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2006年5月 8日 (月)

幸せのつかみかた

何をかくそう、私は平和主義者だ。争いは避けるし、争っているさまを見るのも嫌だ。

平和な世で、陽だまりの中、音楽を聴きながらゆっくり読書や編み物をしたり、さわやかな風のそよぐ水辺や木立の中、家族や友人とピクニックを楽しんだり、今はまだいないけど孫たちと遊んでやったり読み書き算術を教えてやったり、ぜいたくはしなくてもそんなささやかな幸せに浸りながら余生を過ごしたいと思う。

しかし、ほとんどの人がそういう幸せを望んでいるだろうに、分け合えばこういうことは可能になるだろうに、世界はそうなろうとしない。

右翼や左翼やタカ派やハト派、自由競争や平等主義、人は、世の中はこうあるべき、とそれぞれ主張はするのだが、私は実のところ、人間がいったい何を望んでいるのかわからない。いや、「人間が」というより、「平和、反戦、よって反米、を叫ぶ人たちが」と言ったほうがいいだろう。

私は以前から、アメリカの言うことをきけば世界は平和になるんじゃないか、と言ってきた。→「アメリカってそんなに悪い?」など。

アメリカは誰が何と言おうが世界で一番強い。世界の警察を買ってでて、押し付けであろうと何であろうと、民主主義というものを世界中に広めようとしている。

そのアメリカの強引な振る舞いを快く思わない人たちはアメリカの批判をする。でも、果たしてアメリカの批判をすることが平和につながることなのか、私は疑問に思う。

世界中がアメリカの味方をし、アメリカの言う「世界の秩序を乱す悪い国」包囲網を作れば、世界は手っ取り早く平和になると思うのだがどうだろうか。

何と言ってもアメリカは強い。その強いアメリカに抵抗し続ければ当然戦闘は長引く。平和は遠のく。
日本はアメリカと同盟関係を結び、軍隊を持たずとも安心して経済発展に力を注ぐことができた。そして日本は豊かになった。

アメリカと仲良くしておくとこんなに平和で豊かになれるんだ、と中東の不安定な国々に教えてあげたい。あなたたちが本当はアメリカ文化が大好きなんだということも聞いている。意地を張らないで民主主義を受け入れたらどうなの。
とりあえずの平和でもいいじゃないの。とりあえず戦闘が収まるだけでもいいじゃないの。血が流れるのを止められるんだよ。

私は、だから、反米を叫ぶ人たちが、ほんとうに平和を願っているのだろうか、ほんとうに戦闘地域の子供たちを哀れんでいるのだろうかと、むしろ訝しく思う。
反戦デモに参加しながら、それが終われば友人とお茶を楽しみ、趣味を楽しみ、旅行を楽しみ、そういう安寧な日常生活を送っている平和主義者たち。こういうささやかな平和的日常を一日も早くあの悲惨な境遇の人たちに味わってもらいたいと私は思う。

お願いだから、アメリカの言うことをきいて、と思う。
反戦反米を叫ぶ人たちは、ほんとうに戦争が嫌なのではなくて、ただ、大きくて強いものに逆らいたいだけなんじゃないかとさえ思ってしまうのだ。

しかしながら、誰もが思うだろう。
「独立国としての誇り」はどうなるのだ、と。アメリカの言いなりになっている自国に「愛国」の心など芽生えるだろうか、と。

その点については悩んで当然だと思う。
しかし、ここはひとつ、日本ならではの「曖昧さ」を含んだしたたかな生き方を日本人全体の共通認識として持つことはできないだろうか。

あいまい、器用、ドライ、ちゃっかり、何とでも言いなはれ。生き延びるっちゅうことは、そういうこっちゃ、というしたたかさをもって世渡り上手になることも必要ではないか。

人間というのはひとくくりにできない複雑な存在だ。
「筋を通す」だけでも生きられないし、「プライド」を捨てることも恥ずかしい。

世界中を見渡しても、筋を通すだけで生き延びている国があるか。また、誇りを捨てて卑屈一辺倒の国があるか。

みんな国としての誇りを持ちつつ、苦悩しながら、生き延びよう、より豊かになろうと、方針を変えたり保持してきたものを捨てたり新しいものを取り入れたりしてきたのではないか。

