必要最小限度のこと
真魚さんへ
今朝、記事を読ませていただいてもうワタクシ爆笑いたしました。
特にこういうところ ↓
【あんたらがそうやって、自由だ、人権だというから、この「わからない人々」は、ますます悪さをするじゃあないの。増える一方じゃあないの】
【そのダラケた連中の中から、親を殺害する子供や、子供を虐待する親が出てきているじゃあないの】
【「家庭で親が教えるべき」と言っても、今の世の中の親は、そんなことしないじゃないの。だから、教育でやるしかないじゃないの】
仰るとおり、私は口角泡飛ばしてこういうことを言ってきたわけで、それを的確に表現してくださって嬉しいというか、その自分の姿を思うとおかしいというか、私ってこうだったんだよね、と自分で自分を笑いました。
>せめて、これだけは、わからなくてはならないというものはある、というわけです。必要最少限度の「これだけ」があるということです。従って、必要最少限度の「これだけ」については、国家が国家権力をバックにして「わからない人々」に徹底的にわからせますよ、と。それが、国家の責任である。robitaさんが言われていることは、こういうことなんじゃあないかなと思います。<
その通りです。
で、真魚さんは、
>僕が思うのは、公教育の目的とは、必要最小限度のことを教えることなのである、ということです。アレも、コレもと公教育に多くを期待するのはやめよ<
と仰っています。
私も同感ですが、私、「国がアレもコレも教えよ」って言ってましたっけ?
そうなら、私間違ってました。忙しい先生にあれもこれも頼るのは間違ってると思います。
ただ、愛国心アレルギーを起こす左派の人たちには申し訳ないのですが、「愛国心教育」というのは今でも一応大事だと思っていて、これは「道徳心公徳心教育」とは別のステージのものだと思っています。
何も、「何でもかんでも国家の言うことを聞け」とか「国民一丸となって戦争に突入せよ」などと言ってるのでもないし、「愛国心を持て」と強要すべきだ、と言ってるのでもないことはおわかりと思います。
日本ってこんな良いところがたくさんある、と教えて自信や誇りを持たせることがとても大事だと思います。このことについては言いたいことはたくさんあるけれどまとめるには時間がかかりそう。
(この、日本の良いところを教える、ということがそもそも「アレもコレも」になっちゃうのかな?)
しかし、本当はここからが大事なのですが、
世の中がおかしくなったのは(おかしくなったと言うならば)、真魚さんの仰る「わからない人々」だけのせいじゃないんですよね。
「わかっている」と思っている人々だって、この豊かで平和な社会の中で、昔よりずっと欲望が多いし我慢が足りないし無駄が多いし文句が多いし緊張感がないし軽薄なんだと思います。
つまり「豊かさと平和」のおかげで我々はこうなった、ということですよね。「わからない人々」のせいじゃなくて、社会全体としての成り行きであろうと思うわけです。
というわけで、近いうち、「貧乏になる方法」について書いてみたいと思います。
よろしくお願いいたします→人気ブログランキング
| 固定リンク
« あくせくあくせく | トップページ | ランプちゃん »

コメント
robitaさん、
まーrobitaさんが、こう言われているというか、保守の人々はこう言っているわけです。これはこれで間違っていることを言っているわけではないと思います。確かに、その通りなんです。
ただ、「公教育の目的とは、必要最小限度のことを教えることなのである」というのも、じゃあ、その必要最小限度の教えることって具体的になんですか、ということになると、これもまた右の人と左の人で見解の相違が出てくるわけです。
日本の良いところを教える、というのも、現場から見れば負担でしょうねえ。アレもコレもになると思います。ゆとり教育がダメになったのは、生徒にゆとりがある、ない、ではなくて、むしろ教員にゆとりがなかったのが原因ですね。そうなったのは、大きく言えは国の教育行政、細かく言えば地方自治体の教育委員会の問題だと思います。
ただ、では教員側には全然問題がないのかと言うと、こっちはこっちで改善すべきことが数多くあります。ですから。現場の教師VS生徒の親、や、現場の教師VS校長・教頭・教育委員会そして文部科学省、という構図ではなく、どっちの側でもない客観的視点からの教育改善が必要なのだと思います。そうした枠組みで、(愛国心教育をやるのならば)愛国心教育をやることを考えるべきだと思います。
「昔よりずっと欲望が多いし我慢が足りないし無駄が多いし文句が多いし緊張感がないし軽薄」というのは、これはもうずっと昔から数多くの知識人が論じてきました。つまり、これは資本主義だからなんです。売る側からすれば、欲望が少なくて、我慢強くて、無駄がなくて、不満がなくて、緊張感があって、いつも冷静沈着である、という人々では困るんです。だから、資本主義は、ありとあらゆる手を使って人間を消費者へ変えていきます。
みんながみんな貧乏で良い、となったら不景気になって経済は停滞します。これはこれで、よろしくない世の中になります。資本主義社会では、人は永久にものを買っていかなくては、経済が動いていかないのです。だからこそ、こんな資本主義の世の中は間違っていると、団塊の世代がまだ若者だった頃、大学生のみなさんが機動隊に火炎瓶を投げつけ、東大の安田講堂に立て籠もったりしたわけです。しかし、それから長い年月がたった今、カンペキなる資本主義の世の中になり、その社会的諸問題のまっただ中に、今僕たちはいる、というわけです。
そこで、団塊の世代のみなさんは、定年退職になるわけですし。ここはひとつ、若い頃の精神に戻って頂きまして。われわれはぁ、アメリカ帝国主義及び資本主義に対してぇ、断固戦うことを宣言しぃ、とやってもらいたいものですね(笑)。
投稿: 真魚 | 2007年4月17日 (火) 02時28分
>真魚さん、
>だからこそ、こんな資本主義の世の中は間違っていると、団塊の世代がまだ若者だった頃、大学生のみなさんが機動隊に火炎瓶を投げつけ、東大の安田講堂に立て籠もったりしたわけです。<
ええっ、そうだったんですか、知らなかったァ。
悪いヤツだなあ、資本主義ってヤツは。
我々はァ、この堕落した資本主義と決別しィ、人間本来のォ、誇りを取り戻すべくゥ、貧しくとも美しい精神を持ってェ、・・・・、この続きは「貧乏になる方法」という記事を立てる予定なのであ~る。
投稿: robita | 2007年4月17日 (火) 10時35分