あ、いい娘さん
いつも行く駅前のスーパーマーケットのレジにとても感じの良い娘さんがいる。
美人というわけではない、昔の感覚で言ったら「ファニーフェイス」の部類に入るだろうが、客への丁寧な応対の様子には、マニュアルに依らない本物の人柄の良さが窺える。
そんなふうに、「あ、いい娘さんだな」と思わされる女性は、日常的にそこかしこで見かけるものである。
昔は、そんな女性には「ぜひうちの息子に」とか「知人男性の嫁にどうか」とか、声がかかったものだ。
知人を介して話を進めるといった習慣も健在だった。
女性のほうも、価値観だのフィーリングだのそういう複雑なことはさておいて、周りから「身元がたしかだ」とか「誠実で働き者」とかの薦めに応じ、「この人となら堅実な家庭が築けそう」と判断して結婚を決めていた。結婚というのは概ねそういうものだった。
そして子供を何人か産み育て、夫を支え、家庭を守り、小さな幸せを育み、おじいさんおばあさんになって死んでゆく。
しかし結婚に対する考え方は変わった。もう誰も「お見合いで誠実な人を」などと言う人はいなくなった。「堅実な家庭を作る」ということが結婚の第一の目的ではなくなったからだ。
「この人良い人よ。真面目でよく働くし、ユーモアのセンスもあるし、良い旦那様になると思うんだけどねえ」なんて勧めたって、女性はそんなことで結婚しようなんて思わなくなった。
「私やっぱり恋愛して結婚したいんだと思います」と、テレビドラマ「結婚できない男」で、ヒロインの女医がお見合いの相手の誠実そうな男性に言い、断りの意を伝えていた。
恋愛した人と結婚したい。
それは女性として当然の願いであり、痛いほどわかる。
でも、日常の生活の中で「まさしくこの人」という人と出会う確率は恐ろしく低い。
「運命の人」に出くわすのを待ち続けているだけなのであれば、思いはなかなか成就しないだろう。
価値観の変化につれて、男も女も「生涯の伴侶」を探し出すことが非常に困難になっているのは当然の成り行きなのだ。
私は日ごろから、少子化の大きな原因の一つに「結婚しない人々」「結婚できない人々」が増えてきたことがある、と言い続けている。
個人の自由は尊重されるべきであるから、「家庭を築くことが幸せとは思わない人」とか「妥協して結婚するくらいなら一生独身でもかまわないと言う人」はさておくとして、「結婚して子供を産んで幸せな家庭を築きたい」というささやかな願いを持っている人には、発想を変える余地がありそうだな、と思う。
経済評論家の勝間和代さんが先日の朝日新聞土曜版でこんな意見を述べていた。
≪「ムギ畑」(働く母親のための情報ウェブサイト)を中心に、数多くのカップルを見てきました。結論として、女性にとって恋愛相手と結婚相手は冷静に区別するべきだというのが私の感想です。
もちろん、恋愛と結婚相手がイコールなのがベストでしょうが、恋愛相手が生活のパートナーとしてベストでないことも、ままあること。せめてネガティブな要素について冷静にチェックし、該当した相手はなるべく対象から外すことを心がけたいですね。
私のおすすめチェックポイントは、例えば、自己評価が低すぎないか、ギャンブルやゲーム、たばこやお酒にはまっていないか、昔話ばかりしないか、などです。一方ポジティブなチェックポイントとして大事にしてきたのは、適応力があり一緒に成長できるか、です。特に子供が生まれれば、ライフスタイルは大きく変わります。その大きな変化に、力を合わせて対応できることが必要だからです。恋人時代、付き合っている言い訳を探したりせず、堂々とのろけられるかどうかも、よい相手か見極められる指標になります。
価値観も選択肢も多様化し、パートナーを選ぶ際、恋愛と結婚の区別どころか、結婚と出産も別というケースが増えているのも現実。「解」も一つに限らず、柔軟に考えたいですね。≫
価値観と選択肢が多様化していることがそもそも結婚難の原因だろうと私は思うので、『「解」も一つに限らず』と言われたって、どうすりゃいいのさと返したくもなるってもんだが、「恋愛相手と結婚相手は冷静に区別するべき」という考え方は理解できる。
しかし、「冷静にチェックし、該当した相手はなるべく対象から外す」、こんなことは当たり前のことであって、そもそも「対象から外す」ほど「候補者」がいないのが問題なのではないかと私など思うのだがどうだろうか。
綺麗で、頭が良くて、仕事もでき、お料理も上手、そんな女性が、自分にふさわしい、と納得できる男性に出会うことができるのだろうか。そして、そのような魅力的な女性は増え続けているのだ。
女性が素晴らしく成長しすぎてしまったのが近頃の結婚難の原因ではないかと思ってしまうほどだ。
いや、それとも、逆に、古来、女性は男性より優れているのがわかっているので、バランスをとるためにその能力を抑え、なるべく女性を社会に出さないように人間は画策してきたのではないか、なんてことまで思ってしまう。なんせ、種の保存のためには「バランス」は必要欠くべからざるものだからねえ。
それにしても、ここまで書いてきてつくづく面白いなあと思うのである。
もし、「男性は女性より優れている」などと書こうものなら、女性陣の猛攻を受けるであろうことが予測されるのに、その逆「女性は男性より優れている」と平気で書けてしまうこの世の中の妙を。
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