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2006年9月20日 (水)

尊崇の対象

前記事「はじける笑顔」にいただいたkakuさんのコメントに返信です。 

>確認ですが、彼は「女系」でなく、「女性」と仰ったんでしょうか。
だとするならば、私は純粋に、WHY?(何でそう思うの?)と問いたい。<

 

平沼さんは「女系」と言ったと思います。
でも私自身は、「配偶者がみつからないだろう」という一点で、たとえ「つなぎ」であろうと「女性」天皇は考えないほうがいいと思います。

世の「男系死守」論者の意見をくまなく読んだわけではないので、主張の根拠がよくわからないのですが、私自身は次のように考えます。

「万系一世」の家系を「天皇家」という形で保持している我々日本人はその事実をどのように理解すべきでしょうか。

まず、世界に例のない「稀少性」がゆえの「貴重性」ということがあると思います。

その「男系」が確かなものであるのはいつのころからなのか、少なくとも「確かである」と確認される以降の系図だけでも尊重されるべき貴重なものなのではないかと考えます。

神話の時代はともかく、少なくとも千五百年以上の男系皇統の歴史がはっきりしているのなら、それはもう世界遺産ほどの価値があるのではないでしょうか。
これは、不敬な表現かもしれませんが、あえて言わせていただくなら、科学的にも非常に稀有な得がたい事例だと思います。


なにより、皇族のかたがた自身が、万世一系こそが天皇制に意味を持たすものである、と考えておられるのではないでしょうか。

秋篠宮ご夫妻が頑張られたのも、三笠宮寛仁殿下が「女系に移ってはならない」と天皇家の意思を代弁されたのも、皇太子殿下が「皇室典範改正有識者会議」に「待った」の声をかけられたのも、女系天皇容認の空気に対する精一杯の抗議であったろうと拝察します。
天皇家自身が女系を望んでいないとしたら、我々はその思いを無視していいのか、ということです。


>現代においては「男系の血を持つボンクラ」より「女系の血でもこちらが襟を正したくなる崇高な精神を持つ方」の方が効果的に果されるであろうと思います。<

現天皇が皇太子時代、学友たちからどのように親しみを込めてからかわれていたか、私は複数回別の情報源から聞いたことがあります。

「あいつ」(とは言わなかったかもしれませんが)が天皇を務められるとはとても思えない、と言われていたそうです。今の皇太子のような、品行方正なイメージではなかったらしいです。
「帝王学」を学んでこられたとは思いますが、敗戦を経験し、自身の人生観、立場などを、ひとりの人間として考える過程を経験されたことと思います。
しかし、いま、皇后陛下とともに国民の前に示されるお姿は、まさに高貴、寛容、慈悲の具現であります。

つまり、尊崇に値する天皇のあのお姿というのは、我々日本国民の「思い」が凝縮された具象体ではないのか、と思うわけです。

そしてそのことを一番理解しているのは、天皇ご自身ではないでしょうか。

秋篠宮殿下の、年令に伴う変貌ぶりも注目に値すると思います。

皇太子殿下に比べて「軽さ」が目立ったやんちゃな秋篠宮殿下がこのところとみに落ち着きを増してこられた、と言っては失礼でしょうか。

極言すれば、ボンクラであってもかまわない、ということではないのか、とさえ思えます。

仮に女系天皇が認められ、皇位継承第一位の女性がボンクラであったとしても、第一位を動かすことはできません。

皇統は男系であっても女系であってもどちらでもよかったと思います。女系の伝統が千年以上続いているのであれば、今でも女系をつなぐべきだと考えます。

しかしそれはどっちにしろ、なかったであろうと思います。
なぜなら、単純なことですが、男のほうが力が強いからです。
腕力の優る者が権力を手にするのは当然すぎるほど当然のことですよね。

そして、多くの人が心配するのが、何度も言いますが、「女性天皇」に配偶者をみつけるのは、皇太子妃をみつける困難の比ではないでしょう。おそらく独身で終わるかもしれない。それは天皇制崩壊に向かう第一歩となります。

皇室に嫁するというのはたしかに難しいことではあるけれども、それでも、「雅子様」や「紀子様」のような女性は、将来現れる可能性があると思います。

そのためにも、皇室というものをもう少し変えていく必要があるのかな、と思います。

 

     いつもありがとうございますm(_ _)m → ランキング 

 

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コメント

robitaさん、

まず平沼さんの件。
平沼さんが「女系」と仰ったのであるならば、私はある程度納得しますが、robitaさんご自身のお考え【でも私自身は、「配偶者がみつからないだろう」という一点で、たとえ「つなぎ」であろうと「女性」天皇は考えないほうがいいと思います】と言う思いで「女性」を「女系」と変えてしまうのは、彼に対する読者の重大な誤解を生む引用の仕方ではないか、と危惧します。

robitaさんは女系でも男系でも構わなかった、と仰りますが、遺伝子学的に男系でなければ意味が無い、と言うのが皇統論争の核心。従って、平沼氏らの「非女系」は決して「非女性」と同一ではないと思います。

で、robitaさんの「ボンクラでも可」にも関連しますが、そんなに「続いている血」と言うことに対して敬意を表するのなら、それこそ「世界遺産」に登録して頂き、国家の文化遺産か人間国宝か分かりませんが、そんな風にお守りしていく方が自然かも。

それなら「ボンクラ」であっても誰からも文句が出ないでしょうし、現行の様に国家運営に巻き込まれて一挙手一投足、国民からああだこうだと言われずに済むので、配偶者手配の心配もさほどありません。側室だって離婚だってOK、血さえ繋げれば、と。

次に一応「非女性天皇」論に対する反論:

>しかし、もし、女性天皇を容認した場合、たぶん皇統は途絶えてしまうのではないか、という強い懸念がある。
それは以前から言っていることだが、女性天皇には配偶者はみつからないだろう、ということだ。<

それは"nobody knows."だと思います。現代の男性諸君を拝見するに、意外と分からないんじゃないのぉ、と思います。

冗談はともかく、そもそも配偶者の来手が無いのは、基本的に天皇家に対してアレコレソレコレダレソレが言い過ぎ、既定され過ぎ、求め過ぎていることだけなんだと思います。むしろ日本国民が、天皇に対して何を第一に求めるか、それを決めようとせぬことが、天皇制の崩壊と天皇家の危機を招きつつあるのだろうと思います。戦前なら不都合な所は「現人神」で誤魔化したのでしょうけど。

投稿: kaku | 2006年9月20日 (水) 14時50分

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