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2007年11月30日 (金)

「お坊ちゃん政治家の時代」

日下公人さんが執筆者の一人になっているサイトに行ってみた。「『お坊ちゃん政治家』の時代」を読んだ。 

嘘をつかない、金に汚くないお坊ちゃん首相を、国民自身が選ぶ時代になった、という。

記事につけられたコメントの中に「いじめに耐えかねてやめてしまった安倍さん」という風な表現をみつけて、ちょっと考えた。

「いじめに耐えかねて」・・・・、う~ん、これはいったい何だろう。

そもそもなぜいじめる必要があるのだろうか?

安倍さんが官僚組織に手を突っ込もうという意欲を持っていたことは事実だろう。たとえお坊ちゃまだろうが頭が悪かろうが(そのように表現したがる人がいるから)、そのつもりはあっただろうと思う。

で、なぜ、いじめてつっつきまわしてそれを邪魔したのだろう?

政官業癒着構造を変えたくない勢力が首相批判をしてそれを阻止しようとするならわかる。野党が政権与党のイメージダウンを図っているならわかる。しかし、いじめていたのは主にマスコミではなかったのか。
そしてそれに乗っかった国民ではなかったのか。

官僚の汚職に対してマスコミや国民は現に怒っているではないか。

守屋がゴルフやカラオケを業者にねだったと言って怒っているではないか。

省庁の腐敗というのは、個人個人が清廉を心がけても構造自体を根本的に変えないとどうにもならない、ということを耳にタコができるほど聞いている。
天下りをやめられない官僚の問題点もイヤというほど挙げられている。
そういう構造が国民の血税を無駄遣いしていると、連日、いや、ずっと昔から誰もが批判する。

その構造の改革を本格的にやろうとしたのではなかったのか、小泉安倍改革路線というのは。

で、なぜ、その人をいじめて、やめろやめろ、と大合唱したのか私にはわからない。

頭が良くて優秀でも、大改革をやろうという気のない人より、それほど明晰な頭脳の持ち主でなくても国を良くしたいという志のある人を国民が支えればいいのではないか。

もう、復興や高度成長の時代ではないからこそ、やり手政治家でなくても、きれいな政治をしてくれるお坊ちゃん政治家を国民が望んだのだろう。

やり手で志があって豪胆で清潔で、なんて無理だと思うよ。そもそも、国のために命をかけて尽くそうなんて人間をこの国は育ててこなかったのだから。

だから、これから人材を育てる教育も大切だけれども、それが育ち上がるまでは、せめて国民がリーダーを支えるくらいの度量の大きさがなければ、政治は混乱するばかりだと思う。

野党やマスコミが、改革をやろうとする政権を小突き回すのを、なぜ国民は阻止できないのか。なぜ首相を応援できなかったのか。

今になって、「福田さんになって官僚が力を盛り返してきた」などとのんきなことを言う。

私のような主婦には政治というものがわかってないのかもしれない。政治とはそういうものではないのかもしれない。国民はいつもいつも政治に文句をつけるものなのかもしれない。そういうものなのかもしれない。

でも、一連の流れを見ていると、国民はいったい何を望んでいるのかわからなくなる。

単に、人間とは誰かをいじめずにはおれない生き物だ、ということがわかっただけなのかもしれないなあ、と思った次第である。

    

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もっと早く読めばよかった。

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2007年11月29日 (木)

銀杏並木が美しい

近くの商店街のトウカエデの並木の紅葉が始まった。トウカエデの葉は、黄色、ピンクがかったオレンジ色、赤などに変化し、そして残留する少々の緑、これらの色が混じり合って美しい。
学校の横の桜並木も赤くなった。
少し遠くにあるスーパーマーケットに行く時に車で通る銀杏並木も、今年は色づくのが遅いなあと思っていたが、昨日通ったらいつの間にか鮮やかな黄色に変わっていた。舗道にも落ち葉が敷き詰められたようになって、あたり一面明るい。

