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2008年8月20日 (水)

人類はみな友だち、って言うんなら

日本人は何をされても怒らない。

領土をとられても、拉致されても、ODAで一所懸命に援助してあげている国にコケにされても、北方領土付近でいきなり漁船員を射殺され、船を没収されても、60年以上「謝れ謝れ」と頭を押さえつけられ続けても、二酸化炭素削減問題で、まんまと他の先進国にしてやられても、ほんとうに、何をされても本気で怒ることがない。

お人好しというのか、弱腰というのか、戦略がないというのか・・・・・、でもこの調子で長年やってきて、先進国に上り詰めたのだから、もしかしたら良い対処の仕方だったのかもしれない。

それにしても、日本以外の世界の国々のなんと狡猾で強引なことか。
このような国際社会で、日本はその一員としてこれからも生きていかなくてはならない。

日本はこのままお人好しでやっていけるのか、それとも変わらなければ生き抜くことができなくなるのか、よくわからない。

たしかに、人を陥れない、強引でない、裏切らない、あしざまに批判しないことは良いことで、とても美しい。

そういう面で日本は国としてとても美しい。

戦略的であることと、美しいことはたぶん両立しないだろう。

どちらが正しいという問題でもない。

何かを選択し、その結果として起こる事態を、それがどんなものであれ、選択したのだから受け入れる、という覚悟の問題である。

お人よしでも損をしても良い、とにかく争いは避けたい、というなら、その結果としての損失はちゃんと受け入れるべきだし、損してたまるか、負けてたまるか、と思うなら、そのための態度や行動は必要だろう。

世の中の人はみんな良い人で話せばわかるので、そんなにガツガツしなくても、話し合いで分け合うことができる、と古来そう考えてきた日本人は、たぶんそういうDNAを持っているのだろうと思う。

そんな日本人の気質を全世界に広めるのは無理だと思う。

これは決して「美しい精神」とか「正しい思想」なんかではなくて、持って生まれた「気質」とか「性格」なのだろうから無理だと思う。

「思想」ならばそれを広めることはできるが、「性格を変えろ」と迫るのは無理だと思う。

「みんな良い人になりなさい」とか「無欲になりなさい」とか、そんなことを人間に要求するほうが無理なのである。

貧しさが争いの原因だから、貧困がなくなるように世界の経済システムを変えればいいのだ、という考えはあまりにも人間を知らなさ過ぎる。
人間は満足しない動物だ。
必ず、更なる欲を出してくる。

「適当に幸せな状態」は長続きしないし、ユートピアは堕落の始まりとなる。
人間をそのように造り給うたお方の「思し召し」は我々には如何ともしがたい。

小林よしのりの両親は、夫婦でしょっちゅう議論をしていたそうである。

マルクス主義にかぶれ、理想は実現されるはずだと信じる父親と、真言宗の寺の娘で人間が煩悩の生き物であることを知っている現実的な母親の対決である。

やがて、真面目な働き者だった父親は、権利ばかり主張してストばかり繰り返す労働組合に嫌気がさし、マルキストをやめた。マルクス主義が仏教に負けた。

さて、前記事のコメント欄で書かれているように、生き延びるため豊かになるために「曖昧な態度」を一つの手段として貫いてきた我が国であるが、この曖昧さは今後もずっと続けていくことができるのだろうか。

続けていって何も問題がないなら、そうすればいいと思う。
世界のどこの国もそんなに首尾一貫してるとも思えず、曖昧さやずる賢さは普通に持っているものと思う。

しかし、日本の場合、国家体制の根本のところで曖昧になってはいないだろうか。
日本の防衛や外交の曖昧さは、これからの時代、致命的となるのではないか。
第一、その曖昧な国に育つ子供たちはどんな精神を持つようになるのだろうか。
私はこれを心配し、今までもたびたびこの「子どもの育ち方」について書いてきた。例えば→「独立宣言」 