ここのところを理解すれば、日本人、世界の中で、もっとうまく生きていけるような気がする。

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____________________________

次に、問題となっている「愛国心教育」について書いてみます。

ととさんのコメントから; 

>官主導の愛国教育にためらいがある<

これは、お上の主導する教育は嫌だ、という意味だと思いますが、では、誰が主導すればいいでしょうか。
それとも、誰も主導しなくても、国民は自発的に国家意識を持つようになるんでしょうか。
国家運営というものが国民の国家意識なしにうまくいくのかどうか、私にはわかりません。
でも、国というのは利害を共有する共同体ということですよね。
だから、最低限、「我々は共通の利害関係で結ばれている」という意識を持たせることは必要なんじゃないでしょうか。
バラバラでは、対外的に損をする、ただそれだけのことなんじゃないでしょうか。何も高級な信条ではないと曽野綾子さんが言うのはそういう意味だと理解します。

で、そういう国際外交の面では、ちゃんと国の偉い人がしっかりやってくれさえすればいい、というのが、愛国心教育反対の人たちの言い分だと思うのですが、最低限、国民のほうだって、国家の意識を持っていてくれないと、外交の足を引っ張りかねないですよね。

教育基本法に愛国心なんか書き込まなくたって良いじゃないか、国土を守らなければ我々は損をするんだ、という教育さえすれば良いじゃないか、と言われるかもしれませんが、そこが人間の人間たる所以で、無味乾燥な論理だけの領土認識教育だけで、子供たちの心が動くか、ということです。

人は何によって心を動かされるのか。そこには必ず情緒が必要となります。人間の行動の原動力は感動です。

この美しい国土を守り育て、日本という国の歴史を作ってきたさまざまな先人たちの心をも継承していく決意がなければ、なんで愛国心など芽生えましょうか。

私が「国を愛せ」と押し付けるだけの教育に違和感を感じる、と言うのは、日本人としての情緒の発露なくして「愛」が生まれるかということです。

ところで、5月4日の朝日新聞「変わる憲法論議」に、政治家が改憲や愛国心に関して苦慮している様子が載っていました。

【これまでの議論では、いずれも「国民と国家が向かい合って対立している」イメージがあった。だが、「国民と国家が同じ方向を向いて、議論し協力し合う」という考え方もあっていい。】

【国民が公権力を縛るという考え方が、日本中に個人主義や利己主義を広めた。そうしたいら立ちは、自民党内に根強い。】

【国民に国家への参画、献身を求めていくという基本線は崩さないまま、「復古調」を脱色し、より説得力のある理屈付けはできないか。】

【米国のケネディ元大統領の言葉を引き、谷垣氏は語る。「“国家が君のために何をするかを問うな。君が国家のために何をするかを問え”。これこそ民主主義の神髄だ。」】

記事の最後の、民主党の枝野幸男氏の言葉は、国民と国家の関係の論議の堂々巡りをよく表していて笑っちゃいました。

【国民が公権力に命令するにあたり、「おれたちもちゃんとやるから、お前たちもちゃんとやれ」という憲法の書き方はあると、枝野氏は言う。例えば、我々国民は良好な環境を次世代に残す努力をする、国もそのように公権力を行使せよ、といった具合だ。】

おれたちもちゃんとやるから、って、「おれたち」は最初から自立し自発的にちゃんとやるんですか。
やっぱり、誰かがちゃんとやらせるしかないんじゃないですか。

ととさんの「左翼」についての疑問ですが、小林よしのりは、「左翼」と「うす甘いサヨク」という表現で区別しているようです。そしてたぶん、これはおおかたの人がそのように程度の差で区別しているのではないかと思います。

