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2007年4月11日 (水)

雄叫び

東京都知事選で石原氏が三選を果たしたことについて、石原嫌いのメディア上では口惜しまぎれのコメントが目立つ。

しかし、圧勝したところをみると、どうしても石原に消えてほしいと切望する人々の存在が根強い一方で、支持する人のほうがずっと多いようだ。

私は都民ではないので、石原氏が都知事としてどれだけのことができたのかできなかったのかはわからない。(神奈川県民として神奈川県知事の業績についてもほとんど知らないのではあるが)
政策だとか業績だとか選挙戦略だとかについてのあれこれはさておいて、どんなことでもそうだと思うが「好き嫌いで選ぶ」のはある程度仕方のないことだと思う。 → 「好きな人嫌いな人」 

石原については、「俺が責任取るから何でもやってみろ」という太っ腹なところも、おそらく繊細で気が小さい自分をデカイ態度で隠しているところも、傲岸不遜で、容赦ない叱責をするであろうところも、時々キレるところも、すべてひっくるめて、石原という人物に人々は魅力を感じているのだろうと思う。

まあ、一言で言えば、昔の頑固親父に対するノスタルジーであるかもしれない。

政治にノスタルジー持ち込んでどうすんだよ、と石原嫌いのかたがたはお怒りになるだろうが。

石原人気については、強い父親像に対する憧れ、という見方がずいぶん前からなされてきた。

政治家は公僕だから父親とは違う。
しかし、頑固で怖くて頼りになる父親が既に現実の世界にはいない今、人々はせめて政治のトップにそういう強さを期待するのだろう。

近頃の父親はものわかりがよくて優しい。
子供との関係を良くしたいあまり、厳しく叱責することもなくなった。

恨みを買って放火されたり金属バットで殴られたり自殺されたりしたらかなわないもの。

石原のような「嫌われること敬遠されることを厭わない親父」は珍しい存在になった。

彼を「好き」とか「嫌い」とか仕分けする以前に、政治家にだってああいうキャラクターは必要だろうと私は思う。

謙虚なリーダー、独裁的なリーダー、一見軽薄なリーダー、いろいろな人がいてこそ世の中は面白い。

反石原のかたがただって、彼の傲慢な言動を批判することですっきりした気分を味わっているのだろう。

石原がいなくなったら、悪口を言う対象がいなくなって張り合いがなくなるのではないか。
お好みの政治家ばかりになってしまってはこの世は平板なのっぺらぼうだ。

「山嵐の日記」の周防さんの記事に共感する。→ 「石原都知事の雄叫び―当確会見を聞いて」   

なるほど、「雄叫び」ねえ。
石原嫌いの人々のコメントは、判で押したように「選挙が終わったら傲慢な態度に戻った」の羅列だ。

そんな中、周防さんの巧みな表現に感心する。


ちかごろは雄叫びを上げる日本の男がいなくなった。ハンマー投げの室伏広治ぐらいか。

 

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