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2008年4月18日 (金)

海ゆかば

海ゆかば
水漬く屍
山ゆかば
草むす屍
大君の
辺にこそ死なめ
かえりみはせじ

     大伴家持 作詞
     信時 潔 作曲

________

寝たきりの母に少しでも慰めをと、母が若かりし頃はやった歌のCDを何枚か買って、時々枕元で流しています。
ほとんど反応がなくなってしまった今となっては、聞えているのかどうかもわかりませんが。

戦前戦後の歌謡や、戦中に歌われた戦意高揚ものなどです。

その中に、これは軍歌というのとは違うのでしょうが、私が大好きな歌「海行かば」があります。
鎮魂歌というのでしょうか。
泣きたくなるほど胸に沁みます。

この世は醜い。生きるのは辛い。人間はみなずるくて、他を踏みつけにしないまでも、自己存続のために他者より自分を優先する。だから不幸なことは決してなくなることはない。
なくそうとする努力は必要だけれども、不幸のない世界を信じることは生き方の土台にはならないでしょう。
たぶん、人間はいつまでたっても争うことをやめないだろうし、世界平和は宇宙人が攻めて来ないかぎり実現しないでしょう。

一知半解男さんが『言霊(コトダマ)②「なぜ日本人は契約下手なのか」』と言う記事の中で、夏目漱石の「草枕」を引用した山本七平の文章を紹介なさっています。

「越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世をのどかにし、人の心を豊かにするが故に尊い。」(夏目漱石「草枕」より)

「人間はきっと、束の間に感動を覚えるためにこの宇宙に配置されたのだ」、私は昔から人間の存在をそんな風に考えていましたけれど、夏目漱石の言葉の意味が同じなのかどうかわかりません。

でも人間は、ただ生まれて死ぬだけのために存在せしめられたのでもなさそうです。

「天皇のおそばに命を投げ出す」ので、「大っ嫌い」というかたもいらっしゃるでしょうが、60数年前、国のために命を捧げたかたがたを想いながらこの歌を聞く時、護憲改憲論議の喧騒が何か遠くにぼやけた景色のように思えてくるのです。

                
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コメント

Robitaさん、こんばんは。
拙い私の記事を取り上げていただきありがとうございます。
書くのが下手で、一部誤解されてしまったようですのでちょいと弁解を。

私が、この記事の中で引用したのは、確かに山本七平の文章なのですが、その引用文の中で山本七平が、夏目漱石の草枕の一節を引用しているのです。要は孫引きみたいな形になってまして、青字で引用されたのは、夏目漱石の書いた文章になります。判り難くて申し訳ございません。

それはそうと、「海行かば」は題名ぐらい知っていたのですが、作詞が大伴家持だったとは知りませんでした。大昔の歌人が作った歌が、今日でも歌い続けられているなんて、なんか不思議な気がしますね。これも彼が「芸術の士」だったからなのでしょう。

投稿: 一知半解男 | 2008年4月18日 (金) 19時07分

★一知半解男さん、

いやー、恥ずかしい。一知半解男さん、そちらのコメントでちゃんと「夏目漱石」って書いていらっしゃるじゃないですか。ちゃんと読まないからこういうことになるんですね。
「夏目漱石は大人になってから読むと、非常に深いものがあることに気づく。ぜひ読むべきだ」と人から勧められていたのですが、私は何も読んでおりません。なるべく早く読もうと思います。
文章は直しておきます。

投稿: robita | 2008年4月19日 (土) 09時12分

robitaさんのお母様は介護が必要な状態で、昔の歌を…と、考えていらっしゃる由。戦後生まれの世代は全く知らないのですが、今のディケア施設で皆さんに人気の歌に、「野崎参り」ってのがあるそうです。そこで働いている知人の話です。軍歌よりはいいのではないでしょうか。余計なおせっかいでごめんなさい。
そして、夏目漱石。
文学少女のスタートラインが「漱石」だった、遅まきの案山子としては、引用文にも、全くすっと違和感もありません。漱石の文章に育てられたのか、近似しているから高校時代に漱石に没頭したのか…、そんなことを改めて思いました。
でもね、彼は五十歳にならずに世を去り、今、すっかり私は彼の年齢を超えています。
そして、ウィキペディアで読んだのですが、彼は父親としては凄い直情的で、「頭の悪い奴は嫌いだ」と長男に手を上げた、とあって、外に出る文章と、書いている人間そのものとは別物、という感を覚えたものです。←このことについては私のブログにも書いたけれど、未整理に書いているものだから…。

投稿: 街中の案山子 | 2008年4月20日 (日) 08時36分

「ああっダメです、ダメですぅ、天皇のために死ぬなんてダメですぅ。」
(福島瑞穂さん風)

「大君の
辺にこそ死なめ
かえりみはせじ

ご主人や息子さんを戦争で失った家庭は、そうしたことはいえへんやろ」
(辻元清美さん風)

「君が代は、国家神道と天皇制の歌ですよね。これは、つまり侵略戦争の正当化であり、
天皇中心の復古的改憲を主張するわけです」
(志位和夫氏風)

「ダメなものは、ダメ!!」
(土井たか子さん風)