「左翼」はたしかに怖いですね。
同じく、過激な右翼も怖いです。
ととさんがご覧になったような過激なブログはほんとにいったい何やってんだろうと私も思います。

相手をやっつけるだけが目的のああいったブログは相手にしなくてもいいのではないかと思います。
そういうブログがランキングの上位にあるのも癪ですけど。

ただ、私が、「あんたたち本当に平和が好きなの?」と言いたくなるのは、以前掲示板をやっていた時に、サヨクの人たちから執拗で陰湿な書き込みをされたり、その他いろいろなサイトでそういうサヨクの人たちの攻撃性や陰湿さを見てきたからです。このブログの最初のほうにもあります。「平和主義者のくせになんだよー」と言いたくなります。私の文章の中に時々そういう人たちへのうらみ節があらわれますが、ととさんには関係ないので気にしないでください。

>過去において”左翼”が国の領土政策に影響を与えるほど,国民から信頼され力を持っていたことも知りませんでした. robitaさんの記事を読むと,今の領土の問題は”左翼”のせいだと思えるので,そうだったの?と驚いています.<

60年安保の頃からでしょうかね。社会党共産党は大きな力を持っていましたし(なんといっても共産主義国ソ連はアメリカと並ぶ大国でしたからね)、その頃いわゆる左翼言論人はもてはやされ、社会に多大な影響を与えていたと思いますよ。

生まれた時からそういう社会の空気の中で育てば、それが当たり前になりますよね。共産主義は人間に合わないとわかった後もそういった雰囲気をなんとな~く身にまとった人たちや、反戦さえ叫んでいれば平和がやってくると思い込んでいる人たちを、小林よしのりは「うす甘いサヨク」と呼んでいるのじゃないかと思います。

思いつくままにあれこれ書いていたらとても長くなってしまいました。

真魚さんのコメントに、ちゃんと返事していないけれど、上の文章では答えになってないでしょうか。
「たくさんのごちゃごちゃしたもの」の共存に憧れる真魚さんの気持ちはよくわかります。
どこの国もごちゃごちゃしたもので成り立っていると思うし、地域々でそれぞれ特色があるでしょう。

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コメント

robitaさん、

えーと、ゴ、ゴネルわけではありませんが(なぜに、どもる)(笑)

「アメリカの言うことをきいて」と言われていますが、日本にとってアメリカが永遠の善意の大国であり、暖かく見守ってくれるご本尊様のような国である、という根拠はどこにあるのでしょうか。

アメリカは、世界が平和になることを日夜粉骨砕身努力しているのでしょうか。なぜ、世界最大の軍事産業を持つアメリカの言うことをきいていれば、世界は平和になるのでしょうか。

例えば、在日米軍移動するから100億ドル払え、といわれたら日本はなにも言わずに払うということでしょうか。

そんなことを書く真魚さんってサヨクでしょう、反米でしょう。大きくて強いものに逆らいたいだけなんでしょう、ほんとうに平和を願っていないんでしょう、ほんとうに戦闘地域の子供たちを哀れんでいないでしょう、と言われてしまうと、僕も立つ瀬がないんですが・・・・・・・・。

投稿: 真魚 | 2006年5月10日 (水) 02時43分

>永遠の善意の大国
日本とアメリカは手を結ぶことがお互いの利益になるからやっているだけです。
別に、アメリカは善意で日本を守ってるわけじゃありません。

>世界が平和になることを日夜粉骨砕身努力しているのでしょうか。
平和=秩序=軍事力だからでしょう。アメリカの軍事力が抑止になっているのは事実。

>世界は平和になるのでしょうか。
抑止力を持ってしても戦争やテロを仕掛けてくる国家(アフガニスタン、イラク)はこちら(アメリカ)側から葬り去りましょうってこと。
当然の理屈でしょ。

>僕も立つ瀬がないんですが・
事実だからですか?

投稿: Tea | 2006年5月10日 (水) 06時31分

>真魚さん、

>日本にとってアメリカが永遠の善意の大国であり、暖かく見守ってくれるご本尊様のような国である、という根拠は<

そ、そ、そういうことじゃなくってぇ・・・
アメリカが「善い国」だなんて言ってるんじゃないんです。

今日の記事にします。どうかご覧ください。


>Teaさん、はじめまして。

真魚さんが心配なさってるのは、未来永劫アメリカという「善意でない国」が世界を支配していいのか、ということだと思いますよ。

投稿: robita | 2006年5月10日 (水) 09時45分

なんだか話が拡大傾向(もしくは横移動)で,着地をどうするか悩ましいですが・・・.

