだ。

マカオなど他のアジアの地域から誘拐された人たちの家族も声を上げている。

国際的な世論の盛り上がりは何よりの北朝鮮への強いメッセージとなるだろう。

追い詰められた北朝鮮がどんな行動に出るかわからないが、「危険だから」と腫れ物にさわるような対応を続けるばかりでは、拉致被害者だけでなく、北朝鮮人民もいつまでたっても救われない。

横田早紀江さんが、来日中の北朝鮮高官を指して、「あんな犯罪を犯している国の人が被害者の国へニコニコして入って来ている。ほんとうにおかしなことです」、と述べた。

早紀江さんの言葉はいつも率直で的を射ている。

娘に対する愛情に満ち溢れてはいるが決して感情に流されることなく、穏やかながらもきっぱりと言うべきことを言う。

「凛とした人」とはこのような人のことをいうのだと思う。

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2006年4月10日 (月)

ダメオヤジにセクハラオヤジ

週刊新潮の、面白くないのでいつもは読まない窓際OLのエッセイ、何げなく目に留まる。

【 昨秋、蓮舫さんと編集者A子、某省の美人キャリアと居酒屋に行き、みんなで個室に付いているお風呂にはいったりして楽しんだ。
 その際、6千人の部下を持つ美人キャリアが、「ねえねえ、やる気のない男の人をどうやってやる気にさせたらいいかなあ」と、ぼやくのを聞いて、みんなで大笑いした。朝から夕方までボーッと働いているオジサン達をやる気にさせるのは至難の業らしい。
 今、女性達の最大のストレスの元凶は、「オヤジ」と、言われている。
 編集者のA子は、「オヤジ被害なんて日常茶飯事ですよ。地方に行くと、警察の幹部の人から、『内緒で情報あげるから』と、小料理屋の個室に呼ばれ、部屋を出る時にキスを迫られたりするんだから」
 私達はビックリ仰天!
 「エーッ、マジッ!?そっ、それでどうするの?」
 「キスをかわして店を出ても、やたらに暗い道を歩いたりするの。情報収集の夜回りでは、独り暮らしの地検関係者に、『私の部屋に入って話をしよう』と言われ、本当に困るんだから!」
 私達はビックリ仰天!
 蓮舫さんは怒りっぽいから、湯気を出して大激怒。
 どこの企業でも、優秀なOLほど、「ダメな上司」というストレスを抱えながら頑張っている。ダメ上司は甘えん坊でチヤホヤされるのが大好き。仲間外れにすると、すぐ拗ねる。
 OLの間では、「仕事ができない」と自分自身をわかっている上司は害がなくて許されるが、最悪なのは、本人は、「自分は仕事がデキる」と思っているが、実は仕事がデキないダメ上司。朝から暴言をまくしたて、パワハラがひどいらしい。
 恐るべし、この勘違いオヤジがあちこちに存在し、OL達は振り回される。】

このあと、オヤジたちの具体的なバカっぷりが描かれ、最後にこう締めくくる。

【「そんなことで、いちいち、頭にきていたら、OLなんてやってられないよ。私達とは『別の生き物』と思ったほうが気が楽じゃない?」
「ああ、そうそう、別の生き物なんだよね!」
 みんな明るく笑った。】

こういう話は珍しくはないけれど、【女性達の最大のストレスの元凶は、「オヤジ」と、言われている】というからには相当深刻なんだろう。会社勤めっていろいろあって女性も大変そうだなあ、と改めて思う。
「良いおじさん」でも、上司となると箸にも棒にもかからない、とか、口では「女性の味方」みたいなカッコいいこと言ってても、現場ではついついセクハラやってしまう、みたいな人が想像以上に多いのだろうか。

おじさんには気をつけないといけない。

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2006年4月 7日 (金)

