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2007年6月28日 (木)

つないでください

無党派さんの 「慰安婦決議の意味するもの」を読みました。

【日本のマスコミも、批評家達も皆内弁慶で、日本ではテレビや新聞、雑誌では喧しく言うが、外国での持論を展開した話は前記の石原さんや、ソニーの故盛田さんなどを除いて殆ど聞いたことはない。そう言う私も英語の読解力はそこそこでも、書くほうはさっパリで、英文で書かれた間違いだらけの慰安婦問題の新聞記事やブログなど見ると何度悔しい思いをしたか判りません。】

無党派さんがこう書かれていること、まさに、昨日家族で話したばかり、同じ内容です。

私たち家族が話すことといえば日常のこととかバカ話がほとんどですが、時に、時事問題を語ったりします。
中でも「日本人は何故、外国からの非難や干渉に毅然とした態度で対応することができないのか」については、結論はいつも同じにしろ、よく話題に上ります。

子供の世代(20代)はそんな話題になってもそれほど熱心に意見を言うということはありませんが、われわれ年配世代、つまり、夫や兄や妹たちはこういう話題になると熱が入ります。

従軍慰安婦などという形での軍部による強制連行が本当になかったのなら、なぜ事実でないことを認めて謝らなければいけないのか、なぜそのことを国際社会にうまく説明できる人がいないのか。

戦争中は他の国のほうがもっとひどいことをしていたのだから日本は謝る必要はない、などと言っているのではありません。
事実を検証すること、誰の意図で日本ばかりがいつまでも責められる構図になってしまっているのかということ、事実と違うことはきちんと国際社会に向けて説明すること、これらに真剣に取り組まなければ、いつまでたっても日本人は屈辱感や焦燥感から解放されることはないのではありませんか。

アメリカ在住で、今、母(寝たきりで自宅介護中)の見舞いに来ている兄が言います。
「日本人は外交戦術がない。まず喋れない。たとえば知識人などは国内では説得力のある話し方をするが、外交交渉の場でそれを駆使できる人材がいない。英語だけ喋れてもだめだ。英語力と説得力、これを両方備えていなければ外交はできない。日本はそういう人材を育てる教育をしていない。外交で負けるのは当然だ」

というわけで、結論は「教育」、というところに落ち着きます。

そういえば、例えば中国の人は喋りますねえ。英語も上手ですねえ。いや、中国人だけではないでしょう。日本人だけではないですか。こんなにお喋りが下手なのは。

もし、このことが「国民性」ゆえであるとしても、品格ある説得力を身につけることは教育によって可能になると思います。
お喋りが得意でなくても、言うべきことはきちんと相手に伝わるように言う。
そして、なにより「言うべき言葉(内容)を持つ」、このことが一番大事ではないかと思います。

これはぜひとも教育でやらなければならない、そうじゃありませんか。

もうひとつ;

戦争中のことでいまだに日本を責めているのはいくつかの外国ですが、これらの国の人たちが言うのはまだわかるのです。自国のための外交戦術ですから、そういうやり方もありかなとは思えます。
しかし、解せないのは、国内の左翼の人々です。
この人たちは、数は少ないのに声がやたら大きいため、こういった問題の論点をよく知らない善良な日本人のかたがたはその言説をなんとなく信じてしまう、そのことが私は恐ろしい。

日本人でありながらなぜわざわざ、自国を悪者にして国際社会で窮地に陥らせるようなことをし続けるのか。度し難い。

いや、しかし、こういう人たちは、いても別に構わないのです。そういった反日意見も封じてしまうのは良くないことです。
色々な意見があるにしろ、国としての考えをきちんと対外的に説明して国際社会にわかってもらえればそれでいいのですから。

ですから、やはり、教育を根本的に構築しなおすことを真っ先にしなければいけないんだ、と私いつも言ってるでしょう。

私は家事と介護の合間にパソコンを開くわけですが、ぜひともみなさんに考えてほしい、そう思うからちょっとの時間でもあればこうやって書き溜め、発信しています。
世直しタイプのブログをやっている人は忙しい中みなさんそういう気持ちでやっていると思いますが、普通の主婦が読んでくれるようなブログを運営している者として、どうかみなさん、考えてみてください、と言わずにおれません。

無党派さんのようにいろいろな新聞を読み比べて論点を整理するという作業はできませんが、物事の全体像から判断して、こういうことではないのか、と思うことを書き続けています。

大事なことを次世代につないでいかなければ死ぬに死ねない。
やむにやまれぬなんとやら、ってやつでしょうか。

    

