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2008年5月19日 (月)

未来は明るいもんだろが

うちは長年朝日新聞を購読しているのですが、2・3ヶ月前、私が留守の時に産経新聞を3ヶ月だけでいいからとってくれませんか、と勧誘が来たのを主人が契約してしまいました。

で、もったいないから一生懸命二紙読んでいるのですが、産経はなかなか面白い。

上坂冬子さん、曽野綾子さん、呉智英さんのコラムなど、小気味の良い文章が読めて嬉しいです。
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一昨日の紙面に「また暗い予言者の時代」と題して、哲学者で京都大学教授だった故田中美知太郎の論説が掲載されていました。

産経新聞の「正論」欄の35周年を記念して、当時掲載された珠玉の論稿を再録する「昭和正論座」という企画の一つで、昭和48年7月4日掲載分です。

35年前の文章でも、今の時代に書かれたとしても全くおかしくないので、時代の繰り返しを痛感しました。

ネットでこの文章が載っていないかと探しましたがみつかりませんでした。

私の下手な要約より丸写しした方が早いかとも思いますので、長文ですが頑張ります。

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【 未来学というものには二通りあるらしい。つい先ごろまでは、明るい未来学が流行であった。日本の経済成長はその希望を一手に引き受けた形で「二十一世紀は日本経済はソ連を追い越して、アメリカに迫るだろう」というようなことが、しきりにいわれた。日本の個人所得にしても、国民総生産にあわせて、どんどん伸びていくはずであった。現実に日本は金持ちになり、わたしたちの都会には高層建築が立ちならび、店には品物があふれ、観光地はにぎわい、道には新型の自動車がいっぱい走っている。わたしたちは、自信をもって“バラ色の未来”に向かうことができるかのようであった。

ところが、まったく突然にその明るい未来は暗雲に閉ざされ、わたしたちは現在の生活に息ぐるしさを感じなければならなくなった。自動車が多くなるに従って、その排気ガス、その騒音、そして交通事故の増加などが、わたしたちの生活環境を汚損し、わたしたちの生活を危険で、しかも不愉快なものに変えてしまったというわけである。航空機や船舶によって、大気も海水も汚染され、経済成長のにない手であった製造工場は公害の元凶として敵視され、経済活動を支える各種の商社は、国内の物価をつり上げる悪者の代表のように見なされることになった。このままで、日本はどうなるか。日本国民は各種の害毒によって健康をそこなわれ、一億すべて病人となり、やがて滅びるかもしれない。客観的にも食料をはじめ各種の資源は底をつき、空気中の酸素の量さえも不足し、各種の気象異変でやがて地球上の人類に惨憺たる世紀が訪れるだろうというわけである。

いまや日本は、この種の暗い未来を予言する人たちの支配する時代に入ったといわなければならない。しかしそれにしても、これらの予言者のいきいきしていることが、なんとも奇妙な印象をあたえる。かれらは明るい未来学の支配した昨日までは、全く浮かぬ顔をして、そこらの隅に身をひそめていたわけなのだろうか。いわゆる公害さわぎとともに、にわかにわが世の春を迎えたというわけであろうか。暗い未来を語るかれらのの顔は、むしろ嬉々としているという感じである。

しかし、わたしたちが暗い未来の予言者に出合うのは、これが初めてではない。わたしたちが核戦争の恐怖にとりつかれていたのも、そう遠い昔のことではない。米ソの対立が先鋭化していて、世界は二大陣営にわかれ、なにかの信号の読みちがいで、突然核戦争が始まるかもしれないというようなことが、深刻な表情で説かれていたのである。そのために、いつ核戦争が始まるかの心配に疲れて、はやばやと自殺してしまった人が出たりした。ずいぶん気の早い話だと、いまなら滑稽に感じられるかもしれないが、当時としてはとても笑えない深刻な事件だったのではないかと思う。つまりそんな暗い情報が日本の全体を包んでいたわけなのだ。

暗い情報がいっぱいで、人びとが神経質になっているときには、冷静な言論はむしろはげしく反発される。けれども、正気を失わない人の勇気ある言動によってのみ、実質的な解決が可能にされる場合が多いのではないか。核戦争の恐怖も、キューバ危機にさいしての故ケネディ米大統領の勇断で、緊張した危ない橋を通りぬけることができ、いわゆる米ソ共存の新しい時代を迎えることになった。そして、わたしたちもいつの間にかあの異常な恐怖感から解放されるようになった。必ずしもその危険がなくなったわけではないが、わたしたちは今日もはやヒステリックにではなく、もっと冷静に問題をとらえ、その危険を取り除く方途についても、実際的に考えることができるようになったのではないか。