「国家体制」と「子どもの精神の育ち方」、これは関係がないだろうか。
共同体の土台が曖昧な状態で、人間はしゃんとしていられるのだろうか。

先日、「サンデープロジェクト」で秋葉原事件など若者による無差別殺人問題を取り上げ、櫻井よしこ、東浩紀、姜尚中、香山リカの各氏が考えを述べていた。

社会の問題、家族の問題などを論客たちが挙げる中、櫻井よしこ氏が、「これは憲法の問題ではないかと思います」と発言した。

この発言について、「憲法が秋葉原事件を起こしただって!バカバカしい」と嬉々として櫻井氏をこきおろすブログも目にしたが、私は女史の言わんとすることがわかる。

つまり、国民としての義務より個人の権利に重きを置く憲法の規定が社会を歪めているというのだ。
「憲法というのは、実生活に関係がないように見えますけど、国民生活全般の根本であり、全てはそこから始まるわけです」と彼女は言う。
「憲法第三章≪国民の権利及び義務≫を読むと、権利や自由ばかりが謳われ、義務がおろそかにされています」

そう、「社会が」「家庭が」「教育が」「政治が」と、人は事件の原因をそれぞれそんな言葉で探そうとするが、それらのおおもとは、つまりは「国のかたち」であり「国の方向」である。

もちろん、憲法を変えれば無差別殺人がなくなる、というような話ではない。

そして、秋葉原事件に表れるような若者の行動だけが問題なのではない。

日本人全体に表れている「何か」である。

その「何か」は、カネを抱え込む老人であったり、子供をないがしろにする親であったり、権利を盾に無理難題要求する庶民であったり、売春する女子高生であったり、ゲームに熱中して外遊びをしない子どもであったりするわけだ。

_____________

しかし、私は「憲法を変える」ことに関しては、強硬に反対している人がいるのだから(9条を含め)、それを押し切ってまで変えなくてもいいんじゃないか、と思っている。
ただ、日本は「強くならなければいけない」とは思う。曖昧な国のかたちや方向を改善するためにも。

軍事に関してはよくわからないから、そういうことは専門の人にちゃんと考えてもらうとして、少し大人の国になりたい、と思う。
商売の面で、科学技術の面で、国際貢献の面で。

お金を儲けて強くなって、科学技術の最先端を担って世界を牽引し、それをもって途上国の発展に協力し、発言力を増せばいい。

真の世界平和を願うならば、自分が強くならなければならない。
「地球人」を目指すならば、そのことを理解するべきだ。

日本は「自国を磨くこと」、そのことに一所懸命になればいい。

そのために教育を変え、政治を変える。

更にそのために必要であると国民が判断したならば、我々独自の新しい憲法を作ればいい、と思う。

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コメント

「人を陥れない、強引でない、裏切らない、あしざまに批判しないこと」は日常レベルでの争いを少なくする日本人の知恵と言えますが、これを国家レベルでも通用すると勘違いしていることが問題の本質。

そもそもこの日本人の知恵は日本人の間でコンセンサスが取れているからこそ成り立つ話で、日本とは別の論理で動いている外国に対しても同じ知恵を働かせても、ただのお人よしに見られるだけ。

無論、日本人の知恵が世界に広まれば、世界も少しは平和にはなるでしょうが、これについての外国とのコンセンサスが取れない現実を見ずして日本人の知恵を働かせても、「脳味噌お花畑」の謗りは免れないでしょう。

投稿: かせっち | 2008年8月20日 (水) 21時57分

★かせっちさん、

結局、「より良いこと」を広めるには強くなるしかないんですね。
日本も防衛費を削るわけにはいかないんでしょうが、せっせせっせと技術や貯金を積み上げて力をつけることが大事と思います。

投稿: robita | 2008年8月21日 (木) 10時11分

はじめまして。
偶然こちらを知り、時々記事を拝見させていただいてます。

「人を陥れない、強引でない、裏切らない、あしざまに批判しないこと」を美しい行為とする日本人が海外へ進出し、海外先で揉まれお人好しと罵られても、その美しい行為を忘れない先人のおかげで、いまや日本人に対する信用と尊敬は世界でもダントツですよね。
国家として政治としてどうよと思う部分はあれど、それらを主張するということはすなわち軍事的な意味するところが大ですからね。そんなことに強くならなくてもいいよって思う部分もあります。
むしろ心配なのは、国際社会に合わせる為にやり方を変えて行くことで、日本の知恵、美しい行為が廃れていき、先人が築き上げてきた信用や、日本、日本人の良いところがなくなってしまうことです。
すでにその兆しは出てきてるようで、自分(日本)を磨くことを疎かになってるような気がします。