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「無視しましょう!~愚かな従軍慰安婦決議 」  

「都合の良い時だけ、アメリカ支持に回るな!」

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2007年6月27日 (水)

コレだけなんです

真魚さんの「ひっぱたきたいのは丸山真男ではなくへ返信です。

>例えば子供二人が大学まで行けますという給与と物価の世の中であって欲しいだけなんです。コレだけなんです。
コレだけのことができる政治であって欲しいだけなんです。これがなぜできないのか。<

これがなぜできないのか、真魚さんはそう仰います。
それでは、例えば、高度経済成長期を経て、ほとんどの人が中流意識を持ってほどほどに満足していた時代、自民党が安定していたあの理想的社会主義体制時代に戻ればいいんじゃないかと思うのですがそれじゃあいけないんでしょうか。

「ひっぱたきたいのは、この国の歪んだ現状」と仰る、その「歪んだ現状」を直すのにはどうしたらいいんでしょう。
「政治を変える」ということでしょうか。
政治を変えるにはどうしたらいいんでしょう。
安倍さんがやめればいいんですか。
自民党が下野して、民主党かどっかが政権とればいいんですか。
誰か他の政治家がやればうまくいくんでしょうか。

「コレだけのことがなぜできないのか」「こんな簡単なことなのに」、・・・・・まったくその通りですよ、お父さんがいて、お母さんがいて、子供が二人いて、お父さんのお給料で、大学まで行って・・・・そんな簡単な人生をなぜ政治は用意してくれないのか、私も本当にそう思います。

でも私はよく思うんですよ、そんな簡単なことができないほど、政治を困難にさせているのは、いったい誰なのか。いったい何なのか。

なぜ難しくなったのか。
国民の要望が多種多様になったということじゃないんでしょうか。
国民が皆、平均的な家庭生活を望み、ささやかな幸せでそこそこ満足していた頃は、今ほど政治のしくみが複雑である必要はなく、言ってみれば、従順で働き者の国民に小さな幸せを提供することはさほど難しくはなかったとも言えるのではないですか。
しかし、多様な価値観を各自が持ち、もっと豊かにもっと便利にもっと自由に・・・・と生活の向上を求めるようになれば(そしてそれは人間として当然のことなのですが)、政治というものもそれにつれてもっともっときめ細やかに対応されなければならなくなってきました。ますます政治は忙しくなります。
「圧政で国民をいじめる政治家ども」と批判され放題の政治家たちを、気の毒になあ、と思うのは私だけなんでしょうか。

しかも、旧来型の政治では国際競争力を身につけることはできず、日本全体が沈んで行く、それは不幸なことだ、ということで、競争型の社会に移行することを望んだのは他ならぬ国民自身でしたよね。

今の政権だって、格差に無頓着なわけではない。ワーキングプアを何とかしなければ、と策を練っているに違いありません。
それでも、いつまでたっても成果がないなら、それは能力がない、ということで、国民が政権を変えればいいじゃありませんか。

でも、どうでしょう。国民は本当に真剣に政治をなんとかしなくちゃ、なんて思っているんでしょうか。
雨が降るから投票に行くのや~めた、なんていう人や、はじめから選挙に無関心な人、多いんじゃないでしょうか。

それなら政治が悪いのは国民自身の責任です。仕方がないですね。民主主義なんだから。

それとも、強制力をもって選挙に行かせますか。強制的に政治の勉強させますか。

笑っちゃいますよね。こんなに「強制」の嫌いな今の日本人にそんなことさせられませんよ。
「愛国心は自発的に心の中から湧いてくるものだ、強制されるものではない」などとうそぶきながら、国を良くするための選挙にも行かない、政治に関心を持たない、あるいは自民党を支持し続ける、そういう国民を「バカだ」と言い募る一連のかたがた(いわゆる左翼のかたがた)は、「なぜ国を良くしようという気にならないのだ。愛国心がないのかっ」とあやうく口を滑らしそうになっているのではないかと推察します。私は彼らに「愛国心を強要してみてはいかがでしょう」と提案したくてたまりません。

私は無党派だから、政権が誰に移ろうが、応援します。
たとえ社民党の福島瑞穂党首が首相になっても応援します。だって彼女だって国民の幸せを真剣に考えているでしょうから。尤も彼女たちのやり方で国が良くなるかどうか私には断言できませんが。

