ランプちゃん
2003年12月の新聞の切り抜きがある。朝日新聞で今も続いている天野祐吉の「CM天気図」
【___前略___ことしの世界CM大賞(カンヌ国際広告祭)は、スウェーデンの家具メーカー、イケアのランプが獲得した。
夜の街角、小雨。アパートから出てきた人が、ゴミと一緒に古いスタンド型のランプを捨てる。雨に打たれる古いランプ。アパートの中からは、新しいランプの光がもれてくる。再び、雨に打たれる古いランプ。感傷的なピアノ曲が盛り上がる。と、突然画面に現れた薄汚いオッサンが、ひどいスウェーデンなまりの英語で、こっちに向かってしゃべり出す。
「このランプがかわいそうとか思ってるじゃろ? そんなの、おかしかないか。ランプには感情なんてないんだからよ。新しいほうがいいにきまってらあ」
すごいどんでんがえしである。
見ていてぼくらは、「あれはおじいさんの代から使ってきたランプだろう」「そう、物は大切にしなくっちゃ」といった思いにとらわれる。とくにいまは、使い捨て文化が反省されているときだ。が、そんなぼくらの思いを、このオッサンは、ミもフタもなく打ちくだいてしまう。
不快と痛快が、ここにはみごとに同居している。やたらに新しいものを追いかけるのはよくないことだが、かと言って、物に感情移入しすぎるのも気持ちが悪い。幼児じゃないんだから、ランプはランプであって、ランプちゃんではないのだ。_____中略____
第一、古い物を大切にしようなんて言っていたら、物は売れなくなり、広告はいらなくなる。「新しいほうがいいにきまってらあ」というのは、広告としてはきわめて正直な言い分であり、それをヌケヌケと言い放った反骨ぶりに、このCMの面白さがある。____後略___】
物は大事にしたいが、経済もまわってほしい、人間のジレンマであり永遠のテーマである経済と幸福の関係を語る文章だ。
物を幼児扱いすることの是非はさておいて、single40さんの「濃密な時間」を読んで、「相棒」と呼べるほどの愛用品を持つことの幸せを思った。
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コメント
なるほど、面白い話ですね。
ただ、このCMを見ても、日本人はウケナイかもしれません。別に日本人がモノを大事にする、という意味ではなくて「何が面白いか理解できない」人が多数だろうと思うんです。
ビートたけしが「赤信号 みんなで渡ればこわくない」というギャグで登場したときに、みんな拍手喝采しました。その当時は、まだ「赤信号は渡ってはいけない」という建前が生きていたので、本音とのギャップが面白かったのです。
しかし、昨今のように、赤信号でも平然と渡る人がこんなに増えると、面白さはわからなくなるでしょう。ビートたけしのギャグも、赤信号を平然と渡る人には「何が面白いのか」理解できないでしょう。
建前を捨て本音でいくのが素晴らしい、その方が「反体制」だから、という理由でマスコミがお笑い芸人を「文化人」に祭り上げたときに、この国の自壊ははじまっていたように思います。
投稿: single40 | 2007年4月27日 (金) 10時07分
>single40さん、
>マスコミがお笑い芸人を「文化人」に祭り上げたときに、この国の自壊ははじまっていたように思います。<
爆笑問題の太田光が指摘していたことがちょっと似ていると思うのですが記事にしたことがあります。→http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_e7f5_1.html
ただ、今の時代、単に「真面目」だとか「理想を語る」だとか「本音を出す」だとか「個人の自由を尊重する」だとか、ひとりの人間の中で統一性がなくいくつもの要素がごちゃ混ぜに同居していますよね。
私このごろ思うのですが、もしかしたら今の日本の状態は自壊なんかではないのかもしれないなあ、と。
希望は日本にこそあるのかもしれません。
投稿: robita | 2007年4月27日 (金) 14時40分