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2008年1月27日 (日)

軍事を忌み嫌う

去年、防衛省の不祥事があって、随分とマスコミを賑わせましたね。
あの時テレビ朝日のワイドショーで、元朝日新聞論説委員のコメンテーターが、こんなことを言っていました。
「なぜ、商社を通してしか武器が買えないのか。なぜ防衛省の役人が自分の目で品物を確かめて購入しないのか。政府に軍事のエキスパートがいないのが大問題だ」と。

私は、これは戦後60年、国民が軍事を忌み嫌ってきたツケではないのかと思うのですが、違いますか。
朝日新聞は、軍事をタブーとする勢力の中心にいたのではないでしょうか。
戦争の話はいやだ、防衛の話はいやだ、核武装のことなど考えるだに恐ろしいと、ひたすら耳をふさいできたことの結果がこのざまではないのでしょうか。

もちろん、マスコミがそれをタブーとし、それを当然のこととした国民がいたからだとしても、政府が軍事エキスパートの育成をしっかりやっていれば問題はなかったと思いますが、それをやらない政権を選んできたのは他ならぬ国民でした。(選んだ、というより、させなかった、というほうが正確かもしれません)

また、敗戦という大きなショックで価値観がすっかり変わってしまった大人たちや戦後教育で育った人々がこの60年間の日本を形作ってきたのだとしたら、政治家にも官僚にも、軍事を真面目に考えようという人が育ってないのは当然ともいえます。彼らはこの日本の教育で育ってきたわけですから。

ブログ「ねこまんま」のめすねこさんは 「14歳からの戦争学」という記事で、軍事に関する最低限度の知識を持つことの重要性を説いておられますが、素晴らしいご意見だと思います。

14歳でなく、18歳から、それまではまず歴史をしっかり勉強する、というお考えにも同感です。

私は女性こそ、こういう問題に目をつぶらず、少し関心を持ったほうがいいと思うのですが、女性のみなさん、どうお考えですか。

        

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コメント

robitaさん、ご無沙汰しております。遅ればせながら今年も宜しくお願いします。

今回の記事、うんうんと頷いてしまいました。私は、ねこまんまさんの記事も愛読しているので、本当に御二人のような女性が増えてくれるといいのですが。

この記事を読んで、やっぱり井沢元彦の「逆説の日本史」を思い出してしまいました。

井沢氏が言うには、日本にはケガレ信仰の影響で、「血を流す戦争すなわちケガレ」と認識されてしまい、軍事を厭う土壌が存在していたと主張しているのですが、日本の歴史を見ても確かにその指摘は当てはまると思います。
井沢氏は、そのことを司馬遼太郎の言葉を引用して説明しているので、下記に転載させていただきます。

平和とは、まことにはかない概念である。
単に戦争の対話にすぎず、”戦争のない状態”をさすだけのことで、天国や浄土のように高度な次元ではない。あくまでも人間に属する。平和を維持するためには、人脂のべとつくような手練手管が要る。
平和維持にはしばしば犯罪まがいのおどしや、商人が利を遂うような懸命の奔走も要る。
さらには複雑な方法や計算を積み重ねるために、奸悪の評判までとりかねないものである。例として、徳川家康の豊臣家処分を思えばいい。家康は三百年の太平をひらいた。が、家康は信長や秀吉にくらべて人気が薄い。平和とは、そういうものである。(『風塵抄』司馬遼太郎著)

このことをわかってないのでしょうね。結局のところ。
(そういえば、お玉さんのブログでも、この文章を載せて見たけど殆ど無視されてしまいました。こういう指摘は、左翼の方々には受けが悪いのはわかっていたけれど。)

投稿: 一知半解男 | 2008年1月27日 (日) 23時45分

私は女性ではないのですがw

百姓は戦争のことなんか
考えなくても済んだのですが
国民国家というか主権在民では
そうもいかないですね。
#自分で勝ち取った訳ではないですが......

>女性のみなさん、どうお考えですか。

周りの女性で三国志の誰々が好き、
という人はいますが、
歴史が好きな人って
ほとんどいないです。

多分、歴史≒戦争、というのを
どこかで理解しているからかな?
とか思ってます。

歴史をなぞった後に
戦争からアプローチすると
見えないモノが見えてきますよね。

投稿: ルイージ | 2008年1月28日 (月) 12時11分

★一知半解男さん、

こちらこそ今年もよろしくお願いします。

>ねこまんまさんの記事も愛読しているので、<

あ、そうだったんですか。あんな良いブログがあるとは知りませんでした・・と言うか、ずっと前に見た記憶もあるような気がしますが、右派とわかるような記事ではたまたまなかったのか、その後見ることもしませんでした。
もっと丁寧に見ないといけないなと思いました。