だめなら政権交代させればいいんですよ。我々には「投票」という手段があるんですから。

ということで、政権交代、政界再編を望む人は、今度の選挙、ぜひ行きましょう。

まあ、民主主義国に住む人間が言えるのはこれぐらいのことではないでしょうかね。

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2007年6月21日 (木)

「人生の転換戦争」

真魚さんのコメントへのお返事です。

___________

私は何も「世の中ってなんて汚いんだそんな世の中でみんな平気な顔して生きている欺瞞だ偽善だみんなバカだバカヤローッ」って夕日に向かって叫んでいるわけではないのでして、なんであんなことを書いたかと言うと、たとえば、公安調査庁の元長官が朝鮮総連とつながってたなんてことが明るみに出ると、いったいそれはどういうことなのかと私たちはとても不思議に思います。

>その覚悟があるのかと問われれば、庶民には、そんな覚悟があるわけがないではないですか。その覚悟がないのならば、悪事に黙っていろというのでは、それこそお天道様に申し訳が立ちません<

私は別に「その覚悟があるのか!」と国民のみなさんを叱責しているわけでも、「覚悟もないのに『悪事を正せ』などと正義ヅラするな」と嘲笑しているわけでもありません。
我々は人間として真っ当な生き方を追求しなければならないし悪事は正さなきゃなりません。

ただ、そこに手を突っ込んだら、底のほうに国家の土台が崩れるほどの何かがあるんじゃないか、芋づる式にぞろぞろ出てきて土台までも崩壊してしまうんではないか、などと思います。
もちろんそれは、「正体ともいえる何か特定の勢力」というのでなく、長年かけて色々な要素が複雑にからみあってできた国の土台そのもの(国家運営のしくみでなく、その底にあるもの)であって、そう考えるとこれは「巨悪」などといったたぐいのものではないようです。
でも、表面的に出てくる「悪事と見えるもの」(たとえば今回のような不可解なできごと)とは、結局国自体がそういう土台の上に立っているからこそ、吹き出物のように時々顔を出すんじゃないか、と。

だから、表面的に出てきた「悪事」だけをチョンと切って、我々のお花畑はとりあえず安泰ということにせざるを得ない。
こういうことをなくすためには国の体制をすっかり変えるしかないとしたら、たぶんその道程はものすごく苦しく、夥しい数の死者も出るのではないか、後遺症に苦しみ続けるのではないか、国の土台がどうなっているのか何が潜んでいるのかまったくわからない私はそんなことを考えてしまいます。あるいは日本はそうじゃないのかもしれない。他の国に比べたらずっと健全で美しいかもしれない。それならそれでいいのですが、今回のような不可解なことが起こるたび、私は「誰もいじることのできないものが国の土台にあるんじゃないか」なんて思ってしまいます。
しかしまあ、こんなことは考えてもしようがないわけで、少なくとも我々は「表面上」というこの世の中での正義を追求する努力をするしか道はないですよね。
angelcatsさんが「私はこんなことを考えています」と書かれたので、コメント返しとして「私もこんなことを考えています」と、なんとなくいつも思ってることを書いてみた、というだけのことでした。

______________

ところで;
私はこの世は健全な人のほうが圧倒的に多いと思ってますので、ノアの箱舟みたいに一度破滅させたほうがいいなんてもちろん思いませんが、近頃、一部の若い人の間では「破滅願望」「戦争願望」が吹き出しているそうですね。
先日新聞で読んだのですが、
「平和な社会で低賃金や重労働に苦しむよりみんな平等に不幸な戦争状態を望むフリーターたち」のことが書かれていました。赤木智弘という人が書いた「丸山真男をひっぱたきたい」という論文が発火点だそうです。

「ビッグコミック」で、もう連載4年以上になる漫画「太陽の黙示録」の最初のほう、働いても働いても浮かび上がれない若者が、巨大地震による日本列島崩壊を千載一遇のチャンスと受け止め、「俺たちは、目もくらむ自由を手に入れたのかもしれない」とつぶやくシーンを思い出します。

いっそ日本が焼け野原になるほどの戦争や巨大地震を、平和よりマシ、と言ってしまう若者が不健全なのか、あるいは大なり小なりいつの世にもある若者特有の気風であってむしろ自然と受け止めてかまわないのか、私にはよくわかりません。

「フリーター特有の希望の持てない苦しみゆえの破滅願望」は、「若者特有の破滅願望」とは違うとは思うのですが、それでは、ちゃんと「正社員として働いている若者」が希望に満ち溢れているかといえば、今の世の中どうやらそうでもなさそうだ、というのが私の感想です。