すみません.
私,やっぱりrobitaさんの望む愛国教育(もしくは愛国心)がよくわかんないです.

>教育基本法に愛国心なんか書き込まなくたって良いじゃないか、国土を守らなければ我々は損をするんだ、という教育さえすれば良いじゃないか、と言われるかもしれませんが、そこが人間の人間たる所以で、無味乾燥な論理だけの領土認識教育だけで、子供たちの心が動くか、ということです。
 
人は何によって心を動かされるのか。そこには必ず情緒が必要となります。人間の行動の原動力は感動です。

この美しい国土を守り育て、日本という国の歴史を作ってきたさまざまな先人たちの心をも継承していく決意がなければ、なんで愛国心など芽生えましょうか。

私が「国を愛せ」と押し付けるだけの教育に違和感を感じる、と言うのは、日本人としての情緒の発露なくして「愛」が生まれるかということです。<

繰り返し読んだけど,やはりわからないです.

感動させる教育はできないということかな?教育で感動させることはできないから,愛国心など持たせられないということかな?日本人としての情緒の発露とは,具体的にはどういうことなんだろう?・・・(-_-)ウーム

私は,「愛国心」などと書かなくても愛国心を持たせることはできると思っています.
例えば,今は修学旅行でテーマパークやスキーに行くのが流行っていますが,そういうところへは家族で行けばいいと思うんです.そうではなくて,日本の歴史上で重要な場所(黒船来航とか邪馬台国とか・・・もっとあるけど思い出せない・・・)や由緒ある神社仏閣を訪れたり,原爆ドームや沖縄で民間人が戦争で亡くなった悲劇を感じてもいいし,靖国神社や海軍兵学校跡に出かけて,当時の若者がどのような気持ちで国のために戦ったかを感じてもいいし,北方領土を見に行ってもいい.また黒部ダムや瀬戸大橋や原発などに行って日本の技術水準を実感してもいいですよね.実際,私は高校の修学旅行で黒部ダムに行き,建設中に命を落とした作業員の話を聞いたことは非常に印象に残っていますし,同時に大型建造物に非常に興味を持ちました.理数系に進みたいと思っていた気持ちがはっきりと固まりました.
それは愛国心とは違うとrobitaさんは仰ることでしょう.でも私は,日本を知ることが愛国心を持つための一番の近道だと思っているんです.国防だけではないのです.

>この美しい国土を守り育て、日本という国の歴史を作ってきたさまざまな先人たちの心をも継承していく決意<

これは,日本の歴史を学ぶということですよね.学校では日本の近代史について学ぶ時間が少ないというのはこれまでも言われていることなので,カリキュラムを変えて近代史に時間をさけばよいと思います.
また,私が昔受けた共通一次試験は社会が2科目選択性で,日本史は必須ではありませんでした.今のセンター入試がどうなのかわかりませんけど,日本史は必須にしてもいいかもしれません.日本人が日本の歴史を知らないのでは,お話にならないですから.

>教育基本法に愛国心なんか書き込まなくたって良いじゃないか、国土を守らなければ我々は損をするんだ、という教育さえすれば良いじゃないか、<

これは私の発言ではありません.
だからよくわかりません.

愛国心って,測ることがたいへん難しいものです.
前回のコメントのなかで,「日本チャチャチャ」をするから「日の丸を振っている」から愛国心があるわけではないとお書きになっていましたし,私が納税と勤労で愛国心を示していると書いたら,それは「良き国民としての公共心」だと仰いましたよね.それはそうなのかもしれませんね.
すると,愛国心があるかどうかをどう知ればいいのかということです.
政府は愛国心がないから愛国心を教育したいと思っているようですが,愛国心があるかないかを知る方法が確立していないのに,どうしてそういう結論になったのかよくわからないです.

