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2006年10月20日 (金)

人の心の中は誰にもわからないが

私は小さい頃から内気でおとなしくて自己主張ができず、対人関係においてエネルギーの乏しい人間であった。

小学校3年の時、担任の女教師からひどい叱られ方をしたことがある。授業中、クラス全員の前で。

それは教師の誤解であり、幼さゆえ適当な弁明の言葉もみつからないまま、下を向いていた私に、彼女は容赦なく罵声を浴びせ続けた。私が言葉を発しないので余計に怒りは増幅されていった。

そのあまりの恐ろしさに、私のまわりの人垣は私を避けてじりじりと広がって行き(みんな立っていた状態だった)、私はひとり立たされ晒された形になった。

どう言えばいいのかを必死に考えながらも、教師の怒鳴り声に私はひたすら耐え続け、やがて彼女は叱り疲れたのか、うんざりした様子で授業を続行し始めた。

授業が終わって教師が退出した後、何人かの友だちが私の身を案じて「大丈夫?」と寄ってきてくれたが、私は平気を装って作り笑いをしながら何がしかの言い訳をしたのを覚えている。

後から考えるに、普段素直な大人しい女の子があれほどの叱責を受けるような悪行をするはずがないことは担任教師ならばわかっていていいはずだ。プロの教師なら、このように口下手な子にはどのように対処すればいいかわかっていなければならないはずだ。そういう子を怒鳴りつければ萎縮して余計しゃべれなくなるということもわかっていていいはずだ。トロい子が嫌いな彼女はイライラをぶつけただけなのだろう。

ところで、内気な私は、教室内であれほどの恥をかいて、「死にたい」と思ったのだろうか。そんな記憶はまったくない。
翌日も普通に学校に行った。
しばらくは嫌な気分だったろうとは思うのだが、2.3日もすれば忘れていただろうと思う。どうしてかというと、トラウマにも何にもなっていないからである。

以上は一例であるが、のろまで間抜けでドジな、いわゆる「要領の悪い」子供であった私はからかわれたり、バカにされたり、赤っ恥をかいたことが数多くある。

いや、私だけでなく、多くの子どもが、教師にひどく叱られたり嫌味を言われたりすることはよくあったし、子供同士のトラブルも今と同じようにあったと思う。

今、教師の質が落ちているなどと言われるが、昔の教師が立派だったかと言えば、別にそんなこともなく、立派な先生もいれば、意地悪でヒステリーで理不尽な先生もいたのは、今とそんなに変わらないと思う。というより、今ほど保護者側が強くない時代、むしろ先生はもっと威張っていた。

子供同士のいじめだってあった。(もちろん、執拗ないじめが長期間にわたって続く、犯罪ともいえるものに関しては別問題だが)

でも、子供たちが自殺をしなかったのは、単にそういう「発想」がなかったからなんだと私は思う。

今の子供は「自殺」という手立てを知ってしまった。

私が今の時代に子供だったら、「自殺」を考えただろうか。
それとも私が私だから、今の時代でも自殺など発想しなかっただろうか。

それとも、昔はもっと先生が怖かったので、怒鳴られたり嫌味を言われたりすることをそれほど深刻にとらえなかったのかもしれない。

世間の空気、子供の心の変化、大人の無責任、個々人の気質、いじめや叱責の程度の違い、何が一線を越えさせるのかは誰にもはっきりとはわからない。

「先生がもっと優しければ」、「先生がもっと子供の気持ちを考えていれば」、「いじめがなければ」、などといった言葉では済まされない何かを抱え込んでしまった時代なのかもしれない。

       

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