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2008年9月16日 (火)

テレポリティクス

昨日、本屋さんで、文藝春秋10月号【「福田康夫 その虚像と実像」田勢康弘】に目を通させてもらった。

「虚像と実像」などというと、「表の顔は良いが、実像はこんなに悪い」というのが定番だが、田勢氏の記事はその逆だ。

福田首相にインタビューを行っているが、首相に対する好感、もしくは公平な見方を感じる。

(ざっと斜め読みしただけなので、ちゃんと読みたい方は買ってください)

この中で、田勢氏は「政治に関して大衆は決して賢明とは言えない」と言う。

たとえば、
福田首相は人気がないが、街頭などで、首相のどこが具体的に悪いのか聞くと、「他人事のように話す」という解答が最も多い。
しかし、他人事のようでなく我が事のようにして語れば政治は良くなるのか。】

【内閣の顔ぶれについて感想を聞くと、決まって「パッとしない」という答えが返ってくる。
しかし、「パッとする顔ぶれ」とはどんな顔ぶれなのか。テレビなどでよく目にする顔が揃えてあればパッとする顔ぶれなのか。】

【テレビでキャスターや評論家の怒りを聞いているうちに、それが自分の意見だと思い込んでしまうのだろう】

テレポリティックスという言葉は田勢氏が最初に使い始めたらしいが、まさに大衆はテレビに表れる意見や表現をそのまま取り入れ、特に考えもせずにあたかも自分の意見であるかのように発表する。

よく大衆が使う言葉に「茶番だ」というのがある。
この言葉を使うことで、政治家を冷笑しフラストレーションを解消しようとしているのかもしれないが、どこがどう茶番なのかは実際わかっていない。(私もよくわかってはいないが)
しかしわかるのは、政治家は闘っているのであり、それが政権内の権力闘争や政権を野党に取られまいとするための闘いであるならば、それは必然なのではないかということである。

「自分が政治をやりたい」と思うのであれば、まず権力を手に入れなければならない。そのための闘いが大衆に「茶番」と映ったとしても、政治家はそんな大衆の冷笑にいちいち傷ついたりもしていられないだろう。

記者に「首相の態度は他人事のようだ」とか「パッとしない内閣だ」とか「茶番劇だ」とか言われて、いちいちムッとする福田首相は、きっと生真面目で仮面をかぶることができない性格なのだ。

つくづく政治家に向かない人だなあ、と思う。

北京で金メダルを取った柔道の石井慧選手が、福田首相に面会し、首相を評して;
「腹黒くないから人気が出ないのかな」と言ったそうだが、卓見であるとして田勢氏はこの福田評で文章を結んでいる。

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コメント

なるほど、「他人事のよう」と言うのは「自分のことのように」すれば「うまくいく」という前提があるわけですなあ。
実際、そんな保証は何もないし、もしもそうであれば、そもそも世の中に「評論家」とか「コンサルタント」とか、そういう類の職業はなくなるわけです。なにしろ、彼らの仕事はまさしく「他人事を語る」ことなんですから。

私がテレポリティクス(これ卓抜ですけど造語でしょうか?)を感じるのは、文字通りテレビや新聞といったマスコミに対してです。
そんなに格差社会が問題なら、あなたがたの給与はいったいどうなっているのか、特に社員とアルバイトの待遇の差はいかになっておるのか、どうして自分たちのことをつまびらかに説明しないのか?「我が社は、このように立派に格差社会に対抗している」という事例を自画自賛でいいから発表してくれないものか?と。
もちろん、そんな事実は欠片もないので、できっこないわけですが(笑)
まるで、一昔前の「学歴社会批判」をやっていたマスコミ人が揃いも揃って東大卒だった、というのと同じ笑い話でしょう。

私は常々思うのですが、このようなマスコミ報道ほど「茶番」なものは珍しいのではないか、と。ま、それが彼らの飯のタネ、ということなんですが、世の中にはこのようなマッチポンプをしなくてもちゃんとメシを食っている人も多いのにねえ、という思いは否めませんねえ。

投稿: single40 | 2008年9月16日 (火) 18時35分

★single40さん、

テレポリティクスというのは和製英語だと思っていたらアメリカの新語だそうです。検索してみると、アイゼンハワーの大統領選の時、すでにこの言葉はあったみたいです。「テレビを意識した政治」ということらしいですが、「(自分のことは棚に上げて)テレビの中だけの政治を語る」ことも含まれてもいいと思いますね。

>このようなマスコミ報道ほど「茶番」なものは珍しいのではないか<

中でも欺瞞度が高いのがA新聞で(笑)

しかし笑い事じゃないのでありまして、そういうマスコミに対抗しなくちゃいかんじゃないか、と今日の記事を書いてみました。相変わらず産経の「正論」から意見拝借ですが。

投稿: robita | 2008年9月17日 (水) 10時59分

お邪魔します。

『福田康夫 虚像と実像』は孤立無援の政治家(総理)バッシングが当り前になってしまった現在の報道姿勢に、一石を投じたものと深く関心しました。テレビはワイドショウ文化だから仕方ないのかと思い、週刊誌として新潮、文春、アエラや、一部の新聞もチェックしていたんですが、政治報道はこぞって元総理への個人攻撃のような記事となっていましたよね。この政治観が主流になっている現状というのは、ひょっとしたら何かが狂っているんじゃないのか…と。純然たる政治を考えて、支持不支持という立場はあるんだと思うんですが、個人の資質にまで踏み込んで攻撃してしまう芸能報道と見紛うような俗物的な視点と、それを疑わずにホントに過熱して福田総攻撃をしてしまう現象というのは違和感ありますよねぇ...。

あんまり功績はない内閣ですが、強烈なねじれ国会に晒された不運も客観的事実ですし、小さな事を積み上げればクラスター爆弾に関する規制に応じない予定が応じていたり、ガソリン税を巡る攻防の中で「道路特定財源の用途は道路に限定しない」という主旨の発言もしていますし、考えようによっては功罪の功もあったんじゃないでしょか。福田シンパでもない私が挙げられる功績の部分ですが、テレビの中は批評家はそれさえ触れず、「無責任すぎる!」という感情的なワンフレーズで斬り捨ててしまうんですよね。功と罪、そこから組み立てる事さえ、しなくなってしまったのかなぁ、と。

長文コメント、失礼いたしました。

投稿: メロンぱんち | 2008年9月28日 (日) 22時41分

★メロンぱんちさん、

>『福田康夫 虚像と実像』は孤立無援の政治家(総理)バッシングが当り前になってしまった現在の報道姿勢に、一石を投じたものと深く関心しました。<

田勢さんのような冷静な意見はあまり見なかったですね。

今日の記事にメロンぱんちさんの記事紹介させていただきました。

投稿: robita | 2008年9月29日 (月) 11時43分

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