今回のコメントのやり取りでrobitaさんとの一番の違いがわかったような気がします.
それは,robitaさんは国家をたいへん信頼していらっしゃるのに対し,私は,国家のやることに対してちょっと疑ってみているところです.そのことこそが愛国心がない証拠と言われると困りますが,国家を動かしているのは人(市民と呼んでもいいし,国民と呼んでもいいですが)ですからね.
所詮,政治家や官僚も私たちと同じ人間.頭脳は明晰なのでしょうが,心が素晴らしいとは限りません.たまたまそのような立場に立ったからといって,いつも聖人君子ではありません.恣意的に国民をどちらかに動かせる立場にあり,情報もふんだんにあったなら,都合のいい方に誘導してしまう可能性もあると思うのです.

>おれたちもちゃんとやるから、って、「おれたち」は最初から自立し自発的にちゃんとやるんですか。
やっぱり、誰かがちゃんとやらせるしかないんじゃないですか。<

この誰かというのは,おそらく話の流れからして「国家が」ということだと思いますが,国家を動かしているのも結局は「おれたち」の一人です.

"左翼"の件ですが,私は自分が"左翼"かどうかを言っているのではないんですね.
この言葉の持つイメージについて心配しています.
私は,左翼にも右翼にも限界があってどちらかだけでは上手く国家の舵取りはできないのではないかと思っています.右にも左にも考えがあり,それはどちらも切って捨てていいものではありません.(但し,過激なものは遠慮いたします)
だから,愛国教育を左翼を失くすために使って欲しくないのです(どうやら右翼より左翼の方が愛国的でないというイメージがあるようですので).日本の今の負の部分は左翼勢力が作ったと思われているのなら,なおさら愛国教育をそのように使いたくなってしまうんじゃないかと思うんです.「プチ・左巻き」の言うことはどうせ愛国心がない人の言うことだから,無視しても良いなどという風潮になったら,いやだなぁ~と思っています.

また私は,国家は国民のためにあり,国家のために国民がいるのではないと思っています.国民ひとりひとりの幸せの総和が国家の幸せなんじゃないかと思います.そのとき,ひとりひとりの国民が少しずつ我慢することで,幸せの総和が増えるのなら,国民として我慢しなくてはいけません.でも国家や一部の国民にとってのみ都合がよい選択で,多くの国民にとって幸せでない選択なら,それにはやはりNOと言いたい.
私は,国家と国民の関係をそんな風に思っています.

>愛国心に対する基本認識のあまりの違い(違いというより、これはまったく土台が異なるのではないかという思い)に、何を言っても徒労に終わるのではないかと一種あきらめのような気分に陥ります。これは、ととさんの側からしても同じことなのだろうと推測します。<

これは,「狭量な国粋主義は愛国の体を成さない」のはじめにrobitaさんが書かれていることです.まさに,その通りです.これ以上,互いの気持ちや考えを交換しても,きっと理解しあうことは難しいでしょうね.

ですのでこの件は,これにて終了といたしましょう.
着地が上手くいかなくてすみません.

投稿: とと | 2006年5月11日 (木) 00時04分

>ととさん、

ととさんの仰ることと私の言ってることはほぼ同じです。
結局、国を知り、国を好きになるような教育をしなければ子供たちは国を愛するようにならないだろう、ということですよね。

ととさんのご意見;
>私は,「愛国心」などと書かなくても愛国心を持たせることはできると思っています.
例えば,今は修学旅行でテーマパークやスキーに行くのが流行っていますが,そういうところへは家族で行けばいいと思うんです.そうではなくて,日本の歴史上で重要な場所(黒船来航とか邪馬台国とか・・・もっとあるけど思い出せない・・・)や由緒ある神社仏閣を訪れたり,原爆ドームや沖縄で民間人が戦争で亡くなった悲劇を感じてもいいし,靖国神社や海軍兵学校跡に出かけて,当時の若者がどのような気持ちで国のために戦ったかを感じてもいいし,北方領土を見に行ってもいい.また黒部ダムや瀬戸大橋や原発などに行って日本の技術水準を実感してもいいですよね.実際,私は高校の修学旅行で黒部ダムに行き,建設中に命を落とした作業員の話を聞いたことは非常に印象に残っていますし,同時に大型建造物に非常に興味を持ちました.理数系に進みたいと思っていた気持ちがはっきりと固まりました.<