投稿: じんべ | 2008年8月21日 (木) 11時46分

★じんべさん、

はじめまして。

仰るように個々の商取引や海外協力の場面で、誠実な日本人はたしかに信用されていますね。

>国家として政治としてどうよと思う部分はあれど<

問題はこれですね。
譲歩しかできないのでは困りますね。それこそ国家の信用を貶めます。

>国際社会に合わせる為にやり方を変えて行くこと<

国際社会に合わせる、ということでなく、日本がまわりに振り回されることなく(ある程度巻き込まれることは仕方がないとして)、そのこととは別に独自に自分磨きをしていくことが大切だと考えます。
「強くなる」とはそういう意味です。
記事の最後、横線を引いた部分以下で、おわかりいただけるのではないかと思います。

投稿: robita | 2008年8月21日 (木) 14時17分

こんばんは。
robitaさんの言わんとする「強くなる」はおそらく理解出来てると思いますし、横線以下の部分に特に異論を唱えてるわけでもありません。

ただ私の言いたかったのは、最近の日本は自分磨きを疎かにしたまままわりに振り回されているのが現状で、このまま国際社会で対等たろうとしても、それは「強くなる」のはきちがいでしかなく、ひいては日本の良ささえも見失ってしまうのではないかという危惧です。

>譲歩しかできないのでは困りますね。それこそ国家の信用を貶めます。

"誠実な日本人"ならばたとえ譲歩するとしても、譲歩するようでいて、しかししたたかに信用を築き上げてきたのではないか。それが日本の強さではなかったのか。
誠実な日本人という貯金が目減りする一方のいま、グローバル化した世界と同じやり方で国家としての力、発言力を主張する(時には譲歩する)のは、果たして日本にとって望ましい姿なのだろうかと…。

要するに、強くなるためではなく、強くなろうとせず、ただただ自分(自国)磨きに一所懸命で「人を陥れない、強引でない、裏切らない、あしざまに批判しない」国、国民であり続けられたらと、願うばかりです。
ま、非現実的ですけどね。

投稿: じんべ | 2008年8月21日 (木) 21時46分

「日本は…」といった、天下国家では思ったことがないのですが、個人としては、「強くなると、優しくなれる」と、自分に言い聞かせてきました。小さいときからグジグシ思い、反論もできず…、といった心境の体験が尾を引いているのでしょう。どの場面でもというわけではないけれど、助けてもらうことよりも、助けることのほうが、自らの意思でできやすいから。だから力をつけて、助ける側に廻りたい。強くなりたい。そういう思いを持ちながら生きていたように思います。
国について、参政権以外には、どう手を貸すこともできませんが、結局は似たようなものなのだと、ふと思った次第です。
それから、付け加えて、今の憲法の精神は、「日本を磨くために」変えなくてはならない性質を含んでいるようには思えないのですが。

投稿: 街中の案山子 | 2008年8月22日 (金) 06時00分

★じんべさん、

>最近の日本は自分磨きを疎かにしたまままわりに振り回されているのが現状で<

これですね。
どうしてこうなっているのか、その原因を私は記事に書いたつもりです。

>「人を陥れない、強引でない、裏切らない、あしざまに批判しない」<

こういうことについては、単にそれをしなければいいだけの話ですし、日本人にとっては難しいことではないと思います。現に対外的にその状態です。
大事なことは外交のテクニックですよね。
日本人とて、損をして貧乏になるのはイヤでしょうから、外交のテクニックを磨いてほしいですね。そのためには「磨いてほしい」「磨きなさい」と言ってるだけではダメで、おおもとのところを考える必要があります。


投稿: robita | 2008年8月22日 (金) 10時02分

★街中の案山子さん、

「強くなると、優しくなれる」、同感です。
ずいぶん前ですが、こんなの書いたことあります。→「強くなければ優しくなれない」
(案山子さん、この記事にコメントとTBくださってますね)

>今の憲法の精神は、「日本を磨くために」変えなくてはならない性質を含んでいるようには思えないのですが。<

このことについて、ちょっと長くなったので、記事にします。

投稿: robita | 2008年8月22日 (金) 10時05分

ふと、この一文が目にとまりました。
「お金を儲けて強くなって、科学技術の最先端を担って世界を牽引し、それをもって途上国の発展に協力し、発言力を増せばいい。」
気になったのは、戦後の日本は
「お金を儲けて強くなって、科学技術の最先端を担って世界を牽引し、それをもって途上国の発展に協力し」てきたんですが、なのに「発言力はまったく増してない」からです(笑)

