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2007年8月 7日 (火)

普通の母親

時々思う。子育ての忙しい時期に、こういうブログという面白いものを始めたとしたら、いったい子育てをちゃんとやっていただろうか、と。

いやいや、ブログなど何日もほっておいて子育てを優先していたに違いない。
あの頃だって、インターネットこそ知らなかったけれど、私にはやりたいことがいくらでもあった。
そういうことをすべて後回し、または断念して家事や子育てに邁進していた・・・、というのは「適当」をモットーとする私にはちょっとカッコ良すぎな言い方ではあるが、それでも、いくらなんでも育児放棄などあろうはずがなく、家事育児が生活の中心であったのは間違いがない。
まわりの若い母親たちもみんな自分のことより家事育児を優先していた。

それは、家庭を何より大事に思っているとか、母性本能だとか、そういうことだけが原動力になっていたのでなく、「やらねばならない義務だから」とか、「私がやらなければやる人がいない」とか、「家事育児をまともにやらなければ世間に何と言われるか」とか、特に理由づけなどしなくてもそういう動機が意識下にあったからだ。
つまり、「母親とはそういうもんだ」という単純な思い込みである。

しかし近年、女性が人としての権利や自由に無頓着で「女とは、母親とは、こうするものだ」と思い込むそういう状況から、「知恵の木の実」を食べることによって目覚め、情報を得て「賢く」なるとともに、社会にねじれや摩擦や矛盾が噴出してきた。

女は知恵の木の実を食べて、「母親である前に一人の女である」ことを知ってしまった。

kakuさんのところで「柳楽優弥主演・是枝裕和監督『誰も知らない』」を読んで、「普通の母親」という表現になるほどと思った。

もし、「義務」だとか「世間体」だとかのストッパーがたまたま作動しない状況にある女性が、どうしてもいっしょにいたい男ができて、一番上の子供が十分大きくなっていた場合、お金だけ置いて出て行く、というのは案外簡単にやってしまうことなのかもしれないと思った。

女性はいっさい社会に出ず、家事育児に専念すべきだとは私はもちろん思わない。
この人がこういう職業についていてくれればこそ、われわれ女性が救われると思うことはよくある。
産婦人科にかかる時など、よくぞ女医になってくれました、と感謝することなどそのほんの一例である。
女性の才能を埋もれさせるのは社会の損失だ。
普通の企業でも、事務処理などは女性のほうがよほど要領が良いなどと言う話も耳にする。近頃は度胸の面でも女性が男性を凌駕するなどとも言われる。

特に才能のない女は自分探しなどしてないでさっさと結婚して子供を産みなさい、という提言も少子化に歯止めをかけるものとしてほとんど説得力がない。

しかし、その提言は果たしてすべての女性にとって残酷と言い切れるのかどうか。
子供を産む役目と社会で活躍する役目、分業にしたらいい、という上坂冬子氏が冗談めかして言った言葉も真面目に検討したくなるのである。

>私自身を含め、現代人の殆どが重軽度の差こそあれ、この病に罹っている・・・そんなことをつくづくと想いおこさせ、自省させる作品であった。<

このkakuさんの言葉は実に意味深い。
振り返ってみれば専業主婦であったにも関わらず、私自身も多少なりともこの病は持っていたに違いない、どころか今も持ち続けている。

女性問題はこのまま永遠に我々を悩まし続けるのだろうか。

それとも、いつの日か、女性が社会で活躍しながらも子供を産み育てやすい社会が本当に実現するのだろうか。

そしてそのことと同時に、ある日突然、目からウロコが落ちるように、子供を産み育てることの重大な意味が腑に落ちる日が来るのだろうか。
女性が子供を産み育てる作業を「犠牲」と思わなくなる日がいつか来るのだろうか。

そういうこともあるかもしれないなあ、と私は思う。

だって知恵の木の実を先に食べるのはいつも女性なのだから。

       
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コメント

結構考えさしてくれるエントリーでした。
知恵の実を食べたが故に苦労が付きまとう事もあり、ナーンも解らない、ぶっりこ一筋オシャレと甘えだけの人生が、ある意味で幸せの場合もあるしな(笑)。

投稿: トトロ | 2007年8月 7日 (火) 19時29分

>トトロさん、
初めまして。
「奴隷の幸せ」について書いた文があるのですが、整理してそのうち載せます。

投稿: robita | 2007年8月 8日 (水) 12時00分

robitaさん、

「知恵の実を食べた」…なるほど、適切な表現ですね。

昔の多くの母親(女性)達は、よく働き、己を無にし、徹底的に「母性」に全てを捧げた…現代の私から見れば、本当に「偉大」だった、と思います。

しかしそれとて、「知恵の実を食べたか否か」、本当に、それだけの差なのかもしれません。

>しかし、その提言は果たしてすべての女性にとって残酷と言い切れるのかどうか。
子供を産む役目と社会で活躍する役目、分業にしたらいい、という上坂冬子氏が冗談めかして言った言葉も真面目に検討したくなるのである。