こういう教育が必要だ、というのは大賛成です。
で、そういう方針を教育基本法に明記しようというのが、いま問題になっていることだと思うのですが。

でも、私も、「その『愛国心』という言葉を法律に盛り込まないと、そういう教育ができないのか、という疑問はある。法律に書くべきとか書くなとか、そんな議論に時間を費やすより、さっさと実行すればいい。」ということを前のコメント、どこかに書いています。

それから、これは誰もが混乱することだと思うのですが、国民と国家の関係です。

国のかたちを明記する憲法について言えば、私は学者でないので論じることはできませんが、「憲法とは、国家が国民にではなく、国民の国家に対する命令だ」というのが基本原理だそうです。

でも、国家に対する命令なんてなんだかわけがわかりませんよねえ。だって、その国家は民主主義によって国民自身が作った政府を意味するんですもんねえ。そういうわけのわからなさが、私が「幸せのつかみかた」という記事の下の方に青字で引用した政治家たちの言葉によくあらわれていると思います。

>私は,左翼にも右翼にも限界があってどちらかだけでは上手く国家の舵取りはできないのではないかと思っています.右にも左にも考えがあり,それはどちらも切って捨てていいものではありません.(但し,過激なものは遠慮いたします)<

仰る通り。

>だから,愛国教育を左翼を失くすために使って欲しくないのです(どうやら右翼より左翼の方が愛国的でないというイメージがあるようですので).日本の今の負の部分は左翼勢力が作ったと思われているのなら,なおさら愛国教育をそのように使いたくなってしまうんじゃないかと思うんです.「プチ・左巻き」の言うことはどうせ愛国心がない人の言うことだから,無視しても良いなどという風潮になったら,いやだなぁ~と思っています.<

これについてはね、私も話し出すととっても長くなってしまうので今はやめておきます。

>また私は,国家は国民のためにあり,国家のために国民がいるのではないと思っています.国民ひとりひとりの幸せの総和が国家の幸せなんじゃないかと思います.そのとき,ひとりひとりの国民が少しずつ我慢することで,幸せの総和が増えるのなら,国民として我慢しなくてはいけません.でも国家や一部の国民にとってのみ都合がよい選択で,多くの国民にとって幸せでない選択なら,それにはやはりNOと言いたい.
私は,国家と国民の関係をそんな風に思っています.<
  ↑
このご意見についても同じです。というか今までさんざん書いてきたのが私の意見ですが。

領土問題については、中国や韓国に見られる国民の(一部でしょうが)あのような醜い姿を見たくない、というととさんのお気持ちはよくわかります。国民を激しく煽るような愛国心教育はしてほしくないですね。

>今回のコメントのやり取りでrobitaさんとの一番の違いがわかったような気がします.<

私もはっきりわかりました。2点。そしてそれは考えようによってはたいした違いではないです。

【愛国心について】
  ととさん;「とにかく法律には書かないでほしい」
  robita; 「書いても書かなくてもどっちでもいいが、法律に書くことは、『方針』を明らかにするという意味がある」

【国家を信頼するかどうか】
  ととさん;「国家権力は常に厳しく監視していなくてはならない」
  robita; 「厳しく監視しなくてはならないのは当然だが、基本的に国家を信頼している」
    
         ↑
  信頼と懐疑の程度がほんの少し違う、ということだと思います。これはとりもなおさず、嫌われやすい分け方「右寄り左寄り」ということではあるんですけどね。

この一連の議論はなかなか良い着地点を見たと思いますよ。
ととさんとお話して良かったと思います。
ありがとうございました。

投稿: robita | 2006年5月11日 (木) 11時36分

Teaさん、

アメリカは、アメリカの国益に基づき日米安保条約を結んでいます。
で、あるのならば、日本はなぜ「おもいやり予算」を払う必要があるのでしょうか。在日米軍移転費用をなぜ支払うのでしょうか。なぜ「年次改革要望書」に従うのでしょうか。日米関係において、日本政府は、日本国民の代理として、当然主張すべき日本国の国益を主張しないのはなぜでしょうか。日米関係から日本国の主権と日本民族の尊厳が感じられないのはなぜでしょうか。