国連総会で。日本は、常任理事国入りを求めました。当然、特定アジア諸国(笑)は反対。
で、その他の国は、概ね好意的、、、のはずでした。
ところが。日本がさんざんODAを行って、大票田と見込んでいたアフリカ諸国は総崩れ。
総会後、血相変えた外交官が、アフリカ某国に怒鳴り込みました。
「さんざん無償で資金援助もしてきたじゃないか!なんで支持してくれないんだ!!」
すると。彼はこう答えました。
「だって、日本は『見返りはいらない、無償で』と言ったじゃないですか。中国は『このカネを出すから、中国を支持しろ』と言った。私は、両方のカネを受け取って、ちゃんとそれぞれの国の言うとおりにしましたよ」。。。

まあ、これに類した話は、世界に出ればたくさんあります。私自身も、些少ながら、同様の経験があります。
思い出話めくのですが。
「曖昧な態度」は、仮に日本人同士には通用しても、世界に出たらただの極東地方の奇妙な習俗にしか過ぎません。その基準で、世界に理解してくれ、というのは、世界に「極東になれ」というのと同じなので、傲慢不遜な態度だと思われて嫌われます。
「自分の意見をハッキリと述べる」のは、「互いの差違を認め合う」という対等な関係をつくる上で、必要不可欠なことだ、と思わされました。

自戒を含めて、懐かしく思い出したことです。


投稿: single40 | 2008年8月22日 (金) 10時17分

こんにちは。

日本は世界のリーダーになりたい、なるべきなものなのでしょうか。
「強くなると、優しくなれる」はまさにその通りで、日本の強さは見返りを求めないことにあると思っていましたが、最近の日本はそうじゃない(見返りを求めて発言力をあげたがってる等)みたいなので、こちらの記事やコメントでいう「強くなる」に違和感を感じたのでした。

常任理事国を目指したり経済界のトップゆえ舵取りしたり国家としての力を増そうとすることは、すなわち、世界の軍事パワーの駆け引きに加わることに繋がることでもあります。そこへ加わることは日本古来の強さをだめにしてしまうんじゃないでしょうか。
外交テクニックを磨くのも大事ですし国のあり方を見直すのはもちろん大事なことですが、欧米諸国と対等になるため世界の表舞台に出るため発言力を増すために強い国を目指すなら「強くなる」ことの強さはどういう方向へ目指すことになるのか…。
国際舞台の中心である欧米諸国は強いが彼らは優しい国か?
世界の駆け引きや外交面で強くなるというのは、微妙なバランスのことであり、欧米諸国の強さと対等になろうとすると、日本でしか通用しない日本の良さは捨てなければならなくなりそうです。しかし、現実には日本はもう、見返りを求めない極東の国でいることは難しくなっており、"リーダーシップ"をとらねばならないのでしょうね。

投稿: じんべ | 2008年8月22日 (金) 12時57分

★single40さん、

>戦後の日本は「お金を儲けて強くなって、科学技術の最先端を担って世界を牽引し、それをもって途上国の発展に協力し」てきたんですが、なのに「発言力はまったく増してない」<

いやあ、まさに仰る通りで、私はそういう報道を見て腹を立てていたんですけどね。援助してるのにコケにされて何で怒らないんだ、って。

>「だって、日本は『見返りはいらない、無償で』と言ったじゃないですか。中国は『このカネを出すから、中国を支持しろ』と言った。私は、両方のカネを受け取って、ちゃんとそれぞれの国の言うとおりにしましたよ」。。。<

なるほど、こういうことなんですね。
勉強になりました。
「これをあげるから、代わりにそれをくれ」という真っ当な取引、つまり外交の基本を知らない、ということですか。

投稿: robita | 2008年8月22日 (金) 15時40分

★じんべさん、

国というのは、美しい精神を全うする宗教団体ではなく、まぎれもなく利益集団であるわけです。

ほとんどの人が「貧乏を回避したい」と願っているからには、日本は豊かであり続ける必要があります。

で、自分の国だけが豊かになるのも良いんですが、それでは人間がすたる、というわけで、貧しい国のことも考えてあげなくては、ということになるわけですね。

世界の人々の幸せを考えつつ、自国の品格も保ちつつ、しかも豊かさを維持する、というのは、とっても難しいことです。そんなことができる国ってあるんでしょうか?
(日本がもう少ししたたかになれば、少しはそういうことのお手伝いができるんじゃないかと私は思いますけど。だから強くなることを提案してるんです)

貧乏でも良い、品格をもって、みんな仲良くして、というのは大変に美しい姿とは思いますが、国民のコンセンサスは得られないんじゃないかなあ。みんな貧乏いやだし。

投稿: robita | 2008年8月22日 (金) 15時52分

こんばんは
いつまでも引っ張ってしまって申し訳ありません。最後にこれだけ。

私は貧乏でもいいとは一言も言ってません。そして、

>世界の人々の幸せを考えつつ、自国の品格も保ちつつ、しかも豊かさを維持する、というのは、とっても難しいことです。そんなことができる国ってあるんでしょうか?

