あくせくあくせく
「教育問題は堂々巡り」 にコメントを下さったsingle40さんにお返事を書いた。
以下である:
【 文明の発達は、日本のような国をも「なる」から「する」に変えてしまったんでしょうねえ。
もう一度「なる」にしたければ、あの頃に戻るしかありませんねえ。あの頃とはいったいどの頃なのか私にもわかりませんが。
バカ親もワルガキも、不自然な現象ではなく、文明社会の自然な姿、というか、必然の結果なのかもしれません。人間があれもこれもと望んだ結果として現れることなんでしょうね。
もしかしたら「教育の荒廃」なんてたいしたことではないのかもしれません。いや、「荒廃」さえ本当にあるのかどうか。
真魚さんへのコメントで書いたように、「何も外野がこんなに騒がなくたって心ある人の地道な努力でなるようになっていく」のかなあ、と私もようやく思い始めました。】
まともになりたいと思ったら、教育システムを変えることに躍起になるのでなく、人間としての生き方を変えるしかない、とは思うのだが、その「生き方を変えよう」と提言したり教えたりする場はいったいどこなのだろう、と現代社会のあれこれを眺めていて堂々巡りに陥る。
single40さんのブログでこういう記事を読んだ。→「なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか」
コメントも含めて興味深い。お読みになるとよろしい。
今、朝日新聞の夕刊一面で、「自然を大事にしよう」という趣旨の記事が連載されている。
・「半農半X」(農的な暮らしをしながら自分のやりたい仕事を模索し、実践する)という生き方をする人々。
・車に頼らず歩く人々(運動という観点のみならず歩くことによって人と人とのつながり方は原点に戻る)。
・文明に麻痺する現代人を戒める倉本聰。
・江戸時代の優れたリサイクルシステムを紹介する人々。
・仏教に根ざした簡素な生活を見直そうと提言する人々。
・非電化製品の研究開発に努力を惜しまぬ発明起業家。
等々、これらのことが本当に国民の関心事になれば、本来の人間性を取り戻す第一歩になるだろう内容ばかりである。
ま、そうだろうなあ、そうだよね、いいことだよね、だけど、農業やりたくない、忙しいから歩いてられないし手作りも無理、子供に塾も行かせなきゃならないから忙しく働かなきゃ。お金が欲しい、株価が気になる。あくせくあくせく・・・・
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コメント
トラックバックありがとうございます。
「イノシシとコウノトリ」は、つまり高齢化、過疎化がどういう影響を自然に与えているか?という話なのですけれども、この問題を突き詰めると「近代化」の問題に行き当たってしまうのです。
つまり、お百姓さんが、自分で米をつくって食べていると国のGNPはゼロなんですが、その米を全部売り出して、また農協から買って食べると(実際に、そうしたほうが収入になったのですよ、日本では)GNPの数字が「生産」「消費」でいっきに上がるわけです。だけど、これは、何も豊かになったわけではない。ただ「貨幣」が動いただけなんです。
こういうことを繰り返すと「貨幣」がなければ生きていけない社会になっていきます。「近代化」とは「貨幣による支配だ!」と叫ぶと、立派な左側ですが(笑)一面の真実ですね。
ただ、近代化の功績を考えると、貨幣は海外から資源を買ってくるという意味で、日本の生き残りになくてはならないものになっているし、だから日本は今日まで発展したわけです。経済大国とは、早い話が貨幣で石油をたくさん買える国という意味です。
そういう目で日本の近代化を見ると、里山のような「自然」を「石油」のような資源と(間接的に)交換していった歴史だと考えることもできそうです。
もしそうなら、「里山」がなくなった日本は、それでも「石油」を買い続けられるか?という疑問が湧いてきます。
最近の「自然」「省エネ」「エコ」ブームは、実は日本の先行き不安の表れじゃないか、、、などと。
ま、ビンボーになってしまえば、日本人もまたしゃんとするかもしれませんね(笑)
またツマラン思いつきで。失礼しました(苦笑)
投稿: single40 | 2007年4月13日 (金) 14時15分
>single40さん、
長らく教育問題に頭を悩ませている(笑)もんで、機械化が進めば堕落が始まるんだ、そうだそうだ、ということで思わず食いついてしまいました。
近代化のもたらすものは高齢化と堕落なんですね。
投稿: robita | 2007年4月13日 (金) 17時46分