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2007年9月 7日 (金)

「時には昔の話を」

私は「団塊世代」と言われる世代なのだが、「団塊世代」というのは、これと重ねて語られる「全共闘世代」とは必ずしも一致しない。どころか、あの学生運動の波に乗ったのはその世代のほんの一部であった。

おとなしく真面目な学生、集団就職で田舎から出てきて貧しさに耐えながら労働に励んでいた勤労青年、そういった若者がほとんどだった、というのが実態だ。学生たちに立ち向かった機動隊員の中にも同世代の若者が大勢いたことだろう。
大学進学率自体、十数パーセントしかなかった時代である。

たしかに、学生全体の間に「革命の気分」のようなものはあったかもしれない。「権力」「体制」に反発を試みてみたいという若者特有の心理は働いていたのかもしれない。
しかし、実際に「戦争」をやった者、「集会」に参加した者さえ、学生全体の一割もいたのかどうか。

私は大学には行っていないので、いったい何がどうなっているのかよくわからなかったが、大学生の友人の報告によると「授業がないことが多い。私たちノンポリ学生はなすすべもない」というようなことだった。

真面目な普通の娘であった私は「人に迷惑をかけてはいけない」という誰にでもわかるルールを知っていたので、「すべきことをしないで」迷惑をかけたことはあっても、「すべきでないだいそれたことをしでかして」世間に迷惑をかけたことは一度もない。ほとんどの女の子はそうだったと思う。

第三者的な視点で、私には彼らの行動が「革命ごっこ」にしか見えなかった。
話し合いでほとんどのことは解決できる、と信じていたので、理屈にもならない言葉を吐きながら暴力を振るう彼らを子供じみていると思った。
そういう私は、「あの人たちだって真剣に世の中を変えようと思っているのよ」と言う友人とちょっとした議論をしたことがある。
彼女は「彼らの真剣さ」を買っていたが、私は「暴力では何も解決しない。彼らはただ暴れたいだけなのではないか」という考えだった。

数年経つうち、学生運動が雲散霧消する中、「真の活動家」による悲惨な事件なども発覚し、全共闘世代が世の中の秩序を破壊した、という印象を残したまま、その後も団塊世代はその大人数ゆえ常に社会を動かす世代として注目され続けた。

還暦近くなった私は、この頃よく思うのだが、彼らは冒険をしたかったのだろうなあ。

男の子の「通過儀礼」としての思春期の肉体のぶつかり合いは必要不可欠、とよく言われる。
通過儀礼にしては世の中を巻き込み過ぎたのだろうか、未だに学生運動の功罪についての論評がよくなされる。

しかし、とにもかくにもこの世代は「物語」を編んだのだ。
「世の中に迷惑かけさえしなければいい」「暴力で社会を変えることはできない」などと傍観者を決め込んで何もしなかった私は、加藤登紀子の「時には昔の話を」に戦いの日々を懐かしむことのできる彼らの行動を、「あの日のすべてが むなしいことだと それは 誰にも 言えない」と歌詞そのままに受け入れるほどに年を取った。

      

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コメント

こちらこそお久しぶりです。

小生は現在『団塊ひとりぼっち』山口文憲著を読んでいるところであります。なかなか面白し。

投稿: inowe | 2007年9月 7日 (金) 22時40分

>inoweさん、

その本についての記事を楽しみにしております。

投稿: robita | 2007年9月10日 (月) 11時31分

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» ノルウェイの森から写経へ [非日乗的日乗inowe社長blog]
高校の時分にジャズ喫茶に通っていた関係上、わたくしはどちらかとゆうと、年上の世代と親交があったほうだろうか。彼らは自由奔放で楽器を弾いたり、写真を撮っていたり、ミニコミ誌のライターをしたり、フリーマーケットで生計をたてていたり、バーテンダーをしていたり、..... [続きを読む]

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