私は「少子社会」は、さほどの問題とは思わず、「少子化進行社会」は問題と思っているわけですが、その進行を如何に食い止めるべきか、と言えば、やはり抽象的には上坂冬子氏の提言の如く、各々「分をわきまえる」教育の徹底なのか、と。

そして「分をわきまえさせる」には、「道徳」「倫理」よりも健全な「競争」が一番、ではないでしょうか。

もう一つは、「知恵の実を飽きるほど食べさせる」。「知」とは何かを極めさせ、愕然とさせること。これが一番効果がありそうな気がします。

追伸 メール送信いたしました。


投稿: kaku | 2007年8月 8日 (水) 13時17分

>kakuさん、

>「分をわきまえさせる」には、「道徳」「倫理」よりも健全な「競争」が一番、ではないでしょうか。<

私の今日の記事にも通じると思うのですが、理屈だけ何べん教えても子供は学ばないのでしょうね。
もちろん、理屈を教えることも不可欠だけれど、それと同時に「実地訓練」が必要で、それが「競争」や「冒険」ではないかと。

>「知」とは何かを極めさせ、愕然とさせること<

私の考えでは、「発想転換」を促すような個性的な教師を少数配置(または、「知」を呼び覚ますような講演を時々実施する)とか、机上の勉強だけでなくいろいろな経験をさせるとかいうことではないかと思うんです。

>私は「少子社会」は、さほどの問題とは思わず、「少子化進行社会」は問題と思っているわけですが<

よくわかりませんが、子供が少ないなりの社会のあり方というものがあり、子供が生まれない事態が悪化している状況が問題、というわけですか?
私は社会のしくみについてよくわかっていないのですが、お忙しいkakuさんは説明しようなどと気を使わないでください。自分でしばらく考えてみます(笑)

投稿: robita | 2007年8月 9日 (木) 11時19分

robitaさん、私メ、「少子高齢化社会」関連にはこだわり、そしてかじりつきます。ゆえに、「説明」します(^.^)

>よくわかりませんが、子供が少ないなりの社会のあり方というものがあり、子供が生まれない事態が悪化している状況が問題、というわけですか?

そうです。昔(例えば夫婦二人で4,5人子を成し、男女の大勢が結婚するのが普通だった時代)に比して、単に出生率が下げ止まっているのであればやりようはいくらでもあるが、下げ止まらず限りなくゼロに向かっていくのであれば、それは問題である、と言うことです。ちなみに私の見るところ、最近、下げ止まってきた様な気がするのですが、どうでしょう?

「分をわきまえる教育」なんて言っちゃっている「分をわきまえてない」私ですが、最近、めっきり白髪が増ちゃって、並んで写った写真などではとても同年代には見えなくなっちゃった我が亭主の姿を見れば自然に、鬼ヨメ弁当品質の向上を!とか考えますし、わが子にも真剣に「お金の価値(ファイナンス・リテラシー)」っちゅーもんを「私が」教えなくちゃならん、と思うわけで。

何より、かなりの重荷&重圧を抱えて大黒柱やってるはずの亭主から、「こ、子供にはきょ、きょうだいが必要、か、と?…」と、なぜか相当控えめな主張をされたりしますと、なんだか泣けてくぅる♪ってな具合に、「えーえー、そうですね、そろそろ次、行きましょうか!」とかってポロリと応えてしまいそうな、現代を生きる妻です。

少子化問題、そんなところじゃないでしょうか。って、なんのこっちゃ。スイマセン。


投稿: kaku | 2007年8月 9日 (木) 20時07分

>kakuさん、

>単に出生率が下げ止まっているのであればやりようはいくらでもあるが、下げ止まらず限りなくゼロに向かっていくのであれば、それは問題である、と言うことです。<

そうなのかぁ、と思いましたが、どうして少ないままで固定されても問題でないのか、わかるようなわからないような・・・(^^;)

>ちなみに私の見るところ、最近、下げ止まってきた様な気がするのですが、どうでしょう?<

たしかに出生率少し上がりましたよね。
まわりを見ていてもなんとなくそんな空気もあるし。

kakuさんご夫妻の綱渡りのような会話から、現代の若夫婦の苦労が見えてくるようです。
でも、子供は光明だ、と山本大成さんも仰っていますよ。→  http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2007-08-08
健闘を祈ります(^^)。
若さはあとで取り戻せる、と経験者は語る、なんちゃって。

投稿: robita | 2007年8月12日 (日) 17時05分

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