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2008年3月 4日 (火)

海の男

自衛隊イージス艦の事故で勝浦の漁師さんたちがテレビによく映るようになり、昔知っていた千葉の漁師を思い出しました。

亡父は海釣りが趣味で、84歳で亡くなる二年前くらいまでよく内房へ出かけていました。
木更津のちょっと先の船宿に泊まり、小さな漁港から小さな漁船で早朝出港し、東京湾を少し出たところで釣ったメバルやアイナメや鯛などを釣果として持ち帰りました。
一人で釣るのが好きで、いつも船頭をつとめる漁師さんと二人きりで海に出ていました。

父は大抵の場合現地まで電車で通っていましたが、独身だった頃の私は妹と交代で運転手を務めて京葉道路を往復したこともよくありました。

浜に出て船を待っていると、彼方から小さい釣り船が帰って来るのが見えます。まだ潮が満ちないうちの早いあがりの時など、漁師さんが船着場につけられない船を波打ち際に泊めて父を浜までおんぶして運んでくれることもありました。
小柄な老漁師が、痩せ型ながら大柄の老客人をおんぶしているさまは、おかしくもあり、なかなかドラマチックな光景でもありました。

赤銅色の顔に歯の抜けた口で笑いながら大きな声で私たちにも話しかけてくれるのですが、日本で最もわかりにくい方言と言われるあの辺りの漁師言葉はほとんど聞き取ることができず、つきあいの長い父が通訳をしてくれたものです。
時代はめぐり、もうあのような方言を使う古老をみつけるのは難しくなったことでしょう。

今回、謝罪に訪れた艦長、防衛大臣、首相に対する被害者家族や漁協組合長の言葉が明解で胸を打ちます。
「誠心誠意謝ってくれた。我々の言いたいことは、今後二度とこのような事故を起こすことのないようしっかりやってもらいたいということだ」
海の男の心意気といった風の大仰なものではないかもしれませんが、漁師さんたちのそういう言葉は、激しい責めよりもずっと重く関係者の胸に響いたことと思います。

ところで、石破防衛大臣が事故後にイージス艦の航海長と接触、事情聴取していたことについてジャーナリスト青山繁晴氏が次のように弁護をしています。
「『海上保安庁の捜査が始まる前に航海長に話を聞いたが、本格的な捜査に入ってからは一切接触していない』と簡単に言えばいいものを、多弁がゆえに、説明がわかりにくくなってしまうんですね」

防衛省の最高責任者として、何が起こったのかを現場の人間に直接聞きたい、という態度は、強い責任感のあらわれだと思うので、そんなに騒ぎ立てることでもなかろうと私も思います。
石破さんの説明がおかしいとかころころ変わるとか言って責めることに時間を費やすより、何故二隻の船が衝突したのかについての原因究明や防衛省改革をさっさとやるほうがずっと日本のためになると思います。

            

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コメント

>原因究明や防衛省改革をさっさとやるほうがずっと日本のためになると思います。<
まったくその通りです。同感です。

原因が
「自衛隊に入ろうという人が少なくなっていて」
ではない事は明白ですが。

高卒求人倍率
H15 0.70倍 H16 0.90倍 H17 1.19倍

自衛隊二士求人倍率
H15 0.27倍 H16 0.32倍 H17 0.34倍

原因究明のためにはまずもって

「 原 因 を 間 違 わ な い 」

ことが重要ですね。

投稿: ルイージ | 2008年3月 5日 (水) 12時08分

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