« 事の本質 | トップページ | 経済のグローバル化 »

2007年12月10日 (月)

たとえ福島瑞穂でも

官僚支配構造を変えるには、政権交代することが最も手っ取り早い。そのためには、政権交代可能な二大政党制にするのが良い、とされる。
私もそのように思うので、このブログでも何回もそれを言ってきた。例えば→「どうしても政界再編したい私」とか「民意」とか、他にもいっぱい書いたと思う。
二大政党制にするためには、政党の特色をより鮮明に出すことも必要になってくる。
現在のように、自民も民主もそれぞれに属する国会議員が妙な形で混じり合っている状況では政党色はとてもわかりにくいし、党としての方針もあいまいにならざるを得ない。
つまり、なるべくわかりやすい形に分かれてほしいので、「政界再編」が叫ばれるわけだ。

小泉さんがあの時総裁選で勝ったのを、私は今でも間違いだったと思っている。あの時負ければ小泉さんは党を飛び出し新党を立ち上げ、勝利して自民党でない首相が誕生したかもしれない。ダイナミックな政界再編が起こったかもしれない。
でもそうはならなかった。
それで、小泉さんの後の自民党総裁は、私は安倍さんでなく、福田さんに継いでほしいと思った。
痛みを伴う急激な改革が、旧自民党体質を懐かしむ傾向を強めていたから、改革派と守旧派の対立がよりいっそう激しくなり、ある局面で分裂、再編が起こるだろうと考えたからだ。

しかし、国民的人気の高い安倍さんを自民党は担ぎ、改革を続行しようとした首相はマスコミにも国民にも見放されて孤立無援となり、ガラガラポンも起こらないままだ。

「政界再編」を待ち望んでもう何年が過ぎただろう。その間にも世界は変わっていく。

官僚支配の弊害をなくすには国会議員や業者とのしがらみを断ち切る政権交代しかない、と言われる。
しかし、改革は政権交代しさえすれば何もしなくても自動的に実現するものではないと思う。

その時々、政権を担った党と首相の努力によってなされるものだろうと思う。

マスコミや国民は、たとえ民主党が政権をとっても、あれやこれや文句をつけて結果的に改革の妨害になることをするにちがいない。

「日本のため」になることを応援しなくていいのだろうか。

だから私はいつも極端なことを言う。
「(ありえないけれど)たとえ福島瑞穂が首相になっても、彼女に日本を良くしようという意思があるのなら応援しようと思う」と。

「顔が気に食わない」とか「喋り方や言語表現がうざい」とか「お育ちがどうのこうの」とか、そんな個人的好き嫌いでリーダーの人格をあげつらい、活動を邪魔するようなことをしたくないからである。

しかし同時に、なんだか事がうまく運ばないのは、結局この世が好き嫌いで左右されているからかもなあ、とみもふたもないことを私は時々考える。→「好きな人嫌いな人」 

     

      よろしくお願いします  →人気ブログランキング

|

« 事の本質 | トップページ | 経済のグローバル化 »

コメント

 ある程度まで同意します。
 サラリーマン時代に新進党が政権をとって、世の中のお金の回りが変わったのを実感しました。
 政権政党が同じ場合、たとえ景気浮揚に公共投資を行おうとも、あらかじめ予見して設備投資を済ませている業者のみでお金がが回ってゆくのですが、マルチメディアの旗印の元その時期は今まで公共投資に縁のなかった業界にかなりのお金が流れました。
 すると、そのお金で何かをするためには関連の設備が必要になりかなり広い業界でお金が動いた実感がありました。(建設業界は公共投資予見して重機などを既に設備済みなので100億の公共投資は従業員への給与などでの還流も含めせいぜい200~300億の価値しかないのに対して、設備業界なども巻き込んで100億の投資が1000億以上のお金を動かしたように感じました)
 以上は公共投資の例なのですが、他にも人事の停滞の打破やさまざまな仕掛けの再構築など、政権交代の価値は非常に大きいと思います。
 その意味で、私の場合は安部首相が実現するまでは一貫して選挙時には新進党-自由党-民主党を支持していました。
 ただし、安部首相の中期以後党利党略でしかものが言えない野党とそれに迎合するマスコミの姿に、愛想を尽かしました。
 どこかで政権交代を強く求めるものの、今のままではあまりにもリスクが大きく感じ、まともな野党が存在していて欲しいです。
(もっとも福田首相にも大きな不安を感じ続けていますので、大して変わらないのかも?)

投稿: 山本大成 | 2007年12月14日 (金) 01時07分

★山本大成さん、

はぁー、政権が変わる、ということは景気浮揚という面でも大きな効果があるのですね。私は何もわからず、ただ政権交代すれば政治がキレイになるんだ、と単純に思っていただけでした。

>安部首相の中期以後党利党略でしかものが言えない野党とそれに迎合するマスコミの姿<

「党利党略でしかものが言えない止むに止まれぬ野党」と「迎合するマスコミ」、これらの事情を引き起こす原因は我々国民の側にもあると思うんですけどねえ。

投稿: robita | 2007年12月14日 (金) 09時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: たとえ福島瑞穂でも:

« 事の本質 | トップページ | 経済のグローバル化 »