平和と豊かさが「弛緩」の原因というのはよく言われますが、そんな世の中で、若者が切望する血沸き肉躍る体験を用意してあげるのはなかなか難しいことです。
しかし、その体験をどのように用意してあげるかが、いま一番考えられなければならないんじゃないかなあ。

        

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          「農役」   

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2007年6月15日 (金)

幸せとは何か・・・なんて

真魚さんの記事につけられたkakuさんのコメントは、私の昨日の記事の不充分さを補うものなので、真魚さんのご意見とはちょっと違うけど、こっちで書かせていただきます。

>実のところは単にそれが一番「ラク」だから。<

それはたしかにそうなのですが、では、その「ラク」になった分、日本人はその力をどこに振り向けるかというと、せっせせっせと脇目も振らず働くわけです。
政治に口出す暇があれば、ダムを建設して豊富な電力の供給を果たし、研究員は新製品の開発に没頭し、市井の人々は真面目に自分の分というものを尽くし、まさにこつこつと「ものづくり」や「組織への貢献」に励んできた、その結果としての、この日本の繁栄なのではないでしょうか。

結局、何もかも身につけることなどできないわけですから。

ただ、その日本人の特性が、「人間として」どうなのか、それこそが「いつまでたっても成熟しない」と言われる所以なのか、それとも、この豊かさや平和こそが、「人間の成熟度」など笑い飛ばすほどの価値あるものなのか、そういうことは私にはいまだにわかりませんが。

(もしかしたら、この特殊な日本人であれば、両方を手にすることができるのかもしれない、なんて)

      

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2007年6月14日 (木)

特殊で愛すべき日本

真魚さんが私の記事へのコメントとして、「おまかせ文化」という記事をお書きになったので私もコメントします。

「日本人は変わった民族」というのは同感です。
同じようなことを書こうと思っていたのでメモ書きをしてありました。

___________

日本人はあまり「お上」を疑わない、これこそが、日本が飛躍的な発展を遂げた最大の理由ではないでしょうか。
つまりある意味「全体主義国家」であったために、国家運営は効率よくなされてきたのですよね。

よく日本人は「従順だ」とか「長いものに巻かれる」とか言われますよね。
「他の国だったら暴動が起きている。なぜ国民は怒らないんだ。バカだ」と熱心な人々は言います。
たしかに腹の立つことは沢山起こります。悪い政治家も悪い官僚もいます。
彼らの起こす悪事に我々は怒ります。
でも、暴動など起こさない。
それはどうしてかというと、怒ってないから、とか、従順だから、とかいうことではないと私は思います。

暴動を起こしたり、個々人がむやみと権利を主張をしたりすることによって生じる時間やお金やエネルギーの無駄を予見できるだけの知性というか、落ち着きを持った国民だからだと思うのです。
無駄に大騒ぎしたって物事の解決にはならない、とわかっているからではないですか。

加えて、政府批判を安心して口にできる自由、政権を脅かすほど大きな力を持っているマスコミの存在、そういう安心感も相まって、日本という国は世界でも稀にみる一体感に満ちた国、とも言えるのではないでしょうか。
そしてその「まとまり」こそが日本をこんなに大国に押し上げたのではないですか。

(・・・・、とまあ、こういうことは、私が言わなくても「日本論」として普通に言われていることなのかもしれませんが。)

かといって、他国がこの日本のような「全体主義」を真似したってうまくいくはずがありません。
真魚さんの仰るように「日本人は特殊」なのだと思います。
その特殊性を、「おとなしい」とか「バカ」だと見るか、あるいは「知恵がある」とか「落ち着きがある」とか「我慢強い」という風に見るかは人によって違うと思いますが、豊かで平和になったのだから、たしかにどちらにしても良かったことだと思います。

しかし問題は、このまま日本だけがそんなやり方で安泰を保つわけにはいかなくなった、ということなんですよね?
それとも、教育にもっと力を入れて、良い人材を沢山育て、立派な官僚や志を持った政治家を国政に送り込む努力をすれば、今までどおり「おまかせ」の効率よい政治が続き、日本は世界の勝ち組であり続けるのでしょうか。

「そうした人がいる日本であるのならば、日本人はバカと言われても全然へっちゃらですよ。」
なるほど。へっちゃらになりたいものです。

 

       

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2007年6月12日 (火)

優しい人たち

母が入浴のお世話になっている事業所の介護スタッフの人たちは本当に優しくて一所懸命です。
コムスンで働く現場の人たちもきっとそうだと思います。
こういう地味で大変な仕事についている人たちが、激務や低賃金で辛い思いをしないようになんとか制度を整えてください。お願いします。