党首選

民主党の党首選、菅さんの演説の途中から見たのだが、二人とも、心に響くなかなか良い演説だったと思う。

小沢さんに決まって、候補者二人が壇上で何度も力強く握手する姿は感動的でさえあった。

力を合わせて是非民主党を盛り立てていこう、という決意が双方に満ち溢れているようだった。

今朝は「分裂すりゃあいいじゃないか」なんて縁起でもないことを書いてしまったが、やはりこの際、挙党一致態勢で民主党を強く大きくしていってほしい。

小沢さんは、革命の嵐の中、没落して行く貴族社会を描いた映画「山猫」を引き合いに出して、自分は変わる、と宣言したが、遠慮せず是非強いリーダーシップを発揮してほしい。

党首があっちにもこっちにも良い顔してたら、寄せ集めの印象を払拭することはできない。

強引さがなければトップは務まらない場合もある。今の民主党がまさにそういう事態にあると思う。

それでも、反小沢の動きが出てきたら、その人たちが出て行けばいいのでしょう。

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民主党の再生

民主党の党首選に向けて、ワイドショーもにぎわっています。

民主党は数合わせで集まった党だから理念が一致していなく、だから支持されないんだと、よく言われます。

「どうしても政界再編したい私」でも書いたことがありますが、2大政党が望ましいと思うのであれば、なぜみんなでその方向に持っていこうとしないんでしょう。

民主党はだらしないだの情けないだの、悪口を言って叩いてるだけじゃ2大政党なんてできませんよ。

マスコミ、あんたが悪い。民主党の悪口を言うだけのブロガーも悪い。

首都大学の宮台真司先生によると、【 2大政党にするのであれば、「市場主義、自己責任型」と「社会主義的利益配分型」、おおまかな分け方ですが、あえて乱暴に言うと、こういう分かれ方しかありません 】 だそうです。

自民党と民主党を眺めていると、どちらにも両方の型の人が入っていて、これはやはり早くすっきりと分かれるべきだと思うのですが、どうでしょう。

自民党の中で、反小泉のくせに自民党を離れない人たちが一番ずるいんではないですか。

亀井さんや綿貫さんたちは、追い出されたかたちではあったけれど、筋が通っていますよね。小泉さんも、あの人たちを追い出したことは、その意味では筋が通っています。

とにかく、元々をたどれば小泉さんのせいで、民主党はあんな寄せ集めの困った政党になってしまったと私は思っているので、もう少し納得のいく2大政党の流れができるよう、国民も民主党をバカにするようなことばかり言ってないで、ひとつ自分たちで育ててやろうじゃないか、ぐらいの気概を持ったらどうかと思うんですよね。

民主党をアホバカ呼ばわりすることなら誰にでもできます。
でも、民主党がどうなってほしいかという国民の考えを積極的に表さなくては、民主党も動けません。

これは一政党のお家騒動なんかではなく、日本の健全な政治のありかたの問題なんだから、ただ「民主党には任せられない」とか言って放置すればいいような問題ではないと思います。

その意味で、真魚さんととさんの記事には「民主党、こうしたらどうか」という真摯な思いがあふれていて好感を持ちました。

私の考えとしては、民主党がどうしても理念で一本化できないんだったら、分裂すりゃあいいじゃないかと思うのですが、どうでしょう。

それじゃあ政権はとれないじゃないかと言われるかもしれないけれど、そんなにあせる必要はあるんですか?

分裂したとしても、それぞれが毅然とした態度で国家観を打ち出せば、小さくても強い政党の基盤ができるんじゃないですか。

人数が多くても政治理念がバラバラというより、数は少なくても筋が通っていて毅然としている党のほうが国民は支持するんじゃないですか?

民主党が理念を語ることができないのは、全然違う理念の人たちが寄り集まっているからですよね。私はそういう民主党を見ていて、気の毒と思いこそすれ、バカにする気など全然ありません。

分裂しちゃだめですか?

「また分裂したのか。いったい何やってるんだ」などとお決まりのセリフを言う人たちがいるからですか?

いま、「政権を取りに行く」必要はあるんですか?

長い目で見ていては間にあわないんですか?