むろん、暗い予言にも、明るい予言にも、それぞれの効用はあるといわなければならない。わたしたちを勇気づけ、明日のために働く意欲をもやすためにには、わたしたちは明るい予言を必要とするだろう。しかし、得意になりすぎたり、油断したりすることのないように、時には暗い予言も必要である。わたしたち人間のもっている欠点や不足について、まじめに反省する機会も、それによって与えられるものである。

しかしながら暗い未来の予言は、核戦争の恐怖の場合にもみられたように、それだけでは不幸な結果を生むことが少なくない。今日の都市では、自動車の警笛はむやみに鳴らさないように規制されているが、以前はやたらに警笛を鳴らすものだから、騒音がますますひどくなり、かえって警笛が警笛の役目を果たさないことにもなった。今日しきりに流されている誇張された暗い情報も、右の警笛と同じようなことになっているのではないか。

かつての核戦争の恐怖にしても、それには一つの心理作戦的な要素が含まれていて、外交上の脅迫手段に用いられていたのではないかと疑われる。現在の暗い予言者たちにしても、わたしたちの環境汚染を本当に心配しているというよりは、日本の未来を暗く、暗く、描くことに、ひそかな“願望”を託しているのではないかと思われる節が少なくない。少し前の暗い予言としては、資本主義社会の没落に関する談話が知られている。富はごく少数の人間の手に集中され、他のすべての人間は貧困のどん底にあえぎ、失業者や病気が町並みにみち、生産は低下し、経済恐慌がたびたび襲いかかってくるというように、その終末が暗く描き出されたのである。

しかし、実際の歴史の進行は、かれらの希望に反して、いわゆる大衆消費社会のゆたかさを生み出したのである。
敗戦直後のわが国においても、混乱と窮乏は一つの革命的情勢を作り出すかのように思われたけれども、その後の経済の復興と高度成長は、そういう条件を消失させてしまい、暗い予言者たちは鳴りをひそめなければならなかった。しかし、大衆消費経済が生み出す環境破壊が明らかになってくるに従って、またもや暗い予言者の時代が到来したというわけである。かれらが嬉々として暗い未来を語るのはそのためである。かれらにとっては、公害を非難したり、訴訟を起こしたりすることがすべてであって、それが解決の方向をとることは、むしろ困ることなのである。
いわゆるベトナム和平にいちばんがっかりしたのは、ベトナム反戦の人たちであったのと同じことである。暗い予言者を落胆させる政治こそ求められなければならぬ。】

私はこういう偉い先生の存在を知りませんでしたが、今活躍している言論人の中にはきっと強い影響を受けたかたがたも多いことでしょう。
私もきっとその余波を受けているのだと思います。

「田中氏は戦時中、軍国主義やファシズムを批判し、戦後は進歩的文化人を批判した。時流に媚びず一貫して自由主義の立場に立った。『考えのブレのなさでは日本の学者の中で稀有な存在』(会田雄次氏)といわれた。ギリシャ哲学の権威でありながら、平明な文章は今も読者の心を打つ。」と編集部注があります。

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コメント

 仰るように今は、必要以上に暗い未来予想が氾濫しているように感じます。
 ミクロの話で恐縮なのですが、昨今の経済情勢を考えても、暗い経済見通しの影響を受けて消費者が財布の紐を絞り、お金が市中に出回らないことでますます悪く成るという悪循環の中にいるように思っています。
 貿易黒字の対策として製造業が国外での現地生産を増やし内需拡大を政策課題に挙げて、三次産業主体の内需経済へと梶を切ったのですから、心理的な閉塞感のダメージは昔よりかなり大きいものになってしまっています。
 政治に於いても同様で、強いはずの政治家もマイナス思考の暗い予測が得意の方達に足を引っ張られて、力を発揮できていないように感じます。
 閉塞感を打破する「明るい気持ち」を持ちたいものです...。

PS.
 余談ですが、古代のメソポタニアだかエジプトから発掘された石に、「最近の若い者はダメだ」「よって先行きも真っ暗だ」との記述があったと聞いたことがあります。
 古代から、暗い予測と明るい予測のせめぎ合いは有ったようですね。

投稿: 山本大成 | 2008年5月20日 (火) 10時49分

こんにちは、池山です。
ベトナムハノイに住んでいます。
大変興味深く読ませていただきました。
入力有難うございます。
もちろんポチッとさせていただきました。
ベトナムは現在高度成長の真っ只中にいます。
日本の30年前を見ているようだとよく言われます。
その過程でよく言われるのが、環境破壊、古きよき物の
損失です。
この意見に反対はありませんが、ベトナムの人達の生活
は高度成長によって確実に向上しています。
環境も生活基準の向上もどちらも正しいです。
お互いが共存しあえるような社会になればと思います。

