« 健全な野性 | トップページ | ・・・の時に・・・するとは何ごとか »

2006年7月 7日 (金)

子供を守る

奈良の高一生放火事件で、週刊新潮先週号にこんな記事があった。
この少年の父と生みの母は離婚しているのだが、母親は息子をあきらめきれず、息子も母を慕って会いたがったという。ごく普通の母子の感情である。
少年には妹がおり、その妹は母が引き取ったのだが、別れる時の描写が悲しい。
【離婚調停が成立して、いよいよ小さな妹とも今後会えなくなるという時、**君が泣きじゃくって、妹を抱いて離さなかった。二人を引き離すのに、まわりの大人が苦労したそうです。】

これを読んで胸が痛まない人がいるだろうか。
記事では離婚の原因は夫の浮気と家庭内暴力で、その浮気相手は再婚した女性だということだ。真偽のほどはわからないが、いずれにしても大人の都合で子供は深く傷ついた。

人間、生きていく上で、何もかも子供優先というわけにはいかない。
親の都合で、子供に不自由な思いをさせてしまうことは誰にでもあると思う。

しかし、子供が背負いきれないほどのものを無理やり背負わせてはいけない。

親が離婚して、辛い思いをする子供は珍しくない。ほとんどの子供は傷ついても事件など起こすことなく何とか生きていくだろう。そして、そういう辛い経験が人を成長させることもあるだろう。
子供にいっさいの試練を与えてはならないなどとももちろん思わない。

しかし、「子供は深く傷ついている」、そのことを親は忘れてはいけない。
表面上「お母さんが幸せにならなきゃ、僕も幸せになれない」などと大人に無理やり納得させられたようなことを口にはしても、ほんとうは離婚なんかしてほしくないのだ。

両親の喧嘩を見た経験のある人ならわかると思うが、子供だったころを思い出してみるといい。

いっそ別れて親に別の幸せをつかんでほしい、などと思っただろうか。
たとえ表面上だけでも、争わないお父さんお母さんでいてほしい、と思ったのではないか。両親の関係が破綻したら自分はどうなるのか、と子ども心にも思ったはずだ。
お母さん(お父さん)が幸せでなければ、子供の自分も幸せになれないなんて、そんな殊勝なことを子供が思うはずがないのだ。

子供は残酷で自分勝手、というのはそういう意味なのだと思う。
人のことなどおかまいなしに、自分の幸せだけを追求するのが「無邪気」ということなのだと私は思う。

そのわがまま、その自分勝手だけは、親はきいてやらなくちゃいけないと思う。
だって、子供は子供だから、自分で自分を守ることなんか、自分で自分を幸せにすることなんかできないのだから。

子供を狙う犯罪が起こるたびに人は言う、「子供を変質者から守らなければ」と。

その変質者は、実は往々にして家庭内にもいるのである。

「個・家・国・女」の記事にコウイチさんが書いてくださったコメントがまさにこういうことを指摘しているのだと思う。

【今の日本は男も女も変質者がいっぱいいると思ってます。女は男を殴らないだろうし、尻も触らないだろうし、レイプもしないでしょうけど、自分の子どもよりも自己実現の方が大切だと思ってる女はいる。僕は、申し訳ないけど、その人は変質者だと思ってます。】

一見厳しい言葉だが、正鵠を射ていると思う。
なぜみんな子供だった時の気持ちを忘れてしまうのか。

絶対に離婚してはならない、とは思わない。
そういう選択しかない場合だってあるだろう。
でも、子どもが深手を負っているということと、一所懸命我慢している、ということは忘れてはならないし、その後の接し方にも細心の注意が必要だということを言いたい。
小さい子供を抱えて家庭を分解する人にそのことをわかっていてほしい。

      よろしくお願いします→ 人気ブログランキング

|

« 健全な野性 | トップページ | ・・・の時に・・・するとは何ごとか »

コメント

私の親しい友人が、2人の子どもを置いて家を出ました。私は何も言えなかった。彼女が家の中で、キッチンドランカーになり、夫も口もきかずに夫の不満を溜めているよりはいいのかもしれないと思うしかなかった。彼女を責める事はできないし、またそれによって、子どもが悪い方向に行くとは断定できないから、ただ、子どもを置いて出るということは、子どもを捨てたと一緒で、その罪をよく自覚しなければいけないと言いました。半年後、彼女は家に戻りました。年下の彼との未来を考える事ができなかったために。彼女は、「子どもを捨てる事はできない。子どものために夫と暮らす」と言いました。私は「それは違う。子どもと暮らしたいと思う自分のためだよ」と。今は表面的に上手く行っているようです。
彼女の両親は、ずーと不仲でした。それも深刻な。だけど、子どものために離婚はしなかった。彼女はそれを重荷として生きてきました。
何が言いたいのか良く分からないけど、レイプをする男性の変質者と、自己実現を優先すると言う、つまり母性に低い女性を同じ変質者としてみるのは違うと思います。
愛されているかどうかなのでしょう。
離婚の形が悪いのではない、皆が結婚と言う形に拘らない社会だとしたら、両親が揃っているかどうかは大きな問題ではない気がします。
そして、安易に殺意から殺害に至る脳構成に問題があると思います。
もちろん、子どもが喧嘩ばかりしていて、父親が母親をなぐるような環境でも、両親が一緒にいて欲しいと願うならば、そのことを優先するべきだと私も思っていますが。

投稿: ぐーたん | 2006年7月11日 (火) 16時35分

ぐーたんさん、コメントありがとうございます。
明日か明後日にはお返事できると思います。

投稿: robita | 2006年7月13日 (木) 11時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 子供を守る:

« 健全な野性 | トップページ | ・・・の時に・・・するとは何ごとか »