自然の変化で人は季節の移り変わりを感じ、加えて、その美しさに感動する。

業田良家の作品に「人類が『美しさ』を発見したのはいつなのだろう」というのがあった。原始の人が雲の切れ間から射し込む陽光に目を奪われる図が印象に残る。

先日、永六輔がラジオで、愛知県の日本モンキーセンターにいるという、夕日を見つめて涙ぐむサルの話をしていた。

それを確かめるためにじっと観察し続けた人がいるらしいが、確認できなかったとか。専門家によると、サルは泣かないし感動しないということなので、もちろん、夕日に感動するサルというのはデマにちがいないが、しかし、何百万年前、あるいは何十万年前、最初に夕日を美しいと思った霊長類がいたはずなのである。

生き残るため、種を絶やさぬようはびこるための熾烈な戦いの合間にも、人類は「感動」し、それを糧に突出した進化を遂げてきたのだろう。

それを人類に最初に与えたのはいったい誰だったのだろう。

「精神と物質の違いなどない。人間の心も、所詮は原形質の進化したもので、その原形質とは、炭素や窒素などの元素から成り立っているのだから物質と何ら変るところはない。ゆえに宇宙に謎などない」と100年も前に言った人(生物学者兼哲学者のヘッケルという人らしい)がいるそうだけれど、わかるようなわからないような。

ビッグバンが神の一撃なしに自立的に起こったらしいのと同様に、人の心の芽生えも誰かに与えられることなく単なる進化として自然に起こったのだろうかなあ、なんて赤や黄色のトンネルを通り抜けながら思う。

   

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2007年11月19日 (月)

トップランナー日本

「選択」という雑誌の今年5月号に「『宇宙技術』の先端行く日本」と題した論説が載っている。
これを読むと、日本は何も手をこまねいて他国に後れをとるに任せているわけではないことがわかる。

【 宇宙開発競争はますます熾烈になってきた。わが国でもJAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心に、宇宙インフラ構築や各種宇宙開発プロジェクトが進行中である。国際宇宙ステーション(ISS)建設において、日本はその中枢施設である有人実験棟「きぼう」の開発を担当した。___中略___円筒状の船内実験室には、最大四名までの研究者の長期滞在が可能である。】

以下、要約。(面倒くさかったら読み飛ばしてもOK。要するに日本がどんだけすごいことを着々とやっているかの紹介です)

・無重力の環境下では、地上では生成不可能な特殊金属や有機素材を開発することができる。また、医薬品の開発や病因の究明に必要なタンパク質の構造や機能の解明には、微小重力空間での単一の分子からなるタンパク質の結晶が不可欠だ。

・ISSからは地球表面の85%を観測できるので、自然環境問題への総合的な対応を図ることができる。

・JAXAはH-ⅡA型ロケットをさらに大型化し一段と性能を高めたH-ⅡB型ロケットを開発中。(このメリットはすごいものだが長くなるので省略)

・「水素推進系エンジン」に代わって、安価で小型軽量化可能な液化天然ガス使用「LNG推進系エンジン」や両推進系併用の新エンジン開発を進めている。

・昨年末に打ち上げられた技術試験衛星「きく八号」は移動体の通信能力を飛躍的に高める基礎技術を目的としている。災害時や非常時の情報交換、緊急車両の運行支援、被災者救助の迅速化などに役立つ。

・これから続々と打ち上げが予定されている特殊目的衛星は高速インターネット網を僻地までカバーし、「遠隔医療」が促進される。

・NASAと共同開発の全地球降水観測衛星は、豪雨や旱魃などの予知、それらへの対応、さらには良好な地球の水環境の維持に役立てるねらい。

この他、書ききれないが、温室効果ガス観測技術衛星、宇宙ゴミ処理技術、金星、水星、月面探査機などの研究は進行中であり、また探査ロボット、特殊な電波処理技術の研究などは日本がもっとも得意とする分野であり、現在世界の最先端を走っている、ということだ。

