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2007年10月10日 (水)

生き残りたい

ちょっと前、朝日新聞文化面に「品格ってなんでしょう?」というタイトルの特集があった。
朝青龍の問題で、しきりに「横綱の品格」ということが言われたことを受けての記事だ。

その中で、「あなたが考える『品格のある人』とは、どのような人ですか」という問いかけに各界著名人の一言メッセージがずらっと載せられていた。

「本能より理性から成る人」とか「足るを知ること」とか「抑制の利いた人」とか「お金に卑しくない人」とか、いろいろなイメージで素直に定義していた中、こういう答えをする人々が何人かいた。「『品格』なんて言葉を口にしない人」。
それはやはり予想された答えであり、それを言うのは予想通りの人々なのであった。

美しい言葉を連発するのは確かに品がない。
しかし、「品格」という言葉に目覚めるのは悪いことではないのである。

「美しい国」もさんざんバカにされた。そんな美辞麗句を言っても中身がないのではどうしようもないではないか、といってバカにされた。
しかし、「美しい国」を作ることは良いことなのである。

「これを目指したい」といって美しい言葉を使うと、言ったとたんに、実現する前から、嘲笑が始まる。いったいなんなんだ。

教育基本法に「愛国心の涵養」を盛り込むことについて随分長い間もめた。

「愛国心」という言葉に過剰反応して反対する人々がいたからである。

私は当ブログでも、「愛国心」について随分書いてきた。書いたことは今でもそのままそう思っている。

たぶん、「美しい言葉」に過剰反応する人々というのは、ほんとうに真面目で純粋なのだと思う。
「愛国心」だとか「品格」だとか、そういった言葉を軽々しく扱ってほしくない、そういう思いがあるのだろう。
人間とはそんなものではない、もっと崇高で奥行きがあって複雑なのだ、と情感でとらえる部分が大きいのだろう。
その純粋さには敬意を表する。
しかし、所詮人間である。こんなもの、モチベーションを上げるための道具にすぎないと割り切りゃあいいものを。
私なんかにとってはこんなものは情感というより手段である。
おまんまをちゃんと食べられるようにするための道具である。
この国のメンバーとしてのプライドとアイデンティティーを涵養し( 松尾光太郎さんの記事より拝借 )、愛国心を胸に抱いた子供たちがこの国を担ってくれるならしめたものではないか。
「愛国心」を情緒的にとらえる人々の真面目な姿勢を前にして、自分のドライな考えを表明することに多少の後ろめたさは感じるものの、思い切って言っておきたい。

生物はことごとく、「生き延びる」ため、「はびこる」ために生を受けた、という、このことはまぎれもない真実なのである。
私は生き残りたい。そのために日本が生き残ってほしい。
いつまでも「愛国心は国が教えるものではない」なんて純情なこと言ってると、生存競争に負けるよ。

             

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コメント

 「愛国心は国が教えるものではない」との言葉を使われる方は、「国を愛せない100の理由」を好き勝手に吐き出される方のように感じています。
 自らの所属する集団への愛情は、自然発生的に生まれるものだと考えていますが、愛国心は国に教えられるものではないと仰る方達に「嫌国心」を教えて欲しくはありません。
 そんな方達には、「自分の国を愛して、どこが悪い!」と言いたいです。

(何か意味不明な文章になってしまっているかもしれません。失礼いたしました)

投稿: 山本大成 | 2007年10月10日 (水) 16時00分

>山本大成さん、

愛国心教育に反対の人たちはどうも勘違いをしているようなんですね。
それは何も「愛国心を持て!」などと檄を飛ばすことではなく、歴史や文化などを正しく教えて自分たちの国に誇りを持ち、良い国にしていこうという気持ちを持ってもらう、という当たり前の教育だと思います。ことさら国を嫌うように仕向けてどうしようってんですかね。

投稿: robita | 2007年10月11日 (木) 10時32分

学校で「愛国心」なるものは教えていないかも知れませんが、小学校などではそれとなく郷土愛を育むようにしています。私の実家のある広島では原爆に関する「平和教育」が行なわれていました。その地域の特色に合った教育で、それほど政治的な洗脳はありませんでした。実際には日教組の息がかかってはいるでしょうが、ともかく郷土を意識した教育としての評価はできるのでは?ですから、そんなに愛国教育の現状を悲観しなくても良いと思います。

>>「本能より理性から成る人」

そう、私はこちらのブログで正にそうしたコメントをしています。robitaさんもこのコメントに賛同してくれるものと堅く信じています。

投稿: 舎 亜歴 | 2007年10月11日 (木) 21時30分

>舎亜歴さん、

改正教育基本法はもう施行されてるんですよね。現場では教える側の試行錯誤が始まっていると思いますので別に悲観はしてませんよ。
郷土愛のなんたらかんたらも大事なんですが、要するに、戦後失われた「公の精神」を取り戻すのが目的ですから。

エリカちゃんについては、「パッチギ!」の清純なイメージとあまりにかけ離れていることにただただ驚くばかりです。
しかし、大勢の人の前であの態度が取れる勇気はたいしたものだと思いますよ。人は嫌われないよう振る舞うもんですよね、普通。
しかし、「あの態度はいかがなものか」と素直に批判することも是非必要だと思います。
スクリーンでまた「かけ離れたキャラクター」を演じてくれるのを楽しみにしています。

「本能より理性から成る」、
大人がそのように心がければ品格ある人間が増えていくんでしょうけどねえ、なかなかねえ。

投稿: robita | 2007年10月12日 (金) 12時33分

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