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2008年4月11日 (金)

「岳」

2004年2月、関西学院大学ワンダーフォーゲル部が福井県の大長山で遭難しました。

全員が無事救助されたものの、「冬山の厳しさへの認識の甘さ」とか「救助のコスト」だとか「みんなに迷惑をかけた」だとかの批判もメディアに載りました。

あの事故の時に思ったことを「青春」という記事に書きました。  

【 何年か前、関西学院大学のワンダーフォーゲル部が遭難したことがあって、無事帰還はしたがあの時彼らに対する評価が二分したのを覚えている。
天候が悪くなるのを予想できたのにも関わらず山に登り、遭難して迷惑をかけた、ということが批判者の言い分だった。

体が回復した部員がマスコミのインタビューに答えて「天候に挑戦してみたかった」という意味のことを言った。
私は、若者の冒険心は「無謀」の要素を大いに含んでいると思うので、「それでこそ若者だ」と思ったのだが、「天候を無視して遭難し、迷惑をかけておいて何という言い草だ」と思った人も多かったろう。

最近、大学の山岳部は部員が激減して存亡の危機に見舞われているところが多いそうだ。厳しい訓練や細かい規則などを窮屈に感じる学生が増えたため、というその理由を新聞で読んだことがある。

危険なことには近づかないのが一番だ、苦しいことは極力避けたい、冒険などして死んだらどうするのだ、だれが責任取るのだ、・・・そういう風潮の中、「悪天候を試したかった」と厳しい表情で語った学生に、私は今の時代めったにない新鮮さを感じた。】

敢えて危険な場所に出向いて死の危機に見舞われるくらいなら、家の中でじっとしているほうが安全に決まっているのですが、「安全」を確保することは鍛錬の場をも失うことでもありますから、人間の悩みは尽きません。

漫画雑誌「ビッグコミック」で愛読している「岳」(石塚真一)が、書店員を中心に漫画好きの有志で選ぶ「マンガ大賞2008」の第一回大賞に選ばれました。

山岳遭難救助ボランティアの物語ですが、なぜ人は山に登るのかという疑問などより、人が死ぬことの軽さと重みを同時に感じながら毎回読んでいます。

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コメント

 真剣にならなくても生きて行ける時代の生活や人間からは、
生の充実やエロス(性的魅力)の醸成は難しいのだと思います。
真摯な生き方と休息時の弛緩の日々の中から、生の充実や
エロスが醸成されると思うのです。

もしかしたら、少子化対策の糸口はそんな所に在るのかも
知れません。

 以前講演会で、櫻井よしこ氏に「国家とは何か」と
問われた時、私は何も思い浮かべる事ができませんでした。
それまでの人生で、国家について考えなくても生きてこられた
からです。

それは日本人として幸福な事であったと思いますが、それと
同時に成熟の機会も逃したと思っています。

多少の危険や多少の不幸、そして失望も、成熟の為の機会と
考えれば、大局的には豊かさに繋がるのかもしれません。

そんな事を考えました。
つらつらと・・・

投稿: 護国児 | 2008年4月14日 (月) 14時00分

★護国児さん、

>真剣にならなくても生きて行ける時代の生活や人間からは、生の充実やエロス(性的魅力)の醸成は難しいのだと思います。
真摯な生き方と休息時の弛緩の日々の中から、生の充実や
エロスが醸成されると思うのです。<

深いですねえ。
真理ではないでしょうか。
私もなんとなく同じように思っておりましたが、簡潔に言い表してくださいました。

>多少の危険や多少の不幸、そして失望も、成熟の為の機会と考えれば、大局的には豊かさに繋がるのかもしれません。<

そうですね。
大きな流れで見れば、その中には多少の危険や多少の不幸だけでなく、大きな危険や大きな不幸があったでしょうね。

投稿: robita | 2008年4月15日 (火) 10時57分

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