そして【 科学の全力域にわたる最新知識や最先端技術を結集した宇宙開発は、副産物として膨大な民需技術を生み出すから、技術立国を標榜する日本は、この競争で後れをとるわけにはいかない。 】と結ぶ。

これらを担う人材育成、それに先立つ子供たちへの科学教育、そのための教育予算、国民にこれらの壮大な計画の重要性を知らしめて納得してもらうことが大切だ。

余談だが、この論文の中で、太陽風(太陽光)を利用し燃料なしで推進する太陽帆船の計画も進行中、とある。

昔、アーサー・C・クラークの短編で読んだ荒唐無稽と思われた太陽帆船がリアリティを帯びてきたことに深い感慨を覚える・・・というのは前に書いたか。 太陽系の大航海時代ですと。植民地獲得競争が始まるのかね。

      

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2007年11月14日 (水)

湯島本郷界隈

秋の一日、娘と東京散歩を楽しんだ。
明治大正昭和初期の和洋折衷の建物が好きなので、湯島の旧三菱財閥岩崎邸にまず足を運んだ。

地下鉄千代田線の湯島駅で降りると、迷うことなく1.2分で岩崎邸に着く。
門を入ってから明治神宮の参道に似た砂利道を上って行くと、写真でよく目にする建物正面の威容が現れ、まずは最初の感動だ。
修復工事中で、足場が組んでなければもっと良かったのに、と思う。

いくつもある部屋の重厚さに圧倒されながら見て歩く時、この家に暮らした人々の幻影を追い求めようとしたが、映画のCGのようには現れず、また想像力も思うように働かず、ひたすら憧れの気持ちだけをつのらせて和館の方へ移る。
子供たちがこの廊下を走り廻って遊んだ日々はあったのだろうか。
お嬢様はこの玄関から馬車か人力車で学校へ通ったのだろうか。
六角形の婦人用応接間では着飾った奥様方が上流の会話を交わしていたのだろうか。
冬の寒い日にはこの暖かそうなサンルームで家族はお茶を楽しんだことだろう。
芝生が広がる庭園ではしばしば園遊会が開かれたに違いない。

こういった豪華絢爛な構築物を見るたび、私は富豪の存在を有難いと思う。
彼らがいなければこんな邸宅は端から建てられることもなかっただろう。
富豪は普通の人々にはできないことをやって見せてくれる。→「富豪のつとめ」
後世の人間はそれを見て胸苦しいような、なんだか泣きたいような感動を覚えるのである。

岩崎邸を出て、横山大観記念館へ。
大観が住んだ家だそうだが、豪華ではないものの、落ち着いたたたずまいの純和風住宅。
門から玄関までの小道や庭も風情があって、心が落ち着く。
せっかく日本人に生まれたのであれば、こんな家に住んで、誰も見ていなくても着物など着て慎ましい生活をしてみたいものだと思う。無理だけど。

お腹が空いたので、近くの老舗中華料理店に入る。
本当は上野精養軒に行くつもりだったのだが、不忍池の向こう側にあり、時間もおしてきたので、そうした。
7階にあって、窓際の席は不忍池が一望に見渡せ、素晴らしい景色で気分は爽快。食べたラーメンは・・・・、ちょっと味が薄かったかな。

そこを出て、本郷方面に向かう。目指すは東京大学。
不忍池方面から歩くと東大はすぐだが、正門は反対側なのでぐるっと一回り。
初めて見る赤門に感激し、娘が恥ずかしがるのにも臆することなく背景に入れて写真を撮ってもらう。

部外者が入っていいものだろうかと守衛さんに確かめると、校舎内に入らなければ自由に散策いただいて構いません、ということだった。親切な守衛さんは、三四郎池に下りる道はいくつかありますが足場の悪いところもありますので足元にお気をつけて、と言葉を添えてくださった。

