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2006年10月23日 (月)

乙女

女優寺島しのぶが、渡辺淳一の官能小説「愛の流刑地」の映画化で主役を演ずる、ということについて、母親である女優富司純子が「こんな大きな役をやらせていただけるほどの女優に成長したことを嬉しく思います」という発言をしていた。

寺島しのぶは女優になって間もない頃、裸身を晒したり刺青をしたりの衝撃的な役を演じたことがあって、その役を受けると知った富司純子は「腰を抜かさんばかりに」驚き、大変に心を痛めた、ということを聞いたことがある。

しかし娘が役者としての力をつけ、どんな役にも挑戦する女優に成長した今、もう「わが娘」でなく、わが道を歩む一人の人間として見守っていこうと腹をくくったということか。

たいていの母親は愛娘には、結婚をして夫に大事にされ平凡でも幸せな家庭を築き、平穏な一生を送ってほしいと願うと思う。

男に伍して茨の道に挑戦し汚れ傷つき歯を食いしばって立ち上がる、なんて人生はなるべくなら選んでほしくないと思うと思う。

男の子はいくら汚れてもいいが、女の子はそうあってほしくない、男女平等の世の中であっても母親の本音はそうではないか。

もうこんなことが問題になる時代ではないと思うが、結婚前の性交渉についても、なるべくあってほしくない、と私などは思う。

こんなこと言うと、「愛し合うことを何か汚いことのように思うのが年配者の頭の固いところだ」などと突っ込まれるのは承知だ。「男を知る」ことが、けしからんことのように思えてしまうのは、私にも説明できない理不尽な感覚である。

普通の家庭の普通の娘も20歳も過ぎれば、そんなことは別にたいしたことではなく、友人で寄り集まりあっけらかんと男女の秘め事であるべきことを話題にしたりするらしい。そんな中、未経験であれば話の輪に入れないこともあるだろう。「取り残され感」を味わうのが嫌で、適当な男に軽い気持ちで体を許すこともあると聞く。

まるで、「みんなが見てるテレビ番組を見ないと話題に乗れない」とか「みんなが持ってる携帯を早く自分も持たないと友だちが減る」とか、そんなレベルのことのようにも見えてくる。

結婚前に性交渉をするな、ときつく言い渡すことも人権蹂躙になるのだろうし、軽い気持ちでそういうことをするな、とは言ってあるものの、その時「心から愛してる」などと感じたら許してしまうかもしれない。
娘はグループ交際で複数の男友達はいるようだが、その中で「適当な男」と「適当な気持ち」でそんなことになってしまわない節度をわきまえてほしいと思う。
「身持ちが堅い」とか「貞操観念がある」って良いことだったはずなんだけどなあ。
まあ、もうそういう時代じゃないんだろうなあ。
価値観はいろいろだしなあ。

・・・・、しかしもっとはっきりと本音を言おう。

嫁入り前の娘が易々と殿方に肌を見せるもんじゃありません!

言うたった。

          いつもありがとうございますm(_ _)mランキング

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