最終弁論2
前記事にいただいた真魚さんのコメントに返信です。
>民衆から支持されようが、されまいが、公のため、私はコレコレをやります。そうでなくてはならないのではないでしょうか。<
当然そうですね。
問題は今の世の中、それでは人材払底の悪循環を引き起こしていることについてどうするんですか、ということじゃないですか。
政治家は使い捨てというのであれば、そんな役は誰も引き受けないでしょう。
「感謝されるために政治家になるのではない」、そんなことは当然です。
でも、正しく評価されない、味方が一人もない、何をやっても必要以上のバッシングを受ける、そんな中で一国を預かる責務を貫けというなら、それは相当の「滅私奉公」的体質を持った人でなければならないでしょうね。
>民衆から評価されないから政治はやりません。そんな政治家は落選させましょう。<
「そして誰もいなくなった」という状態に・・・。
真魚さんのお話を聞いていると、まるで、そういう優れた資質(国を想い、国民のためなら命も賭ける)を持った政治家が自然にどこからか湧いて出てくるみたいな印象を受けます。
国を想うことが悪いことであるかのような教育を受けてきた国民の中からそんな奇特な人材は生まれにくいし、これからますます少なくなっていくでしょうね。
これは教育の問題になってまた長くなってしまいますのでひとまず置いておいて。
>弁護はいりません<
首相の政策を吟味するとか、心中を察するとか、そういうことを大衆はしなくてもいいんだ、というのはわかりますよ。
しかし、評論家はそれをしなければ意味がないでしょう。そして、大衆はしばしば評論家になります。
批判に対して反論すればそれは結果的に「弁護」という形になってしまうだけのことだと思うのですが・・・。
安倍さんは政権を投げ出したことを無責任だと厳しく批判されていますよね。
しかし、無責任にならざるを得なかったことを一番辛く感じているのは安倍さん本人でしょう。
投げ出すなんて無責任でぶざまなことはしたくなかったに違いありません。
これを言うと、「一番辛いのは国民だ」という反論が来ると思いますが、私は本当にそうなのか?と思います。
総理なんて誰がなっても同じ、なんて言う人多いじゃないですか。
急迫の問題である「テロ特措法」が延長できないと日本国にどう影響があるのか熱心に考える国民なんてそんなに多いんでしょうか。
年金や消費税も大事な問題で、差し迫ってはいますがこれらはあわてず煮詰めていかなければいけない問題です。今の時期、憔悴した安倍総理に何が何でもやってもらわなくてはならないんでしょうか。
大方の国民は安倍さんが突然辞めても「辛く」なんかないんじゃないですか。
誰かを責めてすっきりしたい、それだけのことだと思いますよ。
小渕総理や大平総理が在任中に亡くなりましたが、最高責任者としての心労と激務がたたった、と言われています。
縁起でもないので言いにくいことですが、安倍さんが辞任表明する前に倒れていたら、誰も非難しなかったと思います。
最後の力をふりしぼって辞任会見などしたがために、かえって国民の怒りを買った。そうじゃないですか?
つまり、死ぬまでやらないと国民は承知しないわけです。
私はむしろ、体力の限界を感じながら会見に臨み、記者の質問に静かに答える安倍晋三という人の精神力に驚いています。
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