暖かい日だったが、池のあたりの空気はひんやりとしている。紅葉の始まった木々が美しい。
時折すれ違う人々の会話にハングルや中国語を聞き分ける。留学生だろうか。
歴史の重みが感じられる建物は明治以来のものなのだろうか。京都大学の古びた校舎も魅力的だが、東大も良い。

そしてあの画像でしか見たことのなかった安田講堂の前に出る。これがあの・・・・、そうか、ここだったのか。しばし感慨に浸る。
前の芝生で子供たちが遊んでいた。近くに若い母親たちが立ち話をしている。

さては子供らを東大に入れるつもりだな。
よおし、「○○(娘の名前)の子供を東大に入れようではないか」と高らかに宣言した。
「そんなに張り切らないでよ」と娘は笑うが、お婆ちゃんは本気じゃ。
まだ見ぬ孫に、東大脳を授けてやろう。どうやって授けるのかわからないが、とりあえず、色々なことに関心を持つ子供にするために昔話をしてやったり一緒に散歩に行ったり、簡単な勉強ぐらい見てやるとかそんなことではないか。
好奇心を持つことが「東大脳の基礎」と「ドラゴン桜」に書いてあったぞ。

頑張った者だけが手にすることのできる栄光と飛び切りの勉学環境。
金持ちの子女だけが東大に入れるなんて嘘だということを証明しちゃる。
むふーっ、俄然鼻息が荒くなってきた。
還暦間近にしてようやく負けじ魂が芽生えてきた。いくつになっても情熱はほとばしるもんだ。

まだ見ぬ孫よ、迷惑なんて言うな。ばあちゃん、頑張るけん。

銀杏並木を通って、正門を出る。東京大学よ、しばしの別れだ。

本郷通りを渡って6丁目に向かう。

まだ、続きはあるが、長くなるので、いったんおしまいにする。

      

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2007年11月 6日 (火)

謝る謝らないの問題でなく

「説明する努力」にいただいたコメントに返信です。  

★一知半解男さん、

山本七平の言葉は知りませんでした。なるほど納得がいきますね。

>戦前の軍国主義者と左翼の方々って、どうも思考様式が似ている気がしてなりません<

そう、しかも「国家主義」と言う点でもそっくりなんです。これを指摘するブロガーの方もおられますし、私も記事で書いたことあります。

>お互い頑張って議論して行きましょう<

私は勉強をしていないのであまり色々な事実を知りません。だからもし「それはどこに書いてあったの」なんて言われると、「だってみんなが言ってるから」ぐらいしか言えないでしょう。
でも、両者の議論を眺めて、どちらが理にかなっているか判断することは第三者の強みとして可能です。
私の役割は、一知半解さんの素晴らしい論客ぶりをここで紹介するくらいにとどめておきます。(無責任かもしれませんがこれが主婦の限界です)

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★真魚さん、

>その実、ちゃっかりと自国の利益は確保する、うちの国はうちの国なんですという独立自尊でゴーイング・マイ・ウェイを行く。<

私もアメリカとの関係はそんなもんでいいじゃないか、という趣旨で考えを述べたことがあります。必ずしもあちらこちらに頭を下げるという意味ではありませんので真魚さんの仰ることとはちょっと違うと思いますが。

>今まで以上にアメリカにペコペコし、中国にペコペコし、ロシアにペコペコするってゆーことなんです。<

ただ頭下げる、ぺこぺこ謝る、というのは、いったい何に対して謝っているのかはっきりしなくていいんでしょうか。

これについてはたしかに悪かったから謝る、しかし、ここについては事実ではない、という仕分けは必要ないというお考えですか。事実でないけれどあちらが謝れと言ってるのでとにかく謝るということは、われわれの祖先への冒涜であり、歴史を歪めることに他ならないのではないですか。