ケガレ信仰というのが日本の伝統思想だとしたら、その伝統を捨てなくては生き残れない、ということなんですか?
まだ世界を知らなかった日本国内の歴史も戦争の歴史ですよね。そして、そこにはれっきとした軍略があり、策略も働いたと思うのですが。

ただ、ことが世界規模になった時、日本人の価値観だけで乗り切ろうとするのはやはり無理があると思いますよね。誰しも生き残るために生きているわけですから。

まあ、軍事を忌み嫌ったのをマスコミのせいだけにするのはフェアじゃないと思いますが、日本人が戦争や平和について真面目に考えるようになったのは良いことですね。60年かかりましたけど。

>平和とは、そういうものである<

これが司馬史観というものなんですか?
だから、左翼の人たちは司馬史観に疑問を感じる、とか言うんですね。
私は無知で、司馬遼太郎も山本七平も知りません。これからも色々教えてください。

昔の記事ですが、こんなの書いたことあります。→ 「人間だもの」
「戦争がなかったら歴史の授業はさぞかし退屈なものだったろう」と書いたのですが、歴史とは争いの記録なんですね。

>そういえば、お玉さんのブログでも、この文章を載せて見たけど殆ど無視されてしまいました。<

あのブログはちょっと見ないでいると、記事もコメントもものすごい量になっていますね。とても全部は読みきれません。
管理するのもさぞかし大変なことだろうなと想像します。

投稿: robita | 2008年1月28日 (月) 14時04分

★ルイージさん、

民主主義を強調するのであれば、軍事も政治家任せというわけにいきませんからね。

>多分、歴史≒戦争、というのをどこかで理解しているからかな?とか思ってます<

そうなんでしょうか。であるなら、歴史の好きな男性はやはり戦争好きということに・・・。
でもそれを責めようとは私は思いませんけどね。
男の子はたいてい、戦闘機や軍艦や武器が好きなものです。
これは仕方がない。
歴史になると、それはロマンになってしまうんですね。

投稿: robita | 2008年1月28日 (月) 14時10分

>あんな良いブログがあるとは知りませんでした

私もそう思います。お惚気話からお堅い話まで何でも面白くて、めすねこさんは実に聡明な女性の方だと思います。

>ケガレ信仰というのが日本の伝統思想だとしたら、その伝統を捨てなくては生き残れない

伝統というか、根深い習慣なのでしょうね。
井沢氏は、日本人はどんなに洗浄しても他人の箸を使いたがらず、それよりも(衛生かどうかあやしい)割り箸を好むことを身近な例に挙げ、ケガレを説明しています。
そして、部落問題がなぜ発生したのか、それが平和ボケとなんのつながりがあるのか、歴史を紐解きながら次のように説明しています。

通常、差別というものは、人種や外見が異なることから発生しますが、日本の差別の特異な点は、ケガレに発する点です。全く同じ顔形の人間にも関わらず、死穢を扱う職業(屠者・皮職人から警察・軍隊まで)に就いている者を忌み嫌う。昔から穢多非人といいますが、穢(エ)が多(タ)な人々と呼ぶことも、この差別が「ケガレ信仰」に基づくことを字面からも証明していますね。(本来清浄とされる)火の貸し借りさえ嫌がったそうですから、かなり偏狭な差別だったらしいです。

つまり、日本人はケガレを徹底的に嫌う体質があり、その対極にある「ケガレていないもの=キレイなもの」が好ましく価値あるものになります。一方で、日本人には「和」を絶対の道徳とする、平和を好む体質があります。つまり平和というのは、日本人にとって、自由などよりもはるかに価値のある最も大切なものということになり、この二つが結びついて、日本人にとって「平和」とは「最も大切なものである。(ゆえに)最もキレイなものである」という強固な観念が出来上がってしまっていると井沢氏は指摘しています。

井沢氏は、昔の人が穢多非人の生産物の恩恵を受けながら差別していたことと、今現在、左翼の人々が災害救助などの恩恵を受けながら、自衛隊は必要ではなく解体して災害救助隊とすべきだと主張していることを比べ、同じ差別主義的発想だと非難していました。

以上、「逆説の日本史4中世鳴動編(ケガレ思想と差別の謎)」から、拙いながら要約させていただきました。

ということで、「清浄=平和」でないと気づくには、ケガレ思想について自覚する必要があるんでしょうね。左翼の方々は、自覚してなさそうな人が多いんだろうなぁ。

余談ですが、「逆説の日本史」シリーズは、独自の視点から日本の歴史を紐解いていて驚くことばかりです。こういう歴史学べたら、みんな歴史が好きになるんじゃないかなと思っています。高校生に教科書の代わりに薦めたいくらいです。
何はともあれ、長文失礼いたしました。

投稿: 一知半解男 | 2008年1月29日 (火) 22時03分

★一知半解男さん、

そうですね。ケガレ信仰とは「伝統」というようなものでなく、日本人の心の奥にある負の部分、闇の部分に関わるものなのでしょうね。
しかし、「逆説の日本史」は面白そうな本ですね。
一知半解男さんの解説が巧みで、興味をそそられます。