ベトナムについてのブログを書いています。
TBさせていただきました。
時間のあるときに読んでみてください。

もちろんポチッさせていただきました(^^)

投稿: 池山 勝 | 2008年5月20日 (火) 11時19分

★大成さん、

>お金が市中に出回らないことでますます悪く成るという悪循環の中にいるように思っています。<

資本主義の限界なんて言ってしまったらそれこそおしまいで、やっぱりこれは単なる悪循環に過ぎないと信じて、仰るように、閉塞感を打破するためにまず気持ちを明るくすることから始めたらどうでしょうね。
私は田中美知太郎先生の文章を読んで非常に嬉しくなりましたけどね。
何千年も前から、人間は同じ事を繰り返しているのだと思えば、心も軽くなるじゃありませんか。

投稿: robita | 2008年5月20日 (火) 14時18分

★池山さん、
初めまして。
>入力有難うございます<
すみません。意味がわからないのですが、もしかしたら、アクセス解析で出てくるサイトに私がアクセスした、ということなのでしょうか。
でも、TBくださった池山さんのブログにアクセスしても覚えがありませんし・・・。
長い間ブログやってるのにインターネットのこと何もわからないんですよ、すみません。

それはともかくコメントと応援クリック本当にありがとうございました。

>その過程でよく言われるのが、環境破壊、古きよき物の
損失です。<

どこも同じですね。まあ、なんとかかんとか折り合いをつけながらやっていくしかありません。

投稿: robita | 2008年5月20日 (火) 14時20分

私の昭和48年は記憶に残っている年、7月というと…と、当時の記憶があります。
東京は夏になると光化学スモッグ注意報が発令され、参議院選挙で市川房枝さんに投票しました。菅直人青年は、市川さんの選挙活動員でした。
勿論東西冷戦の時代。その後ベルリンの壁が、あのような歓声のうちに打ち砕かれようとは予想もしていませんでした。カンボジアでポルポト政権が、自国の知識階級に残虐な仕打ちをしていることも、私達は知りませんでした。
あれから30数年。東ヨーロッパが鉄のカーテンから放たれ、ヨーロッパがユーロ圏として知恵を働かしている。
なんか、私には、行きつ戻りつではありますが、総じて、良い方向に向かっていると、そう思います。
温暖化やその他、地球規模で考えなくてはならない課題を、様々な国の懸案事項にできるところまで来ている、これは進歩だと思うのです。
いかがですか。

投稿: 街中の案山子 | 2008年5月20日 (火) 22時30分

★池山さん、

入力は文字書き入れのことでしたね。
今気がつきました。(^ ^;)
鈍なことで申し訳ありません。

投稿: robita | 2008年5月21日 (水) 08時37分

★街中の案山子さん、

>なんか、私には、行きつ戻りつではありますが、総じて、良い方向に向かっていると、そう思います<

私もそう思います。
ぐるぐる廻って同じ事を繰り返しているようで上昇している、それはまさに螺旋の形状を呈しているのではないですか。
「繰り返し」というのは、人の気持ちだと思います。
無邪気な子供時代、青春期に悩み反抗し、老境に悟る、という道程はいつの時代も変わらず繰り返されます。
政治も経済も科学の発達も人間関係もすべて人の気持ちが動かすものなので、時代が同じように繰り返されるのだと思います。
でもその「円」を横から見れば上に向かうスパイラル、そんなところじゃないでしょうか。

ただ、たぶん人類が経験したことがないのは、少子化、かな?
このことに関しては女性の気持ちが大いに関係していることは否めないだろうと私は思いますが。

>参議院選挙で市川房枝さんに投票しました。菅直人青年は、市川さんの選挙活動員でした。<

懐かしいですね。
あの頃、こういう人たちが活躍するのを私も心で応援していました。
市川房枝という人には、優しく気持ちの大きい人という印象を受けました。
今の「フェミニスト」や「平和主義者」から受ける印象とは何か別物のような。

投稿: robita | 2008年5月21日 (水) 08時56分

初めて体験する少子化時代、・・・そうですね。
日本の場合、明治以降、多産推奨の風潮で人口増加が当然の理解だったから、この少子化は際立って見えるのでしょう。ちなみに、江戸は100万人超程度の城下町だったことを思えば、凄い増加です。
女性の人権が認められてきたことと、パラレルかもしれませんね。
就職における機会均等も、30年前は当然ありませんでした。
大卒女性の職場の殆どが、教職でしたからね。
隔世の感です。
親世代よりも人数が少ない少子化は、高齢者を支える若者世代の高負担となり、早めに手を打たなければならない課題です。・・・で、政府は、「高齢者=庇護すべき弱者」という発想から転換しましたね。
いつも、課題は山積ですが、30年前の哲学者さんが、今の時代を鳥瞰なさったら、それなりに合格点ではないでしょうか。
だって、日本は戦(いくさ)を60年もしませんでしたし・・・。

