« メリー・クリスマス | トップページ | それならこれでどうでしょう »

2006年12月21日 (木)

愛国心、これでどうでしょう

改正教育基本法の「愛国心」について、「国家は権力の言いなりになる国民を作ろうとしている」って、それはいったいどういうことなんだろうか。
繰り返すが、今の指導者は永遠に指導者のままではない。民主主義国では政権は変わり得る。立場が変わるかもしれないのに、なんで「自分たちにも都合が悪くなるかもしれないこと」を制定するだろうか。

そりゃあ、個別の色々な政策についてはそういうことは当然起こるだろう。自分たちの都合の良いような施策をするのはどんな政権になっても起こる。政権維持のため仕方がないことだってあるだろう。
そういうことについてはよく監視して批判をしていかないといけないと思う。

でも、「権力の言いなりになる国民を作る」だなんて、教育の基本政策でそんなことしたって仕様がないではないか。

それとも、「今の日本のような民主主義政権が続くかぎり、国民は政権の言いなりになり続ける。政権は、民主的でない**党や**党に担当してもらうべきだ」ということなのだろうか。

そんなことはないだろう。国民が今の政権に任せているのは、他の政党にはとてもこの国の舵取りはできないとわかっているからだ。

「良い国にしよう」という心、つまり愛国心を育てることは大事だと、そのことを私は繰り返し書いてきたけれど、反対する人はどうしても「愛国心は押し付けるものではない」「愛国心を持つと国の言いなりになる人間ができるだけだ」と言ってきかない。

先日、ラジオで例の宮台真司先生が次のようなことを言っていて、私は「あ、そうか。このように言えばいいんだ」と目からうろこが落ちる思いがした。

「国民は政権には常に疑いの目を持っていることが必要なんですね。先進国はどこもそうなっています。権力者は国民を思うように操って何か悪いことをしているのではないかと。圧制に対する抵抗。政権を覆す権利。アメリカなどは憲法で革命権を認めているんですね。愛国心というのはそういうことを含むんです」

つまり、政権が信用ならないとなったら、力ずくででもそれを倒して国民のための国家を再構築する、という覚悟を含む、という意味だろう。

私の考える愛国心はこれに近い。非現実的だが、究極的にはそうなる。愛する国を良いものにするために行動を起こす、ということだ。理念的にはそういうことになる。

もちろん、国家の転覆を図ることは重大な罪だし、誰もそんな過激な方法は望まない。第一、不可能でまるでお笑いだ。

しかし、「国家の言いなりになる日本人」を作るのでなく、「良い国にするにはどうしたらいいかを考える日本人」を作る、という意味で愛国心を考えると、革命権の理念に行きつく。

あくまでも、「突き詰めると」ということだ。「良い国にしよう」という心とは、突き詰めるとそこのところに到達する。

しかし、日本ではその必要がない。民主国家であり、選挙も公正に行われる。意見は自由に言える。肥大化したマスコミ権力が作り出す世論は為政者を引きずり降ろすことも可能にする。

革命は必要がないが、要するに自分たちで何とかしなきゃいけないんだという覚悟が愛国心なのではないだろうか。

ところで、宮台先生はその話をしている時、なにやら楽しそうであった。
全共闘世代のちょっと下の世代の人たちで、「革命」に甘美な興奮を覚える知識人は結構いるのではないか。
宮台先生がそうだとは言わないが、法政大学の田中優子教授は、白土三平の「カムイ伝」を教材に用い、百姓一揆を例に挙げながら学生達をそそのかすような講義をしているらしい。「あなたたちは元気がない。昔の学生は考える前に行動を起こしたものです」と。

宮台氏など団塊世代よりちょっと若い世代にとって、年かさのお兄さんお姉さんたちが、権力に立ち向かって闘っている勇ましい姿はさぞかしまぶしかったことだろう。
「自分ももう少し年がいってたら共に闘えるのに」と歯軋りしたことだろう。

でも、「蜂起せよ」などという教え方は間違っていると思う。
「良い国を作ろう」という志を育てることが大事なのだと思う。
__________

どうだろうか。このように書けば愛国心を教えることの大切さは伝わるだろうか。

.