>長文失礼いたしました<

もう大歓迎です。勉強になります。

投稿: robita | 2008年1月30日 (水) 09時38分

robitaさん、

>>なぜ、商社を通してしか武器が買えないのか。なぜ防衛省の役人が自分の目で品物を確かめて購入しないのか。<<

これは、日本国の防衛省が、アメリカ合衆国の、例えばロッキード・マーティン社から兵器を購入するとなると、国家と国家の間の商売になって、納入されるまで、膨大な数の手続きと、それにともなう(お役所特有の)えんえんたる時間がかかるためです。そうしたルートではなくて、どこどこ商事とロッキード・マーティンの間の取引であれば、短時間で納期OKになるからです。それから、防衛省の役人がなぜ品物を確かめないのかについては、そもそも、一般大学を出て、国家公務員1種試験を通っただけの人に兵器の判断はできません(あくまでも一般論の話ですが)。

防衛省の内局(背広組)と自衛隊の各幕僚監部(制服組)を統合しようと、今、石破さんがやっているそうですが、どうなるだろうかというところですね。防衛省は背広組と制服組が対立しています。背広組は自分たちの利益をとにかく守ろうとしていますので。石破さんの案も、結局は背広組の権限拡大になるんじゃないかと制服組は思っています。政治家と官僚が、例えば陸自のサマワ派遣のような海外派兵を決めて、それに自衛隊側が異議をとなえると、シビリアンコントロールに逆らうのかと言われる、そういう世の中になっています。今回、守屋前事務次官が逮捕されたということは、防衛利権に穴ができたということで、これはチャンスとばかりに政治家たちの新たな奪い合いが始まっているそうです。

私利私欲にまみれた政治家や官僚に使われる自衛隊の現状を憂い、青年自衛官将校が指揮する反乱部隊が、雪の降る東京で決起し、永田町や首相官邸や防衛省を占拠する・・・・。そういことが起きない限りダメかもですねぇ(って、今月は2月で今日は雪と)

投稿: 真魚 | 2008年2月 3日 (日) 12時54分

★真魚さん、

>短時間で納期OKになるからです<

ああ、そうだったんですか。
ただ、テレビ朝日でその発言をした人は、軍事のエキスパートが育っていない、ということを憂えていました。
そのことを問題にするならば、「一般大学を出て、国家公務員1種試験を通っただけの人」 はそれはそれでいいとして、エキスパートを育成することが喫緊の課題でしょう、ということです。
石破さんの防衛省改革がどうなるかわかりませんが、「シビリアンコントロールに逆らう」という問題については、今、政治家のほうが海外派兵など自衛隊がどんどん活動を広げることに抵抗がないようなので(過激だ、と表現されます)、実際の軍事を知る幕僚監部が発言力を持つのは悪いことではないという考えなのでしょうね。

>私利私欲にまみれた政治家や官僚に使われる自衛隊の現状を憂い、青年自衛官将校が指揮する反乱部隊が、雪の降る東京で決起し、
永田町や首相官邸や防衛省を占拠する・・・・。そういことが起きない限りダメかもですねぇ(って、今月は2月で今日は雪と)<

またまた、革命の甘美な罠にはまっちゃおうっていうんですか。
今の時代、インターネットでいくらでも意見を発信できる、それが力になる、と言ったのは真魚さんじゃないですか。

投稿: robita | 2008年2月 3日 (日) 14時53分

robitaさん、

いやぁー、どーも、2月26日が近づいてくると、落ち着かないといいいますか。
「革命」とか「昭和維新」とか「決起」とか「青年将校」とか「ニュータイプは人の革新だと、ジオン・ダイクンは言った」とか(いや、これは違うな)、そういう言葉を見たり、聴いたりすると、ハッとなってしまうのです。自分はこれではイカンと思い立つというか、robitaさんのお言葉を借りれば「顔をぴしゃぴしゃ、まわしをぱんぱんする」ですよ(笑)。

で、歩兵第3連隊は決起するデアリマス!!じゃなくて、元気にネットで意見を発信する。そーゆーわけですよ。

(これだから、真魚さんはテロを容認するのですかと言われてしまう・・・・)

投稿: 真魚 | 2008年2月 5日 (火) 01時11分

★真魚さん、

>「革命」とか「昭和維新」とか「決起」とか「青年将校」とか「ニュータイプは人の革新だと、ジオン・ダイクンは言った」とか(いや、これは違うな)、
そういう言葉を見たり、聴いたりすると、ハッとなってしまうのです。<

それは真魚さんが男だからじゃないですか。闘いの容認ですよ。
このままではいけない、なんとかしなければ、と思う人たちが新しい時代を切り拓くのを期待します。

投稿: robita | 2008年2月 5日 (火) 10時10分

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