実際に日本はそれを実現してたじゃありませんか。完璧ではありませんけど。

それがいつの間にか見返りを求め狡猾で強引な世界と渡り合うようにしていったら、そうじゃなくなりつつある、グローバルスタンダードな、弱者を切り捨てる強欲な国になりつつあるのが現状なのでは?(それはrobitaさんの記事にも指摘してる通りだと思います)

>だから強くなることを提案してるんです

改めて問いかけたいのですが、robitaさんのおっしゃる「強くなる」「強くならなければいけない」「力をつける」とは一体どういうことをおっしゃっているのでしょうか。
曖昧に「強くなる」ということはとても危ういものだと思います。


すでに書いたつもり、再読しろというのは無しで願いたいものです。

投稿: じんべ | 2008年8月22日 (金) 22時23分

★じんべさん、

>実際に日本はそれを実現してたじゃありませんか。完璧ではありませんけど。<

日本は今までは、それでなんとかやってきたけど、グローバリゼーションの進んだ今、日本流でやっていって世界で生き残れるのだろうか、ということを私は知りたいわけです。
何も問題がないのだったら、今までどおりにやればいいと思いますよ。(記事中にそう書きました)

>それがいつの間にか見返りを求め狡猾で強引な世界と渡り合うようにしていったら、そうじゃなくなりつつある、グローバルスタンダードな、弱者を切り捨てる強欲な国になりつつあるのが現状なのでは?<

日本は鎖国するわけにもいかないので、世界で商売して儲けるためには、グローバルスタンダードに合わせることは必要ではないのでしょうか。「見返りを求め」とはどういうことでしょうか。見返りなく無償で世界に奉仕しよう、ということでしょうか。
バカを見ることなく言うべきことを言って真っ当な取引をすることを「強欲」と仰るならば、「負けて損して泣く」、これを受け入れなければなりませんよね。

>私は貧乏でもいいとは一言も言ってません<

損すれば貧乏になると思います。

おそらく「小泉改革が日本の格差を生んだ、日本人を強欲にした」、ということを仰りたいのだと思いますが、小泉改革のやろうとしたことは「日本社会の古い体質を変え、怒涛のような世界情勢の中で沈没しないような強い日本にする」という明治維新に匹敵するような大改革だったと思います。
だからこそ、日本人の大多数がそれを支持したのだと思います。誰も自分の国を沈没させたくありませんから。
ところが、その痛みが予想外に強く長引いたため、改革を支持した人々はこんなはずじゃなかった、と今度は小泉改革に反発を感じ、「昔のほうが良かった」論調に流れているのではありませんか。

何度も言いますが、昔の自民党政治でこれからも日本が沈没することなく豊かに暮らしていけるのなら、昔に戻ればいいと私も心から思います。

>改めて問いかけたいのですが、robitaさんのおっしゃる「強くなる」「強くならなければいけない」「力をつける」とは一体どういうことをおっしゃっているのでしょうか。<

力をつけるということです。記事中に書きましたが「商売の面で、科学技術の面で、国際貢献の面で」

ご意見ありがとうございましたm(_ _)m

投稿: robita | 2008年8月23日 (土) 09時21分

こんにちは。
私の作文力が悪いのであなたには何度も「記事にそう書いています」と言われてしまうのはいたしかたありませんし、そのせいなのかどう書いても敵視&曲解されてるようですし、諸々とひっかかるところはあれど、これ以上は延々と繰り返すだけなので先日のコメントを最後にと申しましたが、どうにも不快なので一つだけ。