いや、それでも、結果的にそれであちらが満足し日本がちゃっかりと豊かになって幸せになるならいいじゃないか、と考える人がいてもおかしくはありません。実のところ私だって豊かになりたいから、どっちだっていいんです、と申し上げておきましょう。
しかし、祖先の名誉を守りたい、金で魂を売ることはできない、歴史を改ざんしてまで豊かになろうとは思わないという人々はこの国にはいないでしょうか。
いるんじゃないんですか。だから長らくもめているのではないんですか。
もし、真魚さんの仰る武装中立を実現するとなると、国家は一丸とならねばならないのではないですか。
民主主義によって過半数の人がその考えに賛成すればそれは実現しますが、再び民主主義によってその考えがくつがえされたらどうなるんですか。
対外的な国家の姿勢というのは、民主主義であろうがなかろうが、不動のものでなければ信用されないのではないでしょうか。

伊達藩の話に戻りますが、民主主義ではなかったので、殿様が「これが正しい」とか「これが我が藩が生き延びる道だ」と思えば、民意をはからなくても政策を通すことはできたでしょうし、領民も、殿様のなさることだから、と大人しく従っていたでしょう。天下人として君臨する秀吉の恐ろしさにも、どの国も(謝る謝らないの話は別にして)政宗と同様の対処の仕方をしていたのではないでしょうか。

スイスは真魚さんの仰る国家像に近いのではないでしょうか。スイスの国家体制よく知りませんが、ちゃっかりと豊かになっているという印象があります。
国民は豊かで幸せではあるけれど、そのかわり、国家による管理体制も受け入れているということを聞いたことがあります。自分たちで自分たちをきちんと規制しているということでしょうか。
外国人観光客が田園地帯で写真を撮っていると兵士だか警察だかが飛んできてカメラを没収されそうになった、なんて話も聞いたような。
聞いたような話で意見を述べるのはいけないと思いますので、そういう話は知識のあるかたがたが教えてくださると良いのですが。

しかし、愛国心が強いスイス国民が一丸となって国を守ろうという体制、こういうの国家主義というのではないですか。

日本では愛国心を否定する人が多いので、これは無理なんじゃないかと私は思うんですね。

____________

★山本大成さん、

「もうこれだけ謝ったのだからいい加減勘弁してほしい」というのも、それはそうなのですが、問題は、最近「従軍慰安婦はなかった」とか「大虐殺は人数の捏造だ」とか「東京裁判はあまりにも理不尽だ」という、戦後60年ずうっと言うに言えず抑えてきたものが噴出して(あるいは日本極悪説を信じ込まされてきた世代が真実を知るにつれ)、日本が主張するようになり、それを国内左翼と中韓が「聞き捨てならん」「やっぱり反省してないじゃないか」と怒るから、いつまでもこういうことになってしまうんですよね。

でも、日本人としては、捏造されたものが歴史の事実となってしまうのは到底受け入れられないし、かといって、「表面的に謝っとけばいいんだ。真実は日本人の心の中にある。世界もわかってくれる」みたいな合意を国内でまとめることなど不可能です。
仰るように、中韓の日本への圧力はあちらの内政問題だと思いますが、まずは、日本人がそういうことを理解することから始めることが筋ではないかと思います。
一知半解男さんが指摘されたように、まずは左翼のかたがたに思想のために事実に目を背けることをやめてほしいなあと思います。

>謝罪問題は戦時中を実際に経験した人たちが第一線で働いていた頃にはほとんど発生していなかったことが、当時を知らない人たちが第一線に立つようになってから先鋭化したように感じられることです。<

そうかもしれませんね。
ご存知でしょうか。KABUさんのブログです。→「日本人としての誇り」

情緒にとらわれ過ぎるのは慎むべきですが、現に評価されている面にわざわざ目をつぶることはないのでは、と思います。

    

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2007年11月 5日 (月)