投稿: 街中の案山子 | 2008年5月22日 (木) 07時08分

★街中の案山子さん、

>明治以降、多産推奨の風潮で人口増加が当然の理解だったから、この少子化は際立って見えるのでしょう。<

単に、多産推奨だった頃との違いではなく、現代女性が実際に産まなくなったのは事実ですよね。つまり、出生率が確実に超低下しているわけです。

>女性の人権が認められてきたことと、パラレルかもしれませんね<

私は(長くなるので簡単に言うと)女性の人権が有史以来ないがしろにされてきたとは思っていません。
女性が社会に進出できないようになっていたのは、それが人間社会にとって好都合だったからであって、女性を軽んじていたからだとは私には思えません。

市川房枝さんのご家庭のように女性蔑視の家庭もあったでしょうが、それは個々の家庭の事情によるものが多かったのではないでしょうか。

人間社会の成熟にともなって、「社会の好都合」より「個人の自由」が優先されるようになるのは当然のことです。
そして今や女性の社会進出は当然のこととなり、女性の労働力なくしては社会は成り立たなくなっています。

だから私はこうしたことを当然の成り行きと思っていますが、「こども」にとっては厳しい時代が来たもんだ、とは思います。

>だって、日本は戦(いくさ)を60年もしませんでしたし・・・。<

しなかった、というのは、「しなくても済んだ」とか「できないようになっていた」からですね。
まあその代わり共産主義の拡大を食い止めようと戦ってくれてた国もあったわけです。

なにはともあれ、戦争がなくて私たちは幸せでした。
今朝のワイドショーで見ましたが、世界の国の「平和度」をイギリスかどこかの研究機関が発表したそうで、北欧の国々やニューージーランドに次いで日本は5位でした。なかなかのものですね。

投稿: robita | 2008年5月22日 (木) 11時02分

私は市川房枝さんの家庭がどのようだったかはしらないけれど、昔から女性の立場が弱かったのではなく、弱かった立場の嫁である母親を幼心に見て育った娘が、特にそう思うのかもしれません。
もう30年前になりますが、当時50代の女性がタバコを吸い、食事のときにはビールも相伴する姿に驚き、のびのびと女性が仕切っている家もあるのだと思ったことがありました。

そうですか「平和度」ねぇ。
何年か前に目にしましたが、スェーデン人にとっての戦争は400年前の話だとか。バイキングの頃のことでしょうか?

今朝、ミャンマー沖で、サイクロン被害を救援しようと、アメリカの軍艦が待機していると、報道していました。
信頼関係のない国の軍艦に待機されるミャンマー側は、どう思うか…、ブッシュ政権のアメリカは、よく判りません。
アメリカの平和度はどうでしたか。
   ↑
ブログ記事の本旨とズレでしまいましたね。
不要でしたら、消去お願いします。

投稿: 街中の案山子 | 2008年5月22日 (木) 12時56分

★街中の案山子さん、

>市川房枝さんの家庭がどのようだったかはしらないけれど<

市川さんが女性の地位向上のための活動を始めたのは、自分の母親の妻や嫁としての辛い立場を見ていたからだそうです。

>のびのびと女性が仕切っている家もあるのだと思ったことがありました。<

昔も今も、女性がないがしろにされている場も、大事にされている場も、両方あると思います。

>ブッシュ政権のアメリカは、よく判りません<

そうですか?
私はよくわかりますけど。
すべては国の利益のため、じゃないですか。
それでも、同じように考えている大国の中では、アメリカは、少なくとも中国やロシアよりは、自由と民主主義を広めて世界を平定しようという意気込みはあるんじゃないかなあ、と思います。
反米の人に言わせれば「絶対そんなことはない。アメリカは悪だ。ブッシュは悪魔だ」になるのでしょうけど、中国が自由と民主主義の理想に燃えているとは思えないので、アメリカのほうがまだいいかな、なんて。
日本も国益図らなくちゃならないしねえ、大変だ。

>アメリカの平和度はどうでしたか。<

表示はされなかったと思いますが、もちろん低いでしょうね。よく戦争しますから。

投稿: robita | 2008年5月23日 (金) 10時01分

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