アフガニスタンやイラクがアメリカに戦争やテロをしかけたわけではありません。にもかかわらず、アメリカはアフガニスタンやイラクと戦争をしました。しかしながら、いまだアルカイダは存在し続けています。テロリストに対抗するためには専門の組織が必要である。軍隊が一国を攻めて占領する方法では、テロリズムには無意味であると私は以前から書いてきました。

>事実だからですか?
私は左翼と呼ばれたこともなければ、右翼と呼ばれたこともありません。a Japanese anti-globalistと先日呼ばれましたが。anti-globalistというわけでもないなとも自分では思います。はて、何者なのでしょうか。(あーマイク・ロスは私のことを社会主義と言いますが、これは共和党支持者がリベラルに向かって言うセリフの定番ですから)(笑)

投稿: 真魚 | 2006年5月12日 (金) 02時54分

robitaさん、

愛国教育についてですが。実際のところ、自民党と公明党がやっていることは、教育基本法の文章の文言についてだけという気がします。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」という文章を入れただけです。現行のアメリカ占領下の昭和22年に制定された教育基本法だって、その第一条には「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。十分立派な方針だと思います。

しかしながら、戦後の教育は実際のところ荒廃したものになってしまいました。なぜこうなったのかという観点から考えていかない限り、政府の決めた法律がどうなろうと、やっぱり現場は荒廃したままだと思います。

ちなみに、戦後の教育から「愛国」を除いたのは左翼ではなくGHQです。戦前の修身の教科書を今見ても、別に悪い内容ではないし、むしろ教育に必要な内容だと思います。まあ、多少の修正は必要かもしれませんが。日本は独立してアメリカ占領は終わったはずなのに、その路線がそのまま残ったということですね。

投稿: 真魚 | 2006年5月12日 (金) 03時01分

>真魚さん、
今日のエントリーに書きました。

投稿: robita | 2006年5月12日 (金) 16時37分

Robita-san,

<<結局、国を知り、国を好きになるような教育をしなければ子供たちは国を愛するようにならないだろう、ということですよね。

そうかな?私は日本の義務教育を受けて、中二から国際学校。すなわち、”教育”の場所で”愛国に関わる教育は受けていません。でもアメリカと言う国に対しての愛国心は強いです。

確かに、今は日本国籍となりましたが、それはアメリカを”捨てた”わけではなく、日本に永住するなら国籍は日本にという考えからです。

アメリカの”愛国心”はアメリカの文化の一部です。基本的に、アメリカの文化に触れるとアメリカ人は愛国心を持つと考えていいと思います。その愛国心を無理やり無くす人とは、なぜかリベラルな方々。”言論の自由”の象徴としてアメリカの国旗を燃やしたりしてアメリカの文化の中心となるものをアタックして”革命”を起こそうと…

日本でも”愛国心”は文化の中にあると思います。ただ、アメリカのように表に出ているものではなく、それが食べ物、美術、話芸など心から感じるところにあるものだと思います。

日本で生まれ育ったアメリカ人ですが、日本に対しての愛国心はそれなりに持っていると思います。愛国心とは”良い”ものです。いくら誰かが”悪い”と言っても、日本の文化の中にある美しさを否定することはできませんし、日本人の”目”だから見える美しさを否定することはできません。

その延長線に、日本の国旗、日本の国歌などがあると考えれば良いのでは無いでしょうか?確かにそれを第二次世界大戦中に悪用した人達はいました。しかし、良いものは良いものと受け入れ、悪用された経緯を歴史として理解し前に進む必要があると思います。

ではまた!!