       よろしくお願いします →人気ブログランキング

.

|

« メリー・クリスマス | トップページ | それならこれでどうでしょう »

コメント

robitaさん、

この記事についてのコメントを、長くなるので、またまた自分のブログの方で書きました。まあ、書いていることは、いつも同じなんですけど(笑)。

投稿: 真魚 | 2006年12月24日 (日) 22時30分

アメリカ憲法の革命権?・・またまた、憲法の素人の宮台真司さんが何を言ってるので、終わりですね。TB付けさせていただきますね。

投稿: KABU | 2007年1月13日 (土) 09時54分

>KABUさん、
素朴な思いを書き連ねているだけのブログに内容の濃い記事のTB本当にありがとうございます。
少しずつ読ませていただきます。
宮台さんの言葉は、炊事をしながらのラジオですので、もしかしたら聴き間違いかもしれません。(いや、でも、たしかにそう聞こえた)
考えてみると「革命権」なんてヘンですよね。
国家というのは国民がどうにでも変え得るものだ、というニュアンスを含む条文があるということでしょうか。

投稿: robita | 2007年1月15日 (月) 09時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/4623932

この記事へのトラックバック一覧です: 愛国心、これでどうでしょう:

» イスラム教 [月に最悪記録と]
天気 と述べた スイレン 武装闘争継続 [続きを読む]

受信: 2006年12月24日 (日) 13時21分

» 消えゆく昭和22年 [深夜のNews]
 以下は、robitaさんのブログ「幸か不幸か専業主婦」での12月21日の「愛国 [続きを読む]

受信: 2006年12月24日 (日) 22時32分

» 愛国心教育などは愛されるに値する国になってから言いなさい? [松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG]
font size=3あるBLOGで次のような記事を読んだ。 font color=purple 教育基本法改正案で、与党と民主党の論戦が白熱している。自民党が公明党との摺り合わせで、「愛国心」や「宗教教育」の修正に妥協した弱みを民主党は突いてきた。しかし、野党側は「愛国心」を強要してはいけないとしている。 誤解を恐れずに言えば、「愛国心は強制」するものである。 なぜなら「愛国心」をもつことは正しいことであるからである。 幼い子供のしつけには体罰..... [続きを読む]

受信: 2007年1月13日 (土) 09時55分

» 立憲主義と憲法の関係☆憲法は国家を縛る「箍」である? [松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG]
font size=3平成18年の憲法記念日も過ぎた。そんな連休の一日、<護憲派の最終防御ライン>と私が呼んでいる長谷部恭男(東京大学)さんの著書を読了した。font color=red『憲法とは何か』/font(岩波新書・2006年4月)。 同書の大部分はここ数年書かれた雑誌論稿を加筆編纂されたものであり特に目新しい主張はない。よって、私の長谷部批判としてはさしあたり下記の(およびそこにリンクを張っている)拙稿をご参照いただければ嬉しい。同..... [続きを読む]

受信: 2007年1月13日 (土) 09時56分

» 人権を守る運動は左翼の縄張りか? 保守主義からの人権論構築の試み [松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG]
font size=3一昨日の緑の日。扶桑社『新しい歴史教科書』を応援するあるグループの勉強会に参加した。テーマは「北朝鮮の人々の人権を守る運動の現状」。今年4月14日に、日本人を含む外国人拉致問題の早急かつ明快な解決を要請する決議を採択した国連人権委員会(ジュネーブ)でのロビー活動の模様や韓国で行われた人権フォーラムの報告等々、ネットでは得られない生の情報に触れられて有意義だった。また、人権擁護の運動について考える機会ともなった。標題の問い;「人権を守る運動は左翼の縄張りか」に..... [続きを読む]

受信: 2007年1月13日 (土) 09時56分

» 戦後民主主義的国家論の打破☆国民国家と民族国家の二項対立的図式を嗤う(上) [松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG]
font size=3数日前の朝日新聞に国家論を巡る記事が掲載されていた。憲法研究者・樋口陽一さんと、政治思想史研究者・山室信一さんの対談、font color=red「国家とは何か 教育基本法・憲法改正論議の前に」/font(平成18年6月6日)である。私はこの対談記事を読んで現実の政治状況や社会状況との凄まじい落差を感じた。 蓋し、ここには大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の、その精髄ともいうべき欺瞞と誤謬がて..... [続きを読む]

受信: 2007年1月13日 (土) 09時57分

» いじめがなくならないのは、人権を教え足りないから? [子育てを考えるブログ]
「いじめる側は、いじめられる側を人として見ていない」と感じることが多々あります。言い換えると、いじめられる子の人権を否定している…という感じでしょうか。本来、みんな平等に「人」であり、「人」として生きていく権利があります。「生きる権利」、「幸福を追求...... [続きを読む]

受信: 2007年3月 9日 (金) 01時16分

« メリー・クリスマス | トップページ | それならこれでどうでしょう »