教育問題は堂々めぐり
私たちは現代の子供たち(大人たちも)の状況を嘆かわしく思い、教育をこうしたらいいああしたらいい、といろいろ意見を言いますが、結局は「バカ親をどうしたものか」、に尽きるのだと思います。
親がしっかり子供を育てられれば、学校は勉強だけをしっかり教えてくれればいい、ということになり、先生のしんどさは激減し、先生になろうという人も増えるわけで、そうなれば必然的に先生の質だって向上します。(今だって先生の質が悪いというわけじゃない、と私は思っていますが)
この「バカ親問題」こそが問題なのであって、私はもうそれは治しようがないじゃないか、と思っています。
ならば、もうあがくことはやめて、時間はかかっても今いる子供たちをとにかくまともな大人になるよう育てるしかないじゃないか、と考えるわけです。
それは学校の教育しかないじゃないか、そうですよね。
で、「公教育の役割はもう終わった」というなら、すべての学校を民間に委ねるとか、国は金だけ出して一切口出すな、とかいうことにして、それぞれの学校で特色ある教育をするようにすれば、親は自分たちの考えと合致する学校を自由に選んで子供を入れることができるようになる。これは素晴らしいことではないか・・・・、私も以前そう思っていましたが、しかし、バカ親ですよ。余計に混沌としてくるんじゃないでしょうか。ここでもやはり呉智英先生の「民主主義とは、バカは正しいという思想である」という至言が頭をよぎります。
そして、もう一つの重大問題は、何もバカ親の子供たちだけが問題を起こすのではない、という社会状況です。(「バカ親問題に尽きる」と言いながら何ですが)
しっかりした親、常識をわきまえた親、教育に一生懸命な親、の子供たちですら、おかしくなることが多い。こういった社会状況がいったい国が教育に関与しなくなっただけで変わるものでしょうか。
何か根本的に国の体制でも変わらないかぎり、教育の枝葉をいじっただけでは変わらないんじゃないか、という気がします。
それでも私は、この日本という国が世界中の国と比べてもそんなにひどい国とは思わない。むしろすごく良い、と思っています。
若い人にはどんどん海外で見聞を広めてほしい、と思います。そして外から日本を眺めてほしい。祖国がいとしく思えてくるはずです。もちろん、海外に出かけなくたって、情報によって外国の実情は知ることができると思います。「外から眺めてみる」とは、そういうことでもあると思います。私もそうやっていろいろな書いたものを読んで知りました。
日本はダメだダメだばかり言ってないで、もっと自信を持ってもいいんじゃないですか。
政治家だって官僚だって、ダメなのもいるかもしれないけれど、一生懸命な人のほうがずっと多いのではないですか。
私は日本政府を信用していますが、みなさんはどうですか。信用できませんか。
官僚組織が腐ってる、というなら、良い国を作ろう、と育てられた子供たちがそれを作り直してくれるかもしれません。
↑ (しかし、これ、紅衛兵を育てるみたいなことになっちゃいますかねえ、あはは)
私は日本という国は、理想的(に近い)な国家のモデルになり得るんじゃないか、それぐらい日本人の国民性や能力に期待しているんですが、買いかぶり過ぎでしょうか。
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徳育について;
nazunaさんの【どうしても徳育をもうけるのなら、新しく各界の方々に「教材」を書いてもらい、その説き方も書いてもらうことしかない。それで全国一律の「質」を保証するしかないと思う。】というお考えは非常に良いと思うのです。
でもnazunaさんは、【モラルや倫理の部分は「学校にあまり期待しない。依拠しない」というのが今のところのnazunaの姿勢です。】と仰います。
つまり、そういうことは、公教育の中で一律に授けるものでなく、心ある人々の自主性に任せるものではないか、というお考えです。
でも、「人々の自主性」に期待できない世の中になってしまったからこそ問題なのに・・・・、ああもう、堂々巡りですねえ。
だから、インターネットでの発信がぜひとも必要であり、このようなブログの発達も何か人間を超えるものの意思によるのではないか、と私は感じるのであります。
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