>おそらく「小泉改革が日本の格差を生んだ、日本人を強欲にした」、ということを仰りたいのだと思いますが

主な言論者はことごとく小泉政権を叩いてますからそう取れるのもしかたありませんが、私は小泉政権のことをひとっことも言ってないし、指摘していませんし、さらに個人的には小泉&安倍政権を支持してました。
ついでに言いますと、格差社会というのは小泉政権から始まったのではありません。
レーガン政権の強いアメリカをめざすという弱肉強食の政策にあおりを食らった中曽根&竹下政権のせいであり、そこから始まったとみています。それでバブル期にすでに格差が生まれていましたが、バブルの騒乱で目立たなかっただけでしょう。
バブル期のグローバル化は日本の悪しき慣習を壊してくれたと同時に、拝金主義利己主義も蔓延りました。


失礼しました。

投稿: じんべ | 2008年8月25日 (月) 11時58分

★じんべさん、

>主な言論者はことごとく小泉政権を叩いてますからそう取れるのもしかたありませんが、私は小泉政権のことをひとっことも言ってないし、指摘していませんし、さらに個人的には小泉&安倍政権を支持してました。<

おそらく反小泉さんなのだろうなあ、と思ってそう書いたのですが支持していらっしゃったのですね。大変失礼いたしました。すみません。

>中曽根&竹下政権のせいであり、そこから始まったとみています。<

そうなんですか。それではじんべさんのお考えでは、中曽根竹下以前の自民党政治に戻ればうまくいく、ということですか。

>バブル期のグローバル化は日本の悪しき慣習を壊してくれたと同時に、拝金主義利己主義も蔓延りました。<

「日本の悪しき慣習」とはどのようなものでしょうか。談合、横並び、ということですか。
じんべさんは拝金主義利己主義が蔓延したのがアメリカのせいだから、アメリカと手を切ったほうがいいというお考えですか。
アメリカと同盟関係を結びつつ、アメリカの経済金融路線と一線を画す、ということが可能ならば、私もぜひそうしたらいいと思います。

でも私考えるのですけど、世界の金融の流れというのは、もう止めることはできず、なるようにしかならないんじゃないかと思うんですよね。
そのことと、「拝金主義利己主義が蔓延」ということとは別に考えるべきじゃないかなあ、と思います。
これは日本人の心の自立の問題でもありますし。

「敵視&曲解」などとと言われては私も困ります。
私の作文力&読解力不足が問題なのかもしれませんが、私は日本はどうすればいいのかそれを知りたい、考えたいだけです。
あれが悪かったこれが悪かったといって終わりにするんじゃなく、これからどうすればいいのか、ということです。

投稿: robita | 2008年8月25日 (月) 13時56分

こんばんは。
元々robitaさんが記事でおっしゃってることの大体において賛成意見ですし、コメントレスでそちらが問いかけてることに対してはすでにrobitaさんご自身がお答えなさってるので、特に私が意見を申すこともないでしょう。

川に流れ出た水はもう止めること出来ないように、日本ももう昔に戻るなんてことは不可能だと思っています。ただその流れの中で、例えば北京五輪におけるリレーでのチームプレイのような、あるいは損して得取れのような、諸々の日本の良さが失われることのないように、また国力を高めるあまり軍事パワーの駆け引きに巻き込まれないことのないようにと祈るばかりです。

ここまでおつきあいいただきまして、ありがとうございました。

投稿: じんべ | 2008年8月25日 (月) 22時38分

★じんべさん、

>川に流れ出た水はもう止めること出来ないように、日本ももう昔に戻るなんてことは不可能だと思っています。<

そうですね。日本にかぎらず、先進国はどこも同じような悩みを抱えていると思います。
人類社会の当然の成り行きと言えます。
日本は昔ながらの優しさ強さを合わせ持った人々がまだまだ活躍している一方で、国民の「劣化」も心配されていますが、「道徳観」や「やる気」の面で、低層の「底上げ」が必要じゃないかな、と思います。
経済的格差だけじゃなく、そういう面で格差が開いていると私は思うので。

こちらこそ、ご意見ありがとうございましたm(_ _)m

投稿: robita | 2008年8月26日 (火) 09時34分

こんにちは。
間違いに気づいたので、訂正させてください。

>巻き込まれないことのないように

巻き込まれることのないように


ミスにしてもあまりにも意味が異なるので…。
重ね重ね、失礼いたしました。

投稿: じんべ | 2008年8月26日 (火) 14時26分

★じんべさん、

ご丁寧にありがとうございます。
承りました。

投稿: robita | 2008年8月27日 (水) 09時21分

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