投稿: 真魚 | 2008年4月20日 (日) 10時25分

★街中の案山子さん、

>「野崎参り」<

これは東海林太郎の「野崎小唄」のことでしょうか?
戦後生まれの私ですが、この歌なら知っています。のどかな歌ですよ。
戦前の歌でも、小さい頃に周りの大人たちが口ずさんでいたりラジオなどでよく耳にしましたので。
街中の案山子さんは軍歌はお嫌いですね。
私は好きなんですよ。いえ、戦争がじゃなくて軍歌が、ですけど。
「麦と兵隊」「歩兵の本領」「露営の歌」「戦友」「愛国行進曲」等々、極めつけは「軍艦マーチ」、元気出ますねー(笑)

母が軍歌が好きだとは思いませんが、これによって昔の光景が少しでも蘇ることで、脳の刺激にならないかなあと思っています。
もう音楽を楽しむという段階ではないのです。

>文学少女のスタートラインが「漱石」だった<

案山子さんは文学少女だったのですね。
私は、漱石は(というか文学全般)全く読んでない無教養な人間なので、よく恥をさらします。
でも、前のコメントにも書いたのですが、若い頃に漱石を読んだ人も人生をある程度わかってから再び読むと感じ方が全く違う、と聞いていますので、なるべく早く読んでみようと思います。

>彼は父親としては凄い直情的で、「頭の悪い奴は嫌いだ」と長男に手を上げた<

私事ですが、私の父を想いました。
同じようなことを言っていました。
でも、その激しさで、家族と、会社の従業員とその家族を守り、彼らをいかに豊かにするか常に考えていたような人でした。
その厳しい物言いに若い頃は反発を感じていましたが、いつも甘く優しいことしか言わない人や理性的に説得をする人と同じくらい価値がある、と自分が子どもを持った頃には理解できるようになりました。
漱石が体を張って家族を守ったどうかは知りませんけれど。

>このことについては私のブログにも書いたけれど<

読んでみたいです。
たぶん、ブログ名とキーワードで検索すれば出てくると思いますので、後で探してみます。

投稿: robita | 2008年4月20日 (日) 10時46分

★真魚さん、

わはははは
満点大笑い~!

投稿: robita | 2008年4月20日 (日) 10時48分

「あっ間違えました。君が代ではなく、海ゆかばですね。しかし、どちらも、天皇制イデオロギーを表す歌です。同じですね。」
と、自分の間違えを踏まえながら、あくまでも天皇制に反対する委員長であった・・・・。

投稿: 真魚 | 2008年4月20日 (日) 10時50分

ウフフ、そんでもって、卒論が「明暗」だったような…。
22歳の女子学生だったものだから、終章を20年ほど経てからもう一度読み直してみたいって、結んでいたことを覚えています。…中味は何を書いたかさっぱりですが…
それが、30年以上はとっくに過ぎ、彼の享年も越えてしまいました。でも自我を、自分本位であることを、それを是と捉える思考形態に若き自我の着地点を見出したような思いだったのでしょう。小説から日記手紙にいたるまで、当然ながら全部読んだものです。
でも、力量いたらずの小学生に「頭の悪いやつは…」と吐いてしまう親を案山子は受け入れられません。
吐いてしまう親に限界を思い、子供が傷つかなかったとしたら、そのこのドンカンさ具合に助けられた、そう思います。
ま、その長男は長じて漱石の印税を悉く費消してしまったとのこと。その親にして、その子あり、っていっていいのかしら。

投稿: 街中の案山子 | 2008年4月20日 (日) 22時17分

★街中の案山子さん、

誤解を受けるような書き方をしてすみません。
息子に面と向かって「お前は頭が悪いから嫌いだ」と言って暴力を振るった、というのが本当のことなら、漱石はずいぶん変な人だと思います。親の資格もないですよね。
私の父は「頭をしっかり働かせなければ世の中では使い物にならん。頭の悪いやつはだめだ」というようなことをよく言っていました。特に兄は厳しく叱咤されていました。
能力不足の人を蔑むなどということは決してありませんでしたが、私はその「頭の良い人間」「頭の悪い人間」という区分けが嫌いで、今で言えば「世界に一つだけの花」みたいな思想を胸に抱いていたのだと思います。
厳しい父親に鍛えられ兄は立派に育ちましたし、私も少々の暴言にはびくともしない人間になりました。というか、父にかぎらず、昔は、嫌われても人を育てようとする父親が多かったのかもしれません。

>それが、30年以上はとっくに過ぎ、彼の享年も越えてしまいました<

人は20代でも達観するし、年を取れば取るほど「頭が悪く」(笑)なることもあるものだと思うんです。
60過ぎたからとか70過ぎたからって、もっと若い人より人生や世界がわかっているかと言えばそんなこともないわけで。
漱石の弁護をするわけじゃありませんが、私生活がどうであれ、書いたものに人は感動や共感をするわけですね。
どうにも自分の激しい感情を抑えられなくて立派には生きられないけど、真理というものはこうなんだ、と表現したりすることもあるんでしょうね。
まあ、作家とか評論家はだいたいそんなようなものかもしれません。私だってエラそうなことばっかり書いてぜんぜんできてないこといっぱいありますから(笑)
とにもかくにも漱石を読んでみなくちゃ、と思い、昨日本屋さんで角川文庫の「草枕」をめくってみましたら、冒頭の「智に働けば」のすぐ後にあの「・・・あらゆる芸術の士は人の世をのどかにし、人の心を豊かにするが故に尊い」の一文が出てくるんですね。
でも、なんだかすごく読みにくそう。買いませんでした。いつか。

投稿: robita | 2008年4月21日 (月) 09時26分

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