小泉さんが9月にやめて、後継者が誰になるかによって自民党の支持率はぐんと落ちるとか言われますが、その時が政界再編のチャンスなんでしょうか。

その前に民主党分裂してもいいような気がするんですけど・・・・。

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2006年4月 6日 (木)

子供は増えない

このあいだの日曜日の朝日新聞の「声」欄にこんな投書がありました。

【少子化について議論が続いていますが、私は第4子を妊娠中です。特別な訳はありません。ただ赤ちゃんが可愛いからです。3人目を産んだ時、小学1年生と幼稚園だった上の2人は楽しそうにおむつ替えなどを手伝ってくれました。そして「弟や妹を産んで」と言うのです。
世間では、子供が産まれると「1人あたり1千万円かかる」とかいう話ばかりが先行し、一番大切なものが後回しになってしまっているように思います。
夫は会社員で給料も特に多いわけではありません。
でも生活できなくはないし、家族が1人増えるごとに喜びは倍に増えます。そして何よりも、子供はお金では買えないのです。
3人目のとき、母が「赤ちゃんは自分の食べる分ぐらい背負って出てくるから大丈夫」と励ましてくれました。本当にそうだなあと思います。
でも周囲の人は3人目となると「私にはできない・・・・」という反応になります。私は悲しくなります。
身近に3人以上の子供さんを持つ方がおられたら、ぜひ「あんたはえらい!」とか「応援しているよ」などと、めいっぱい褒めてあげてください。少子化を止めてくれるのは子供を産むお母さんです。】  滋賀県 主婦 28才

私は、「こんなに頑張ってる若い母親もいるのだから、みなさんもがんばりましょう!」などという気は毛頭ありません。

私が思ったのは、ひとつには、「子育ての大変さ」を訴える人々がいる一方で、このように割合気楽に子育てができている人々もいる、そこには必ず環境の違いがあるはずだ、という、当たり前といえば当たり前のことです。

この投書の主は、祖父母の援助(経済的にも時間的にも)を受けているかもしれないし、夫はきっとすごく協力的でしょう。地域社会がしっかりしていて、近所で助け合う環境が整っているかもしれない。自治体の子育て支援対策も充実しているかもしれない。

しかし、もっとも大きな要素は、この若い夫婦の価値観なんですね。

子供が大好き、大人数の家族でワイワイ賑やかに暮らしたい、そのためには、他のあれやこれやは面倒くさくても我慢するし、自分だけのための楽しみは二の次三の次、というか、そういうことより子供を産み育て楽しい家庭を作ることに人生の最も大きな意義を見出す、といった価値観を持っている人たちなのです。

人の価値観はいろいろで、子供はいらないが、自分たちの生活を充実させて楽しみたい、という人たちも当然いるわけです。

また、子供が欲しくても経済的にかなりきついし、だからといって、教育費を削るわけにはいかない、自分たちはボロをまとってまでも子供を育てる気にはなれない、という人たちもいて当然です。

みんなそれぞれの価値観で自分の人生を生きているのですから、「産むのが国民としての義務だ」などといった乱暴な押し付けはおかしいのです。

考えてみれば、上述のような価値観の違いは大なり小なり昔からあったでしょうから、今の世の中でも、産まないからといって責められる筋合いはないのです。

だから、産みたい人が産めばいいんです。何人でも産めばいいんです。投書者の言う、【3人目となると「私にはできない・・・・」という反応になります。私は悲しくなります】という感想はちょっと押し付けがましいかな、と思います。

そういう自然の成り行きに任せていては子供が増えず、国家の存亡にかかわるというなら、その、「欲しくても経済的に苦しい」という人たちを国が援助すればいいんです。ぐずぐずしないで早くしてあげてください。「ほしくても経済的に苦しい人たち」も、もっと大きい声をあげて、「これだけ援助してくれれば産みますとも」って言い続けましょう。