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2007年6月11日 (月)

民主党にやってもらいましょう

昔読んだ大西赤人の短編集の中にこういう話があった。

【 ある重大問題(誰も良い対策を講じられないだろうと思われる国の根幹を揺るがす難問)について野党から激しく責め立てられた政府与党はついにお手上げ、選挙であっさりと負け、政権は野党に移った。
  しかしそれまで、口を極めて政府をなじっていた野党は、政権党としてその難問を解決しなければならなくなり、青くなって頭を抱えた。】

そういう単純な筋だったが、政治に無知な私にはとても新鮮なお話だった。(因みに大西赤人はこの作品を16歳の時に書いた)

年金記録消失問題について、民主党は「我々ならこの問題をうまく解決します。政権をください」と言っている。

民主党がそう言うならやってもらったらどうだろうかと思うのだが、そうはいかないのだろうか。

      

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2007年6月10日 (日)

国家権力と国家転覆

左翼のかたがたは「国家権力は何するかわからないから怖い」と仰るし、右翼のかたがたは「反国家の市民運動家は何するかわからないから怖い」と仰る。
いったいどっちが怖いのか、わしら一般庶民にはわからねえですだ。

      

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2007年6月 7日 (木)

陸自情報保全隊

よくわからないのですが、
つまり、共産党の志位委員長は、
「だめじゃないですか、内部資料をこんなところに無造作に放っておいちゃあ。たいした内容じゃないから良かったようなものの。軽率きわまりない.」と、情報管理体制の杜撰さを指摘してくださったのでしょうか。

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2007年6月 5日 (火)

国民はバカか?

現政権に不満を持つ人たちが、「国民が政治に無関心だから、権力者にやりたい放題やられる。国民はバカだ」と言う。

国民がだまされやすければ、たしかに政権は維持しやすい。

で、今の野党、例えば民主党が政権を取ったとしても、やはり国民は無関心で、政権にだまされ、一部の熱心な人たちが相変わらず「国民がバカだから」と言い募るのだろうか。

自民党と民主党では国の方向性としてはあまり変わらない。だから問題になるのはいつも政治手法だ。その点ばかりが問題になる。経済のしくみや安全保障については国の形はもう決まっているとも言えるのでそれは当然のことだ。

しかし、私が面白いと思うのは、「現政権は我々国民をどこに連れて行こうとしているのか」「国民はだまされている」などと、あたかも我々は独裁者に支配される哀れな人民なのだと言わんばかりの口調で政府批判をする、いわゆる「左翼」と言われる人々の主張である。
もし、(あり得ないが)共産党とか社民党が政権の座についたとしても、彼らはやはり、政府の考え方の正しさを押し付けるに違いない。国民をだますに違いない。愛国心を押し付けるに違いない。政権を維持するためにはそうせざるを得ないからである。
それは当然といえば当然のことで、効率良い国の運営のためには国の方針に従ってもらわないと困るのだ。国民がてんでんばらばらに「個人の自由」など主張すると「国のかたち」など謳うこと自体無意味になる。「我々は正しいのだ。我々指導者の言うとおりにしていれば国民は幸せになるのだ」と、あまねく国民に政府の正しさを広めなければならない。

しかし、なんだ、59年間、自由主義の国で生きてきたが、「蓄財のため」とか「独裁者になって国民を思うがまま操って快感を得るため」とか「大国に尻尾を振るため」とか、そんな動機で指導者になった人物にいまだかつてお目にかかったことがない。

すべては「日本が生き延びるため」、このことなのである。

ただ、長期政権は癒着が生じやすいので政権交代が必要だ、というのは多くの人が指摘するところだ。
参院選の結果で政権交代は起こらないが、その道筋をつけることはできる。

政権交代と政界再編、これを国内事情や国際的立場を鑑みて、いま生じさせることが適切なのかどうか私にはわからない。
しかしそのことがいずれ日本の政治に必要であるならば、国民はもう少し政治に関心を持って投票に行ったほうが良いと思う。

ただ、国民全員が政治に関心を持って、喧々囂々喧々諤々議論する図というのは、不気味で恐ろしい。  

大衆は大衆のレベルでしか政治を語れないし、それでいいのだと思う。

じゃあ、何を基準に候補者を選べばいいのか、ということになるが、結局「勘」ということになるかもしれない。

そう、この世は案外「好き嫌い」で方向が決まるものなのだよ。----------→「好きな人嫌いな人」  

    

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