MikeRossTky

投稿: マイク | 2006年5月12日 (金) 21時59分

>マイクさん、

お名前は存じ上げておりますが、はじめまして、ですね。
トラックバックいただきながら、英語が苦手の上、あのように長文で、カンボジア系アメリカ人の話、まだ読んでいません。すみません。

さて、マイクさんの、
>そうかな?私は日本の義務教育を受けて、中二から国際学校。すなわち、”教育”の場所で”愛国に関わる教育は受けていません。<

これについてですが、私はなにもことさら「愛国心を持て」と押し付けるような教育をするべき、と言ってるわけでなく、このコメント欄のととさんのご意見のこの部分;
                        
【私は,「愛国心」などと書かなくても愛国心を持たせることはできると思っています.
例えば,今は修学旅行でテーマパークやスキーに行くのが流行っていますが,そういうところへは家族で行けばいいと思うんです.そうではなくて,日本の歴史上で重要な場所(黒船来航とか邪馬台国とか・・・もっとあるけど思い出せない・・・)や由緒ある神社仏閣を訪れたり,原爆ドームや沖縄で民間人が戦争で亡くなった悲劇を感じてもいいし,靖国神社や海軍兵学校跡に出かけて,当時の若者がどのような気持ちで国のために戦ったかを感じてもいいし,北方領土を見に行ってもいい.また黒部ダムや瀬戸大橋や原発などに行って日本の技術水準を実感してもいいですよね.実際,私は高校の修学旅行で黒部ダムに行き,建設中に命を落とした作業員の話を聞いたことは非常に印象に残っていますし,同時に大型建造物に非常に興味を持ちました.理数系に進みたいと思っていた気持ちがはっきりと固まりました.】

こういう教育をしなければ愛国心は芽生えないでしょう、ということに私も賛成なのです。
こういうことさえないがしろにされているのが今の教育現場だと思うのですが。

そういう教育が基本にあった上で、「日本の領土」がどのくらいあるのか、ということだってちゃんと教えてやらなければ、学校以外でそれをやる場があるんでしょうか、ということです。

今後ともよろしくお願いいたします。


投稿: robita | 2006年5月13日 (土) 10時49分

この「いっそ、みんなでアメリカの言うことを聞いちゃえば平和」という議論は、説得力があります。
私が大学で法哲学を学んだとき、教授はこう申しました。「力なき正義は無力である。正義なき力は横暴である。だから、正義ある者に力を与えるか、力あるものを正義とするより他に、我々にはない。そして、その両者を比べたとき、力あるものを正義とすることのほうが、遙かにたやすいことである。(それ故に、法はそのような選択をしばしば行う)」
アメリカは力がある。だから、アメリカを「正義」としよう。アメリカを正義としないならば、アメリカでないものに力を与えなくてはならなくなります。その活動が「テロル」であり「内戦」であるとするなら、それは平和を損なうものだと言えますね。
よって、この主張は「平和主義」にまったく背反しませんし、法理的にも充分の説得力をもって成立します。
ただ、日本の「平和主義」は、「反アメリカ」ということになっているので、なかなか理解をされないかもしれません。多くの日本の平和主義者は、平和を合理的に(つまり、もっとも効率よく)追求するのが目的ではなくて、平和運動を通じて彼らの政治的主張をするのが目的なのですから。

投稿: なるほど。 | 2006年5月23日 (火) 11時32分

>なるほどさん、

前半も読んでくださったんですね。
平凡な主婦の素朴な意見を書いたのですが、秩序維持としての法理に適っているんですね。ちょっと嬉しい。
世の中のあれやこれやの解決方法は案外単純素朴なものなのに、人間の複雑さがそれをさせないということでしょうか。
でも、ブログ「深夜のニュース」の真魚さんによると、「米英の言う通りにしていれば世界はうまくいく」という考え方は元々あるそうです。当ブログの「アメリカってそんなに悪い?」という記事のコメント欄にあります。→ http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2005/06/post_4952.html

>ただ、日本の「平和主義」は、「反アメリカ」ということになっているので、なかなか理解をされないかもしれません。<

そうですね。

話変わりますが、singleandover40さんのブログには結婚問題についても多くの記事がありますね。
当ブログでもそのテーマの記事は沢山書きましたし、素晴らしいコメントも沢山いただいております。例えば→ http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bef0.html
よかったらお読みください。
30代40代の独身男女の思いが集まればいいなあ、なんて私は思ってるんですけどね。

投稿: robita | 2006年5月24日 (水) 09時10分

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