そして企業も、大変でしょうが、育児がしやすい労働環境を作る努力をしていただきたい。

しかし、私が、これが少子化の原因の一番大きいものであろう、と思うのは、昔は見られなかった社会現象、結婚しない人がものすごく増えた、ということです。

他のさまざまな原因は昔からあったでしょうが、結婚しない男女の大量発生、これはなかったでしょう。

これは、行政で「男女の出会いの場を作ってあげる」とかなんとか、そういった付け焼刃的なことをやったって、絶対に解決しません。男女の意識の問題なんですから。
「意識」は、政策やら説得やらでどうにかできるものではないので、これは本当に難しい問題ですよ。

いや、これは「問題」というより、人間社会はそう変わりつつある、と理解したほうがいいかもしれません。

だから、「子供を産め」という号令より、「高齢者は自立しろ。もっとお国の役に立て」という空気を盛り上げることのほうが合理的なんじゃないかと思います。

というわけで、いずれ「団塊世代のこれからの生き方」について書いてみようと思っています。

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2006年4月 3日 (月)

「女の怒り 男の本音」

前エントリーで、ねこっちさんが次のようなコメントをくださいました。

>私の住んでいる処は大田舎なので、まだまだ女性の地位は低いのです<

地方ではまだそんな感じですか。男性天国ですね。

ひところ、日本の女性は慎ましやかで男を立てるので「結婚するなら日本の女性」などと欧米の男性から熱いまなざしを向けられたことがありましたが、今なら「結婚するなら田舎の女性」ということになりますね(笑)。

多くの男性にとってはいまだに「理想の女性」とは、「男を立てる奥ゆかしい女性」ということになっているのでしょうか。

おととい、NHKで男女共同参画社会についての討論番組「女の怒り 男の本音」というのがありました。後半だけ見たのですが、女性の社会進出、少子化、男女共同子育て、男性の出世、企業の発展、地域社会の安全、これらが絡み合い、パラドックスとなりジレンマとなり堂々巡りとなって、これは本当に難しい問題だと改めて思い知らされました。

「女性も働いているのだから、男性も同じように子育てに参加、というより、女性同様に家事育児を担当すべき」

「勤務時間の長い男性が疲れ果ててて家に帰ってまで家事労働をするのは酷」

「男性が育児休暇を取ることの難しさ」しかも、「2・3週間育児休暇を取ったところで、妻の負担の軽減にはならない」

「男性が育児休暇をとって仕事に穴をあけるのは企業業績にマイナス影響。企業は業績を上げなければ発展しない。発展しなければ従業員への還元はなく、結局給料が少ないとの不満となる」

「女性にだけ負担を強いる状態を続けるなら少子化が改善されるわけがない」

「理解のない古い体質の会社の作る製品の不買運動でもすればいい」

「社会とは何も企業だけではなく、地域社会の連帯や安全を担っているのは主婦を中心とする女性や高齢者」

等々、結局落としどころもないまま終わりました。

で、私は考えたのですが、女性たちが「男性の意識改革」を真に願うなら、男性を改造するしかないと思います。100年計画で。

何の話だったか忘れたのですが、敵国から攻められ滅ぼされた国の女性たちが、占領兵士たちと結婚し、子供をたくさん生んで立派な兵士に育て上げ、反乱軍を組織させて、その昔自分たちの国を屈服させた占領者たちに復讐する、という話、聞いたことありませんか。

女性は子供を生むことができる、しかも育てることができる、男を作り変えることができる、そんな立場にある、と言えば言えますね。

男の子が生まれたら、男女共同参画社会の理想を徹底的に叩き込む。女が一歩引くなんてもってのほか、仕事の量も内容も全く同じにすべき、子供は生むことは生むがあとは男女全く同じに子育てをする。

そのように洗脳してやれば、2・3世代で男のメンタルな部分は改造されるでしょう。

ついでに、「男性的な雄々しい部分」も改造されてしまうような気がしますが、その時、「男の魅力」で書いたように、「こんな男じゃイヤ」と言わないでいられるかどうか、それが問題だ。

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