説明する努力

一知半解男さんからコメントをいただき 、また真魚さんがこういう記事を書かれたので、それぞれに返信です。

★一知半解男さん、

>具体的には、靖国参拝については、謝罪とは関係がないことをはっきり主張し内政干渉を止めさせることです。<

これは努力でなんとかなりそうです。

>「事実」は思想・信条・善悪とは関係ないということをわきまえていない人が、左翼の人達に多すぎるような気がします。<

一知半解男さんは、「回答になっていないような気がします」と謙遜なさいますが、↑このことが一番重要ではないかと思うのです。
国民が事実を知り、何を反省すべきか、何を謝罪するのか、それをはっきりさせることだと思います。
左翼の人たちの思想を変えることは無理でも、「なんとなく左翼の言うことに引っ張られている人たち」にわかってもらうことに意味があると思います。

まず国内の意思統一ですね。外交問題は挙国一致であたれ、というのは世界の常識だそうですが、外交につながる「事実の把握」については、真剣でなくてはならないはずです。
あちらが怒ってるからなんでもかんでもとにかく低姿勢で、というのは間違いということを一般国民が認識することが大事だと思います。これは何も思想統一の全体主義ではありませんよね。

一知半解男さんには、ぜひとも左翼の人たちとの議論を頑張って続けていただきたいと思います。左翼を説得する、というより、そのやりとりを見ている無党派の人たちが何を思うかが重要なわけですから。
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★真魚さん、

読み始めた時は、真魚さんは秀吉をアメリカになぞらえているのかと思ったので「強いアメリカにいたずらに反抗すべきではない。恭順の姿勢を示すのが小国の生きる道だ」と仰ってるのであれば、私の意見と同じだなあ、と思ったのですが、中国のことなんですね。

>robitaさんの「うちらは悪くない、おまえが悪い」という意見<

私はこういうことを言っているのではなくて、やみくもに卑屈になるのは良くない、と言っているだけなのですけどねえ。だって、国益のために戦争をしたすべての国が悪いことしたじゃないですか。なぜ自分「だけ」が悪いと言わなければならないのでしょう。

よく「自己弁護をしないのは潔く美しい態度だ」なんてことを言いますね。
私はあれは究極の甘えだと思うんですね。
そこには「自分が説明をしなくても、きっと誰かが説明してくれる。きっと誰かがわかってくれる」という他者への依存があるからです。

誰にもわかってもらわなくてもいい、未来永劫、誤解されたままで滅びても良い、というのなら、それは本当に潔いと思います。
でも、「自己弁護をしなくてもいつかわかってくれる」というのは、自分はそんなしんどいことをしなくても、誰かが自分のために弁護してくれる、という期待に寄りかかっていることに他ならないのではないですか。
誤解は自分で解く努力をすべきではないですか。

私は歴史も国際情勢もよく知りません。
だから仙台藩が、どのような産業構造で、周辺国とのどのような力関係を背景として繁栄を極めたのか知りませんが、今の日本の境遇にあてはめても同じ論理が通用するものなのでしょうか。

「世界で生き延びるための知恵」についての真魚さんのお考えはわかりました。
ついては、中国に従うか、アメリカに従うか、その選択が問題だ、ということになるのでしょうか。
たしかに、日本はアジアの一員であり、アジアとしてひとつの共栄圏を作ることは自然なことのように私にも思えます。
私も、遠く離れた白人国家と組む、というのは不自然な気がずっとしていました。
でも、中国って共産主義国ですよね。
中国がアジアの覇権を握るとここいら一帯赤く染まるんですか。(それはないでしょうけど)
ま、みんなが豊かになるんならそれでもいいんですけど、なんか、それぞれの国の伝統や文化までも壊れていくような気がしませんか。歴史までもきっと改ざんされてしまって、それこそ日本は何も言うことができなくなるんじゃないか、そんな心配は必要ないでしょうか。
結局、国の誇りをどう考えるかということではないでしょうか。

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